生徒会室で重箱:樺地崇弘



昼休みを告げるチャイムと同時に購買組と学食組は一目散に廊下へ出てそのまま駆け出す。
カフェテリア組、学食組、天気がいいので屋上や中庭で食べる外組と、その場を動かない教室組。

芥川はお弁当、宍戸は購買か学食が多いものの、たいがい一緒に食べるので、片方が片方に合わせるようにしている……というよりも、普段は部活仲間で昼休みを過ごすことが多いため結果的に多数決のような形になり、チームメート間で利用者の集まる施設に決まることが多い、とでも言おうか。
氷帝テニス部昼飯友の会(と一部女子の間で噂されている)では利用者の割合で場所が決まるので、弁当組が多ければ誰かの教室やどこかの特別教室、たまに屋上。
学食なら学食、カフェテリアなら以下略。


三日前は宍戸と滝が学食、芥川と向日は弁当、忍足が購買=買う派が多かったため学食で決定。
一昨日は忍足、滝、向日がカフェテリア、宍戸は購買にしようとしたがカフェテリア率が高かったので右に倣え、日吉と鳳もカフェテリアだったのでついでにテーブルに合流。
そもそも跡部と樺地はカフェテリア率が高いのでそのままカフェテリアで、芥川はお弁当を忘れたのでいつものように跡部の世話に。
結果、珍しくカフェテリアにテニス部レギュラー勢ぞろいとなった(カフェテリアには生徒会長専用テーブルがあるため)。
そして昨日は大変お天気がよく、ちびっ子コンビが『屋上で食べたい!』と騒いだため芥川、向日、忍足、滝は弁当持ってそのまま屋上へ。
宍戸は購買でパンとついでに弁当組に頼まれた飲み物も買って屋上へ向かい、カフェテリアでテイクアウトしたランチセットを抱えた樺地を従え跡部が合流。
ついでに次の練習試合のレギュラーミーティングも軽く行うということで、一学年下の鳳と日吉もお弁当を持って屋上へやってきた。

個人主義で馴れ合わない ―などと言われていたのはいつのことか。
表面しか知らない他校のファンの子たちは意外がるものの、氷帝生にはもはやお馴染みの光景が、昼休みに集う男子テニス部メンバー。
もちろん、毎回集まっているわけではなく、芥川と宍戸は学食、向日はクラスメートと教室、忍足は一人で屋上……と各自昼食を摂ることはあるものの、テニス部で集まることが多いので、そんな日は密かに『昼飯友の会』と称されている、氷帝学園の微笑ましい昼の一風景だ。
常に全員揃っているわけではないが、たまに勢ぞろいしカフェテリアや屋上に現れては生徒たちの注目の的となる。

日によって学食、弁当、カフェテリア、購買、と各々決まっているわけではない。
ただし、その中でも跡部と芥川の昼メニューはたいがい決まっており、跡部はカフェテリアでコースメニューか、忙しいときは生徒会室でカフェテリアの出張デリバリー。
対する芥川はお母さんのお弁当……なのだが頻繁に忘れてしまい、その度に跡部が昼を用意してあげるので、テニス部面子が揃う『昼飯友の会』が開催されるイコール芥川が弁当を忘れる日、ともいえる。


氷帝生が『昼飯友の会』の日かどうかジャッジするひとつの目安に、昼休みに芥川の教室へやってくる樺地、というものがある。
日ごろ跡部会長のそばに寄り添い、サポートしている後輩・樺地崇弘だ。
テニスだけでなく生徒会でも跡部の秘書的な役割を果たしており、跡部の代わりに用件をこなすことも多い。
彼らの絆は幼い頃からだといい、芥川・宍戸・向日の商店街幼馴染コンビに負けないくらい、跡部・樺地の英国幼馴染ペアも深く固い絆で結ばれており、特に樺地の対跡部に関する観察力は特筆すべきものがある。


