中庭でプリン:日吉若



『なんですか、これは』
『ほうじ茶プリンよ。この前テレビで観て、気になっていたでしょう?作ってみたから、お昼のおやつに持っていきなさい』
『…ありがとう。けど、何で2つあるんです?』
『お友だちにプリン大好きな子がいたわね。一緒に食べたらどうかしら?』
『友達…』
『冬休みに遊びに来て、一緒に道場で稽古していたでしょう?お土産にプリン持ってきてくれて』
『……』
『可愛い子だったわねぇ。元気で、ずっと笑顔で。また来てくれないかしら』
『あの人は、友達というか』
『あら、仲良しでしょ?ひよC〜なんて呼ばれて、若の表情も柔かくて楽しげで。弟ができたみたいだったわねぇ』
『…部活の先輩、です』
『!慈郎くん、若より年上だったの?』
『一応』
『あんまり可愛いから、同い年か後輩だと思ってたわ』
『あんなんでも生物学的には年上です』
『こらこら。先輩なのでしょう?』
『……プリン、渡せばいいんですね?』
『一緒に食べなさいね』
『…はぁ』
『今度また、連れてきてね』
『……善処します』


家を出るときの母親とのやり取りを思いだし、少し躊躇するも仕方ないので一学年上の校舎へ足を運ぶことにした。
昼はいつも教室弁当組なので、飲み物買いに購買へ行く以外に教室を出ることはない。
クラスメートや馴染みの先輩方は食後、体育館でスポーツに興じたり、グラウンド、屋上、中庭と思い思いの過ごし方をしているだろうが、日吉自身は次の授業の準備、予習、復習に充てている……というと、決まってとある先輩は『全然休めてねーじゃん。昼休みだよ?勉強してるなんて、信じらんねぇC!』と変なものに遭遇したみたいに、おかしな顔をする。

学生の本分はーなんて模範的な回答には『人生損してる』と眉を寄せて少し怒ったような困ったような、表現しにくい顔をして、後輩の教室にいきなり現れては、弁当を片付けて教科書を開こうとしていた日吉の腕を掴み、体育館に連れていかれたことも多々。
同じような背丈の『氷帝テニス部のマスコット、チビッ子ツインズ』と巷で噂される片割れを伴ってやってくることもある。

先輩方が来るとクラスメートの女子がそわそわしだし、時に歓声があがるのですぐにわかる。
その黄色い声を最大に浴びるのはもちろん跡部先輩だが、それ以外の先輩レギュラーらも、他の『かっこいい』氷帝生たちとは比べ物にならないくらいの歓声がわくため、あらゆる意味でテニス部は注目の的といえる。


『氷帝学園テニス部』で、一応はレギュラーに昇格した身ではあるものの、派手で目立つ先輩方とは違い日々質素に、地味に生きています……というのも何だけど、同じくレギュラーな同い年と比べれば違いは明らかだと日吉は自身を位置付けている。

鳳は中身はともかく、見た目に華やかで『派手』であるため、属性が先輩方と一緒だ。
樺地は彼自身がどうであれ、一心同体といっても差し支えないほど常に側にいる人が規格外すぎる。
(大柄なので本人が体格的に目を引くのは間違いないが)


では、日吉は?
暗いわけではないが物静かで冷静、口数少なく大人しい部類ではないか?


…と自己分析した際に、くだんの派手な先輩方からは総ツッコミを受けた。



『おい若。岳人と一緒になってムキになるくせに、何が冷静だ』
―それはですね、俺じゃなくて向日先輩……に、つきあってあげているだけですよ。

『口数少ない?日吉。自分、普段から結構ぶつぶつ言うとるで』
―アナタに言われなくない。忍足先輩が呟くたびに、芥川先輩と向日先輩がヘンタイって貶してるの、知ってます?

