1.一人目:切原赤也 「ちぃ〜ッス……って、あれ?誰もいねぇ?」 風呂上りに立ち寄った先輩の部屋だったが、あいにく目当ての人はおらず、4人部屋なのだからして他3人いてもよさそうだが誰もいなかった。 「ちぇ。どーすっかな〜」 さほどたいした用事ではないので後で本人に会ったときでもいいのだけれど、せっかく寄ったのでしばらく待ってみようか? そういえば先輩の同室に、自分と同い年の他校生がいる。 食べるの大好き、漫画大好き、ゲーム大好き、と意外と趣味の合うヤツなので、ソイツの私物の漫画でも拝借してみよう。 ローテーブルに無造作に置かれた漫画本は、きっとその他校生のものだろう。 (この部屋を使っている後2名は、自分の先輩とこれまた同学年の他校生。ただしどちらも漫画本を読むタイプには見えない) 「…なんだ?これ」 漫画本の隣に置かれているのは……ポータブルDVDプレイヤー?ブルーレイプレイヤー?? 今回の目的―目当ての先輩ではない方の先輩は、映画好きでもあるので彼の持ち物だろうか? それども、漫画本を読みそうにない同学年の他校生も、以前映画の話題になった際、ぶつぶつぶつぶつと好きな映画アレコレを呟いていたので彼の方か? 何となく気になったので、電源をオンにしてみた。 映し出されたのは…… 「古っ」 タイトルは聞いたことがあるような気がする……が、正直内容はサッパリな映画だ。 そもそも、元が小説なのか、アニメなのか、映画なのか、漫画なのか。それすらわからない。 ただ、ブルーレイとはいえ作品の古さは隠せないのか、色の感じと映像が、オールドムービーのようで果たしてコレが先輩か、それとも他校生のものなのか不思議に思ったほど。 (ま、いっか。ヒマだし) とりあえずは目当ての先輩が来るまで、観て見よう。 面白くなかったら、漫画本にスイッチすればいい。 2.二人目:財前光 コンコン 「入りますわー」 今まで話したことも無かったが、このたびの合宿で大勢の他校生と過ごしているうちに、その中でも気の合う人というのができてきた。 この部屋に割り当てられている人も、1つ年上かつ全中では日本一有名な強豪校レギュラーとして、特にダブルスで活躍した一人。 成績も良く、見るからに優等生で真面目で面白みは無さそうという印象だったが、話してみると意外や意外。 博識でエンターテイメントにも精通しており、特に映画の知識と熱意は特筆すべきものがあった。 フランス映画の陰鬱でどこかシュールでもあり、わかり辛いところが好きな自分と、今はミュージカル映画にはまっているらしい他校の先輩は、映画の趣味が合うかと言われれば微妙なところだが。 それでも自分の一番好きな映画を、あの人も観たと聞いて、ついつい話したら予想外に深い話、感想会になって、楽しかった。 自分の学校の先輩らとは一つも趣味が合わないのだからして、こんなに映画話で盛り上がることは無い。 だいたい、部の長からして『純愛って、ええやんな』なんて薄らサムイことをのたまい、韓国映画の話しかしない。 大阪に染まっていないはずの先輩は、……意外に似合っているとは思えどジブリアニメ。しかも古い作品。 一番好きなアニメはラピュタやナウシカ、紅の豚……ではなく、トトロだというのだから、映画の話が続かない。 決して自分はアニメなんて見ません!というワケではなく、人並みに観るのだけれど、好きな映画のジャンルとなると少し違う。 ちなみに特撮モノ、戦隊モノ、、とわーきゃーさわぐ他の部員は問題外だ。 『好きな映画がスピードて、先輩ソレ、映画関係無いんちゃいます?』 内容聞いても要領をえなかったことを思えば、タイトルだけで選んだに違いない先輩も、問題外だ。 やっぱ東京モンは違うのだろうか? それとも、この部屋の他校の先輩が、自分の部の先輩らと違いすぎるのだろうか。 大人びた雰囲気で、口調も丁寧だが映画好きで、感想も面白くイイ観点をついている立海の柳生さん。 日本公開前の映画特集が組まれている雑誌を持っているらしく、夕飯時に貸してもらうことになった。 風呂上りに同学年の他校生たちと卓球で遊んでいたが、雑誌のことを思い出し一抜けしてこの部屋を訪れたのだが。 「柳生さん?いないですかー?」 あいにく目的の人は不在……というか、同室のメンバーもいない? ただ、奥でなにやら声がする。 とりあえず中に入り、音のする方へ歩を進めてみる。 「………切原?」 