「おら、ジロー。行くぞ」 「う?」 昼休みのチャイムとともに席を立った宍戸は、カバン片手に芥川の席まてやってきては机のわきに掛けている彼のリュックを引っつかみ、差し出してきた。 意味わからんとキョトンとした顔で見つめてくる幼馴染へ、やっぱり忘れてるとため息ひとつこぼし『委員会!』と強めに言い放つも思い出す節もなく、変わらずポカンとしたまま。 「昼休み、多目的室で委員会だって朝放送かかっただろ?」 「委員会?なんの」 「俺とお前なんだから、校外活動委員に決まってンだろーが」 「えぇ〜、昼休みだよ?委員会行ったら、ご飯食べれないC」 「だから、昼飯食いながらやるんだろーが」 「弁当持ってくの?」 「先月もあっただろ?他クラス、学年の交流会的な―」 「そんなんばっかやってねぇ?委員会って」 「目ぼしいイベントが無いけど委員会活動を何かしらしなきゃなんねーっつー委員長と先生の苦肉の策だろ」 「一人くらいいなくても、わかんねぇっしょ」 「ちゃんと点呼取られてるっつーの。おら、行くぞ」 「寝たい〜」 「おー、どうせ弁当くって後半寝るだろーが」 1クラス最大2人の氷帝学園の各委員は、一部の委員を除き男女1名ずつというくくりが無いのでクラスによっては女子2名のところもあれば、宍戸と芥川のクラスのように男子2名の場合もある。 マンモス校ともいえる生徒数を誇る氷帝学園なので、通常の委員会で全員参加ともなるとかなりの数になり、全学年揃えば多目的ルームは生徒で溢れ圧巻の一言だろう。 ただし校外活動委員はその中でも特殊で、委員を設けていないクラスもあり『クラス代表』というよりも『学年の代表』として1学年に数名設定されるため、他の委員に比べれば総数はぐっと減る。 宍戸と芥川の『校外活動委員』は文字通り、学校外で行われるイベントの企画、運営、主催を執り行っており、イベントが無いシーズンは正直ヒマだ。 だが委員会として定期的な活動と、委員長にはレポート提出も義務付けられているためか、目玉の催事が無いときはこうやって『交流会』だの『懇親会』だのと称して委員を集め、実情は単なる昼食会になっているのだけれど、名目上は『委員会』として昼休み丸々使い、委員が召集されることがある。 委員を決める際も、一人必ず何かしらには入らなければならないため、各々が入りたい委員会や、時にはジャンケンを経て決まっていったクラスの委員決め。 学年会議で今学期の『校外活動委員』割り当てが決まり、宍戸・芥川のクラスから1-2名の『校外活動委員』を選出するよう決まっていた。 担任からは『あまり活動は無いが、イベント時は重要な役割で他校へ行くこともあるぞー』と、わかるんだかわからないんだかの微妙な説明がなされ、立候補する生徒もいなそうだったのだけど、『あまり活動が無い』に惹かれた宍戸は早めに挙手し、早々に『校外活動委員』に決まった。 その後次々と委員が決まっていく中で、ぼーっと焦点の合わない目で黒板を見つめる芥川は早くも注目の的になっており、初めてクラスが一緒になる生徒らは一様に『あれが芥川』などと、かの有名なテニス部の寝太郎を直に見てそわそわする者、可愛いとはしゃぐ女子、不思議な生き物を見るかのように遠目で眺める男子、と多様の反応に分かれた。 前の年に芥川のクラスで国語を受け持っていたため寝太郎への耐性はついていた担任は、頭をかきつつどうしたものかと、ボーっとしっぱなしの芥川を眺め、その隣の宍戸と目が合った。 そして、訴えるようにしばらくじっと新しいクラスの生徒を見つめた結果、折れた宍戸が芥川を引き取ることで彼の委員が決まり、クラスの委員決めが終了した。 「自販機寄れねぇな」 「んー。水筒あるからへーき」 「じゃあ行くぞ」 「宍戸は?いっつも何かペットボトル買うじゃん」 「1階に降りてる時間が無い。もう集合時間だし」 「ちょっとくらいい〜んじゃねぇ?」 「遅れたら一番前だぞ、席」 「ヤだ〜」 「だろ?飲みモンは無きゃ無いで、しょーがねぇ」 「じゃあちょっとあげるね」 「中身、お茶か?」 「麦茶〜」 「冷たいやつ?ならもらう」 「たぶん冷たいと思う。昨日は熱かったけど」 「…熱いヤツか。ま、いいか」 きっと芥川の母親は、冷たいドリンクを自販機で購入するであろう息子を予想し、『食後のお茶』として水筒の中身は温かいものにしている可能性が高い。 夏はさすがに冷たい麦茶だけど、秋から春にかけては湯気のたった茶色い液体をそそぎ、ふーふーしながら飲んでいる姿をしょっちゅう見ている。 何を根拠に『たぶん冷たいと思う』のか謎だが、とりあえず委員会の集合時間まで1分を切ったため、急いで多目的ルームに向かわないと、『遅刻!』と委員長に指され、一番前に座るよう命じられるに違いない。 座るだけならともかく、一番前はしょっちゅう先生や委員長によって指されるし、前に立っての進行役や雑用を命じられたりと、何かと忙しないポジションなのでなるべくカンベン願いたい。 芥川に当たったとしても結局はボケボケしているため、隣の宍戸に全ての責務が向き、委員長の手足として使われるに決まっている(先々月がそうだったらしい)。 委員会という名の単なる昼食会を終えて、5限目開始時間までに余裕があれば、冷たいドリンクをゲットしに自販機へ行こう。 寝起きでボサっとしている芥川へリュックを背負わせ、背中を押しながら教室を出て行く宍戸を見守るクラスメート一同は、『ご苦労様』と口々に呟き、各自弁当組、購買組、カフェテリア組と分かれ、おのおのの昼食タイムに入っていった。 結局は『あまり活動が無い』校外活動委員が、一番たくさん『委員会』を開いているという事実。 来学期は絶対に選ばないと誓う宍戸だったが、ある意味特殊な『校外活動委員』は学期ごとではなく、期限が1年間だと知るのは来学期のこと。 (終わり) >>目次 |