『ンな奇抜な髪形して、地味とか言ってんなよ』
―そっちこそ、そんなきっちりしたおかっぱ頭で、よく他人のヘアスタイルを奇抜だなんて言えますね。

『あーん?地味だ派手だ、そんな他人の評価なんてどうでもいいだろうが。自分が満足なら、それでいい』
―そりゃアナタは満場一致でド派手な人ですし。自己評価も高いでしょ。

『日吉、そんなこと気にしてたの?そりゃ向日先輩に比べれば暗いし、宍戸さん程スタミナとガッツは無いよ。忍足先輩の方がクールでモテるし、跡部部長は何もかもが上だけど、でも、周りがどう言おうと関係無いよ!』
―励まそうとしてるんだろうが、貶してることに気付け。…お前の方が周りの噂気にしてるだろ。派手なナリの割には気が小さいくせに。

『人、それぞれ……です…。跡部さんは跡部さん、…日吉は……日吉』
―ああ、そうだな。皆違って皆良い。まったく、余計なことを言わないのはお前だけだ。というか、別に…俺は自己分析しただけで、気にしてコンプレックスを抱いているわけでは無いんだが。



ふと、チームメートの先輩や同級生らに返された言葉の数々を思い出してはため息がこぼれ、先輩の校舎へ赴くスピードが増した。
正直、とっととプリンを渡して部活時に感想を聞けば、母へは何とでも後で報告は入れられる。
ただ、どうせあの先輩のことだからプリンだけ置いても『一緒に食べようよー』と呼び止めるだろうし、『忙しいんで』などと去ろうとすれば、腕をつかまれるに違いない。
結局は屋上や中庭、部室、とりあえず外で食べようとぐいぐい手を引っ張られ『昼ご飯〜プリン』の流れで昼休みが終わるだろう。

不本意だが、まぁ仕方ない。
昔からあの先輩は言うことを聞かないし、あの先輩のワガママ・オネダリはどうにも抗いがたく、聞いてしまうのだから。



「あ〜、ひよだ。どったの?」


(…何で寝てないんだ)



昼休みが始まってまだ数分。
どうせ彼は一番後ろの窓際の席で机に突っ伏し夢の中、対する彼のクラスメートたるもう一人の先輩は購買目掛けて一直線。
教室にいるということは本日は弁当を忘れずに持ってきている、とこの先輩に限っては同意義だ。となれば宍戸が戻ってきたら一緒に昼食タイムとなるだろうし、そうなれば他クラスの向日、忍足ら別の先輩方も合流してくるに違いない。
でなければとっくに芥川も、自身の教室から出ているはずである。

教室にいなければ、きっとカフェテリアか学食か、はたまた屋上か。
他の先輩方と一緒だろうからプリンは彼の机の上に置いて去ろう。いれば一緒に食べることになるので、それはそれで仕方ない。
寝ていれば彼の頭の横あたりにプリンを置いて、それでもし起きなければフェードアウトして自分の教室に戻っても、別にいいかな。
一応念のため弁当箱を持ってきてはいるので先輩と昼を摂ることは想定内として動いてはいるけれど。


なんて考えながらも、どうせ先輩に巻き込まれて一緒に弁当食うはめになる、いやいや不在なら仕方ない教室へ戻るしかない― って、この持ってきた弁当箱をどうしてくれよう。教室に持ち帰るなんて、戻ったらクラスメートに何て言われることやら。
となれば先輩がいなければ教室に戻るのではなく、屋上か中庭か、適当なところで食べて空の弁当箱を教室に持ち帰るほうが良い。


らしくなくアレコレ想像したけれど、先輩の教室について中を覗いたら、結局は窓際の奥の席に見慣れた金髪がいた。
いる=弁当を持ってきている、ので、同時に宍戸の姿を探したがやはりいなかったのでチャイムと同時に購買ダッシュ中なのだろう。
ただし、夢の中のはずの先輩が起きていたことは予想外だった。


