氷帝ダブルス



「だっけ〜ど、フライッハイ、あ〜のこ〜ろよ〜り、しんちょお、は、の〜びた〜のぉ〜にぃー」

「呑気に歌ってんじゃねぇ」

ポカっ


宍戸と鳳のラリーを眺めながら、次の練習試合の組み合わせを考えていたところに聞こえてきたのほほんとした歌声。
隣に立つ忍足も、やれやれと肩をすくめて、声の主に視線をなげる。


「痛いC−」

「お前もとっととコートへ行け」

「むぅ〜オレ、終わった!」

「あん?お前、日吉とだろーが」

「だからぁ、終わったっての」


一番奥のコートで打ち合っているはずだが……奥のコートでは準レギュラー同士がゲームをしている。
本当に終わったのか?

にしても、同じくらいに始めたはずの宍戸と鳳は、まだ4ゲーム目だ。(1セットのみ)


「日吉はどうした?」

「知らな〜い」

「…滝」


後ろで記録をつけていた準レギュラーに確認すると、どうやら本当に日吉とのゲームは終了しているようで、記録にも6-0と刻まれていた。


「ジロー、絶好調やん」

「うしし」


にひひ、と満面の笑顔で元気いっぱいにラケットを振り回す…が。


「ラケットぶん回すんじゃねぇ」


自分のすぐ隣でぶんぶんやられたためか、当たりそうになったWILSONを避けつつ、危ねぇだろうがとラケットをおろさせる。



「ねぇ、アトベー。
明日の練習試合のオーダー、決まった?」

「あん?」

「オレ、出ていいっしょ?」


真剣な目で、じっと跡部を見つめる。

明日は久しぶりの、立海との練習試合だ。
全国区でもトップクラスの強豪校との試合に、部員全員、気合が入っている。
もちろん、勝つつもりで試合をするからには、レギュラー中心に組むのも当然のことだが。

最初に立海と練習試合を組んだときは、ラケットをぶん回していた芥川慈郎のやる気を出させるために、希望をかなえてやった。
目の前にエサをぶらさげられた慈郎は、すさまじいやる気を出して試合までの毎日、朝練に欠かさず顔を出し、放課後の部活はもちろん、終了後に自主練を行い、模範的な生活を送った。
…結果、疲労が蓄積し、緊張の糸が切れたのか、…念願の試合中にまさかの出来事で頓挫してしまったことも、今となっては懐かしい。


気まぐれで気分屋。
強い者との対戦には、とても楽しそうにプレーし、力も出し尽くす。
一転、そこそこのプレイヤー相手だと力の半分も出さず、ボケっとした顔とふらふらした動きでプレーするため、相手の怒りを買うこともしばしば。
(最後には勝つため余計イラつかせるらしい)


普段の部活での態度は、決して褒められたものではない。
だが、それが彼のスタイルで、がむしゃらに特訓するタイプではない。
十分な睡眠こそが彼の柔軟なプレーを生み、生き生きと楽しそうに出来ているのだとわかっているので、今はこれでいいと跡部はじめ、皆が認めている。


(さらに上にいくには、今のままではダメだけどな)



とにかく、こんなんでも氷帝のNo2だ。
レギュラー中心で臨む立海と練習試合において、もちろんシングルスのプレイヤー候補として、オーダーに盛り込むつもりだがー



「オレ、ダブルスやりたい!」

「……は?」


(お前は、どう転んでもシングルスだろ…)



キラキラした目で見あげるジローだが、見つめられている跡部はというと。
盛大に眉を寄せて隣の忍足に視線を投げる。


却下するのは簡単だが、ジローが久しぶりに、珍しくやる気を出している。
同じく、ジローのやる気を感じ取っている忍足も、どうしたもんかと考えるが。

まぁ、練習試合だし。
変則的にダブルスをやらせてもいいかもしれない。

いや、せっかく全国トップが相手だ。
シングルスで戦わせて、さらなる成長を…

いやいや。


「いっつもシングルスだから、たまにはダブルスやる!」

「…お前、今までダブルス希望したことねぇだろうが」


団体戦のオーダーを決める際に、準レギュラーにあがったときから専ら『シングルスがいいー!』で、実力もともなっているため、いつもシングルス登録だった。
より成長を促すためにダブルスを組ませようとしたが、好き勝手動くためパートナーが中々大変な目にあうのだ。

