思えば、跡部はいつだって正しかった。 一切の迷いのない言動と、即座に行動にうつす機敏さ−口も態度も尊大だけど、残す実績と結果に誰もが納得。 有言実行の男だ、と素直に認めるにはいささか口が悪すぎるのか、余計な一言が多いのか、大口たたくのか。 とは外部からもれ聞こえてくるウワサ話の一環。 少なくとも彼をよく知るチームメイトは、自らの言葉を現実にするために、彼がどれだけ努力を重ねているのかを知っている。 恵まれた環境と天賦の才なんてなんのその。 才能を蹴散らすくらいの日々の努力と根性の積み重ねのうえに、尊大な跡部景吾が存在するといっても間違いは無いだろう。 だから、いつだって跡部は正しいんだ。 皆を引っ張ってくれる、氷帝学園の王様。 出会った当初は、そのキャラクターに誰もが度肝を抜かれたけれど。 …というか、宍戸はかなり反発してたし、岳人もイヤそうな顔してて、オレが『面白そう〜』といったら頭をペチンと叩かれ、ああいうのに近づくんじゃねぇぞ、なんて跡部が聞いたら怒りそうな一言。 けれど、みんな跡部の『強さ』は認めていて、そして徐々にその内面もわかってきて。 だてに大口なだけじゃないな、と理解される頃には自他共に認める氷帝の顔になっていた。 (『自』はとっくの昔に認めてたんだろうけど) 毎日のハードワークが性に合わない……というよりも、十分な睡眠をとらないと動きが鈍っててんでダメになる。 でも、傍からみたら『サボっている』としかとられなくて(否定はしないけれど)。 確かについ寝ちゃって練習を疎かにすることは多々あるんだけど、脳が寝なさいと指示を出したら、逆らわず横になっちゃうのは自分でもどうしようもない。 それを、わかってくれたも跡部だった。 −人には人の許容範囲があるし、適した質と量がある。 1週間勉強して平均点のヤツもいれば、学校の授業だけで満点とるヤツもいる。 それと似たようなモンで、毎日4時間以上の練習で身につくやつと、適度な睡眠をとって効率的に体動かして、向上できるヤツと。 ソイツにあった練習でいいんだ。 文句が出たときに、言ってくれた言葉は今も忘れず胸に刻まれている。 その後、『お前は適度どころじゃねぇけどな』なんていいながらも『けど、お前も変わらないとさらなる高みは望めないぜ』釘さすことも忘れずに。 遠足や修学旅行で迷子になったオレを、見つけてくれるのは必ず跡部だった。 練習中は樺地だけど、学年行事のときはあいにくいない。 そして、ふらっといなくなってしまうオレに最初に気づくのも跡部だし(クラス違うのにね)、すぐに人を手配して探し出してくれるのも跡部だ。 (修学旅行のドイツ、ノイシュバンシュタイン城で、テニス部全員に捜索されたことは忘れもしない) なんで、こんなに面倒みてくれるのかな。 一度、聞いたことがある。 (跡部だけじゃなくて、みんなにだけど) 『意識はしてないけど、ついつい手が出ちゃう』 『心配になっちゃうんだよねぇ、芥川くん見てると』 『助けてやりたくなるんだよな』 クラスメートは男子も女子も笑いながら、そういっていつも助けてくれる。 正直、授業をほぼ寝てるオレがテストでどうにかなっているのは、クラスメート全員で作ってくれるノートのおかげだ。 テニス部のチームメイトは、フォローをするのがデフォルトになっているのか、『何当たり前のこと聞いてんだ?』とでも言うかのように、へんな顔をされた。 『なんでって言われても、ジローやしなぁ』 『いまさらお前にそんなこと聞かれるとは思ってなかったぜ。 悪いと思ってるなら家に行く度に起こさせるのヤメロ』 氷帝ダブルス2はこんな感じだし、ダブルス1はというと、 『ま、慣れだな。小さいときからこうだし、いまさらお前が面倒云々なんて思わねぇよ』 『無意識に手伝っちゃうんですよね』 どちらも結局許してくれるし、その他のチームメイトも似たり寄ったり。 肝心の跡部はというと。 『まったく。俺様にここまでさせるなんて、お前が初めてだぜ』 俺様を動かすとはたいした奴だとヘリコプターをおりながらの一言。 てっきり怒られるかと思いきや、豪快に笑いながら言われて、、、迷子のオレを見つけてくれた。 テニスで試合やるときも、オレの全力に、全力で相手してくれるから、跡部との試合が一番ワクワクして、楽しいんだ。 他の皆が『ジローに甘すぎる!!』と苦言を呈したことがあるらしいけど、前途の理由を述べて、それでも『部活は集団行動でもある』と粘られたときに『No2の面倒はNo1の俺様がみるから放っておけ』と言ったらしい。 『跡部はみんなのこともちゃんと見てるよ。そういう部長だから』なんて滝のフォローも入って。 大きな愛だな。 いつも助けてくれて、守ってくれて、願いを聞いてくれて、わくわくさせてくれる。 中学入学で出会ったときからオレのヒーローになった跡部景吾は、高等部にはいっても相変わらずの大きな慈愛の心で受け止めてくれてくれる。 常に前を向いて、でも、背中で後ろを守ってくれて。 皆を導いてくれるし、迷ったときは背中を押す−というか、蹴飛ばしてくる。 (オレは迷わないけどね!) そんなヒーローがいうことは無条件で信じちゃうし、受け入れるし、そこは迷わない。 だから。 「英国に戻ることになった」 中学入学前まで住んでいたらしいヨーロッパに『戻る』と告げられたときに、頭が真っ白になった。 いつだって正しい跡部は、本当のことしか言わない。 そして、一度決めたことを反故することもない。 