―パチン
『おい、樺地』


その一言、または指パチン一つで、跡部の考えや何をして欲しいのかがわかるらしく、こと細かく説明せずとも樺地は動き出す。

昼休みに先輩の校舎へやってくる樺地というのは、その行く先が跡部の教室でなければ目的はただ一つ。
周りの生徒たちが『今日はテニス部勢ぞろいか』と目安にするのは、樺地の巨体がとある教室の前で止まったとき。
口数の少ない後輩が言葉を発しなくても、そのクラスの先輩方は男女ともに彼の目的がわかっているとばかりに、窓際の一番後ろで机に突っ伏すクラスメートを呼びにかかる。


『芥川くん、お迎えきたよ』

『ん…』


4限を夢の中で過ごした寝坊助は、クラスメートに起こされのそのそ頭をあげて教室の入り口に視線をやり、見慣れた大好きな後輩を発見しては覚醒する。


『樺ちゃん!どったの?!』

『…お昼の時間、です』

『へ?あ…オレ、もしかしてまたお弁当、忘れてる?』

『ウス…跡部さんが、待って…ます』


何がどうしてそうなのか芥川にはサッパリわからないのだけれど、席に戻ってリュックをあけ、中をくまなくチェックすると、あるはずの弁当が無い。
はて?
確かに朝、リビングで母親からお弁当箱を受け取ったのに、なぜカバンに入っていないのだろう。
またしても自分は家のどこかに弁当を置き忘れて、登校してしまったのだろうか。

そして、どうして跡部は芥川本人が気づいてないのに、お弁当のことを知っているのだろうか?

何度考えても不思議で仕方ないのだが、すぐさまパッと切り替えて『まじまじ、跡部すっげぇ』となってしまい実際にカフェテリアや生徒会室で合流するときに、なぜわかるのかを問おうとしない。
そんな芥川を、向日・宍戸の両幼馴染は『何でも気にしないのがコイツの凄いところだけど、そこは気にしたほうがいいんじゃねぇか?』と跡部の情報源を探れと突っ込むものの、そのたびに『わかった、今度聞いとく!』と言いながらその『今度』になるとサッパリ忘れているので、さすが『何でも気にしない』芥川慈郎といったところか。


今日も今日とてクラスメートに肩をゆすられ、ゆっくり目を開けると前の席の子がわざわざ呼びにきてくれて、入り口にはこちらを見つめる後輩の姿。
自らを指差すとコックリ頷かれたため、小銭しか入っていないけど一応財布と携帯だけ持って、とことこドアまで歩み寄ると『生徒会室』と告げられる。

なるほど、今日はカフェテリアではなく生徒会室なのか。


「宍戸は……いねぇし。学食かなぁ」

「宍戸先輩は……購買に寄ってから、生徒会室に…来ます」

「オレ、もしや置いてけぼり?宍戸、酷ぃ〜」

「チャイムと同時…ダッシュで購買……なので」

「あ、そっか。すぐ出ねぇとお目当てのもの売り切れちゃうもんね」

「ウス」


それなら100円パックのカフェオレ頼んでおけばよかったと呟くと、樺地は多分大丈夫だといい、たどり着いた生徒会室には既に購買で用を済ませた宍戸と、同じく購買ダッシュをしたらしい向日が揃ってソファに座っていた。


「ジロー、ほらよ」

「う?あ、カフェオレ!」

「100円」

「わーい、さんきゅー!えへへ、らっきー」

「こら、財布ごと寄越すな」


宍戸の前に置かれたカフェオレは、ここ最近のお気に入りで、芥川が毎日飲んでいるもの。
頼まなくても買っておいてくれる幼馴染に『さすが亮ちゃんだC!』なんて懐かしい呼び方をすると、渋い顔して『亮ちゃんはヤメロ』と言いながらも手馴れた様子で芥川の財布から100円抜き取って、投げ返してくる。

