ちい姫さまの恋事情
移ろい  11/17



この邸に住むようになってから、この釣殿には初めて来る。雪は降らなくなったけれど、まだ寒さの堪える時期であるには変わりないから、浮草に縫ってもらった綿入れを羽織った。


「姫さま、本当にお一人で行かれるのですか」


「宮さまが仰るんだもの。大丈夫だと思うわ。何かあったら叫ぶから、ここで待っていて」


「かしこまりましたわ……」


私は部屋からついてきた不安そうな浮草を、中門の前に座すように言いつけて、そこからはひとりで釣殿まで歩いていく。
釣殿は池の上に建てられていることも多いけれど、この邸の釣殿は完全に池の上にあるわけではなく、池の中にある中島につながっている構造になっている。
釣殿の先までたどり着いて、辺りを見回すと先客がいることに気がついた。


「えっ、伸弘……?」


その先客は夜に紛れるよう暗い色の狩衣を着ていて、月明かりの影に隠れて釣殿の隅に退屈そうに座っている。
でも屋根の端から漏れている明かりで、色素の薄い高く結った髪の輪郭が浮かび上がり、肌の白い伸弘の整った顔は夜の暗さに慣れない目でもよく見ることが出来た。

てっきり宮さまが現れるものと思っていた私は、思ってもみない人物の登場にぽかんとしてしまう。
そんな私を見て、相変わらずの仏頂面が刻み込まれた伸弘の顔はさらに眉根の皺を深くする。


「こんなところで月見だなんて、良いご身分だよまったく」


「まだ月なんて見れていないのだけど……憎まれ口が一層増している気がするわね、伸弘」


憎まれ口に憎まれ口を返した反面、喧嘩をする相手なんていなかったものだから少し嬉しい。伸弘が私のことをよく思っていないことが分かるだけに、ちょっと悔しいけれど。


「何をしにここへ来たの?わたくしに会いに来た……っていうのは、違うわよね」


「まさか。俺はささらに会いに来ただけだよ」


「そうなの。生憎ささらにはもう許しを出しているから、寝てしまっていると思うわ。残念ね」


伸弘がここに来た理由として、妹みたいに思っているだろうささらに会いに来るのは筋が通っているので疑わない。
ささらは今でこそ私の女の童だけど、昔は道楽や伸弘と一緒に家族みたいに暮らしていたんだもの。伸弘も寂しいはずだわ。




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