真田弦一郎の後輩指導?



試験期間のため部活動は停止の一週間。
数度の全国優勝を誇る強豪クラブも、名ばかりな弱小クラブも関係なく、立海大付属高校の生徒全員が今週ばかりは勉学に励み、きたる中間考査に向けて鉛筆を取る。
そのため放課後は生徒たちが早めに帰宅するため校舎は静まり返り、毎週月曜朝に行われる風紀委員による校門での挨拶もとい服装チェックも試験期間だけはお休みとなる………のだけれど。


「赤也、ちょっと待て」
「げっ、副部長」


下校前に食堂前の自動販売機で缶ジュースを購入し飲み干すまでほんの10秒。
一気飲みした後の缶は、ピッチャー振りかぶって第一球!
3メートル先のゴミ箱へストレートイン……なんて頭の中で実況いれつつ強めに投げたら、見事に命中。
気分よく去ろうとしたところでかけられた声が聞き覚えありすぎて、思わず身体が硬直してしまった。


―み、見られた?


きっと、続く言葉は『ちゃんとゴミ箱の近くまでいってから捨てんか馬鹿者ーッ!投げるやつがあるか!!』だろう。
怒鳴られるのを覚悟で振り返ると、凛と立つのはひとつ上のお馴染みの先輩の姿。
中学2年間怒鳴られ続け、先輩が高等部に進学しつかのまのお別れ……と思いきや中高一貫教育の付属校ゆえか、それとも部活のトレーニングで高等部との合同練習が週に一度はあるためか。
中等部の部長として束ねる立場にかわってからも相変わらず先輩は先輩で、高校一年でレギュラーとはいえ役職は無いはずの先輩に怒鳴られる立海大付属中学テニス部部長の構図。
既存のテニス部にとってはいつもの『見慣れた光景』なのだけど、切原のことをさほど知らない高等部の先輩方、そして真田を知らない中学1年の新入生部員たちにとってはさぞ新鮮なシーンだっただろう。
だがしかし、回を追うごとに誰もが『昔からこうなのだな』と納得するくらい、切原に教育的指導をかます真田は手馴れており、切原の叱られっぷりもある意味板についたものだった。

逆らえないスイッチでも入っているのか?

別に真田本人も怒鳴っているという意識は無いのだろうし、決していつもの相手を萎縮させるほど力強い『赤也!』ではないのだけれど、『赤也』と呼ばれて振り返れば奴がいる………ではなく、『副部長がいる』というだけで切原は身体が反応してしまうのだろうか?
無意識に固まってしまう体を奮い立たせて何でもなさを装い、何なら笑顔でも浮かべて『なんすか?』と言えないのは、ゴミ箱に缶をスローインしてしまったからだろう。

正解は、ゴミ箱にそっと捨てること。
そう。
わかっているのだけれど、遠い位置から投げたくなるのもまた男子高校生なら仕方の無い衝動なのだとわかって欲しい。なんて目の前の副部長に言えるはずがない。
中等部在籍時は『鬼の風紀委員長』と異名を取ったほど厳しい人だ。


『缶を投げる奴があるか!きちんとゴミ箱へ捨てんか馬鹿者!しかもお前が投げたのは可燃のゴミ箱で、空き缶はそこではない!』

こんな感じで怒鳴られるだろうかたら、即座に『すんません!!』と返せるよう心の準備をしておこう。
そう。
先ほど後ろを振り返る直前にチラっとゴミ箱を見た瞬間、血の気が引いてしまった。
ジャストミートしたのは大きなゴミ箱で、普通のゴミを捨てるところ。
本来はその隣の『空き缶』の箱めがけて投げないといけなかったのだが、開いている面積からして狙いやすいゴミ箱を無意識に選んでしまっていたらしい。
『空き缶』のゴミ箱へ入っていたら、投げているところを見られても適当に言い訳して逃げれる自信があるものの、空き缶を専用ボックス以外に入れてしまっている事実を前に、たとえどのように言い訳しても怒鳴られるのは目に見えているので、ここはいつものように大人しく怒られて、真田いわく『指導』を受けるしかないのか。


―説教は部活の時だけにしてくれ…!


