世界、廻れ回れ舞われ

(遊び人×平凡)









世界は廻る、僕を置いて。
ぐるグる、ぐる愚るぐるグ流。
お星様は光る。僕を照らさずに。
ぴかぴか、ピ火ぴかぴピか。

世界は廻る、僕を見つけられずに。

せかいはまわる、ぐるぐるまわる。
どうかどうか、ぼくをみつけて。






 がしゃん、と音がした。視界が歪む。体からでた鮮やかな赤い液体と言いようの無い鋭い痛み。何も考えることが出来ないまま意識はぷつりと途絶えた。
 その日は生憎の雨だった。自転車通学の僕には濡れて帰るしか方法はない。がくり、と項垂れていると影が僕を覆い隠す。

「なに、如月って自転車通学だったっけ」
「……彼女は、」
「あー、美紀ちゃんかな? いいよいいよ、どうせもう飽きたから別れるつもりだし」
「へ、へえ……」

 頬が引き攣るのが分かった。この場合どんなリアクションしたらいいのだろうか。単純に止めろというべきだろうか? いや、言ったとしてこの男がやめるわけない。言うだけ無駄だろう。
 この男、木下は来るもの拒まず、去るもの追わずな最低男だ。顔だけはいいので(否、運動神経も良かっただろうか)何人もの彼女がいる。しかし飽きたら別れるということを繰り返しているそうだ。そうだ、というのは詳しくは知らないからである。友達にあいつと話すといいことがない、と忠告された。まあ、ぶっちゃけ、僕には然して興味がない。どれだけこの男が遊んでいようとも女を泣かせようとも。僕は僕、木下は木下。それでいい。
 因みに、クラスは違うし接点は無いので話したのは今日が初めてだ。確かに友人が言うように余りいい印象は抱けなかった。そういえば僕は平々凡々なクラス一目立たない存在よく名前を忘れられているのに(悲しいとか言うな)、何故この男は僕のことを知っているのだろう? 木下みたいに有名な奴なら分かるものの、この僕だ。噂なんて一つもない筈。他にも疑問は幾つかあったが口を開くのも面倒なので何も言わないことにする。

「うっわー、結構降っちゃってるよ。どうすんの?」
「どうするって……普通に」
「ちょっ、危ないって! せめて押して帰りなよ」
「急いでるんだ」

 これ以上話すことはない、とでも言うようにペダルをこぎ始める。後ろでまだ何か叫んでいるような気がするが、雨の音が酷いし聞く耳を持たない僕には何も聞こえなかった。 今思えば、ちゃんとあいつの言うことを聞いとけば良かったのかもしれない。本当に、今更だが。
 それから数分後のことだった。ぼーっとしてこいでいると、横からライトの光が僕を照らす。あ、と気がついたときには水浸しのアスファルトの地面に叩きつけられていた。







「……ッ、どうすんだよ……!」

 もし何かあったら。嫌な考えが頭に何度も浮かんでは消える。
 あいつはどちらかというと地味な方だ。何時の間にか空気に溶け込んで、いつか消えそうなそんな存在。しかし、俺はいつも目で追っていた。何故だろう、考えても頭の悪い俺に分かる筈もなく、意味のない日々が過ぎていった。いつも如月の横には誰か一人は友達がいて、自然に如月へとやっていた視線はその友達へと変わる。向こうも気がついたみたいで鋭く睨んでくる。当たり前だろう。俺は女遊びで有名な木下、なのだから。普通は友達をそんな奴と話させたくないだろう。まあ、そんなこんなで話したいと思っていても俺の横には女、如月の横には友達。このまま話すことなく、三年間終わるのだろうか。そう考えていたが、今日転機が訪れた。憂鬱な気分で、待ち合わせをしたにも拘らず名前も解らない女――確か誰かが美紀と言っていた気がする――を置いて来たまま下足場へと足を運んだ。呑気に欠伸をしていると小さな背中が見えた。――如月だ。どうしようか、とらしくもなく少し緊張しながら声をかける。
 そいつの声は予想以上に温かく、しかしどこか投げやりのある声音だった。俺にはどうしてか子守唄のように耳に吸い込まれていく。
 案の定というか、彼女の話を持ち出してきた。他に色々話したいのに、これは今までの行いが悪い所為なのだろうか? 何処となく冷たい目で見られ、一瞬強張った。しかし、ばれてはならないと口が思ってもないことを喋り出した。ああ、やってしまった。今更弁解する気にもならないが、こんな俺を如月は軽蔑しただろうか。

「急いでるんだ」

 もっと話したいと思った。慌てて手を伸ばすがそれは空を切って行き場をなくす。
 仕方無しに傘を差して歩き始めた――のだが、暫くして信号に差し掛かったとき、遠くの方で何やら人が集まって騒いでいた。
 何故だろう、行かなくてはならないような気がする。堪らず雨の中を走り出した。どうか、どうか。この嫌な予感が当たりませんように。 
 走って、走って走って。どれくらい走ったのだろうか。傘は意味を果たしていなくて、服は随分と濡れてしまった。だがそんなことなんてどうでもいい。輪の中に入ろうとしても人が多すぎて入れ無かった。その時、ある会話が耳に入り込んできた。

