2

 ――あいつの体力、どうなってんだよ!
 流太郎は息を荒げながら後ろを振り向く。黒ずくめの男はニタリと不気味な笑みを浮かべて優雅に歩いている。少しも息が乱れている様子はない。そして体力以前に、どうして見失わずに全力疾走している自分に追いついているのか。全く訳が分からない。もしかして人間じゃないんじゃ、と顔を青くする。流太郎は男から視線を外し、前を向いてスピードを上げる。弄ばれているような気がして、吐き気がした。
 足が縺れそうになりながらも、どうにか隠れる場所を探す。そうしなければ体力が持たない。兎に角男を振り切らねば、と考えたところで、隠れるのに最適そうな大きめのゴミ箱を発見した。この際汚れるなんこと気にしていられない。流太郎は再度振り向いた。幸いにも、まだ追いついてきていない。しめた、と口角を上げて角を曲がる。急いでゴミ箱に飛びつくと、震える手で蓋を開ける。人気のない場所だからか、ゴミは思ったほど入っていない。もう一度周りを確認して体を入れる。この時ほど、あまり体が大きくなくて良かったと思う瞬間はなかった。十七の男一人が入っても少し余裕がある。ゴミ箱に蓋を被せ、身を縮めた。流太郎はごくりと唾を飲み込む。
 暫くしてコツコツと足音が聞こえた。足音で人が分かるなんていう特技は持ち合わせていないが、間違いない。あの男だ。心臓がかつてないまでに暴れだし、流太郎は身を硬直させる。やがて足音は遠ざかり、終いには聞こえなくなった。それでもまだ近くにいるかもしれないと警戒を強くする。
 数十分だろうか。もっと長い時間のように思えたが、流太郎はチラリと腕時計を見る。針はそれほど動いていない。あれから一度も足音は聞こえなかった。流石にもう大丈夫だろう。緊張の糸が切れ、安堵の息を吐く。思い出したかのようにどっと汗が出て、体が異常なまでに震え始める。ガチガチと歯が鳴るのは、寒さも相まってだった。
 流太郎は恐る恐る蓋を少し上げ、辺りを確認する。誰もいない。ほっとしてそのまま蓋を外し、外へ出る。うんと背伸びをしたが、あまりここに長居しても怖い。慌てて流太郎は歩き出した。流太郎は安心しきっている。故に、無防備だった。

「――っぁぐ!?」

 突然後ろから首を掴まれ、壁に押し付けられる。顔面が思い切り壁にぶつかり、痛みに顔を歪めた。
「もう隠れんぼは終わりか? 全く、手古摺らせやがってよぉ、――この餓鬼が」

 先程聞いたばかりの声に、流太郎は真っ青どころか顔を土色にした。

[ prev / next ]



[back]