ローテーブルで、音を出していたのは……ポータブルプレイヤー? その前に鎮座している同い年の他校生、切原赤也。 「お前、何してん?」 「財前?」 いったい何を観ているのだろうか。 テレビ番組?映画?ミュージックビデオ?? 同じく視線を画面にうつしてみると、内容は映画らしく、配給会社のCM、ロゴが映し出されている。 …始まったばかりか。 「何の映画?」 「わかんねぇ。コレに入ってた」 「柳生サンのなん?」 「多分。伊武のかもしんねぇけど」 どんな映画が始まるのかはわからないが、柳生の持ち込んだものなら内容はアタリだと思える。 とりあえず本人がくるまでヒマだし。。。 切原に倣い、ポータブルプレイヤーの前に座って画面を見つめる。 しばらく観てみるとしよう。 まだまだ夜は長いことだし。 3.三人目:芥川慈郎 夕飯後に軽い運動!とレクリエーションルームでビリヤードにトライしてみた。 あまりやったことが無いので正直素人だけど、先にプレイしていた宍戸と仁王、平古場に教えてもらいつつペアを組み、変則マッチでナインボールを楽しんだ。 しばらく遊んでいたが、ルームに入ってきた青学の河村に、彼の後輩が自分を探しているといわれてゲームを抜け出した。 数日前に、その後輩に漫画本を貸していたので、その件かな? 今朝の食事中、一緒のテーブルで囲んだ際に、漫画読んだから夜返します、と言われたのでそこのことかと思い、それならばと部屋を訪れてみたいのだけれど… コンコン、ガチャ 「桃城〜?入るよー」 漫画本を貸している他校生の後輩、桃城武………は、どうやらいないらしい。 というか、同じ部屋なはずのジャッカルも、柳生も、伊武もいない。 はて。 彼の用は漫画返却ではなかったのか。 自分より先に夕飯を終えていたし、レクリエーションルームにもいなかった。 ならばお風呂かトレーニングルームだろうか? 探しに行ってもいいが、見つけた先で彼の目的が『漫画返却』だったとしたら、またこの部屋に戻ってくることになる。 こうなれば漫画本探して持ち返ってしまおうか? 彼は2段ベッドの上を使っているといっていたが、左右のベッドを見てみても枕元にそれらしきものは無い。 部屋の外に持ち出している、とも思えないし。。。 (ベッドしか置くところなさそうなんだけどな〜) いくら豪華な設備であれこれ何でも揃う施設だとはいえ、各選手に割り振られた4人部屋はそんなに広いわけではない。 ベッドとローテーブルくらいで、単純に寝る場所としての機能のみなので、一目で探し物も見つかりそうなのだが。 (無いなぁ〜どっこだろ) きょろきょろと部屋を見渡し、数日前まで手元にあった漫画本を探すが一向に見つからない。 これは、もしや桃城本人が漫画本を持って自分を探しているのだろうか? 部屋を出て自室に戻ってみたほうがいいのか、それとも彼がいそうなリラックスルーム、ティールーム、はたまたトレーニングルーム?を見てくるほうがいいのか。 「……う?」 ふと、奥に視線を投げてみると、人影が見えた。 そういえば部屋に入ったときから、かすかに音が聞こえた気がする。 にしては、部屋に入ってから人の『声』は聞こえなかったし、誰かいるなら入ってきた自分に声をかけてもよさそうだが、それもなかった。 じっと動きを止めて耳を澄ませてみると………テレビ? いや、各部屋にテレビは無いはず。 よくわからなかったが、とりあえず音の発生源を確かめようと部屋の奥―ローテーブルのある方をのぞくと、仲良く肩を並べる背中があった。 ジャッカルと柳生? 桃城と伊武? いやいや、そのどちらでもない。 「きりはら?」 「……」 小さいモニターをじっと見つめる少年は、同じ関東代表の強豪校・立海のエース。 そして、その隣はー 「…あ、氷帝の」 「えっと…大阪?」 「財前っす」 「あ、そだ。四天宝寺」 「そーっす。ケンヤさんと同じ四天宝寺」 「ケンヤ?」 「…忍足先輩ッス」 「侑士?」 「いや、ケンヤ」 「知らな〜い」 (……ケンヤ先輩、報われないッスわ) 財前の脳裏に、このふわふわした氷帝の3年生を前にすると、途端に挙動不審かつしどろもどろになる部の先輩が浮かんだ。 スピード命の先輩と、氷帝の天才が従兄弟同士なのが幾分救いになっている……とはいえないかもしれない。 奇跡的に食事時、同じテーブルを囲めたとしても、氷帝の天才は何の助けにもならないらしい。 それどころか、財前が覚えているシーンといえば、ふんわかした可愛らしい寝すぎ男に邪険にされる氷帝の天才。 