どうやら宍戸と向日のお昼は購買のパンのようで、他のメンバーももうすぐ来ると告げられる。


「今日、ミーティング?」

「さぁな。跡部が今日はカフェテリアじゃなくて、生徒会室っつーから」

「ミーティングはどうでもいいけど、生徒会室ってことは重箱率が高ぇだろ?」


向日の言う『重箱』とは、跡部家シェフ特製の『景吾坊ちゃまのためのお弁当』であり、お供の樺地の分もあるからか3段重ねどころか4-5人前はありそうなボリューム満点かつ豪華な文字通り『重箱』のお昼ご飯だ。
さらにはこの重箱は、弁当を忘れてくるであろう景吾坊ちゃまのチームメートや、購買のパンでは足りない他メンツの分も計算されているため、育ち盛りの彼らの間では『学校で跡部家の食が味わえる』と評判だ。
(なんせカフェテリアのホットミールより、跡部家の重箱の方が美味しかったりする)


本日は特に召集がかかっていたわけではないけれど、たまたま休み時間に跡部と会った忍足が『今日は生徒会室で弁当』と聞き、それが広まり跡部の弁当イコール重箱ということで、忍足・向日は昼休みの生徒会室集合を決め、宍戸と滝も加わった。

跡部様の『おい、樺地』で悟った後輩が芥川の教室へ迎えに行き、生徒たちに『本日はテニス部の昼飯友の会』と一斉に広まったもののカフェテリアの生徒会長専用テーブルは人の来る気配が無いため、本日は生徒会室か屋上かと噂され、一人、また一人と男子テニス部が生徒会室に入っていくため、『本日は生徒会室』と数分後には全校生徒の知るところとなった。


樺地がテーブルにセッティングしていくのは跡部家の重箱。
そして生徒会長が座るであろう席と、自身、そして芥川が座っている前に白いプレートと紫檀の箸を並べていく。


「なんやジロー、また弁当忘れたんか」

「一昨日忘れたばかりでしょ」


遅れてやってきた忍足と滝は、テーブルのうえの豪華な重箱と、芥川の前に置かれた「プレート、箸」のセットに苦笑した。


「跡部、また来てないの?」

「職員室寄ってから来るんだと。はらへったー!萩之介、食おうぜ」

「こら岳人。本人おらんのに重箱つつけへんっちゅうねん」

「あいつそういうの気にしねーじゃん」


確かに跡部は俺様で世間知らずで子供っぽい面はあるけれど、こういう面では驚くほど寛大だ。
跡部家、財力、恵まれた環境、それをあてにする者。
たかろうとする者、狙う者に対してはその尋常ではない鋭さとインサイトで、並みの者では近づけない。
けれどもあっけらかんとしたチームメートの『あとべー、おなかすいたー』には呆れながらも豪華な食事を用意するし、何でも提供される環境に抵抗を示す潔癖なチームメートに『ばーか、周りだけ揃えられてもそれをどう生かすかは自分次第だろ。図太く利用しろよ』と豪快に笑う。

なので、例え自分の昼御飯である『重箱』を先につっつかれたとしても怒らないし、少しも気にしないだろう。
(その割には、以前コンビニの新作スイーツで売り切れ続出だったエクレアを差し入れで貰い、『こんな庶民スイーツ、食わねぇよ』と跡部の分まで勝手に食べたら、部室へやってきた彼は両目をカっと見開き、食べた犯人を凝視。その後、地の果てまで追いかけられてマジ怖かったと向日は語った。
一体何が跡部様の琴線に触れるかはわからないものだと、グラウンドで追いかけっこをする跡部と向日を眺めながら他のチームメートは頷きあって、各自の跡部メモに『エクレアは要注意』と加えたらしい。


「ジロー、食わねぇのか?」

「んー」

「お前、弁当忘れたんだろ?」

「樺ちゃんが呼びにきたから、家に忘れてきたっぽい」

「待つのか?」

「うん」


購買のパンの袋をあけ、サンドイッチにかぶりついた宍戸は、目の前で重箱をじっと見つつも箸に手を伸ばさない芥川に声をかける。
同じく向日、忍足らも食事を始めているものの、芥川と樺地だけは席についただけで重箱に手を伸ばさず、時たま扉を見ては最後の一人を待っているようだ。