告げたらそれは決定項で、いわば『報告』なのであって、それがもう動かしようのない事実かつヤダよなんてダダこねることもできないんだ。 オレのヒーローは、最終回を迎えちゃうのかな。 昔テレビでみていた戦隊モノの最終回は、寂しい気持ちと晴れやかな気持ちとごちゃまぜて。 大好きな番組が終わってしまう悲しさ…でも、それ以上に晴れ晴れしたハッピーエンディングに、清清しく終われた気がする。 でも、現実のヒーローが……去ってしまう『最終回』。 もう二度と会えないわけじゃないけど、でも。 住む世界が違うなんてテレビや漫画でありがちな設定だけど、学校という接点がなくなってしまって、さらにヨーロッパというはるか彼方に行ってしまったら。。。 もう、あんなふうに迷子のオレを見つけてくれたり、背中をみせてついてこい!と引っ張ってくれたり、…ワクワクさせてくれることも、なくなっちゃうのかな。 いつでも間違わない跡部の選択は、きっと正しくて。 跡部の言うことは無条件で信じるし、受け入れるし、そこは迷わない。 だから、今回の決断も、絶対に正しいんだし、オレは信じなきゃだし、迷わないし、受け入れないといけないんだ。 たとえ今までみたいに近くにいられなくなるとしても。 「ジロー」 「……うん」 いつも自信たっぷり目を逸らさない跡部が、なぜか眉を寄せ苦々しい表情を浮かべてる。 覆さない決断をして、まっすぐ前を進むだけなのに、正しいのに。 やっぱり寂しさは感じてるのかな? 「俺は、英国に行く」 「…………うん」 西日の差す部室に二人きり。 すでに皆帰ってしまっていて、たまたま部室で寝ていたオレと、起きるまで待ってくれていた跡部だけ。 (送ってくれたりするんだ) きっと、まだ誰にも言ってないんだよね? でなきゃ岳人も宍戸も忍足も、皆さわぐに決まってる。 「しばらく戻ってこない」 「……どれくらい、なの?」 氷帝を辞めて、向こうのハイスクールに転入しそのまま大学進学するという。 かねてからそのつもりで、中等部の3年間だけ『日本の生活を体験させる』目的で来たんだって。 本当は卒業とともに戻るつもりだったけど、跡部たっての希望でずるずる延ばしてきて、もうのばせないところまできてしまって、決めるしかなかったと。 『しばらく』というけど、口ぶりと経緯を聞いたら、もう日本で生活することが無いようにも感じられる。 たまにかえってくるのはともかく、大学も向こうでとなったら5年以上はあっちだ。 いや、『かえってくる』んじゃない、か。 向こうに『戻る』んだから、こっちにくるとしても日本に『遊びに来る』ことになるんだね。 どうしよう。 何て声かけたらいいんだろう。 さびしい。 かなしい。 行って欲しくない。 ずっと一緒に、隣にいて欲しいし、後ろで見守ってて欲しい。 テニスでもっともっとワクワクしたいし、もっともっとうまくなって跡部を楽しませたい。 でも、跡部はいつだって正しいから、オレが何をいっても、何も変わらないんだ。 どういっても跡部は行っちゃうんだから、ここは笑って『寂しいけど頑張ってね』が正解? けど…… さびしい、が強すぎて、笑ってバイバイなんて言えないよ。 跡部の言うことは何でも疑わず、受け入れるんだ。だってオレのヒーローはいつでも正しいから! オレの中の不文律だけど、、、受け入れないといけないんだろうけど。 でも。 「ジロー…」 「…っ…」 なんだか目頭が熱くなってきて、跡部の輪郭がぼんやりしだした。 何か言わないといけないんだろうけど、何を言ったらいいんだろう。 よくわからなくて、どうしたらいいのかわからなくて。 オレはどうなっちゃうんだろう。 こんなに依存してたっけ、、、というくらい、跡部のいない生活が想像できなくて。 『No2の面倒はNo1が見る』…No1の跡部がいなくなったら、オレって……オレが、No1? わぉ。 …なんてこと言ってる場合じゃない。 そもそもガラじゃない。 跡部の言うことは、決めることは、いつだって正しいんだ。 オレたちはいつも、そうやって前に進んできた。 圧倒的な跡部景吾が前を歩いて、その後ろをついていって。 特にオレなんかは一番そんな感じで、みんながしっかりした足取りで後ろをついていく中、ひもでぐるぐる巻きにされて、その先を跡部にがっちり持たれて引っ張られていたようなもの。 いつでも正しく完璧で、…努力家なオレのヒーロー。 紐から解放してあげるときがきたんだ。 跡部がいなくなっても、ちゃんと自分で前へ進めるし、みんなに迷惑かけず歩いていけるんだ。 だから、オレは大丈夫。 そんなに心配そうな顔しなくても、ちゃんといつものように、明るく元気! 笑顔で跡部にバイバイって言えるよ? 「っ…」 「泣くな」 泣いてないよ。 だって、跡部はいつだって正しいんだ。 オレは、跡部が決めたことに頷いて、受け入れるだけだもん。 いつまでも、ヒーローに憧れて、信じてついていくだけだから。 「好きだ」 跡部はいつも正しくて、オレはそれを信じて無条件で受け入れるだけ。 ヒーローの言葉は疑うところがひとつもなく、すっと胸に入ってくる。 いつだってオレは、跡部の言うことならすんなり受け入れるんだ。 そう、無条件に。何を言われても。 たとえそれが跡部の口から聞くには耳慣れない言葉だとしても。 すき。 ………すき? −いつだって、無条件に… 「えっ…?」 抱きしめられた腕の中、跡部の胸から聞こえてくる早い鼓動の音が、やけに耳に響いた。 (fin) >>目次 |