『ケンヤが相手にされへんのも、「忍足」やからちゃうん?』 『ホンマか白石!?侑士のせいなんか?!』 『アホか。俺のせいちゃうわ。お前に興味が無いねん』 『なんでや!』 『せやけど芥川クン、チームメートなのに侑士クンに冷たない?』 『アレはいつものことで、ジローはツンデレやねん』 『侑士にはいつもツンツンしてへん?』 『そんなことないわ!』 『立海の丸井や青学の不二には、デレデレやん』 『くっ…』 ちなみに先日耳に挟んだ3人―2人の先輩と、1人の氷帝生の会話である。 「何してんの?2人して」 「いや、ちょっと人待ってて…」 「切原も?」 「俺はジャッカル先輩待ちッス」 「桃城知らない?」 「俺がきたときは、誰もいなかった」 「俺がきたときも、切原しかいなかったっすね」 「そっか〜…って、何観てんの?」 「「……」」 そう改めて聞かれると……互いに目を合わせ、同時に首をかしげる切原と財前。 まだ始まって数分、そして、タイトルは聞いたことあるけれど、内容もジャンルもわからない。 「よくわかんねぇ」「よくわかんねぇッスわ」 同時に呟きながらも、二人とも画面をじっと観ている―くらいには興味が惹かれるのだろうか? きょとんとしている芥川をチラっとみた切原はというと、少し横にずれて財前との間にスペースを作り、空いた自身の隣をぽんぽんと叩く。 「…とりあえず一緒に観ます?」 生意気な口をきかない程度には、1つ年上のこの氷帝生を見知っているのだろうか。 意外とやさしげな口調で誘う切原を少し不思議に思いつつ、財前もならって隣をぽんぽんと叩いた。 「いい時間つぶしにはなるんちゃいます?」 思いがけない2人のお誘いにどうしようか一瞬考えた芥川だったが、部屋を出て桃城を探しにいっても入れ違いになると面倒だ。 探し人が最後に戻るのは結局この部屋だと考えれば、じっとここにいてもいいのかもしれない。 ただ一点、懸念材料があるといえば………映画、か。 「オレ、映画みると眠くなっちゃうんだよねぇ」 「寝たら寝たでい〜んじゃないッスか?」 「ていうか芥川サンって、いつも寝てはるやないですか」 「いつもじゃないC」 プク〜っとふくれる顔は、どうみても年上に見えない。 そうか。これが先輩らがカワイイと騒ぐ一因なのか。 先輩ら(おもにスピードの方)がもじもじしているところや、人づてに聞く『氷帝の眠り姫』は知っているけど、こうやって直接本人と話すことはあまりない。 せっかくの機会なので。 一緒に映画鑑賞をするついでに、隣に座ったこの人を少し観察してみよう。 4.四人目:越前リョーマ 「…何してんスか」 目の前に広がる、ある種の異様な光景に思わず硬直した。 自分の部屋のちょうど斜め前の203号室は、通っている中学の1つ年上の先輩に割り当てられた部屋だ。 同室には、全国決勝で戦った立海大のレギュラーが2人、そしてシングルスで対戦したこともある同じ校区の年上が一人。 何かと構ってきて、部活終わりに寄り道や買い食いに付き合わされることでもお馴染みの先輩は、トレーニングルームのベンチプレスで他校生と勝負すると息巻いていたので不在なのはわかっている。 彼に特に用事があるわけではない。 同じ校区の他校生で、シングルスで勝負した方に用事があるのであって。 「……」 「……」 「……」 ノックすることもなくおもむろに部屋のドアをあけ、中に入ってみると奥のローテーブル前に並んで座る背中がお出迎え。 横一列に並び、微動だにしない3人の姿があった。 近くまで寄ってみると、それが全国大会で直接対戦した相手校の人たちがとわかる。 関東大会決勝、全国大会決勝で相見えた立海大付属中2年生エース(と本人がよく言っている)。 公式な大会では対戦していないが、関東大会前に一度コートで勝負したことのある、一つ年上の他校生。 赤目って、恐すぎでしょ。なんなのアイツ、と当時呟いたものだが、今となっては比較的仲も良好で、時間があると打ち合うこともある切原赤也。 ―は、食い入るようにローテーブルに置かれたポータブルDVDプレイヤー??の画面を見つめている。 何なんだ。アニメか?テレビか?映画か? それにしてはチラっと見えた映像がどこか古い気がする。 そのお隣は、関東と全国で2度対戦した、同じ東京代表の強豪・氷帝学園の不思議なボレーヤー。 互いがシングルスで出場するも対戦相手にはならず、全国大会では5試合目までいくも肝心の彼はその試合にエントリーされていなかった。 