「ねえ、聞いた? ここでついさっき事故があったそうよ」
「ああ、知ってるわ。確か…まだ若かったわよね」

 どくん、と胸が鳴った。考えるよりも先に体が動いて、気がついたらオバサンたちに詰め寄っていた。

「それ、詳しく教えて!」
「え…きゃっ、あなたびしょ濡れよ。風邪引いちゃうわ」
「いいから、俺はいいから。その子はどうなったの!?」
「え、ええと…確かここを真っ直ぐ行って坂を下りたところにある病院に運ばれていったと思うわ」
「有難う!」
「あ、ちょ……」

 俺は呼び止めようとするオバサンの声を無視して再び走り出した。
 雨は豪雨となっていた。





「心拍数低下中。このままでは危険です、先生!」

 焦ったような声が耳に入る。
 病院へ着くと受付で「先ほど運ばれた人は何号室ですか」と訊いた。暫時、息を整えながら待っていると三〇五号室です、と淡々とした口調で言われた。少し頭を下げると早足でエレベーターへと乗り込む。
 声が聞こえたのは先ほど教えて貰った三〇五号室。名前のプレートには見知らぬ名前がズラリと並んでいた。最後の方に小さく、誰かが慌てて書き記した如月十守という名前を俺は見逃さなかった。
 
「如月ッ!」
「……何ですか、あなたは? もしかして、親族の方でしょうか」
「違います。……友人、です」

 果たして友人と名乗っていいものだろうか? そう考えるがまあいいだろうと勝手に納得すると小さな声で言った。それでも相手は聞こえていた様で、そうですか、と呟いた。

「今、大変危険な状況にあります。すみませんが――……」
「少しでいい、少しでいいから…時間をください!」
「…少し、だけですよ」
「はい、有難うございます」

 どきどきと鳴り止まない、それどころか次第に大きくなっている心臓の音に自身でも怯えているのが分かる。息も荒くなり、足取りは重い。ベットへと辿り着いて如月の顔を覗くと、心臓を掴まれた様な衝撃に襲われた。本当に生きているのかと疑いたくなるような真っ白い顔。そっと手を頬へと近づける。顔はまだ微かに温かい。

「起きてくれよ、なあ、俺…まだ話したいことがあるんだ。なあ、如月…とも」

 頬に生暖かいものが伝う。それが涙なんだと気がついたのは暫くしてからだった。何故こんなに悲しいのか。どうして如月のことを「とも」と呼んだのか。頭には幾つもの疑問が浮かんでくる。しかし今確実に言えることは、俺は如月のことを今まで付き合っていた女たちよりも大事だ、ということだ。









 何だか懐かしい夢を見た。僕はまだ幼くて、幼稚園の頃だろう。独りで遊んでいる僕に近づく影があった。誰だろう。その人は俺を呼んでいた。近づこうとするのだが、思うように体が動かない。凄くもどかしい…、キミは誰なんだ? 

「……、」

 ああ、待って。聞こえないよ。もう少し、大きく言ってくれないか。キミは誰?

「……らぎ、とも」

 とも? 僕はその名を呼んでいる人を知っていた気がする。しかし思い出せない。ツキリ、と頭が痛くなった。

「如月……とも」

 ああ、この声は…聞いたことがある。確か、そう…今日の放課後…。キミはもしかして……。
 影が薄くなっていく。そこに居た僕を呼んでいた人物は――……。

「とも」

 彼はもう一度、力強く言った。今度は迷いのない様な綺麗な声音で。









「……ッ、もういいでしょうか? これ以上は本当に危険です」
「……はい、」 

 如月は反応を示さなかった。看護師は俺の承諾を得ると他の医師たちと顔を見合わせて如月の元へと急いで行った。俺は仕方無しに如月のベットに背を向ける。唇を噛み締めると右足を前に出した――。

「……、たか?」

 その温かな声を聞いたと途端に体が硬直する。それは間違いなくさっきまで死と生の崖っ縁にいた如月で。

「きさ、らぎ……」

 医師たちは相当驚いているようで、まだ唖然としていた。しかし我に返ると医師は看護師に指示を出す。
 俺は情けなくも声と足が震えていた。ふらふらとベットへ辿り着く。

「僕さ、夢を見たんだ」
「ゆ、め…?」
「そ。幼稚園の頃の。そのとき、木下が俺を呼ぶ声が聞こえたんだ。ともって、」
「………あ、」
「キミだったんだね……たかは」

 静かに、だけどもしっかりとした声は俺の耳に自然と吸い込まれていく。ああ、この声だ。俺が如月に目が行っていたのは偶然じゃなかった。懐かしさと、寂しさと、いろいろなものが溢れ出して来た。

「ありがとう、たかのお陰で僕はこっちへ戻ってこれた」

 如月――ともはにこりと微笑んだ。顔色は段々と元の色に戻っていく。
 いつの間にか雨は止んでいて空には綺麗な虹が架かっていた。


fin.

恥ずかしい。ナニコレ恥ずかしい。
昔の駄文を晒してみますよー。

何が言いたかったのか全く分からないけど、如月→←木下だったことは覚えている。

メモ帳に書いてあったのを少し(?)修正。

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