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 いよいよ人気のない場所――校舎裏に着いてしまった。俺が立ち止まると、守屋も立ち止まった。さわさわと風が葉を撫でる音だけが空間を支配していた。守屋はこっちを見ていない。ぼんやりと、地面を見ていた。俺はそれにイライラとして、おいと強めに声をかける。つ、と守屋の切れ長の目がこっちを見て、何故かどきりとした。動揺を悟られまいと俺は慌てて言葉を口にした。

「お前、俺と付き合え」

 あ。少しだけ奴の顔に困惑が広がった。俺はそれに気を良くして自然と笑みがでる。

「言っとくけど、付き合うってのはどっか行くとかじゃねえからな」
「はあ…」

 守屋は気の抜けたような声を出した。で、どうなんだよ? と睨むように見ると、守屋は数回瞬きをして、頷いた。今ではえ、マジで? と俺の方が困惑していた。
 こうして、俺と守屋の恋人生活(仮)は始まった――。












 しかし。守屋と一緒にいても、弱みを握ることもできない上に俺はイライラしてばかりだった。あいつ、マジで表情筋がかたすぎる。俺が何しても何やってもずっと無表情。そしてこっちを全く見ないのだ。いつもどこかをぼんやりと見ている。それが一番イライラとしたことだった。
 手に入れた情報は意外に漫画好きだということだけだった。あと、部屋に置いてあったボックス……あそこに何か秘密があると俺は踏んでいる。守屋はそれを俺から遠ざけるようにしていた。その秘密は結局明かされることなく、俺が別れてしまったんだが
何故って、耐えられなかったからだ。あいつが俺を見ないのも、俺に関心を抱かないのも、全て。だからあの雨の日、俺は告げた。

「飽きた」

 その声は、酷く掠れていた。
 守屋が本から顔を上げる。俺は漫画を持つ手に力を込めた。何だかドキドキする。まさか、この俺が、緊張しているとでも言うのだろうか。何も言わない守屋にもう一度言う。

「飽きたっつってんだよ」
「そうか」
「別れる」
「そうか」

 ……何だよ。それだけかよ? メラメラと炎のような怒りが胸を占める。守屋はもう俺に興味――その興味というのも微々たるものだったが――をなくしたのか、本に視線を落とした。俺はこの忌々しい男に聞こえるように舌打ちした。それでも奴はこっちを見ない。

「つまんねーやつ」

 俺は最後に守屋の顔を見た。奴は最後まで俺の方を見なかった。
 くそ、くそ、くそ!
 言いようのない怒りとともに、心臓を鷲掴みされたような痛みがあった。あまりの怒りに息が苦しいんだと、俺は思った。

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