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 落としたというか、もとより不幸体質だった俺の体を更に悪化させたやつだ。クラスの中心人物――どころか学校で一、二を争う程の人気者な大山の何気ない一言で、俺はいじめられることになった。その台詞はもう覚えていないが、確か隣の席に座っていた時に臭いとかムカつくとかそういう言葉だったと思う。臭かったのは登校途中に犬の糞を踏んでしまったからだし、ムカつくと言われても別にお前に迷惑かけてないだろと思うんだが、少し調子に乗り出してきた小学生高学年。自分より下の者を見つけるといじめたくなるオトシゴロ――なのかは知らないけど。
 お前の席ねーからという某漫画のように、机を放り投げられたこともあるよなあと思いながら、俺は大山を見つめる。
 大山とは中学まで一緒だった。クラスは違う時もあったけど、どっちかというと一緒だったことのほうが多いかもしれない。でもこいつは俺のことを覚えているか否か、どっちでも、俺が誰だか分からないだろう。体が朽ち果て死神となった瞬間、顔の造形が変わって面影などまったくないのだから。

「誰?」

 ほらな。
 俺は吹き出しそうになって、そっと口を押さえる。

「ああ、ごめんね、俺は神代しおん」
「神代しおん……」

 俺の名前を呟いた大山は、ウザったそうに空を見上げてから、手で雨を遮った。俺はそんな彼に近づいて行く。

「何か用」
「うん、実は俺、キミと仲良くなりたくて」
「…ふーん」

 一瞬で冷めた目つきになる。ああ、そうか。こういう風に言い寄られることって、多いのかもしれない。こいつ顔だけはいいし、家も結構金持ちだった気がする。失敗したかなと思ったが、別にいいかと思う。だってどうせこいつ、死ぬし。
 死神が見えるようになるのは、死ぬ三ヶ月前。つまりこいつは三ヶ月後に死ぬってわけ。俺がどうしようと死ぬ時期は早まらないし同時に遅くもならない。できるのは見守るだけ。普通の人間だったら、ああかわいそうだなとか思うんだろうけど。俺は全く思わない。人間なんてどうなってもいいし。それが大山一成だというなら尚更。

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