カフェテリアに行くと、たいがい部活の先輩が誰かしらいる。 部長の跡部は指定席ともいえる、全校生徒が把握している『跡部様のテーブル』があるし、どんなときも横に寄り添う樺地も専用席があり、円卓の残りの椅子には見慣れた先輩方が着座していることが多い。 そして毎回何席かはあいているので、昼食でカフェテリアにやってくると、目ざとい先輩方に見つかり『鳳、こっち来いよ』と呼ばれたりもする。 混んでいる中、席が必ず確保される状況はとてもありがたく、空いていても他の生徒はまず座らない『跡部様のテーブル』かつ、鳳のように彼らと親しいテニス部員は他のテーブルを使用されるよりは『跡部様テーブル』に行ってくれとの願い混じりの視線を向けられることもある。 そりゃまぁ、混んでいるカフェテリアで一般生徒にはなかなか入り辛い生徒会長のテーブル席には、なるべく誰かしらが座ってくれたほうが他の座席を使えていいのだろう。 氷帝学園にはハイグレードなカフェテリアの他に、いわゆる『学食』と呼ばれる庶民的な食堂もある。 裕福なお坊ちゃま、お嬢様が多いとはいえ一般家庭の生徒が大多数で、毎度カフェテリアなんぞで昼食代を払うことは難しい、弁当組ももちろん多い。 テニス部の先輩方は半数が坊ちゃんではない『一般生徒』といえるだろう。 カフェテリアで見かける先輩方の中には、弁当派はもちろん、学食や購買メインの先輩もいる。 鳳としては基本的にカフェテリアなのだけど、ダブルスパートナーを組む先輩から『学食』の魅力を懇々と聞かされ利用して以来、学食の素朴なメニューも気に入り、利用することが増えた。 ダブルスパートナーの宍戸は弁当の時もあるけれど、母親の気分次第らしいので弁当用意してもらえなかった日は、学食か購買、または朝練前にコンビニで買ってくることもあるのだとか。 その宍戸のクラスメートかつ直属の先輩、芥川はというと、ほとんどが母親の手作り弁当。 ただ、本人のウッカリ度が他の先輩の比ではないのだろう、『お弁当持ってくるの忘れちゃったよー』と何度聞いたことか。 カフェテリアで『生徒会長専用テーブル』にいる芥川を見かけると、ああ、今日もお弁当忘れたのだなと瞬時にわかる。 そして後輩を見つけては大きく手をふり、『オオトリー!こっちだよー』と声をかけてくれて、近づいてきた鳳に『お弁当忘れちゃった』と微笑むのだ。 その隣でヤレヤレと言いながらも嬉しそうに世話をやく生徒会長の姿は、ある意味『数ある氷帝名物のひとつ』ともいえる。 氷帝名物として生徒たちの話題にのぼることの多い最近の出来事といえば ・弁当を忘れた芥川先輩にランチコースを分け与える跡部会長 ・芥川先輩を背負ってテニス部コートへ向かう日吉くん(最近は樺地くんより多いのだとか) ・購買でおばちゃんに新作トライアルパンの感想を熱く語る忍足先輩 ・昼休みに芥川先輩と向日先輩に両腕引っ張られて体育館やグラウンドに連れて行かれる日吉くん(勝負をしているらしい) などなど、何かと話題に事欠かないテニス部は、他校にもファンの多い氷帝学園が誇る華である。 (今日は学食にしようかな) 先日のお昼はカフェテリアで魚メインのコース料理だった。 氷帝のカフェテリアは跡部景吾の入学によりリニューアルされ、豊富なメニューと栄養バランスもバッチリ考え抜かれた献立になっており、生徒だけでなく教員、職員、その他、あらゆる関係者からの評判も良い自慢の施設だ。 先輩たちのように『毎日が豪華なメシばっかじゃ飽きるっつーの』とカフェテリアだけじゃダメ、学食、購買とバランスよく利用しないと……までは思わないけれど、それでも先輩に教えてもらった学食にはお気に入りのメニューもあるので、今日は学食に決めた。 幸い4時限目は体育で、終了後はそのまま学食へ行けるので他クラスの生徒らよりも早く食堂にアプローチできる。 入り口に山のように積んであるトレーは真新しく、食堂には同じ体育の授業で汗を流したクラスメートの姿が数人だけ。やはり自身のクラスが一番乗りで、皆考えることは同じく体育終了後、カフェテリア、食堂、購買、と一直線に向かっていったらしい。 「あら鳳くん。今日は早いんだねぇ」 「こんにちは。体育だったので、そのまま来れました」 顔なじみの食堂のおばちゃんは、隣に先輩がおらず一人なのが珍しいと声をかけてくる。 先輩というのは、おそらく学食利用率の高い宍戸か、はたまた別の先輩だろうか。 言われるほど学食利用時に常に一緒にいる感覚は無いのだけれど、おばちゃんが覚えるくらいには一緒なのだろう、『宍戸くんはまだかい?』なんて尋ねられ、やはり自分と宍戸は1セットなのかと何だか笑えてしまった。 「宍戸さんは、どうでしょう。