例:宍戸-幼馴染枠でジローのパートナーに選出。
(全体的な視野を広げさせてーと、練習中に組ませてみたが、見事にバラバラな動きでかみ合わなかった向日とのペアは、『ボレーヤー同士だから』と早々に却下された)

…が、宍戸ではジローを御しきれず、向日同様、すぐさま却下。
宍戸と向日のペアはそこそこうまくいったため、ジローに適正無しと判断され、本人もシングルスの方がいいというので、そのままシングルスにおさまった。


ならば全体的に視野が広く、面倒見のいい氷帝の天才は?
と組ませようとしたが、向日とのコンビがうまくはまったため、ジローとのペアは幻に終わった。

他のレギュラー、準レギュラー、先輩方……と多々試してみたが、いずれもパートナーがギブアップ。
うまくジローの手綱を握れるタイプがおらず、最終手段として榊の命で一度跡部とペアを組んだのが、一番まともだったか。

ジローとしては『すんごく楽しかったー!』と、また跡部とペアやりたい!なんて笑っていたものだが、組んだ跡部としては…

今までの彼のテニス人生において、トップ3に入るくらい動いたゲームだった。


あっちこっち定まらないジローをコントロールし、…確かに、前衛のボレー技術は素晴らしいものがあるし、相手の思いもよらないところに落とし、どんどんポイントをとっていくセンスはすごい。
ただ、いかんせんダブルスをわかっていない。
ボールを全て拾いたがるため、後衛の範囲まで走ってくる彼を御しながら、左右へいったりきたりで、まったくもって……とまでは言わないが。

彼が組んだ部員たちの仲では、一番息が合っていたといえなくもないが。
いや、息が合っていたのではなく、跡部が根性であわせていたのだ。


対する忍足、向日ペアが息の合った連携プレーを見せる中、ペアとしてのプレーではなく、各自のシングルス能力でポイントをとっていた跡部・ジローペア。
面白がった忍足が、わざとジローが届きそうなところ ― だけどぎりぎり跡部(後衛)の範囲にボールをやるものだから、左右あっちこっちとふられ、無駄な体力を使ったという。

そのままジローが走っても届くのだが、『ジロー、ペアの範囲を考えろ』と後衛に任せるべきところ云々を跡部に説かれていたためか。
別に拾ってもいいのだが、忍足の誘いボールに走り出し、追いつく前にそういえば…と足を止めて『跡部のボールだから、取っちゃダメだC』と任せるため、『おい、俺かよ』とダッシュする跡部。
これがまた追いついてしまうものだから、忍足も向日も面白がり、右に左にと跡部を走らせて、大層おかしな試合となった。


「最近ダブルスやってねぇもん。やりたいー!」

「…誰と組むってんだ」


忍足に向日、宍戸に鳳、樺地に日吉、忍足と滝、向日と宍戸、樺地と跡部…

色々と組み合わせはあるが、お前の入る隙間はねぇ!


言い切る跡部に、ぶーっと頬を膨らませる。


「ひど〜い。オレだってちゃんとダブルスできるC」

「あん?いつ誰がダブルスできただと?」

「岳人と組んだ〜」

「お前ら、てんでバラバラだっただろうが」

「宍戸ともちゃんとできたよ?全国大会でも勝ったC」

「あの宍戸がバテバテで、ギブアップしとったやん」

「樺ちゃんも組んでくれたー」

「あれはストリートテニスでだろうが。ちゃんとしたゲームやってねぇだろ」

「てういかアレは樺地がだいぶフォローしてくれたんやで?」

「アトベとも一緒に試合した!」

「あの跡部をあんだけ走らせたんは、後にも先にもジローだけやで」


あーだこーだと今まで組んだダブルスパートナーの名を次々と出していく。
本当にダブルスがやりたいのだろうか?
(今まで本人が言い出したことがないが)
というか、なにゆえそんなにダブルスをやりたがるのか。


