柳蓮二の後輩指導



「選ぶ公式は合っていたが単純なる計算ミス」
「うぅぅぅぅ」
「しかし先日よりは回答に導き出す時間が早くなってはいる」
「でもっ…」
「そうだな。式が合っていたとて、凡ミスで間違えてしまったら全てが無駄になる」
「ムダ…」
「それが数学というものだ」


昼休みの3年F組の教室で、窓際の学年1位と向かいあい云々唸っているのは立海大付属中の中でも目立つ二年生。
中間や期末といった定期考査が近づく度に、上級生の教室に教科書持参でやってくるテニス部エースの姿は、三年生の間ではすでに見慣れたもの。
文武両道を地で行く学年1位のテニス部会計に対し、嫌そうな顔を隠さず先輩の教室を訪れるのは立海テニス部の赤点王だった。


「これでこの類の設問は大丈夫だろう。後は計算を間違えないことだな」
「…ハイ」
「次の問題」
「あ、いや、もう昼休み終わるし、そろそろ―」
「残り5分。ここからお前の教室までは1分半あれば着く。そして次の問いは3分もあれば問題ない」
「いぃ!?こっから俺の教室まで90秒じゃ着かないッスよ」
「どうせお前は走る。あと4分50秒」
「ちょっ、廊下は走っちゃダメだって、副部長が―」
「といいながら毎回走っているだろう。残り4分45秒」
「ぶん殴られますって!センセーにも」


キャンキャン文句を言う後輩も、うっすら目を開きカウントダウンしていく先輩にはこれ以上逆らえないのか、はたまた納得させられないのか。
頭をかきながらペンを持ち、教科書とにらめっこしながら指示された『次の設問』にとりかかることにした。


ええと、下記の方程式を使って―


「くっそ、わっかんねぇ」
「落ち着いて考えろ。何のために例題として方程式が記載してあるのか」
「うぅぅ…それでわかれば苦労しないっス」
「例の方程式は何のことか理解しているか?」
「そりゃわかるけど…」
「式がわかっているのなら後は一緒だ」
「…数字だけ、ってことっスか?」
「数学なんて、そんなものだ」
「……」


うねうねした黒髪をぐしゃぐしゃ掻き混ぜながらペンを回し、眉を寄せて教科書を凝視する後輩。
もう何度目になるのか、試験が近づく度に勉強を見てやるのは半ば定番化しており、何も学年1位たる参謀のみが後輩の面倒をみているわけではないが、それでも懐かれているのかこの後輩がA組やC組よりもF組を選んでやってくることは把握している。
(ちなみに英語に関して3年I組をたずねることはあっても、最初からB組は問題外らしい)


A組へ行こうものなら『馬鹿者!ええい、漢字が間違っている!!』解いている最中から横槍が入り、中々終わらず休み時間終了を告げるチャイムが鳴る、の繰り返し。ちなみに後輩指導は副部長に任せる主義らしいA組の紳士は口を出してこない。

『どうしてコレがみじんこなのかな?フフフ…赤也、前頭葉鍛えてあげようか』
微生物の特徴を教えてくれていたはずのC組の御仁は、あまりに間違える後輩にヤレヤレと肩をすくめ、ネチネチと言葉で精神的プレッシャーをかけてくるので後輩クンは極力C組には行きたく無いようで、『今日は俺が見てあげるよ』と朝練で声かけられても何だかんだ理由をつけて別の先輩をたずねている。


『B組?問題外っしょ。だいたい丸井先輩に何教わるんスか。何でわかんねーんだよってボカスカ殴るし。菓子食いながら喋るから教科書に食いカスこぼれるし。まじありえねー。仁王先輩も一緒っス。四文字熟語の小テストで先輩が教えてくれたヤツが全部出て、ちゃんと書けたのに、意味がまるっきり違ったし!!まじ許せねー!!』

ふとこぼした後輩の本音に、B組の『ありえない』片割れの赤髪は青筋ひくつかせ、切原の首をがっちりホールドして思う存分先輩の強さを見せ付けた。
対する銀髪は面白そうにニヤけながら『素直に信じるんじゃけんの〜』などと笑い、プロレス技を次々決める丸井と、苦しそうに顔を歪める切原を眺めながら実況中継をはじめ、その時の3年B組の教室は異様な盛り上がりを見せた。


放課後の部活中に、後輩の愚痴を聞いていたI組のテニス部良心は、自身のダブルスパートナーはそういえば最近、プロレスにはまっていたなと思いながらもこの後輩がB組の二人に教わった教科に疑問を投げた。