今回の合宿で初めて会話し、昼寝しようとすると必ず先にいて、気持ちよさそうに寝ている。 隣に根っ転がると、ぽかぽかとお日様のようなあたたかい香りがして、リラックスできるような気がする不思議な人・芥川慈郎。 ―切原の隣で体育座りで膝をかかえこみ、同じくじっと画面を見つめている。 外国映画? 写る映像は、昔のヨーロッパだろうか。 明らかにアジアではない風景と、登場人物。 というか…… (犬?) 全国大会準決勝であたった大阪代表・四天宝寺中学。 かの中学校といえば、なんといっても遠山金太郎に……懐かれているのか微妙なところだが。 とりあえずは同じ部屋の同級生が一番交流がある、といえよう。 どこへ行ってもついてくるし、自主トレをしにコートに向かえばラケット持って一緒にくる。 ランニングも競るように隣を走ってくるし、トレーニングルームで筋力アップに励もうとすれば同じ器具を選択してくる。 食事も、テーブルがあいていれば当然のように隣にきては、こんもり盛られたありえない量をたいらげている。 そんな彼とはしょっちゅう一緒にいながらも、なんだかんだでちゃんと打ち合ったことがない。 大会でも自分にまわる前に決着がついたため、対戦することは無かった。 同じように、芥川の隣に腰掛けて、画面をー…というよりも、ちらちらと芥川に視線をなげるというよくわからないことをしている四天宝寺の2年。 いわく、『四天宝寺の天才』とは…はて、話したことはあっただろうか? 「映画?」 「……あ、越前」 2年生二人は無視を決め込んでいるのか、はたまた画面に夢中になっているのか、越前の問いにも無反応だ。 (四天の方はたまに視線を動かしていたので、画面に集中しているとは言いがたいが) 真ん中に座る氷帝生が気づき、越前の方へ顔をあげた。 「この部屋の人、誰もいないんスか?」 「うん。オレは桃城、切原はジャッカルで、財前は柳生に用事なんだけど、誰もいないんだよね〜」 「桃先輩ならトレーニングルームっスよ、たぶん」 目当ての人物の居場所がわかり、映画をぼんやり観ていた芥川は自身の左右を囲む2年生をチラっと見つめ、彼らが画面に集中していることを確認するとどうしたものかと越前に視線を戻した。 「まぁ、どうせ終わったら部屋戻ってくるでしょうけど」 「…そだよね」 レクリエーションルームのときのように、一抜けして部屋を出てもいいのだが、左隣の切原はなんだか真剣な目で画面を見つめているし、右隣の財前もじっと映像を眺めている。 自身も普段、映画を見ると寝てしまうのだが、何となく観続けること数分。 奇跡的に眠くない。 こうなれば最後まで見れるか試してみようかな、なんて思っていた矢先の越前登場だ。 立ち上がろうとした芥川だったが、隣の財前から『どうせ戻ってくるから、ここでじっとすればいいんスわ』と呟かれ、映画の続きを観ることに決めた。 そして、何となく手持ち無沙汰で突っ立っている越前を手招きし、自分の隣に座らせる。 「越前は誰に用事?」 「伊武さんッス」 聞けば、グリップテープをもらいにきたんだとか。 前から越前が欲しかったグリップテープだが、タッチの差で伊武に買われたため、あまった分をもらう約束をしているらしい。 以前は逆の立場だったが、今回は残念ながらあちらが上手で、先に取られたと頬を膨らませる姿がやけに可愛くて、ついつい頭を撫でたらじっと見つめられた。 合宿で一緒に昼寝をする仲となったことにより、芥川としては青学の生徒の中では一番交流があるといえる。 「一緒に観よっか」 「何の番組なんスか。映画?」 「よくわかんない」 「……楽しいの?」 「う〜ん、まぁ、どうせ皆この部屋の人待ってるから、ちょうどいいかな〜って」 それに、左隣の切原は既に集中しているのか、隣かわされる会話にも気に留めずだし、右の財前も会話に入ってこないくらいはストーリーを追っている、のかもしれない。 まぁいいか、と開けられたスペースに入り、そのまま腰を落として着座した。 芥川の隣で、彼と同じように体育座りで膝をかかえ、画面を見つめる。 右隣となった財前にチラっと見られた気がするが、視線を返さずまっすぐ正面で、流れてきたシーンを目で追う。 …やっぱり、『犬』? そして、4人。 思い思いに見始めた映画だったが、予想外に真剣に見てしまい、あっという間に上映時間が過ぎていった。 >>次ページ >>目次 |