ちい姫さまの恋事情
羽衣子  1/23




新しい邸である内大臣邸には、桜の樹がいくつか植えられていて、私の住んでいる西の対にも一本、部屋からその全容が見えるように植えられていた。その桜の見頃も終わりに差し掛かり、はらはらと花びらが舞い簀子に落ちる。
慌ただしく行き交い忙しくしている女房たちと比べて、その裳が立てた風に花びらが舞う様子はとても美しかった。

私は脇息にもたれかかり、少しだけ上げられている御簾の下からそのさまを眺めていた。


「物憂げね、ちい姫。何か考えごとかしら」


私の部屋に訪ねて来たのは、登華殿の女御である姉さま。今は実家であるこの内大臣家に里帰りしている。
一緒に部屋に入ってきた女房の腕には、産まれたばかりの小さな赤さんが抱かれている。

そう。姉さまが産んだ、今主上(いまおかみ)の皇子、一の宮さま。


「若宮さまを連れてきて下さったの?姉さま」


「部屋を設えるために追い出されたのよ。ここで少し、匿ってほしいわ」


冗談ほのめく姉さまは私が若宮さまのお顔が見えるよう、乳母に近くに座るように促してくれる。今は乳を飲んだばかりということで、すやすやと眠っている。赤く色づいた頬がとても柔らかそうで愛らしい。

自然と触りたくなったけど慌てて伸びていた腕を引っ込める。
こんなに気持ちよさそうに寝ているのだもの。起こしてしまったらいけないわ。


「この邸が建ってまだ一年なのでしょう?宴があるからといって、ここまで大仰な改装をしなくてもいいんじゃないかしら」


「姉さま。主上の初めての皇子さまなのですから、お父さまも張り切っているのです。五十日(いか)の祝いを盛大にしたいのですって」


「それは良いのだけど、まだ産まれたばかりの宮のことを考えたら静かにしてほしいものだわ。この宴の慰めといえば、ちい姫の箏が聞けることぐらいだもの」


「やっと人さまの前で弾けるようになったくらいですから、お耳を塞いでお聞きくださいね」


箏。少し前までは弾き方くらいしか分からなかったものを、今では誰かと合わせて演奏ができるくらい上達している自信があった。嗜みのある女人になりたくていろいろ頑張ってみたけれど、箏がいちばんしっくり来た。

指で弦を弾くたびに美しい音色が響く。それを聞きたくて指を動かしているうちに、一曲弾けてしまう。楽器がこんなに楽しいものだとは、思ってもみなかった。
他に何も没頭できるものがなかった、といえばそれまでなのだけど。


「ちい姫ったら、一人前に謙遜するだなんて急に大人っぽくなりすぎなのよ。前に内裏に遊びに来た時なんてわたくしの子守唄でねんねしていたのに、今は物憂げに御簾の下から外を眺めているのだもの」


「子守唄で寝ていたのは忘れてください……」


言われて急に顔が熱くなる。
ここには初め、私がちい姫と呼ばれていることに驚いていた若宮の乳母がいる。
ただでさえその呼び名が恥ずかしいのに、子守唄でねんね、なんて今年十六になった姫のすることじゃないのだから。



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