「ジロー。やるとしたら、誰と組みたいんだ?」

「アトベ、ありがと〜!」


キラキラ瞳を輝かせ、両手をぎゅっと強く握って期待を込めた視線をなげる。


「やらせると決めたワケじゃねぇ。参考までにだ」

「なぁ、ジロー。ダブルスやるとしても、だいたいもう明日やるペア決まってるやん?
ジローがダブルスに出るんやったら、誰かペア動かさなアカンし」

「まぁ、とりあえず言ってみろ」


正当な理由があって、自分たちも納得できるパートナーがいて、すでに明日出す予定のペアから1組変えさせるくらい、説得力が果たしてあるのか。

…跡部も忍足も、あるわけ無いと確信してはいるけれど。


だが、ジローの口から出てきた人物は、二人とも予想もしなかった名前で。

…というか。



「オレ、丸井くんと組みたい!」




「…は?」

「……アカンやん」




ある意味、彼の正当な『ダブルスやりたい』理由といえば、これ以上ない理由だけれど。




「…ちょっと待て。丸井とは、立海の丸井か?」

「あたりめぇじゃん!ダブルスの、まるいくん!」

「以前、練習試合でお前と対戦した丸井か?」

「うん!あんときはシングルスでやったけど、やっぱ丸井くん、ダブルス強いC!」


確かに、立海が誇る全国区のダブルスプレイヤーといえば、出てくる名前のひとつに丸井ブン太は挙がるけれども。
いや、しかし。



「明日は、ストリートテニスじゃねぇ。立海との練習試合だろーが」

「うん!だから、丸井くんとやりたい!」

「ジロー。誰かとペア組んで、丸井相手に試合したいっちゅーことでええんか?」

「ちがうしぃ。丸井くんとペア組むの!」

「……『丸井・芥川ペア』という意味か?」

「あったりー!丸井くんと一緒にダブルスやりたい〜」


何なら、忍足・向日ペアと対戦するー!

なんてきゃっきゃ一人、うきうきしているジロー。。。



盛大に眉を寄せて渋い表情を作る跡部。
隣の忍足は、やれやれ、困ったものだと苦笑い。



「ねー、アトベー、オレ、ダブルスでいいでしょ?」

「……お前は明日、見学だ」

「えぇぇぇぇ〜、なんでだよー」

「自分の胸に手をあてて考えろ!!」

「むぅ…」

「本当にあてるんじゃねぇ!」

「え〜?アトベがやれって言ったんだC」

「〜っ、グラウンド走ってこい!」

「えぇぇ〜!?」



ジローの側までつかつか寄り、しゃがみこむと問答無用で彼の両足首にパワーアンクルをつけて、とっとと行けと背中を押した。


「重いC」

「とりあえず30周してこい」

「横暴〜」

「いいから行け。お前の今日の残りメニューはランニングだ」

「ぶー」

「ぶーたれんな。行け!」

「なんだよぅ〜」



ぶーぶー言いつつ、コートから出て行くジローの後姿を見つめ、、、



「ったく、アイツは…」

「明日、どうすんねん」

「あいつを出すかどうかは考えものだな」

「丸井はともかく、いっそ本当にダブルスで出したらええやん」

「誰が組むんだよ」

「跡部しかおらんやろ」

「……」



誰に何のメリットがあるというのか。
ひたすら疲れるだけだ。

だが、少しでもジローのダブルスへの認識……というか、意識が変わったら。
あれだけのプレイヤーで、前衛の仕事を理解し、真摯に取り組めば、もしかしてもしかする。
いい方向に転がるかもしれない。
しかも、相手に奴の尊敬するダブルスプレイヤー、丸井のペアをあてれば、ひょっとして…


なんて期待が頭をよぎったが、過去の芥川慈郎ペア戦歴が一瞬にして全てを打ち消した。



「シングルスで出すんか?」

「…明日、始める前に正式に発表する」

「せやな」



明日になれば、今日のダブルス云々を忘れてシングルスで試合する気に溢れているかもしれない。
『丸井くんとシングルスで試合したいー!』というかもしれないが、ダブルスでどんなペアを組ませて、シングルスに誰を持ってくるかはあちらの部長が決めることであって、明日にならないとわからないだろう。



とりあえず、ヤツがグラウンドから戻ってくる前に、他の部員の状態をチェックしておこう。
明日出す面子を簡単にでも決めなければ。



再びベンチに腰掛け、各レギュラーと準レギュラーのラリーを見守る。
隣の忍足は、宍戸・鳳組が終わったコートでこれからゲームだ。
相手の準レギュラー部員はすでにコートで準備している。


忍足は……明日のヤツの状態によっては、もしかすると哀れなパートナー候補になるかもしれない。
丸井とのダブルスはともかく、明日になってもジローが『ダブルス!』というのなら。
氷帝ダブルスとして、なんとか形になってもらわないと困る。

