ちい姫さまの恋事情
路唯  11/16



それからまた数日が過ぎ、次第に私が囲われている邸が静かになっていくのが分かった。
他の郎党たちは出来る限り数を減らし、一時的に警備する人たちを手薄にする。

そのことがよく分かるくらい、人の気配も、物音も少なくなっていた。



そして今。


夜も更け、私の周りは更に静けさを増し、静寂に心を支配されそうになった頃。




かの人が姿を現した。



私はそれが本物なのか確かめたくて、勢いでその胸に飛び込んでしまいそうになるのをぐっと堪えた。

今の私たちに置かれている現状からしてみると、いくら夫婦となるはずだった二人だとしてもとてもそのような状況では、なかったから。

部屋にあるのはひとつの燭台だけで、室内は薄暗い。
なのに私が知っているそれとは違う、彼の酷く身をやつした姿は目を凝らさなくてもそのことが良く分かった。

いつも綺麗に整っていた御髪も乱れ、烏帽子もよれて曲がってしまっている。
いだかれると良い匂いのした香はその気配を消し、袍についた土埃に負けてしまっていた。
精悍な顔も以前の生気が失せて、目は虚ろで頬は痩け目も当てられないような悲惨な状態だった。

それこそ貴族ではなく、ただびとのような有様で。
よくよくその姿を見た私は純粋に「怖い」と思ってしまった。


「姫君……」


でもその優しい声は、私が恋しいと思っていた柾路さまのまま。
私は、柾路さまを想ってはいけないのに。
胸が苦しくなるほどに、抑えきれない愛しさが込み上げて来る。


柾路さまに、助けてもらった日。

助けてもらったお礼を、胸を高鳴らせながら文に綴った日。

宴の晩、静かに柾路さま自身のことを話して下さった日。

結婚しませんか、と抱きしめてもらった日。


どうしても、純粋に恋い焦がれていたあの幸せで平穏な日々を思い出してしまう。
どれもこれもが大切で、私の心をじんわりと温めてくれるから。


柾路さまは、本当に私の事を憎んでいるの……?

今までの二人の時間の中に、本当の柾路さまはかけらもいなかったというの?


私はばかなのかしら。
涙を拭って下さった兄さまの温もりも、まだ冷めないというのに。
私を守ってくれている皆の言葉を、信じなければならないのに。


それでも、と繰り返すのは。
柾路さまに真心で恋をしているからなのだと、やっとのことで気付いたの。






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