嬉しそうに立ち上がり、日吉の立つ教室の入り口に駆け寄ってきて、ふんわりした笑顔で迎えてくれる。
一応は『プリン』の事情を告げて差し出し、感想は放課後と告げようとしたらクルっと背を向けて窓際の自分の席まで走り、リュックを引っつかんでまた教室入り口に戻ってきた。

…やはり、プリンだけ受け取ってくれる人ではない。


「中庭いこーよ」

「…宍戸先輩、待たなくていいんですか?」

「宍戸、今日は学食だもん。行っちゃったし〜」

「?向日先輩や忍足先輩はどうしたんです」

「岳人も忍足もカフェテリア。この前、ゲーム負けて忍足が岳人にジュレ・ロワイヤル奢るんだって」

「芥川先輩は一人で教室?…なわけないですよね」


この先輩が一人で寝ているのはしょっちゅうだが、一人きりで昼食をとるなんて見たことがないし、聞いたこともない。
氷帝だけでなく他校でもテニス部の面々の間に限れば、芥川をベッタベタに甘やかす氷帝テニス部はある意味有名だ。
その筆頭たる跡部景吾が、芥川に関しては保護者よろしく構い倒し、『あとべ、うざいしー』なんて置きぬけのこの寝ぼけヒツジに呟かれ、ショックを受けていたシーンを見たこともある。

合同合宿予定で遭難した山の温泉で、例の如く寝てしまい露天風呂に頭から突っ込みそうになった芥川を『仕方ねぇな、おい、樺地』などと指パチンで支えさせたこともあった。
選抜合宿でも勝ち組・負け組でわかれてしまい、半分となった氷帝メンバーのうち、普段から芥川を気にかけて面倒みてた幼馴染の宍戸・向日は揃って負け組。
寝ている芥川を迎えに行く筆頭の樺地も負け組。その頃、樺地の代わりにあの先輩を背負うことが増えた日吉も負け組。

さて、芥川はどうやって勝ち組のトレーニングに耐えていたのか。

彼が尊敬する『大好きな丸井くん』と同室、同じ勝ち組ということも大きかったのだろうが、何だかんだと直々に世話をやいていたのは跡部だったらしい。

『いねぇと思ったら、こんなところで寝ていやがった』

芥川を探しに行ってはこのような台詞とともに二人で戻ってくる光景を何度も見た、と当事同じ勝ち組だった忍足、鳳が言っていた。


宍戸が学食、向日と忍足がカフェテリアだとしても、この先輩が一人で教室にいる理由にはなっていない。
それどころかカフェテリアが定番の跡部が、向日に『ジローはどうした』というのは目に見えているし、いつもなら芥川も宍戸や向日に着いていってはカフェテリア、学食でもお構いなしに弁当を広げている。


「んー。今日は皆、食いたいモンばらばらだしさ」

「学食か、カフェテリアですか?他の先輩たちは―」

「滝は委員会、跡部と樺ちゃんも生徒会なんだよね」

「…珍しいですね。で、先輩は教室で弁当ですか?」

「どうしよっかな〜と考え中のときに、ひよしが来た」


聞けばチャイムと同時に学食ダッシュの宍戸からも、授業の終わる数秒前に一緒に学食へ行くか向日らのカフェテリアか聞かれたようだが、『適当にするから学食行ってらっしゃい』と送り出したとのこと。
なるほど昼休みで一人なのにバッチリ起きているのは、直前の授業で宍戸に起こされたからか。
そして、『考え中』だとしても芥川のことなので、このまま一人でいたらやがて寝てしまい、お弁当を食べずに5限目が始まってしまうことも十分考えられる。
けれどもこうして偶然とはいえ日吉がやってきて『一緒に昼飯食おー!』となるのだから、よほど芥川は『周りが自然と集まる』星の元に生まれてでもいるのか。

二人きりでのランチは初めてではないけれど、どんなに邪険にしてもくっついてくる先輩は、こうなったら一緒に弁当食うまでは開放してくれないことも今までの付き合いから把握済みだ。