中学へ入学し、テニス部に入って一番最初に怒鳴られたその日から。
部内に留まらず会えば何かしらの小言をくらい、試験後はその情けない点の数々に雷が落ち、服装の乱れで週一の風紀委員による校門チェックで必ず引っかかる運の悪さ(しかも必ず真田が当番の日に呼び止められる)。
同じように制服姿がスチャラカな仁王は何故、この『鬼の風紀委員長』の雷が落ちないのか?
何度聞いても『赤也。お前とは場数が違うんよ。服装頭髪検査の日は柳生に化けるナリ』なんてアホなことを言いながら、本当に柳生の姿で校門をくぐった仁王を目撃したときは大笑いしたものだ。
仁王も狙ってやっていたのだろうが、真田と柳生の風紀委員コンビが立つ校門を『柳生』の姿ですり抜けようなんて、本当に検査から逃れたい生徒であればそんな無謀なことはしない。


『む?柳生が二人?』
『…仁王くん、貴方という人は!』


委員長の雷が落ちるかと思いきや詐欺師を追いまわして校舎へ突っ走ったのは紳士であり、そんな柳生を呆然と見つめる真田に、これ幸いとするするっと静かに、物音を立てないよう校門をくぐろうとしたがそうは問屋がおろさない。


『赤也、ちょっと待て』


―こんなに生徒が大勢いて、俺以外にも制服着崩してるヤツとか、スカートちょー短い女子とか、先輩の同級生で化粧ケバイ人とか、ネクタイしてねーやつとかいるでしょーよ!
俺、ちゃんとネクタイしてるし!!


言い返そうものなら『他人を引き合いに出して逃げようとする奴があるか馬鹿者!』とともに鉄拳が飛んでくるのは定例のパターン。
たとえどのような状況だとしても、切原は何もしておらず誤解だとしても、まず第一声は『赤也!』で上から声がふってくるのは避けられない。
『男なら言い訳するな』を地で行く人であるからして、しかも今回のように明らかに切原が間違ったことをした場合(と言い切るにもいささか大げさな気はするけれど)、怒鳴られるのは想定内なので早く切り上げるためには言い訳を一切せずただ頭を下げて聞くのみ。


けれど、低姿勢で受け入れるとそれはそれで説教が長引くこともあるので、ある程度で『すんませんっしたー!!』で逃げるが勝ち、というときもあれば、それをやることで余計に怒らせることもある。


(見極めができねぇ……どれが正解?柳先輩も、部長もいねぇし…)


この場に。
この先輩の隣に、彼をいさめる参謀や部長がいれば、『しょうがないなぁ、赤也は』的に逃がしてくれることがある。
基本的に先輩方に可愛がられている後輩ポジションなので、一つだけとはいえ先輩たちは切原に甘いといえよう。
だが、参謀や部長が本気になったときの怖さといったら副部長の比ではない。
そして、そんなのっぴきならない状況に陥った切原を助けてくれるのは、誰であろういつも怒鳴って叱り付けてくる副部長なのだ。


試験はもちろん嫌いだし、部活のできないこの期間を『遊べる!』と考えるよりも『テニスが出来ない』の方が勝つので、毎度訪れるこの時期は好きではない。
けれども『副部長に怒鳴られる』確立はグンと減るので、それだけはプラスポイント!


…なんて思っていた数時間前の自分を殴りたい気持ちで、なぜにもう少し慎重に行動しなかったのかが悔やまれてならない。
ほんの少し。
ちょっぴり、もう少しだけ周りを見渡して、勢いで缶を投げる前にその的をちゃんと見ておけばよかった。


(考えたってしょーがねぇ。とっとと済ませて、帰ろーっと)


腹をくくれば気分は幾分軽くなる。
こちらをじっと見つめる先輩と対峙し、さぁ思う存分怒鳴るがいい!と胸を突き出して堂々と背筋を伸ばし、ふんぞり返る勢いで言葉を待った。



「こんの馬鹿者がッッッ!!」


―さぁて、始まった。





(終わり)

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立海小話5人目、真田弦一郎

赤也と副部長はいいコンビですね。親子…
真田先輩のことが大好きなのが伝わってきます、ええ。赤也、かわいい。





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