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 おはよう、と挨拶がそこかしこで交わされる。勿論俺にはそんな相手がいないので、黙々と歩いて行く。ところが、何か今日は騒がしい。俺を見て、ひそひそと話している。そんなことで傷つく豆腐メンタルじゃないので、俺は不思議に思いながらも教室へと向かった。教室の扉をガラリと音を立てて開けると、笑い声の響いていた教室が水を打ったように静まり返った。誰もが俺を蔑んだ顔で見ていて、頭の中に新たなクエスチョンマークが現れた。

「……何?」

 入口にいたままそう訊くと、いつも馬鹿騒ぎしている頭の悪そうな奴――実際悪いんだろうが――が声を発した。

「ゲェッ、ホモが喋った!」

 ……ん? ホモ? 誰のことだ?
 喋ったといえば、俺とそいつしかいないんだけど、つまり俺がホモってこと? ……はあ。何でそんなこと言われてるのか分からないが、何とも迷惑な話だ。だから今日は騒がしかったのか。なるほど。漸く謎が解けて、俺は自分の席に向かう。机が落書きまみれだが、これは俺の席であっているよな? えーと、教卓から左に一つ、前から三番目…うん、合っている。
 鞄を置いて席に座ると、黙っていた周囲が突然騒ぎ出した。

「無視すんな!」
「キメーんだよ!」

 ……うるさいな。あと、唾が飛んできて汚い。もうちょっと静かに喋れないのか?
 じっと男たちを見ていると、顔が強ばった。

「し、知ってんだからな! 迫と付き合ってたって!」
「迫、無理矢理迫られたとか、可哀想」

 ああ、迫と付き合っていたことを知っていたのか。迫が言ったのか、それとも迫の友達が言ったのか。まあどうでもいいか。ところで無理矢理迫られたというのはなんだ。気持ち悪いなその状況。

「おい、なんとか言えよホモ」

 聞き覚えのある声が聞こえて、俺はそっちを向いた。迫だ。俺はホモではないが、まあ確かに迫と付き合っていた。わざわざホモではないと言う必要もないかなと思い、俺は携帯を出した。今日は確かガーデニングの本が発売される日だったはずだ。

「おい!」

 なんだよ。口には出さず睨むように見ると、迫の顔が引き攣っていた。ああ、これ怒っているなと思う。しかし俺は怒らせるようなことをした覚えがない。覚えがないのに謝っても意味がない。

「なんだ」
「なんだじゃねーよ。よく学校に来れるな? もうてめえの顔なんて見たくねえんだよ。どっか行け」

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