まぁ、仕方ない。
それに、母親も『一緒に食べなさい』と言っていたし、プリンのためにもすぐに感想をもらうほうがいい……としておこう。


「中庭にさ、新しいベンチ作ってくれたしさー」

「…は?」

「あんま生徒がこないとこあんじゃん?大きな桜の木のところ」

「あぁ、芥川先輩がいつも寝てるとこですか」

「理事長があそこにベンチとテーブル置いてくれたんだ〜」

「……何で理事長が」


いや、質問するまでもない、か。
数人いる理事の中には跡部関連の人もいれば、確かこの学園の理事長は跡部家とのつながりも深い。
理事長室へ出入りする生徒会長は度々目撃されており、生徒会室でティータイム中の会長と芥川の間に、理事長の姿があったことをたまたま訪れたテニス部員が目にしていて、一部レギュラーの間で話題にのぼったこともある。


『たまにお茶するトモダチだC!』

―理事長を友達呼ばわりするな。


なんていってもきょとんとした顔で『だってお茶仲間だもん』と返すに決まってるので、無駄な突っ込みはしないことにした。


「行きますよ」

「おう!中庭〜」


すたすた廊下を歩く日吉の数歩ななめ後ろを、ぴょこぴょこついて来るひよこ頭の『華やかで派手な』有名どころのテニス部先輩。
この二人のセットはさぞ浮いていることだろうとは先を歩く日吉の率直な感想だが、見ていた氷帝生にとってはどちらも有名なテニス部レギュラーだし、ことこのコンビに限って言えば日吉の同級生連中にしてみれば『見慣れた光景』だろう。

なんせ定期的に下級生のクラスに現れては、眉を寄せる日吉の腕をお構いなしにつかみ、ずるずると体育館まで引っ張って行く『芥川先輩と向日先輩』は下級生の間では有名で、引きずられた先の体育館でやれバスケット、バレー、ドッジボールと勝負を繰り広げる姿はこれまた氷帝名物の1シーンだ。
一部の生徒は食後の暇つぶしとして体育館で『日吉vs芥川・向日』の勝負をウォッチすることもあれば、中にはそのまま飛び入り参加し一緒に楽しむ男子学生もいる。
(ちなみに引きずられていく日吉を眺めている彼のクラスメートらも、面白がっては体育館の『勝負』に参加することも多い)


中庭でお弁当とプリンを食べ終えたら、きっと『体育館いこー!』が出てきて、例の如く引きずられていくのだろう。
今日は相方の向日がいないので、振り払おうと思えばできるだろう。


―けれども、認めたくはないが振り払うことなんて出来ない自分というのも、日吉は十分に理解している。


いや、華奢で小柄ながらも割りと力はある先輩なので、思いっきり力を込めても逃げられないかもしれない。

ひとまず食後の先輩の出方次第で対応をとることにして、まずは中庭に向かうとしよう。
早くしないと昼休みが終わってしまうし、ぎりぎりになったら『体育館で勝負』も出来ないだろうから。



(…なんで体育館に行く気になってるんだ、俺は)





(終わり)

>>目次

*****************
『いねぇと思ったら、こんなところで―』@ペアプリ跡部たま
『合同合宿で遭難、温泉で―』@ドキサバ(やってませんがそんなエピソードがあったような)

氷帝学園ランチ短文、ひよ編でした。
ワテクシの好きなひよとジロちゃんのパワーバランス、芥川先輩に強く拒否ができない日吉くんでした。
何を言っても芥川先輩はその笑顔でサラリとかわし、ぐいぐいくるので日吉くんは負けてしまうのです。
ひよ精一杯のツンも、芥川先輩には通じず。
芥川先輩はあの通りなので、たまにイラっときて酷い言葉をかける日吉ですが、後々自身で後悔して落ち込むのです。
そして、芥川先輩に頭をポンポンされ、何でもないとニッコリ微笑まれて気分が浮上する日吉くん。
そんな日吉ジロコンビでした。





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