ちい姫さまの恋事情
雪融け  1/6






幼い頃に出家して行方不明になっていた、柾路さまの兄君。
それが今目の前にいる盗賊の頭、道楽がその正体だったなんてすぐには理解できない。
それは柾路さまも同じようだった。


「嘘だ。兄上が、盗賊に成り下がることなどありえない」


ーー私は兄が好きでした。何でも出来て、頭も良くて優しくて……。

あの夜、柾路さまが寂しそうに語ってくれたこと。あの時の気持ちは本当のことだったのだと理解できる。だからこそ、憧れだった兄君が盗賊になっていたなんて簡単には信じられないのだわ。


「そうか、……そうか。お前の中では俺は、あの時のまま左大臣家の嫡男として父親に従順だった童のままなんだな」


静かに呟く道楽の声は、いつもの乱暴なものではなくそれこそどこかの公達のような雰囲気をしている。
道楽には不思議と盗賊らしくないところがあると感じていたのは、こういうことだったの……?
その一面が現れた時はいつも、道楽はどこか品のいい殿方に見えて仕方なかった。


「盗賊が兄上を騙るな……!」


道楽の言うことを素直に呑み込めない柾路さまは、震える手で朧太刀を握りそれを道楽に向かって振り落とした。
いつもの道楽だったら容易く避けることが出来ていたかもしれないのに、彼はそれをしようとはしなかった。道楽に避ける意思がないことを瞬時に判断したのか、伸弘が条件反射的に駆け寄ろうとしたけど間に合わない。


「楽兄!」


伸弘が伸ばす手も虚しく、道楽の左肩から右腹に向けて一本の太刀筋が通ったように見えて、私は思わず目を瞑ってしまう。
暫く何の音もしない部屋に小さな鈍い音が響いたあと。恐る恐る目を開けると、朧太刀が柾路さまの傍らに転がっているのが目に飛び込んできた。


「なぜだ」


低い声。
床に手をつき、柾路さまは朧太刀を睨みつけて道楽に疑問をぶつけた。
斬られたはずの道楽は左肩を抑えながらも、特に血が出ているようには見えない。その横で怒りで狂いそうな伸弘を片手で制しているから、あまり深い傷ではないような……?

確かに道楽は肩を斬られていたのに。どうして傷もなく平気でいられるの。




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