虫食い算

浮気俺様美形×淡白平凡×爽やか男前
三角関係/平凡受け

















「なあ、アンタ。そんなとこに突っ立ってないで、入れば? はっきり言って目障りなんだけど。ストーカーなら通報するよ?」

 一体いつから見ていたのだろう。好青年の容姿をしている男は、爽やかな顔とは正反対に、酷く面倒そうに俺を睨んだ。首からはヘッドフォンを提げて、カーキ色でフード付きの外套と赤チェックのシャツ。黒いパンツの細長い足。ファッションも若者らしいもので、きっと俺より年下なのだろうと予想する。
 実は、この部屋には先程、一度は足を踏み入れたのだ。しかしどうして出て来たのかといえば、答えは簡単なことだ。この中に、俺の恋人と浮気相手が致している。これは今日に始まったことではなく、それに関してはもう諦めている。
 まず、俺の恋人の話をしよう。俺の恋人は、背も高く、顔つきもそんじょそこらのモデルよりも格好良くて、運動神経抜群で、しかも頭もいい。ここまで何でも出来る完璧な人間がいたのかと思うほど、彼は何でも出来た。あいつとは高校の時に席が前になった縁で、話すようになったのだ。話す、と言っても、あいつの周りには男女共に多くの人物がいたから、全てがぱっとしない俺の入る間なんてなかったけど。あいつは兎に角好かれていて、女遊びが半端ではなかった。彼女が出来たかと思えば、一週間後には違う女子と歩いているなんてことはもう珍しくなんてなかった。そんな風に、選り取り見取りなあいつと俺が付き合っている間柄なのかと言えば、信じられないことに、あいつが高校の卒業式に告白してきたのだ。

「お前、俺と付き合え」

 しかもあまりにも強引だった。男同士なんだけど、と頭の片隅で思っていたが、いつの間にか頷いていた。奴には言われたことに何でも頷いてしまうような妖艶さがあるのだ。こうして、晴れて――というわけでもないが、俺とあいつは付き合うことになったわけであって。
 それから一年。あいつは大学に進学。俺はフリーター。俺はあいつが一人暮らししているマンションの合鍵を貰っていたが、あまり意味はない。あいつに呼ばれて俺が来る時、必ずと言っていいほど鍵が開いているのだ。そしてドアを開けて中を覗くと、見知らぬ奴の靴と微かな喘ぎ声。まるで見せ付けられているようだ。初めて目にした時は、鈍器で頭を殴られた感覚で、異様に気持ちが悪くなったのを今でも覚えている。まあそれも最初だけで、次からは「あー、またか」という感想しか出なかったが。冷めてると思う。でもそれは、どこか優越感があったからたったのだと今日初めて分かった。そう、今までの相手は皆女性だったのだ。唯一自分だけが男で、特別な感じがした。ところが、先程ちょっと開けたドアから聞こえたのは、男にしては割と高い、しかしそれでも紛れもなく男の物だった。俺たちは付き合っているが、そういった行為をしたことがない。それなのに、だ。ショックだった。結局俺は、あいつに惹かれていたのだ。所詮あいつは俺のことを遊び、若しくはただの興味本位で付き合ってみた玩具、ぐらいにしか思っていない。今日は極寒とテレビの天気予報で放送されるほど寒いのに、かあっと熱で体が熱る。
 俺はマフラーの中でぎゅ、唇を噛み締めた。涙は出ない。寧ろ出したくない。何故俺があいつなんかの為に泣かなければならないんだ。
 俺は声を掛けた男の存在を無視するように、隣を通り過ぎようと歩き始める。ところが、すれ違うところで男が俺の腕を掴む。

「うわっ、体冷てー。なあ、アンタ、俺とお茶しない?」

 はあ? 俺は怪訝な顔で見つめる。何なんだ、こいつ……。

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