おにぎりパン3個入り ミネラルたっぷりひじきパン カレーカレースペシャル お好み焼きドッグ きなこ豆乳黒糖ソーダ 「今回は、割とまともな感じ?」 「いつも大真面目やっちゅうねん」 屋上のコンクリートに並べられた惣菜パン。 そのひとつずつを説明していく忍足とパンを交互にチラ見しつつ、以前のような『きゃべつメンチカツ小倉クリームパン』のように味の想像がまったく出来ないキワモノではないことに、幾分安堵したとでもいおうか。 「おにぎりパン、ねぇ」 「形も三角やねんな。パンがご飯の代わりっちゅういワケか」 「具は何なわけ?」 「購買のおばちゃんは、『おにぎりの定番』言うてたけどな」 「ふ〜ん」 鮭、明太子、梅干、昆布、おかか、シーチキン? パンと合わせるなら、シーチキンや明太子ならアリな気はするけど、梅干は正直遠慮したい。 「お、昆布や。ホレ」 「…本当に、具が昆布なんだ。てかひねり無くねぇ?」 「味は普通やな」 「合うの?それ」 「食えんことは無い。パンと昆布の佃煮食うてる感じや」 「無理にパンにしなくてもいーじゃん。ふつーにお米でいいし」 「そう言いなや。パン屋のあくなき挑戦やねん」 続く『おにぎりパン』の中身は、これまたおにぎりの近年の定番、シーチキン。 これはもう美味しいだろう、普通に。 だってトーストにシーチキンとマヨネーズをあえたフィリングをのせ、焼いただけても間違いなく美味い。 けれども忍足には物足りなかったようで、『こんな安パイに走ったらアカン…アカンで』なんてワナワナしながら『おにぎりパン・シーチキン』を二口で食いきった。 「あまりにもキワモノばっか作ってっから、3個のうち1個はフツーに食えるモンにしたんじゃないの?」 「その根性がアカンねん。普通のパンも作ってんねやから、こういうチャレンジ系のときはとことん突き進めんと、俺ら心待ちにしている消費者がやなぁ」 「ハイハイ。少なくともウチ(氷帝)で、このチャレンジ系を楽しみにしてんの、オメェだけだから」 「ジロー、わかってへんな。少なくとも3人は購買のチャレンジパンにトライしてるヤツ、おんねんで?!」 「誰だよそれ」 「購買のおばちゃんが言うとったわ。俺含めて3人は必ず買う生徒がおるから、とっといてくれてるってな」 「…あっそ」 「次は、『ひじきパン』か。なんやコレも想像できる味やなぁ」 パカっと半分に割って、大口あけて新作『ひじきパン』を放り込む忍足を眺めつつ、ひじきパンの断面を見れば生地に練りこんでいるのだろう、グレーっぽい? 上に乗っかっているのはひじきの煮物か。これもまぁ、味は容易に想像できるしそんなにおかしな組み合わせでもないだろう。 普通にお腹がふくれる系の『惣菜パン』として成り立っていると思えた。 だがしかし、氷帝に3人はいるらしい『購買のキワモノパンのチャレンジャー』の一人、忍足侑士はというと、こんなフツーに『美味しい』ものは求めていないとばかりにさっさと『ひじきパン』を片付けては首をひねり、次のパンに手を伸ばした。 「カレー?」 「カレーカレースペシャルやて」 「カレーパンねぇ。それ、本当に今週のチャレンジ系なの?カレーパンなんて、いっぱいあんじゃん」 「俺もそう思ってんけど、おばちゃんが『カレーパンの中のカレーパン、究極の一品』言うて、わざわざとっといてくれたしなぁ」 「揚げてないタイプのヤツか。なんだろ。中身が普通のカレーじゃないとか?グリーンカレーとか、レッドカレーとか、そっち系?」 「ちょっと前にそんな缶詰も流行ったな。なんや東南アジア系ってヤツか?」 「エスニック系?まぁ、それなら味はうまそうだC」 「…アカンで、そんな中身がタイカレーってだけなら、とっくに他のパン屋がやってるし、全然新作やあれへん」 お前はたかだか学校の購買で売っているパンに一体何を求めているんだと呆れつつ、芥川自身は母親の手作り弁当のからあげをつまむ。 いつもは教室で同じく弁当な宍戸や別クラスの向日、時々忍足や滝も混じっての昼ごはんタイムなのだけど、時折こうして屋上で忍足と二人で過ごすこともある。 決まって購買の『新作トライアル』なパンをゲットした忍足が芥川のクラスに入ってくるところから始まり、しかめっ面の宍戸や向日らに追い出されて二人で屋上や中庭といった『ランチタイム』を過ごせる場所へ移動するのが定番だ。 芥川としては教室でそのまま一緒でいいのにと思えど、他のチームメート―宍戸や向日に言わせると、同じ空間にいると無理やり『新作チャレンジパン』の味見役に巻き込まれるため、一刻も早く忍足を追い出したいらしい。 なら忍足だけ追いやればいいじゃん、などと反撃しても一人では出て行かないので芥川という人身御供……ならぬ、お供を添えて教室から追い出すのだとか。 