4限の家庭科・調理実習の課題は『お弁当』ということで空の弁当箱を各自持参。 プラスチック容器も用意されていたため、普段購買組で弁当箱を持っていない生徒は先生が用意してくれた使い捨ても利用可能と通達され、それぞれ班にわかれてのお弁当つくりがスタートした。 卵、肉類、野菜根菜類、と基本的な材料と調味料は用意されているため、後は先生がいくつかピックアップした作り方の資料(レシピともいう)をもとに班で決めて執り行う。 ひたすら女子の小間使いと化す調理実習では、同じ班に料理が得意な子がいればその班の出来上がりはほぼ間違いない。 芥川・宍戸の班は幸いにも氷帝で1、2位を争うほど『料理上手』で知られるA子さんがいたため、彼女の指示のもと宍戸はひたすら野菜の皮むき、みじん切り、用具洗い、玉ねぎを飴色になるまで炒める、といった工程を黙々とこなした。 対する芥川はその『芸術センス』を買われ、最終的なお弁当箱への盛り付けをA子さんに頼まれ、それぞれ出来上がった惣菜をつめてハムや海苔、色鮮やかな野菜類を巧みに 飾りつけ、それはそれは見事な『可愛らしい女子のお弁当』に仕上げた。 同じ班のC子さんによる『ウチのお母さん、キャラ弁に凝っててさ〜』と見せられた携帯画像にふむふむ頷き、続く2個目のC子さんのお弁当箱を『ご当地キャラ弁』で仕上げ、班員の喝采を浴び、宍戸は可愛らしい女子弁もキャラ弁も拒否したためデカ盛りで男子学生らしいオーソドックスな弁当にした。 女の子たちへのご飯は俵おにぎりにしたり、ふりかけで色鮮やかにしたものの、宍戸用は見た目より味とボリューム重視のため、おかかと醤油、海苔で2段重ねの海苔弁が基本だ。 芥川本人のお弁当はというと特に希望は無かったけれど、C子さん用に飾り付けたキャラ弁作りが意外と面白く、キャンパスに絵を描いているかのように自由にできて楽しかったので、同じようにキャラ弁にしてみた。 テーマは幼稚舎の妹が好きなプリキ●アで、ピンクのキャラクターは食材的に難しかったので、A子さんに余った卵を薄く焼いて錦糸状にしてもらい、巧みに金髪に見立てイエローのキャラにしてみた。 家に戻ったら妹に見せてみようと出来上がりを携帯カメラで写し、蓋をしめたお弁当箱を水色のバンダナで包んで完了! あとは数分後に鳴るチャイムでお昼時間となるので、せっかくのいいお天気で太陽が燦々と輝いていることもあり、今日は屋上でお弁当にしましょうかねと同じ班の宍戸と相談済。 さらには先生の目を盗んで携帯アプリでトークを飛ばしたチームメートからも、同じく授業中にもかかわらず全員から『了解』と返事がきたので、本日の氷帝テニス部レギュラーのお昼処は『屋上』で決まった。 片付けが済んだ班から終わって宜しいとの先生のお達しで、いの一番に洗い物を済ませるべく奮闘した宍戸と調理台を片す女子らによって芥川の班が一番に終了。 家庭科室を出て購買で飲み物をゲットし、そのまま宍戸と二人で屋上へ向かった。 一人、また一人。 昼休みを告げるチャイムの後で、屋上に姿を現す氷帝テニス部も、4〜5分もたつとほぼ全員が揃い、彼らを引っ張る部長を除く5人の同級生が揃った。 「今日?弁当やで」 「珍しいじゃん。侑士が弁当持ってくんのって」 壁に背を預け、黙々とお弁当を食べだす忍足は、どちらかというと購買・学食・カフェテリアという所謂外組の割合が高い。 対する彼のダブルスパートナーたる向日は弁当持参と買い弁が半々だけど、『おかんが中々作ってくれんから、購買やねん』な忍足の理由とは異なり、『だって学食とカフェテリアでも食いてぇじゃん』が、弁当日が週半分の理由だったりする。 「てかさ、亮の弁当。調理実習で作ったヤツなんだろ?いつもの弁当より豪華じゃねぇ?」 「…言うな、それを」 宍戸は特に決めているわけではないけれど、朝の母親次第で弁当か外組かが決まる。 朝食後に朝練習へ出る直前、『ほら、亮。弁当』と渡されればお弁当だし、『今日は適当に買って』と1000円渡されれば学食や購買になる。ついでにこれは部活後の買い食い代金も含まれている。 お滝さんはというと家柄とその上品さをかもし出すかのような、漆塗りのお弁当箱で中身は純和風。 料理上手な母親の作る、色鮮やかで種類豊富、栄養もバッチリ整えられたそれはそれは豪華で見事な手作り弁当だ。 「ジロー、食べないの?」 「んー」 隣に座る芥川の前には、水色の包みのお弁当箱がぽつんと置かれていて、当人は先ほどから携帯をいじっていて昼食に取り掛かる様子が無い。 また、いつものように、ここにまだ来ていない彼を待ってでもいるのだろうか? 「跡部なら少し遅れるって言ってたから、今日は先に食べる方がいいんじゃない?」 「んー。でも、食べれないC」 「え?」 お腹がすいているので出来れば早くご飯食べたいけど、それでも跡部を待たねばならない理由があるのだという。 一緒に『いただきます』をしてから食べたいとはよく言っているけれど、何も毎度毎度跡部を待っているわけではない。 