誰もいない朝から

CAGE-CLOSE-
石松ルートネタバレ注意。
(来栖ルート若干ネタバレ有)























 強烈な光が俺に当たって、俺は誘われるように目を開けた。雀の鳴き声と明るい外により、朝が訪れたことを知る。やけに眩しいと思ったら、カーテンを閉めるのを忘れていた。そういえば、昨夜鍵をかけた記憶もない。もしかしたら俺は期待しているのかもしれない。金髪碧眼で日本刀を持った、あのロボットのような殺人鬼がふらりとやってきて、俺の胸を一突きするのを。
 俺が宝物を全て失ってから、幾年か過ぎた。あの時のことは忘れられるはずがないのに、あれがいつのことだったか、靄がかかったように分からない。俺はいつしか数えるのを止めてしまっていた。
 俺は背伸びをして、ベッドから降りる。異様に静かだった。この家は、一人で住むには大きすぎる。しかしこの家を出て行くことは考えられなかった。楽しい思い出も、悲しい思い出も、燃えるような怒りも、全てここにあるから。俺を除く家族全員が殺されてから、近所の人たちは俺を腫物扱いした。職場の人間だってそうだ。人の神経を逆撫でする来栖だって、ゲームの直後は気まずそうだった。キバ太郎をしていた来栖は、石松が俺の家族を殺したことを知っていたのかもしれない。今となっては、どうでもいいことだけど。
 煙草に火を点けた。俺はぼりぼりと腹を掻きながら階段を降りる。眠たい。眠たい。眠って、そのまま目を覚まさなければいいのに。
 久しぶりの休みだったが、俺の唯一と言ってもいい親友さえもこの世から去ってしまったので、俺には遊び相手がいなかった。大衡も俺の家族も、俺の所為で命を落としたというのに、俺は。俺は……石松に復讐することも、自ら死ぬことだってしなかった。とんだ臆病者だ。く、と笑いを堪える。
 とにかく今日のことだが、遊び相手がいたとしても、恐らく俺は友達なんかと遊びはしなかっただろうなと思う。俺にはそんなものもう必要なかった。そういえば石松の復讐はどうなったんだろう。斎木は死んだが、石松が復讐したい相手は確かその父親だ。もしかしたら復讐に失敗してとっくの昔に死んでいるかもしれない。馬鹿だ。
 俺はのそのそと適当な服に着替え、外に出た。どこに行くとか、考えていなかった。












 ざわざわと煩い。周りは俺のことなんかまるで気にしてなくて、俺もまた然りだった。何故俺はこんな人の多いところに来たんだろうか。ぼんやりと考えていると、誰かにぶつかった。

「あ、すんません」

 小さく頭を下げて顔を見る。時が止まった。

「……いし、まつ」

 俺の愛する宝物をぐちゃぐちゃにした憎き男が、相変わらず無感情の顔で俺を見下ろした。記憶にある石松より髪が短くて、背が高くて、相変わらず鍛えているのか体ががっしりしていて、流石に日本刀は持っていなかった。石松は何か言おうとしたのか、口を開いて――閉じた。そして流れるように俺の手首を掴むと、そのまま歩き出す。

「なん、え、おい、」

 俺はどうやら混乱しているらしかった。口から出るのは平仮名の羅列で、それは意味を成すものではなかった。
 裏路地に入ると、ぱ、と手が放される。俺は何となくその手首を撫でて、石松を見上げた。

「何でここに…」
「ここにいれば、会えると思った」
「俺に、会いたくて…?」

 声が震えた。俺はこの男が好きだった。刀の手入れをしている石松をずっと見ていたかった。大事に手入れしていた刀が俺の家族を滅茶苦茶にした時は、憎くて憎くて仕方なかったけど、俺は。この男が好きだったのである。好きだった男が会いに来てくれて、嬉しくないはずがない。
 石松は俺を見下ろして、懐から何かを取り出した。折り畳みナイフだった。唖然としている俺に向かって、抑揚のない声が感情のない言葉を発する。

「今度はお前が殺す番だ」

 今度? お前? 殺す? 殺す番って? どういう意味?
 俺は押し付けられた折り畳みナイフを見る。先程までの喜びは、跡形もなくなっていた。

「……復讐、したのか」
「ああ」
「お前はそれを、俺にやれと言っているのか」
「そうだ」

 ふざけるな。俺は折り畳みナイフを開いて、自分の首筋に当てた。ぼろぼろと涙が零れる。そんな無様な格好の俺を見て、初めて石松が表情を変えた。相変わらず、ロボットのような奴だけど、表情は以前より変わりやすくなっているのかもしれない。

「お、おれ、はっ、やっと、あの苦しみから、のが、逃れられたのに、憎しみをっ忘れられたのに」

 石松は俺の手首を掴んだ。

「お前は、また苦しめと言うのか」
「…俺は」
「大切な奴を、もう失いたくないんだよっ…!」

 ぼろ、と零れた涙。アスファルトの地面に落ちて染みを作った。

「…俺にはもう、何もない。苦しみだけだ」

 ぽつりと呟かれた言葉に目を見開く。そして俺は石松の胸倉を掴んだ。思い切り引っ張ると、その唇に噛みつくようにキスをした。心なしぽかんとした表情の石松に、俺はにいっと笑う。鼻水やら涙やらで汚い面だろうな。

「じゃあ、俺の傍で一生苦しみ続けろ、バーカ!」

 その時の石松の顔が傑作だったので、俺はナイフを投げ捨てて石松の体に抱き付いた。

















fin.

涙なしではできない石松ルート。
何度泣いたことか…!

石松を幸せにしてあげたいなあ、と書いたもの。
本当は牧紺を書くつもりだったんですが、あまりにも牧さんが書きにくかったので予定変更。

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