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「嫌だ」

 酷く情けない声が出た。俺はそんな自分をセツに見られたくなくて力強く抱き締めると、セツの肩に顔を埋める。

「ハルト」
「…嫌だ」
「僕、ハルトに幸せになって欲しいんだよ」

 セツの手が俺の背を叩く。まるで駄々を捏ねている子どもを宥めているかのようだ。…状況としては、丸っきりそれだけど。
 幸せになって欲しいって――それなら俺はここにいたい。ここにいることが、セツと一緒にいることが俺の幸せだ。

「ハルト…良い名前だね」
「え…」

 いきなり名前を褒められ、驚いて力を緩める。セツは笑っていた。
 先程の話を流されたのが不満で口を開いたが、それよりももっとセツと話していたいと思って黙る。……いつ、この幸せな時間がなくなるのか分からないのだから。

「どんな字なの?」
「…季節の春に、北斗七星の斗」
「春斗、…うん、春斗か。ぴったりだよ」

 セツの言葉は嬉しかったが、俺にはぴったりだとは思えない。俺に春というぽかぽかとしてて柔らかい季節なんて全く似合わないと思う。俺の納得のいかない表情に気付いたのか、セツが苦笑する。

「ぴったりけどなぁ。春斗は凄く優しいから」
「そうかぁ?」
「うん。春斗が優しいの、僕知ってるよ」

 お前の方が優しいじゃねえか、と心の中で呟く。俺は…見た目もこんなんで、性格だって良くない。道端で誰かが倒れてても助けない非道な人間なんだよ。俺が優しくすんのは…セツ限定と言ってもいい。

「……さんきゅ。お前は?」
「僕はそのまんま。雪だよ」
「雪、ね…。お前こそぴったりだよ」
「え?」

 目を丸くして俺を見上げるセツを愛おしく思って笑みを向けると、白い肌がほんのりと赤く染まった。

「雪って時は清めるって意味もあるんだ。それに儚げだし、綺麗だし…ほら、ぴったりじゃん」
「ぼ、僕は綺麗なんかじゃ…」
「綺麗だよ。お前が一番綺麗だ」
「…春斗」

 セツ――雪の顔が曇った。

「春斗、僕はずっと傍にいて春斗を見守ってるから」
「雪…?」
「だからさ…」

 苦しげに顔が歪められ、それを直視した俺は心臓を掴まれたような感覚になった。俺が雪にこんな顔をさせている。――俺が傷つけている。そこで自分が如何に馬鹿で我侭だったかを思い知らされた。…俺だって、雪には幸せでいて欲しい。そして笑って欲しい。雪には笑顔が似合うから…。

「……分かった。お前への気持ちは…ここに、残していくから」
「春斗、…有り難う」
「……なあ、雪」
「ん?」
「キス、していいか…?」

 込み上げてくる悲しみに耐えながらそう言って笑うと、雪は泣きそうな表情で笑った。雪の瞳に映る俺もそんな表情をしている。

「…うん」
「……お前が、どうしようもなく好きだった」

 雪が目を閉じ、俺もゆっくりと顔を近づけて目を閉じる。触れた唇は今までで一番暖かいものだった。

「さよなら」

 頬を何かが伝った気がした。













「……ん」

 目を開けると、日差しが俺を突き刺してきて、俺は顔を顰める。ふあ、と欠伸をして目を擦ろうとして顔にやったところで、ぎょっとする。顔が濡れていた。寝ながら泣いたというのか、この俺が。――そんな泣くような夢なんてみたっけな…。ま、いいか。

「あー…眠い」

 そういえば、何で俺はここで寝てるんだ。風の冷たさにぶるりと身震いする。俺は早くこの場所から退散しようと立ち上がって体を丸める。その時に首から下げているペンダントに気付き、首を傾げる。こんなもん、俺持ってたっけ? いつ買ったのか記憶を思い起こしていると、頭に何か冷たいものが触れて、俺は顔を上げた。

「…――雪か」

 もうそんな季節か。何故だか雪を見ていると切なくなる。何でだろうな、雪は儚いからか?
 俺は降って来る雪を暫し見つめ、ふっと笑うと、静かにその場を後にした。


fin.

これで本当に終わりです。セツの視点はありません。

さよならを言ったのはセツかハルトか…それは皆様の想像におまかせします。

こんな終わり方は許せないという方は申し訳ありませんが、この話はこういう終わりが相応しいと思いました。書けて良かったです。

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