『お前、侑士のゲテモノパンの試食、どーってことねぇじゃん。付き合ってやれよ』 『岳人も食べてみりゃいいじゃん。たまに美味しいときもあるよ?』 『確立が低すぎんだよ。今まで味見に巻き込まれたヤツ、どれも強烈すぎて…』 『じゃあ味見断ればいいC〜』 『それで納得する侑士じゃねぇだろ!?食わねぇとグチグチうるせぇし』 『忍足はアレで旨いと思ってっから。なるべく他の皆の感想も聞きたいんでしょ』 『ったく、何が天才だ…味覚がしっちゃかめっちゃかなんだよ、アイツ』 『なんつーか、食べモンのハードルが低いよね、忍足』 決して味覚オンチというわけではなくむしろ裕福な家庭環境もあり、幼い頃からハイグレードなレストランへ行き、高級食材も躊躇なく味わっては的確な感想を述べられる、いわゆる『グルメ』と言えるだけの食の経験はある。 だが同じくグルメなアトベサマと違うのは、庶民の味にも慣れ親しんで、ご当地B級グルメはもちろんゲテモノといわれる部類も平気で口に入れるだけの食の探究心? 窓口が広いというか、範囲が膨大とでも言おうか。 芥川や向日ら庶民派が遠慮したがるキワモノも、率先してチャレンジしたがる忍足侑士は、氷帝学園の購買で月一販売される『新作トライヤルパン』に、入学以来欠かさずチャレンジする生徒として購買のおばちゃんたちに覚えられている。 「!!」 「なに?カレーカレースペシャル、合格?」 「ホンマに、究極のカレーパンや。これぞ見事なカレーライスとパンの融合」 「………ライス?」 「ほら、食うてみぃ!」 向日らが心底嫌がる『味見』の時間がやってきた。 どれどれとパンを受け取ると。忍足のかじったあとから見えるパンの中身は……なるほど、カレーライスとの融合か。 「んー」 「いやぁ、斬新やなぁ今回は」 「まぁ、味は大丈夫なヤツだC」 「いつも美味いっちゅうねん」 「あーはいはい。カレーライスボールが具なんだね」 「そこまで突飛ではないけど、カレーだけでなくご飯まで詰め込んだ、『カレーライス』の具が新しくて、ええわ」 「あっそ……てか、炭水化物同士だし。だったらカレーライスとパンでいいんじゃないの?」 「…そんなこと言うたらアカン。せっかくのパン屋の努力を何や思とんねん」 無難なところに走れば『今回の新作はアカン。目新しさが無い。保身に走ったら進化が止まってダメやねん』などとパン屋にダメだしするくせに、こうやって味見をすすめられて率直な意見を言うとパン屋をかばう。 こういうところも宍戸や滝らが『忍足って面倒くさい』と、忍足の新作パントライヤルへの付き合いを拒否する所以なのだが。 「最後は『お好み焼きドッグ』ね。それ、新作じゃねーじゃん」 「まぁ、先月の新作やな」 「今回あるってことは、レギュラーメニューに昇格したの?」 「評判が上々やったらしいで。まぁ、先月の新作の中ではダントツで美味かったしな」 「それも炭水化物同士だし…もう、パンなんだかお好み焼きなんだか」 「見事な組み合わせで、バッチリなハーモニーっちゅうヤツや」 先月の新作がいたく気に入ったらしい。 今月の新作3種類はもちろんゲットしているものの、もうひとつをレギュラーメニューに昇格した『先月の新作』にするとは。 しかし、先月味見した芥川の感想はというと、『わざわざ一緒に、パンとして食べなくてもよし』ときっぱりはっきりしたものだった。 ホットドッグのソーセージがお好み焼きだった、といえばイメージが沸きやすいだろう。 忍足に言わせると『そんな簡単なモノやあれへん!』らしいが、実際に一口トライした芥川の感想は、どんなに味を思い出しても『ホットドッグのパンにお好み焼きがはさんでて、青海苔がかかってただけのパン』だ。 関西人はお好み焼きにご飯という炭水化物+炭水化物な食事をとるというので、それと同じくお好み焼きとパンな炭水化物+炭水化物も相違無いのだろう、なんて呟くと、顔を歪めて青筋浮かべ、『関西人バカにすんなや』とその日は部活終わって下校するまでずっとネチネチ怒られた。 これも向日の言う『侑士のそういうネチっこいところが面倒くせーんだよ』と、ダブルスパートナーで大の親友であるはずの彼が忍足の『新作トライヤル』に付き合わない理由の大半を占めている。 「ごちそうさん」 「で、今回の総評は?」 「う〜ん、『無難』にまとまって、ちょっと残念やんな。おばちゃんに明日、言うたらな」 「ふーん。…今回、何飲んでんの?」 「今日は普通のドリンクやで」 「黒糖きなこ豆乳?相変わらず女子っぽいの飲んでんね」 「女の子が好きなモンはたいがい美味いねん。これはウチのクラスの女子に最近流行ってて、おすすめされてん」 「うまいの?」 「まぁ、豆乳やしな。きなこと砂糖が入って、飲みやすなってるんちゃう?」 