『何でブン太に数学、仁王に国語を教わってんだ?』
『なんでって……だって数学と国語が得意だって』
『逆じゃねぇのか?』
『はい?』
『ブン太が国語、仁王が数学だろ』


―特に仁王は数学だけなら学年トップだけど、ブン太は数学は全然ダメだしな。


そう言い放ったジャッカルに、切原は両拳をわなわな震えさせ、部室で着替え中のB組コンビにもとへ一直線。


『仁王先輩、騙したな!?』
『なんじゃ急に』
『国語なら任せろって言ってたじゃないっスか!!』
『別に俺のは嘘やない』
『はぁ!?』
『ただ、ブン太の数学が壊滅的なだけぜよ』
『壊滅的言うな』


得意教科は本来、丸井が国語で仁王が数学なわけだが、B組コンビは揃って『かといって赤点のお前に教えるだけならどっちがどっちを教えても一緒だ』とゲラゲラ笑い、ラケットを持ってコートに向かった。
確かに後輩の勉強見る分には二人とも問題ない学力を有しているとはいえ、はちゃめちゃな熟語を教えた詐欺師は許せない。
ロッカーにたてかけたラケットを引っつかみ先を歩いていった銀髪を追いかけまわしたが、ひらひらかわされ、さらに猛牛のように突進しているところを副部長に咎められ、怒鳴られた暁にはヘソも曲げたくなるだろう。


英語だけはI組の優しい先輩に教えてもらいたいところだが、いかんせん彼のパートナーが我侭すぎる。

『あん?ジャッカルは俺と用事。英語なら比呂士か幸村くんでいいだろうが。ほら、とっととA組かC組に行け』

こっそりABC組の前を通らないようにI組に着いたはずが、いざ先輩にお願いしようとしたら颯爽と現れ、ジャッカルを連れて行く赤い怪獣ならぬ丸井ブン太。
英語が得意な先輩として柳生もむろん考えたが、彼のクラスには副部長がいることを思えばA組に足が向かないし、いざ真田のいない間にA組をたずねたときは、隣のクラスの銀髪に同じように邪魔をされて無駄骨に終わった。


B組の二人が絡むとろくなことが無い。


早々に悟った切原は、真田のように怒鳴らず、幸村のように精神的にダメージを追うことがない……つまり、F組の参謀が一番わかりやすく教えてくれて、周りの邪魔も入らないし、何よりも学年1位の成績で苦手な教科が無い。

客観的事実を元にしてもF組の柳蓮二が一番家庭教師役として向いているとわかってからは、たずねる先輩は柳と決めて試験前にはお世話になっている。
ただし柳が所用で不在の時は、彼が真田や幸村に引き継いでいくものだから、切原としては『柳先輩がいないなら、べ、別に―』とやんわり断ろうとしても、部長や副部長が2年D組に姿を現し『赤也』と呼ばれれば着いていくしかない。


「で、出来た!」
「ジャスト3分。答えも合っている」
「マジっすか!?やったぁ」
「残り1分強だな」
「げっ」
「早く戻れ。この時間だと弦一郎が廊下を歩いているから、鉢合わせると走れないぞ」
「いぃ!?だ、だって、90秒あればって―」
「お前がすぐに設問に取り組めば90秒あったが、文句を言っていた時間20秒がロスだったな」
「ほ、本当に、真田副部長が?」
「残り1分。俺の計算ではそろそろ階段を上りきる」
「えぇぇ!?そ、そこの階段ですか?!」
「弦一郎は今日の昼、食堂を利用していたからな。そろそろ戻ってくる」
「まじっスか!?やべぇ」
「と言っているうちに残り40秒。走っても間に合わないかもしれない」
「ちょ、うそ、って、もうこんな時間!!」
「先ほどからそう言っているが」
「も、戻りますっ!」


急いで教科書とペンを掴み、教室を出て廊下を疾走していった切原の後姿を眺め、やれやれ忙しいことだと呟き次の授業の教科書を机の上に出したところで―



『馬鹿者!廊下を走るなと何度言ったらわかる!?』
『か、カンベンしてくださいよぉ〜副部長〜っっ!!』
『いいから来い、赤也!』
『もう昼休み終わりますって。授業始まるし!!』



予想した通りではあるが、聞きなれた怒鳴り声が聞こえてきて、思わず笑みがこぼれた。
立海大付属中、三年の校舎ではお馴染みのワンシーンといえども。





(終わり)

>>目次

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赤也の小話と言えなくも無い……いやいや、立海小話3人目、柳蓮二でお送りしました。
先輩たちに可愛がられる切原くんがかわゆし。






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