アイツをダブルスとして出す気は無いが・・・・・・しかし。

あちらの部長は面白がって、芥川の氷帝ダブルスと試合を歓迎するかもしれない。





どうなることやら…


一抹の不安がよぎるが、とりあえずそのことは明日考えるとして、残りの練習を続けることにした。



氷帝No1、テニス部部長、跡部景吾。
もう何度目になるか数え切れないが、彼の頭を悩ませるのは常に氷帝No2である。









オマケ↓




ちなみに、翌朝の練習試合にて、丸井とのダブルスは諦めたものの、ダブルスで丸井と試合!は譲らず。
みっともないダブルスを見せるわけにはいかねぇ!
と断固拒否する跡部をよそに、聞いていた立海部長が面白がって芥川の味方をしたらしく。

『いいじゃない、芥川のダブルス。やらせてみたらどうだい?
こちらはーそうだな、芥川は丸井がいいだろう?
ペアがジャッカルだとアレだから他のヤツと組ませようかな』

『オレ、丸井くんと組みたい!』

バカ、ジロー!と氷帝メンツが叫びそうになったところ…立海部長は『ま、練習試合だしね』で片付け、『丸井・芥川ペア』を歓迎した。


一通りの試合が終わった後で、エキシビジョンのように行われた、ダブルスマッチ。


『丸井・芥川ペア』 対 『日吉・切原ペア』

立海氷帝の混合コンビなら、相手もそうしようか、の一声で決まった変則ダブルスである。
氷帝の誰もが『あれじゃ向日とのダブルス時と同じ、ボレー同士のコンビで、ダメだろ』と呆れて、
立海は『ブン太がどこまで自由奔放な芥川をコントロールできるか』と面白がって見守る中。
(丸井も普段は自由に振舞うタイプなのだが、ペアを組む相手が相手なので、いつものようにやれないだろうことは軽く予想がつくというもの)


どちらもコンビネーションちぐはぐで、日吉・切原の後輩コンビも衝突ばかりしていた。
しかし、徐々に息のあったプレーを見せるボレーヤーズコンビ……というか、守備をするようになった丸井が、うまくジローをフォローしていた。
基本的に前衛命で決定打を決めるスタイルな丸井も、ペアの相手がジローだと本能的に自分が拾わなければいけないことを察したらしく。

普段ジャッカルに任せていることって、色々大変だったんだな……なんて、パートナーを思いやったんだとか。


曲がりなりにも普段、ダブルスで試合に出ることもある日吉と切原は、正直楽勝だと思っていた。
なんせ、いくら立海が誇るダブルスプレイヤーの丸井とはいえ、組む相手が芥川慈郎だ。
切原はともかく、日吉としてはシングルスではかなわないが、この先輩のダブルスははっきりいってどんなに上手い相手と組もうが、負けるなんてありえない。
勝手にジローのペアが自滅していくのを何度も見てきたため、今回も丸井がへばっていくだろうと予想していたのだが…


氷帝、立海の誰もが予想もしなかった、ボレーヤーズの勝利で終了した。

丸井のフォローの巧みさ、守備の広さ、ジローをよくコントロールしたことを褒めるべきなのか。
はたまた。
丸井のいうことをよくきいて、ちゃんと前でダブルスの仕事をしたジローに頑張った!というべきなのか。



「あのやろう…」


若干ハラハラしつつも最後まで見守った跡部は、拳を握り締めて…


「ジロー、丸井の言うことは聞くんやな」


跡部ん時は、まったく聞かんかったのになーとにやにや笑う眼鏡のみぞおちめがけて、震える拳を叩き込んだ。





芥川慈郎と組める(であろう)唯一の跡部景吾だが、再び組んでくれるかどうかは…
今の彼の表情からすると、難しそうだ。







(終わり)

>>目次

******************
オマケは2〜3行だけ、簡単に結果を書くつもりが…つらつら長くなってしまった。
ペアプリネタとして、宍戸さんと全国大会でダブルス!>試合見たい!!
(ペアプリじゃなくて、単行本の40.5的なヤツだったかな…?)


氷帝日常話です。
ブンジロ会話文もスラスラ出てくるんですけど、跡部さまとジロたんの会話もスラスラ出てくるな〜。

時期は特に考えておらず。
全国終わって引退する前の中等部か、高等部はいってか、いやいやヒヨたちいるから、やっぱり中等部か。
まぁ、何でもよしとします。

ジロくんと組んだことにより守備範囲が広がり、丸井くんにはいい勉強になったらしいですよー >え。

Against Wind すき!@冒頭のジロちゃんソング








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