チーズサンドかもしれませんね」 「今日の丼は、宍戸くんの好きなソースかつ丼なんだけどねぇ」 日替わりでいくつかあるメニューのうち看板に書かれているスペシャルメニュー、本日は以下4種類。 ・麺=ジャージャー麺 ・飯=五目あんかけチャーハン ・定食=油淋鶏(ユーリンチ)セット杏仁プリン付 ・丼=ソースかつ丼 (あ…定食にしようかな。ユーリンチ) 日替わりメニューの中なら、宍戸はおばちゃんの予想する『ソースかつ丼』を選ぶだろう。 テニス部にあてはめると、ジャージャー麺はきっと滝で、五目あんかけチャーハンは芥川、からあげ好きな向日は定食だろうか。 いや、ご飯系を好む芥川だけど、ここは杏仁プリン目当てで定食を選ぶかもしれない。 けれども他と違って日替わり定食だけは数が少なく、限定30食のみなので先輩たちが授業を終えてダッシュでやってくる頃には完売になっているかもしれない。 不思議とこういう予想をしているときは、決まって先輩方が学食にやってくることが多い。 「日替わり定食でお願いします」 「油淋鶏セットだね。このメニュー人気だから、いつも5分くらいで売り切れちゃうのよ」 「あはは、ラッキーですね」 「向日くん、昨日メニュー聞きにきてたから今日来るかねぇ」 生徒の中には、『明日の日替わり、何?』とおばちゃんに聞きに来る者もいて、気になるメニューなら昼休みのチャイムと同時に教室を飛び出して学食へ一直線!な生徒(主に男子)もいる。 どうやら向日も学食のおばちゃんに覚えられるくらいは通っているようで、さらに昨日聞きにきて『中華風からあげメインの日替わり定食』と知ったからには、まず間違いなく狙っているだろう。 (向日先輩、間に合うかな?) あの先輩のダッシュ力からすれば、例え教室が4階と不利な位置にあるとしても、30食限定に間に合うかもしれない。 いや、自分が『1食』目をゲットしたので、残り29食か。 向日が学食利用となると、いつも弁当を一緒に食べているという商店街のお隣さん、芥川も学食利用にしそうだ。 あの先輩は基本的に弁当メインで、忘れたときはカフェテリアで跡部に面倒みてもらうことが多いようだが、たまに向日と示し合わせて学食にやってくることもある。 前回、学食で先輩方が勢ぞろいした時の日替わりスペシャルは確か、排骨麺(パーコーメン)、特大アナゴ天丼、秋サンマ定食、秋づくし炊き込みご飯セットだったか。 バッチリ前日にメニューを確認し、昼のチャイムと同時にダッシュしたらしい先輩方は、鳳が学食に到着するころにはテーブルで目当てのメニューをゲットし、満足げに座っていた。 (ちなみにパーコーメンが向日、天丼は宍戸、芥川が炊き込みご飯で、滝と忍足はサンマ定食) 人もまばらな学食テーブル、奥の座席にとりあえず腰掛けて、食欲そそる香ばしいユーリンチ定食を前に『いただきます』と一言発し、割り箸を手に取る。 チャイムが鳴ったこともありちらほらと学食に生徒が増えだして、やがて入り口に詰まれたトレーが減っていっては活気あふれるいつもの学食風景になっていく。 「よっしゃあー、着いたー!おばちゃん、定食ね!」 「おや珍しい。芥川くん、あんかけチャーハンじゃなくていいのかい?」 「杏仁プリン食べたいもん。日替わり定食にする」 「はいはい。あら、最後の1つだねぇ。日替わり定食終了〜!!」 「いぇ〜い、ラッキー!!」 ガランゴロンとベルのような高い音が響き、続いて『日替わり定食終了!』の声が学食中に響き渡り、何人かの生徒が舌打ちとともに無念な表情で肩を落とした。 (ジロー先輩。ってことは、宍戸先輩も?) クラスメートな二人なので、宍戸も学食だとしたら一緒に来るだろう。 入り口後方に視線をうつすと、トレーを持って並んでいるダブルスのパートナーたる先輩がいた。 一緒に教室を出たのだろうが、芥川の方が早く学食へ到着したらしい。 「日替わり定食はさっきの芥川くんで終わっちゃったよ。他のでいいかい?」 「カツ丼食いたかったから。日替わり丼はまだ大丈夫?」 「ソースカツ丼一丁ね」 「お願いします」 「定食の杏仁プリンが1つ残ったから、オマケでつけとくよ」 「マジで?!ありがとうございます」 「他の生徒にはナイショだよ」 「ッス」 (やっぱり宍戸さん、カツ丼か。あ、ジロー先輩こっちきた) 「やっほー鳳。早いじゃん」 「こんにちは。体育だったんです」 「だからジャージなんだ。お!日替わり定食?」 「はい。ユーリンチ、美味しそうだったので」 「オレもー!杏仁プリン食べたくってさ〜」 これまた予想通り、からあげではなくプリン目当ての先輩のトレーには、鳳と同じ『30食限定日替わり定食』が美味しそうな湯気をたてている。 