ちい姫さまの恋事情
雪融け  4/11




「いまちい姫が行ったって何もできないよ」


「でも兄さまが……柾路さまが……」


「あんなにひどいことをされても、ちい姫はまだあの男を助けようとするの?」


そうじゃないわ。

そうじゃない、けど。

こんな、大好きな兄さまと柾路さまがこんな風になるのを見たかったわけでもないの。
兄さまと柾路さまが仲良く談笑して、たまに憎まれ口を叩いては許しあって。そんな他愛もない二人が見ることができればそれだけでいいのに。
柾路さまに殺されそうになったことよりも、胸が張り裂けそうでつらかった。


「俺の方から説明しよう」

兄さまの様子を見兼ねて、道楽が二人の間に入る。柾路さまにもう戦意がないと知りながらも、伸弘は道楽に危害が及ばないよう太刀を収めることはしなかった。
そんな伸弘の心配もよそに、道楽が柾路さまの隣に腰を下ろし柾路さまの肩を叩いた。
暗に“全てを話すぞ”と言っているようで、それがわかったのか柾路さまは小さく頷いているようだった。


「改めて言うが、俺の本当の名は源路唯(みなもとのみちただ)。左大臣家の嫡男として十の頃まで過ごしていた。正しくは元服前に家を出たからそう名乗ることはできないのだが」


父が最後の餞別として元服後の名をくれたんだ。と道楽は頭を掻きながら懐かしそうに話した。
きっと昔は髷を結うことができるくらい髪が長くて、左大臣家の跡取りとして立派な公達になるはずだったのだわ。
小さな頃に仕込まれた美しい所作は今も少しだけその影を見せるから、道楽が盗賊の頭という事実を忘れそうになるもの。

それこそ、隣にいる柾路さまの兄君として自然に見えるくらい。


「俺が殿上童をしていた時、臣籍降下していた皇女(ひめみこ)が宴の席に現れた。俺はその皇女をもてなすため側に侍ていたのだが、突如としてその皇女が死んでしまったのだ。大納言が側にいた俺に毒を持ったのだと疑いをかけた。左大臣であった父は自身の立場を優先し、苦肉の策として俺を寺に押し込み最初から居なかったように振る舞った。そういう筋書きだな」


あの夜。
柾路さまから聞かされた話とまったく同じことを本人の口から聞くことになるなんて、思っても見なかった。

道楽だけが知っている、ほんとうのことを。


「この弟、柾路は大納言が一方的に俺を疑い嫌疑をかけたので、縁を切られてしまったと今でも思い込んでいる。兄は何もやっていない、だから大納言へ兄の仇をとってやる、と動いてしまっていたが実は大納言は間違ってなんかいないんだ」


「な……」


驚きの声をあげたのは柾路さまのほうだった。


「間違っていないと言うのは、どういうことですか兄上」


「俺だ、柾路。皇女に毒を盛ったのは俺なんだよ」


「嘘だ……!」


柾路さまは首を横に振った。信じられない、信じたくないと言うふうに。


「違います兄上!兄上はただお側にいただけ!そうでしょう」


「全てを目の当たりにした俺の言うことが信じられねぇのか?……あぁ、無理もねぇな。俺のことを思って大納言を逆恨みして、とうとうこんなことになっちまったんだもんなぁ」


「……っ」


道楽が私や宮さま、兄さまのほうを見渡して嘲笑するように小さく笑ったけれど、柾路さま愕然として衝撃を隠せない様子だった。
私たちに顔を向けるどころか、そのまま俯いてしまう。

柾路さまはずっと、大納言家を恨んでその大納言家で大事にされている姫の私を殺めてしまおうと思うくらい兄君をとても慕っていたのね。
兄君のために人を殺してしまいたいと思うほどに。

同情するなんて馬鹿みたいだと思うけど、そこまで思い込んでしまった柾路さまを哀れに思ってしまうのは避けられなかった。
柾路さまの覚悟が、痛々しいくらい真っ直ぐで、真っ白だったから。

その想いが、柾路さまをこんな風にしてしまった。


「俺はまさしく従順だった。父上に持たされたものを皇女の召し上がれているものに含めてしまった。それがどういうことかも理解できていないほど、父上の言うことは絶対で逆らうことなど考えもしなかった。父である前に左大臣だった父上は、帝の覚えもめでたい、降嫁した女二の宮を本妻に持つ大納言の出世を妬んでいたんだ」



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