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 二人の間に更なる亀裂が生まれたのは、時期外れの転入生が現れてからだ。可愛らしい容姿の転入生の名もまた千隼。席も隣りということで、千隼は智早に懐いた。にこにこと笑みを浮かべる千隼とぴくりとも表情を動かさない智早。正反対だ、とクラスメイトは二人を眺める。
 千隼は持ち前の明るさからすぐに周囲に溶け込んだ。学園の人気者はどんどんそんな千隼を好きになっていく。そしてそれは――愁も例外ではなかった。元々面食いな愁は、智早の存在を忘れ、千隼に迫る。どんなに愛を囁かれようが、千隼の一番は智早だった。それを気に食わなかった人気者たちは嫉妬する。愁も千隼の隣に当然のように立っている自分の恋人、智早を睨む。イライラとした気持ちが消えなかった。智早を見ていると手が出そうになる。そう思った愁は、智早を見るのを止めた。
 智早と言えば、遂に愁に飽きられたか、と思っていた。愁と少しでも一緒にいられただけでも良かった。彼のことを思うならば、別れて千隼との関係を応援するべきだろうと考える。そうして、冒頭の一言へと繋がるのだ。

「…別れる、だと?」
「はい。少しの間でしたが、有難うございました」

 何が、有難うございました、なんだ。と愁は顔を顰める。智早が愁に対して何かを言ってきた記憶がない。体の関係もない。何も、していない――。自分と一緒にいる時はどうでもいい顔をする癖に、転入生の千隼にはどこか柔らかい表情をする。それを見たとき、愁は腸が煮え返りそうだった。そんな表情、俺には見せてくれない。恋人なのに、と。
 無意識に思ったその「嫉妬」を最初は認められなかった。当然だ。好きになる要素なんてない相手ではなく、好きになる要素ばかりの相手に嫉妬したのだから。
 そういえば、浮気をやり始めたのだって、こいつがどう反応するかが気になって――と思って胸が苦しくなった。

「ふざけんなよ…」
「え?」

 喜んで別れられると思っていた智早は予想外の反応に目を瞬かせた。

「テメェは、結局俺のことなんて好きでもなんでも無かったんだろ」

 浮気をしても、見せびらかすように千隼に絡んでも、素っ気ない態度で気を引こうとしても、抱こうとしても、何一つ思い通りの反応がなかった愁がそう思っても仕方のないことだ。しかし、智早は驚いたように目を開く。傍からは全く動いていないように見えるその僅かな反応に愁は気付いた。ずっと智早を見てきた所為か、少しだけ、分かるようになっていたのだ。

「いや…会長のことは、好きです。今でも」
「…じゃあ、何で」

 敬語と役職呼びにも壁を感じる。むっとしながら愁は智早を見た。

「俺は…ずっと、遠目で見てて。本当は告白するつもりはなかったんです。でも、ちょっとだけでも一緒にいられたらって、思って…。一緒に出かけたり手を繋いだりしたかったんですけど、会長の迷惑になるだろうと」
「ちょ、ちょっと待て。それ、ホントかよ?」

 愁の声が上擦った。そんなこと一度も聞いたことがなかった。一緒に出かけたい? 手を繋ぎたい? それを、望んでいた――なんて。

「でも会長は千隼くんが好きなんですよね? それなら、俺のことはもう、いいので…」

 心なし、声が沈んでいる気がした。
 愁は「千隼くん」と呼ぶたびに智早に苛立っていた。それはお前なんかが近づくんじゃない、という気持ちからだと思っていたが、漸く自覚する。自分は会長、なのに千隼は名前だということが原因だったのだ。そして自分が千隼、と呼ぶと満たされていたのも。千隼、ではなく――智早と呼んでいた気になっていたから。

「好きじゃねえ」
「え?」
「俺は、あいつじゃなくて…お、お前、が、好きだ」
「え!?」

 智早が大きな声を出した。いつも静かな声で話している智早からそんなに大きな声が出たのが意外で愁は目を見開く。

「え、あ、あの、え…?」

 混乱した様子の智早の頬はほんのりと赤い。慌てて俯いたが見えている耳は赤く染まっている。それを見て愁は優越感と満足感で一杯だった。そうか、俺はこいつが好きだったのだと、改めて思う。今までどうとも思わなかった普通の顔も、今じゃ可愛いとすら思ってくるのだから、単純だなと苦笑する。

「好きだ、智早」
「…っ」

 ポロリ。焦げ茶色の瞳から一粒、涙が零れた。愁はぎゅっと抱き締めて、今までのことを謝罪する。智早は泣きながら首を何度も横に振る。初めて、心が通い合った瞬間だった。

「…お前のしてほしいこと、全部してやる。今度、出かけるか」
「……っ! は、い!」

 愁はさらさらの黒髪を撫でて、笑みを浮かべた。


fin.
おまけ

愁「おい、テメェ…智早から離れろ」
千「はあ〜? 今まで何も言ってこなかったのに急に酷いこと言うんですねえー?」
愁「…っ! そいつは俺のなんだよ! 返せ!」
千「こんなのが智早の恋人だなんてマジ納得いかないんだけど…。ねえ智早ー。僕にしない?」
愁「テッメェ…!」

副会長「智早くん、これ食べる?」
智「あ、どうも。食べます」
会計「ちはやんって癒し系だよね〜。ハムスターみたい」
副「はは、口にクリームがついてるよ」
愁「――って、お前ら! 何人の恋人に餌付けしてんだよ!」


愁(→)←←智早  →   愁→→→←←智早←千隼な感じ。

以下登場人物紹介。

奥山 智早(おくやま ちはや)

無表情のせいで冷たい印象を与えてしまう。
慣れると表情がわかるようになる。

千隼のことは大事な友人だと思っている。
秀には一目惚れ。

林原 愁(はやしばら しゅう)

俺様会長。実は苦労人かもしれない。
最初は智早に無関心だったが、智早が何も言ってこないため段々と気になり始めた。

最近智早が色々な人に可愛がられていてイラついている。
最大の敵は千隼。

金谷 千隼(かなたに ちはや)

王道転入生。普通にいい子。
自称智早の親友。いつか秀から奪ってやろうと計画を立てている。

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