芥川や向日と違い、普段はさほど甘いものを食べないのに、飲み物だけは超ド級に甘い『イチゴ練乳オレ』や『ハニースイートティーオレ』といった女子高生が好みそうなものも平気で口にする。 いわく毎回、クラスメートの女子におすすめされるから購買で試しに買ってみるだけ、ということだか。 その後の教室で女子生徒とその話題で盛り上がるらしいので、果たして何が目的なんだかと毎度のことながら呆れるも、今回飲んでいるソレは本当に女子のお勧めなのかと目を疑ってしまう。 きなこ黒糖豆乳自体は市販されていてコンビニで目にすることもあれば、幼馴染の向日の姉が『飲みやすい』と好んで飲んでいたのも見たことがある。 豆乳を好むのは主に女子だろうが、その中でも豆乳が苦手な子も飲めるようにアレンジされた品、との認識だ。 けれども、パッケージに印刷された『きなこ黒糖豆乳』の最後にくっついている『ソーダ』とは一体…? (きなこと黒糖と豆乳、んで炭酸?どうなってんだか…) こってり系のきなこ黒糖豆乳に、さっぱり清涼感のある炭酸。 そもそも豆乳に微炭酸の入った新製品を試したときの向日姉は、しかめっ面で『これは無いわ……まずすぎ』と一口飲んで、残りを弟に『飲み干すように』と渡していた。 無理やり受け取った向日弟は『飲めねぇのを買うんじゃねぇよ、ったく。…うわ、なんだコレ、ちょーまずい!』などと、姉と同じ感想をこぼしていた。 ついでに一口飲んだ芥川も、『これは無い』と同意したものだ。 忍足的には豆乳と炭酸の組み合わせはアリなのだろうか。 いや、それをすすめたという忍足のクラスメートの女子か? 女の子の『好きなもの』って、わかんねぇや。 甘い甘いケーキ、ショコラ、プリン、スイーツ類はともかくとして。 女の子は時として、男の常識を覆すほどの強烈な食べ物・飲み物に平気でトライし、可愛らしく『おいし〜!』とすすめてくる。 真に受けてスプーンを受け取り一口食べると、鼻が曲がるほどの甘さに硬直してしまう。 …のは主に宍戸で、芥川本人は神奈川の学校に通う親友の食い倒れに付き合っていたら、めっきり『甘いデザート』に耐性がついた。 『甘さ』に関してはとことん平気だけど、『豆乳』や『ヘルシー』といった女の子特有の好きなものはさほど興味が無い。 そのため、購買の『新作トライヤル』はともかく、忍足がクラスメートの女子におすすめされるドリンクは、味見しても美味しい云々はともかく『好みでない』ことが多い。 イチゴオレやハニーハニーミルクティならまだしも、スダチ入り生醤油うどんドリンク、沖縄ラフテー&ミミガーラテなどと、なんでそれを飲み物にしちゃったんだ、というかどこで売ってんだ的なご当地ドリンクなのか、どマイナーな飲み物なのか不明なものを見つけてくるのも女の子たちで、その差し入れを忍足が嬉々と受け取るものだから、益々おかしなドリンクを昼時に持ってくることが増える。 『購買の新作トライヤルだけでもいっぱいいっぱいなのに、さらに激マズなドリンクもセットになったら、正直付き合いきれねぇ。ジロー、頼むから忍足連れて別んとこで食ってくれ』 −オレ、パンはともかくドリンクは遠慮したいんだけど。 なんていっても、他のチームメートは聞いちゃくれない。 跡部景吾? いやいや、彼のランチはカフェテリアで樺地を従えてのコース料理が定番。 生徒会で忙しいときは、生徒会室で重箱つついてることもあるので、間違っても忍足の『新作トライヤル』に付き合うことは無い。 たまに向日や宍戸らが生徒会室に飛びこんで『侑士のゲテモノランチに付き合ってらんねー』と避難してくるのだが、そのたびに問いかけられる『ジローはどうした』に、生け贄だエサだと芥川の状況を告げられ、ため息をつく跡部サマは放課後、ひとまず忍足を走らせることから部活をスタートさせるんだとか。 「あと5分で昼休み終わるな。ほな教室戻ろか」 「…はぁい」 真面目な男なので、次の授業はサボって屋上で昼寝していたいですと言っても、放っといてはくれない。 手を引っ張られ、背中を押されて『ちゃんと授業受けなアカン!』と教室に戻される。 さて、今月の新作トライヤルも何とか無事に終わった。 パンは忍足いわく『無難』らしいが、しつこい駄目出しまではしていないので、彼の中では及第点なのだろう。 一口欲しくはない『きなこ黒糖豆乳ソーダ』を無理やり飲ませられはしなかったので、今回は幸いだったと言えよう。 教室に戻れば『で、今回はどうだった?』と宍戸に感想を求められるに決まってるので、今日こそは言い返してみよう。部活前に部室で聞いてくるであろう向日に対しても。 そんなに興味津々なんだから、二人とも次は一緒に忍足に付き合ってね? 全力で首をぶんぶん振られ、拒否されるのはわかりきってはいるけれど。 (終わり) >>目次 |