只今観察中!

 朝八時。俺は鞄から取り出したサングラスをかけ、帽子を深く被る。準備万端だ。ドキドキと逸る気持ちを抑え、ごくりと唾を飲んだ。ハアハアと息が上がる。いや、これは暑さの所為だけど。最近は異常気象で暑いからなぁ。
 先輩――ここ一週間観察して一つ上だということが判明した――が家から出てくる。どこでもありそうなデザインの制服を身に纏った彼は、しかしそれでも恐ろしくカッコいい。俺は素早く素晴らしさをメモ帳に書き記すと観察をする。気怠そうな顔。綺麗な金髪が太陽に反射して輝いていて、モデル顔負けの端正な顔に筋肉質な――それも細マッチョくらいの均等のとれた体。すらっと伸びる脚。ああ、あの足に踏まれる土が羨ましい!
 おっと、先輩が学校に行ってしまう。俺はこっそり後をつけながら頬を染める。ああ、マジカッコいい。俺もああいう男になりたい。文字で一杯になったノートをうっとりと眺めながら彼を思い浮かべる。はっと我に返って角から顔を出して先輩を探すと、それほど遠くには行っていないようだ。よかった。よく見ると隣に人が立っている。あいつは先輩に馴れ馴れしくしている自称友人のチャラ男だ。まあ割とカッコいいとは思うけど先輩と比べたらそこらへんの芋っころだ。そして俺と先輩を比べたら月と鼈だな。いや、比べること自体間違ってるか。取り敢えず自称友人はチャラいから好かん!
 しかしあの自称友人め。早く先輩から離れろよ。――と思っていたら自称友人の方から離れた。それに満足感を得て喜びながら視線を落とす。そして先程の苛立ちを書き留める。

「今日も障害物が先輩に近付いた。腹立たしい…っと」
「ちょっとー、障害物ってなぁんのことかなぁ?」
「決まってるだろ、先輩の自称友人のカルタとかいう奴だ」
「へぇー」

 ごん、と鈍い音と共に衝撃が俺を襲う。かなり痛い。俺は頭を押さえ、眉を顰めながら衝撃の正体を探した。

「誰が自称友人だよ! ちゃんと友人ですー! あと俺はカルタじゃなくてカイタですー!」
「げっ」

 自称友人、カルタ改め海田がしゃがんでいる俺を怒鳴る。怒鳴りたいのは俺だ。何で名前を一文字間違えただけで殴れなきゃならないんだ。

「いい加減ストーカーやめてよねー。暁人も困ってるんだから」
「何!? ストーカー!? 誰だそいつは。どこにいるんだ!?」
「いやお前だよお前!」
「くそっ、隠れるとは卑怯な奴め!」
「話聞けよ!」

 何故か息を切らして怒鳴っている丸太に呆れた視線を投げかける。全く、公衆の面前でキレんなよ。カルシウム足りてないなこれは。先輩を見習えよ。

「ちょっ、何で俺が痛い人みたいな感じで見てるわけ!? おかしいのお前だからね!?」
「…おい、海田。急にいなくなってビビったんだけど」
「えっ? ……あ、…え、暁人!?」
「何してたんだ……って、こいつ最近後付けてくる…」
「絶対こいつ危ない奴だって!」

 めっ、目の前に先輩が……! えっ、えっ、どどどどうしようどうしたらいいんだ。緊張で汗がジワリと滲み出る。俺の平凡な顔を見られたくなくて帽子を押さえた。ハアハアと息が荒くなる。

「うっ、うわぁー! ハアハアいってるんだけどー! 気持ち悪っ!」
「あ、あぁ…流石にこれは。おい、お前。…顔見せろ」
「どうせキモオタの顔でしょ! カッコいいやつがストーカーなんかするわけないし!」
「あっ、あの!」

 俺は蔑んだ目をしている海田を不思議に思ったが、今はそれどころではない。

「サインください!」
「…は?」
「だから話聞けよ!」

 ぎゃあぎゃあと煩い海田に眉を顰める。だからお前はモテないんだ。もっと落ち着きをだな――…。

「あれ、蓮? あんた何してんの?」

 聞こえた高い声にビクリと肩を震わせる。顔から血が引いていくのが分かった。ヤバい、よりにもよって一番見られたくない相手に見られてしまった。

「へ?」
「蓮? こいつの名か?」
「え、そうですけど…。って、えーと、あなた方は?」
「俺たちはこのスト」
「え、笑…」
「蓮…こんなとこで遊んでるけど、あんた"アレ"は終わったのかしら?」

 ギクリと肩を揺らす。笑の可愛らしい笑顔の後ろに恐ろしい般若が垣間見えた瞬間だった。握り拳を今にも俺に振り下ろしそうで、俺はその場で土下座する。

「ま、まだですねアハハ」
「全くあんたは…。取り敢えず学校行くわよ」
「イエッサー!」

 勢い良く立ち上がって敬礼する。そのとき何かが落ちる音がして、頭が軽くなる。カシャンと音もして、視界が明るくなった。

「あ」
「え」
「へ?」

 溜息を吐いて呆れ返る笑。あーあ、やっちまったな俺。まあ笑にバレちゃったし、今更どうでもいいか。

「えっ、ストーカーの犯人がガイヤのレン!?」

 海田が目を見開いて俺を凝視する。そう、俺はガイヤというバンドのボーカルをやってるレンだ。まあそこまで有名なわけじゃないし、平凡だからこんな有名人みたいに顔は隠さないでいいんだけど念のためっていうか。海田、知ってたのか。でも一瞬で分かるなんて凄いな。学校の奴らでさえ時間がかかったのに。
 少し感心していると、海田の言葉を聞いた笑が瞠目した。

「蓮がストーカー? 男に? 蓮がそんなことするわけないじゃないですか。ねえ、蓮?」
「勿論だ」

 そんなこと俺がやるはずない。

「えー!?」
「しかし俺は――」
「そうだ、笑、今度買い物に行かないか?」
「あら、奢りよね?」
「当たり前だ」

 俺は笑に笑いかけ、さり気なく手を取って歩き出す。その際見えた先輩と海田は呆然とした顔だった。















……終われ!
このあと先輩と海田は連が気になって気になって仕方ないでしょう。
一応続編みたいなのは考えてます。それぞれの視点と、何故ストーカーをしたのかという謎解明です。まあ大体の予想はつくでしょうがw


簡単に人物紹介

山城 連(やましろ れん)

高1。
ガイヤというバンドのボーカル
淡白で単純思考。つまり馬鹿。自称平凡。
笑は幼馴染み。


遠山 暁人(とうやま あきと)

高2。
クールな男前。
恋愛には興味なし。最近ストーカー被害に困っていた。
海田とは腐れ縁。

海田 洋(かいた ひろ)

高2。
チャラ男。日焼けして色は黒い。
ピアスは痛そうだから開けません。
ツッコミ。

手島 笑(てしま えみ)

高1。
可愛らしい女の子。幼馴染みの馬鹿さにいつも振り回されている。しかし絶対の信頼を寄せている。

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