あまり食べない先輩なので、きっと全てを平らげる前に『おなかいっぱいだC〜』が出て、テーブルに突っ伏して他の皆が食べ終えるまで寝てしまうのだろうけれど。 その後、ソースカツ丼と杏仁プリンをトレーに乗せた宍戸も合流し、鳳の正面に座る芥川の隣に腰掛けた。 「先輩方、今日は学食なんですね」 「岳人が学食にしたいっていうから、今日は弁当やめたんだ〜」 「まだ来てねぇけどな。アイツ何やってんだ。岳人のクラス、4限は生物だったな、確か」 「あーじゃあ遅いねーきっと。ざーんねん、日替わり定食売り切れだC」 「お前の定食譲れって言いそうだな。つーかジロー、お前昼飯何でもいいんだろ?岳人に―」 「ヤだ。今日は定食の気分だもん」 「ツイてねぇな、岳人」 「限定数メニューは勝負なんだC」 もしこの場に向日がいて、オムライスでもジャージャー麺でも何でも、『杏仁プリンはいらないから』と交換を申し出れば、嫌だということもなくすんなりOKしてくれるだろう。 ただ、一口食べてしまえばもうその気は無くなる彼のことだから。 すでに中華スープをレンゲですくい、割り箸でユーリンチをはさんでと食事を始めだしたため、例え一口しか食べていない状況でも『変えてくれ!』に『NO!』と断るに違いない。 「生物……あ、おじいちゃん先生ですか?もしかして」 「そだよー。オレらのクラスも、じいちゃん先生」 「長いんだよな、授業が。長太郎んとこもか?」 「いえ、うちのクラスは違うんですけど、日吉のクラスがおじいちゃん先生です」 のんびりした穏やかな授業で居眠りを誘うと有名な『おじいちゃん先生』は生物の非常勤講師で、一部のクラスを受け持っている。 授業中に寝ている生徒や漫画本を読んだり他のことをしている生徒を目にしても怒りもせず、にこにこと授業を続けるので、おじいちゃん先生にあたると『やりたい放題』な反面、チャイムが鳴っても授業が続くのが定番なので、生徒の間では『嫌だ』とはっきり言う者もいる。 ただし真面目に授業に取り組む生徒にとっては、授業がとてもわかりやすく、豆知識やより深い情報も教えてくれると評判で、理科の選択で『生物』を選ぶ生徒はおじいちゃん先生になって欲しいと願う者もいるほど人気の先生でもある。 お目当ての日替わりメニューの日の4時限目が、よりによって『おじいちゃん先生』の授業だとは。 (向日先輩、ご愁傷様です) …と思ったとか、思わないとか。 数分後に学食へやってきた向日は、意気消沈ぎみにトレーを取って、列に並びだした。 もはや『30食限定日替わり定食』は諦めていたのだろう、丼も麺も日替わりのスペシャルメニューは軒並み完売していたため、レギュラーメニューのカレーライスにトッピングの納豆を追加して、鳳らのいるテーブルへやってきた。 『ったく、長すぎンだよあのじいちゃんは!』 生物の授業への怒涛の愚痴が始まり、気持ちもわかるので宍戸がうんうんと聞いてあげている横で、杏仁プリンに着手しだした芥川は満面の笑みで『おいしー!』を炸裂させ、デザートに集中しだした。 …ユーリンチが半分以上残ったまま。 『ジロー。もう食わねぇの?』 『ちょっと休憩〜。おなかいっぱいになってきた』 『ユーリンチくれ』 『いいよー、はい』 『カレー食うか?』 『じゃちょっと食うー』 『納豆は食うなよ』 『いらねぇし〜』 半分も残すのは予想外だったけれど定食がまだ温かいことを考えると、目的のメニューにありつけないであろう向日のために、もしかして残していたのかもしれない。 いや、これは聞き方か? 『交換してくれ』には『NO』と返ってくるところを、『ちょっとくれ』ならすんなり『いいよ〜』と答えるのだろう。 それで全部食べてしまってもきっと芥川は怒らない。 それなら交換に応じてくれてもいいと思うけれど、それは彼的には違うらしく、あくまで一度手をつけてしまったものは『自分のもの』で、それをわけ与える分には構わないらしい。 大量にらっきょうをカレーライスに投入し、スプーンで口へ運ぶ芥川……が、らっきょうの面積の方が多くないだろうか? 「あ、バカ!そんなにらっきょう入れてんじゃねーよ。らっきょう味になるじゃねぇか!」 「ラッキョいれたほうがおいCもん」 「バカ、アホ、ジロー!カレーじゃなくて、らっきょライスになってるっつーの」 「福神漬けもいれよーっと」 「あ、おい、ヤメロ、こら!」 みるみるうちに、向日のカレーライスがらっきょうと福神漬けに占拠され、ありえないバランスになっている。 『ジロー、らっきょう好きだしな』なんて呟いてカツ丼をかっこむ宍戸へ、わかってるのだから芥川を止めろと恨めしげに睨み、ユーリンチを頬張る向日だった。 氷帝学園のテニス部先輩後輩、学食の日は、だいたいこんな感じです。 (終わり) >>目次 |