俺は、鳴り止まない携帯を一瞥もせずに上を見上げた。様々な形の雲が、風に乗ってのんびりと動いていく。よく晴れた空とは対照的に、俺の気分は右肩下がりだ。今日、俺が通っている中高一貫である高校の入学式なのだ。行きたくない俺は、ここでサボる予定なのだ。
 ふあ、と欠伸をすると、冷たいコンクリートに寝転がった。ひんやりとしたのが、春の陽気と相俟って気持ちがいい。
 うとうとしていると、凄まじい音と共に、ここ――屋上の扉が開かれた。

「クソ翼ァ! 電話に出ろやテメェ!」
「……げっ」

 俺はげんなりとして、体を起こす。見慣れた顔が、般若――もしくはそれ以上――のようになっている。俺は恐怖で顔を引き攣らせた。

「げっ…だと? お前いい度胸じゃねぇの」

 そう言うと、男はずかずかと近づいてきて俺のプリンになっている髪を鷲掴んで引っ張った。

「いッ……!?」

 と、頭皮が! 禿げたらどうすんだ馬鹿!

「俺が何回電話したと思ってんだ。オラ、行くぞ」
「い、嫌だ! 放せよ!」
「あ?」
「…イエ、ナンデモゴザイマセン」
「ったく、可愛げのねぇ愚弟だなマジで」

 鼻で笑った男――俺の兄貴は、俺の髪から手を放すと、今度は腕を掴んで強引に立ち上げられた。どうしても行かなければならないのかと溜息を吐きたくなる。しかし、目の前で溜息を吐くなんてことをすれば、この鬼畜な兄貴はすぐさま手やら足やらで攻撃してくることだろう。過去にも何度も痛い目に――あ、何か古傷が疼いてきた……。
 俺は腕を放し、ニヤリと笑った兄貴を見つめる。八つ離れた兄貴は、なんと、こんな俺様鬼畜な性格をしていて、実は教師である。見た目は…まあ、身内の贔屓目を除いても恐ろしくカッコいい男だと思う。背もすらっとして高いし、顔もそこらの俳優なんかよりも整っていて、勉強も出来る。そしておまけに運動神経も抜群ときた。まあ、こんな性格だから付き合った彼女とも長く続かないんだけど。ていうか、こいつ来るもの拒まず、去るもの追わず主義だから、見かける度に違う顔なんだよな。
 去年にこの学校(しかも隣県)に異動になって、何故か俺も道ずれにされたのだった。普通中学三年に転校とか有り得なくね? 絶対に溶け込めるわけねぇよ。…いや、そもそも俺は溶け込もうとしてないから、いいんだけど。
 俺は俗に言う不良という枠に当てはまる。喧嘩なんて日常茶飯事、ピアスやアクセサリーは鬱陶しい程付けていて、制服も原型がないくらいに崩している。煙草は流石に健康に悪いし、俺自体あの煙が嫌いだから吸わないけど、酒は良く飲む。髪は大分前に染めたから今はプリンだけど、当初はギンギンの金髪だった。目が眩しいほどのな。