といってもこれは今に始まったことではなく、芥川はともかく樺地は跡部が来るまで食事を始めないので、いつもの光景ともいえる。
ただ、芥川も何度か樺地に倣い跡部を待ったこともあるのだけれど、そのたびに『ジロー。先に食べろと言っているだろう?』と諭されるため、宍戸らと同じタイミングで食事を始めることが多い。
けれども跡部が来てから一緒に手を合わせて行う『いただきます』が芥川的にはツボで、以前やったときに何倍もご飯が美味しく感じられたので、今日もせっかくの重箱弁当なので一緒に手を合わせたいと思い、ついついドアと重箱を交互に見ては跡部を待ってしまう。


「先に弁当食べる方がええんちゃう?また跡部に怒られんで」

「うぅ〜」

「ふふっ、待っていたいんだよね?」

「ジロー先輩…もうすぐ、来ます…ウス」


忍足はジローを気遣うゆえに彼を促し、そんなジローの心情を理解する滝は微笑ましく見守る。
そして樺地の一言にパァーっと表情を変えたジローは、ほんわかした笑顔で『樺ちゃんも一緒にいただきますしよーね』と可愛らしくウィンク。

てっきり、跡部がよく言う『先に食べるように』とジローへ告げると思いきや、樺地から出てきたのは他のメンツには意外な台詞。
けれども芥川にはこれ以上ないくらい喜ばしいこと。


「跡部さんも…一緒に……『いただきます』したいと思います…」


((((樺地?!))))


「えへへ、樺ちゃんもそう思う?そうだよねぇ、そのほうがおいCもんね!」

「…ウス」


芥川へ先に食べろという跡部の本心は、やはりお腹すいた状態で我慢するより先に食べて欲しいのが事実。
けれどもその深層心理はというと、『一緒にいただきます』が何倍も美味しいという芥川の言葉を実感しているのもまた真実。
待っていて欲しいけど、待たせたくない。

そんな跡部の意を汲めば先に食事を始めさせる方がいいのだろうが、樺地としては跡部が色々な壁をとっぱらえば一番喜ぶことは、やっぱり『一緒にいただきます』とわかっているので、そちらをかなえてあげたい気持ちが勝った。

そこはそう、まだまだ学生ですので。
これくらいのことなら、彼が本当に喜ぶことをしてあげたいと思う、樺地の幼馴染を思うココロなのです。


それに、芥川にとっても空腹を我慢してでも一緒に手を合わせるほうがいいと言うので、跡部が来るまでの我慢なら好きなだけするだろう。


「あ、きた。跡部!」

「理事長に呼ばれて遅れ―って、ジロー。まだ飯食ってなかったのか」

「待ってた」

「先に食えといつも言ってるだろう」

「一緒にいただきますしたいもん」

「……」


どうして芥川を先に食事させないんだと樺地に視線を投げる跡部だったが、その点は樺地も譲らないのだろう、跡部の湯のみに熱々の緑茶を容れてシレっとテーブルに置いてから自分の席に座った。


「ほれ跡部、とっとと座り」

「昼休み終わっちゃうよ」

「しょーがねぇ。重箱手伝ってやるよ。な?亮」

「だな。おら、お前が座んねぇとジローが食えねーだろ」


「「「「ほら座って、手、合わせろ(合わせて)」」」」


「…ったく、しょうがねぇヤツらだな」


先に始めていた四人も、いったん手をとめてビシっと背筋を伸ばし、両手を合わせて生徒会室の主が着座するまで待機。
呆れながらもどこか照れくさそうに、いつもの席についた跡部は皆と同じく両手を合わせて、昼ごはんの合図を待つ。


「じゃーみんな、手を合わせてください」

「「「「合わせてるって」」」」


芥川の号令に突っ込みつつ、英国組を除き小学校時代から変わらない食事前の挨拶を行う。



「いただきます!」

「「「「「「いただきます」」」」」」



そんな、氷帝学園の昼休み。
生徒会室での出来事。





(終わり)

>>目次

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氷帝学園ランチ短文、樺ちゃんのこんな日。
景吾タンに『いただきます』と言わせたい。





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