彼が確実に『遅れる』と事前連絡が入っているときは、他の皆と同じように昼食を始めるのだけれど、今日は事前連絡が入っているのに始められないとは、一体どういうことなのか。 「なに?跡部に待ってろとでも言われた?」 なワケ無いと知りつつ問いかけると、ふるふる首をふって携帯画面を見せてきた。 跡部とのトークのやり取りか。どれどれ… (………なるほど、ジローの弁当を食べたい、と) どうやら4限の調理実習中にやり取りしていたようで跡部も授業中だったはずだが、しっかりと芥川のメッセージに間髪いれず返しているところを見ると暇だったらしい。 こうやって滝に芥川とのトーク履歴を見られることなど跡部的には想定外だろうが、芥川にとっては特に恥ずかしいことでもないので躊躇いも何も無い。 「跡部が弁当食いたいって言うから、食べちゃダメだもん」 「でも、生徒会の用事で遅くなるよ?ほら、間に合わないかもしれないから、先に食べろって書いてあるし」 トークの終わりのほうでは、芥川のお弁当を諦めた跡部による『先に食うように』で締めくくられている。 どうやら放課後に行うはずの生徒会の用事を、顧問に頼まれ昼休み中に提出することになったらしい。 跡部としては何も今日じゃなくてもいいだろうがと、授業終わりに教師に告げられた『生徒会顧問から伝言だ』に舌打ちしたようだが、自身が希望してその役職についている以上は仕方ない。 (ふっ…跡部も、素直にお願いすればジローは生徒会室に行ってくれるから、そこでランチできたのにねぇ) 『仕方ない。今日は屋上へ行ってやる』と尊大に宣言できても、芥川へ『すまない、急用で遅れる』のメッセージとともに、お弁当を取っといてくださいとは言えないところが跡部らしい。 なんて、芥川の携帯画面を見ながら、強がっているメッセージ内容からにじみ出る跡部の無念さを感じて、抑えきれずに吹いてしまった。 「もうじき来る気がするから、あとちょっとだけ待ってみる」 「フフ…そうだね。跡部もジローの作った弁当、楽しみにしてるだろうし」 「う?俺、つめただけだよ?A子ちゃんが殆ど作ってくれたもん」 「宍戸もでしょ?」 「ひたすら皮むいて、洗い物して、玉ねぎ炒めてた」 たとえ芥川の作業が飾りつけだけだとしても、跡部にとっては『芥川手作り弁当』になるのだろう。 昔のように『おい、そいつを寄越せ。俺様が味見してやる』ではなく、『その弁当、俺が貰ってもいいか?』と聞いてくるあたりが彼の芥川に対する想いの変化を示しているようで、何だか微笑ましい。 「けど、一緒の班だから宍戸の弁当と同じってことだよね?」 「中身は一緒だけど、ちょっと違うよ」 「違う?」 「4人の班だったんだけど、全員分オレが飾りつけしたんだ〜。みんな違う感じになったC!」 「へぇ」 「えへへ、写真撮ったから見る?」 「写真?」 「うん。家帰ったら妹に見せようかなーって」 妹? なぜそこに幼稚舎の妹が出てくるのか謎に思ったが、見せられた画面に深く納得してしまった。 なるほど。 詳しくは知らないけれど、きっと芥川の妹が好きなキャラクターなのだろう。 黄色いタマゴの髪に、器用に海苔とそぼろでばっちりウィンク。 口元はハムだろうか?にっこり笑顔がまぶしい、小学校の女の子が喜びそうな立派なキャラ弁だ。 「ふふふ…是非とも、跡部に食べてもらわないとね」 「うん!すっげぇいい出来だもん。おかず味見したけど、美味しかったしさー!」 「ジローのお昼は跡部が用意するの?」 「カフェテリアの出張デリバリーだよ。さっきオムライスってメッセージしといた」 いくら生徒会室にいて最短で用件を済ませようとしても、芥川へ弁当を食べろとメッセージを送っていたとしても。 肝心の彼から『カフェテリアのオムライスね!』とメニューのリクエストが届いたのなら、芥川が調理実習の弁当を食べずに跡部をずっと待つであろうことはわかりきっている。 きっと、今頃生徒会室にいるであろう御仁は即座にカフェテリアへオーダーをいれて、さらにスピードアップし用事を終わらせ、柄にもなく廊下を走って屋上へかけつけるだろう。 芥川のクラスの5限目はパソコン関連で、跡部は確かディベート授業のはずだ。 どちらも選択授業で自由参加なので、その時間を特別教室へ行かず自身の教室で自習に励む生徒もいるため、サボりやすい教科だといえる。 それなら多少カフェテリアの出張デリバリーが遅くなろうが、跡部の屋上到着がもうしばらく時間かかろうが、もう1時間使えば十分にランチタイムを満喫できるだろう。 (昼休み終わる前に来ないかなぁ、跡部) 真面目な優等生と覚えめでたい身としては、次の授業をサボってまで屋上にとどまるワケにはいかない。 できれば残り数分以内に来てもらって皆のいる前で弁当の蓋を開けて欲しい。 その隣にはきっと、期待に満ちた眼差しで見つめる芥川がいるだろうから、是非とも率直な感想を述べてもらいたいところだ。 面白くなりそうなので、忍足と向日にも予め伝えておこう。 屋上のドアが開き跡部が姿を現したら、一斉に携帯カメラを起動させ、彼がお弁当箱の蓋を開ける瞬間を激写すべく待機するはずだから。 (終わり) >>目次 |