短めのスカートからスラッと伸びた長く細い脚。 柔らかさは女の子特有のもので、いくらバランスよく筋肉がつき、健康的な色をした美脚なチームメートが複数いるとしても、男のモノとは比べ物にならないほど、やはり女の子の美脚は格別。 わかってはいる。 たったいま告白してくれた彼女が校内トップ10に入る美少女で、特に足のキレイさでは中でも群を抜いている。 嫌みがなく女の子らしい性格は男女ともに人気が高く、彼女に想いを寄せられたら有頂天になり、幸せな放課後ライフが待っているに違いないと皆が思うだろう。 そう、男子高校生ならば。 (けどなぁ、なんでか知らんけど、アカンねん) よく考えろ、自分。 今まで『好きです』と告白してくれた女の子たちのなかでも、かなり可愛い、しかも好みどストライクな『脚のキレイな子』だろう? ここ数ヵ月、決まった彼女もいなければフリーな身の上、断る理由が一体どこにあるというんだ。 気になる女の子がいるわけじゃないし、そもそも元カノも『告白されてその時フリーで、可愛い子だったから』で、これといって理由なんてなかっただろう? なんで今回も同じように首を縦にふらないんだ? 彼女だって、『付き合ってる人がいないなら。友達からでもいい。もし違うって思ったら、その時にフッてくれていいから』なんて健気な言葉をかけてくれていたではないか。 それでも素直に受け入れられないくらいは、数ヵ月前の自分とは心境も周りの状況も、何もかも違うのだろう。 気になる女の子? いやいや、そんな子はいないんですけどね。 「もったいな〜い。今の、A組の子でしょ?かわいーのに」 誰もいないはずの屋上。 彼女が去っていって数分、自分一人だけのはずが上からふってきたのは耳に馴染んだ聞き覚えのある声。 「…自分、おったん?」 「おったおった。ていうかオレの方が先にいたし〜」 ちょうど忍足が寄りかかっているフェンスからは見えない給水塔の上。確かに梯子がかかっていて登れはするけれど、危険だからと禁止されているし、上には何もないので登る生徒はまずいない。 …! 声はするけど姿は見えない給水塔の上に視線を投げると、にょきっとスラリ伸びた二本の脚が現れた。 今の時間がSHM前の掃除時間なことを思えば、まだ制服のはずなのに、なにゆえ茶色のズボンではなく生足、しかも靴もはいていない素足なのか。 「なんで短パンやねん。寒ないんか?」 「へーきへーき。さっきまで体育だったから、そのまま部活行こっかなーってね」 「靴は?」 「んー…」 ジャージの理由が体育で、掃除時間に一人サボって屋上でのんびりしていたのはともかくとして、見れば靴も、さらには靴下も履いていない『素足』の説明にはなっていない。 ショートパンツと裸足で走り回るにはいささか肌寒い季節で、いくら雲ひとつない晴れ渡った空の下とはいえ頬をなぶる風は冷たい冬のソレだ。 けれども上から降ってきた声は、これまた予想を越えた答えだった。 「岳人が、ここから靴飛ばして、部室近くの木まで届いたって言うからさ」 「部室の木って、お前がしょっちゅう昼寝してる?」 「そ。ぜってぇーウソだよねぇ?」 「ここからだと、結構な距離やん」 「だろー?やってみたけど、ぜーんぜん届かねぇし」 「…は?」 つまりは屋上、給水塔の上から靴を思いっきり飛ばした、と? しかも両足ともに? 「靴下つぶして履いてたから、一緒に飛んでっちゃった」 さいですか。 でもですね?慈郎くん。 ここからテニス部の部室近くの大木まで、結構距離があるのはもちろんのこと、下には通路があって、中庭にはベンチがあって。 つまりは生徒や先生が歩いている可能性もあるワケで。 「危ないなぁ。お前の靴が誰かの頭直撃したらどないすんねん」 「一発で木まで届いたら問題ないし〜」 「失敗しとるやん。二足とも無いし」 「惜しかったんだけどなぁ」 「それに、俺らの部室付近は一般生徒があまり立ち寄らないとしても、部員がいてる場合もあんねんで?」 「あそこ、あんま来ねぇよ?寝てても誰もみないし、迎えにくる樺ちゃんくらいだC」 その樺地に当たる可能性は欠片も考えないのか、あっけらかんと言い切る慈郎にヤレヤレと肩をすくめる忍足の呆れた視線は見事にスルーされた。 「そんで、どうするん?」 「ん?」 靴がない理由はわかった。 ジャージの理由も、わかった(それにしては長ズボンではなく短パンなのは解せないけれど)。 靴下入りの靴を飛ばした結果の素足、ということも。 それで、内履きをポーンと勢いよく校舎の外へ投げたとしても、それを取りにいかなければならないだろうが、下駄箱までの移動はどうするというのか。 外来のスリッパも1階なので、裸足のまま生徒玄関までも行かなければならないのはわかりきっているけれど、それにしてはのほほんと給水塔のうえで休憩しているあたり、いく気があるのか無いのか。 それに、空を舞った靴の行き先に検討がついているとしても、もしかして探しに行っても無いかもしれない。 まったく、ソレを行ったのは向日が先だというが、チビっ子二人は予想外のことをしでかしてくれる。 「靴、取りにいかんの?」 「行かなきゃだねぇ」 「足、汚れんで」 「靴下も脱げちゃったし、しょーがないね」 (…せっかくのキレイな脚が、土で汚れたら何やもったいないなぁ) そう。 青空を背景ににょきっと伸びた両足。 同級生に比べれば幾分華奢ではあるけれど、それでも程よく無駄ない筋肉がついた健康的で眩しいおみ足は男子高校生ながら無駄毛もないまっさらなもの。 『つるんつるん』だなんてからかわれないのは、ほわほわの金髪と柔らかな笑顔が『可愛らしい』と称されるからだろう。 けれどもいくら男らしからぬキレイな足とはいえ、女の子のもつ柔らかさと決め細やかさは到底持ちえぬもので、『好みのタイプは足の綺麗な子』には無論のこと範疇外。 そうだったはずなんだけど… (…触ってみたい…って、何考えとんねん) 落ち着け、自分。 数メートル先にチラチラ見える同級生のむき出しの足がやけに艶かしく見えて、興味を引かれ、そんな自分に少々の驚きもあって。 先ほどの女生徒の方が魅力的な足のはずだし、顔は同じくらい可愛いとしても、それでも女子特有のふわふわした柔らかな―って、給水塔の彼を語る形容詞は『ふわふわほわほわ』根無し草のようにたゆたう者、そして氷帝テニス部の誇る可愛い担当の2大チビっ子の片割れ。 (まぁ、どっちか言うたら、ジローの方が可愛いやんな) そう堂々と宣言できるくらいは皆に可愛がられている存在で、並大抵の女子では太刀打ちできないくらいの『愛嬌』と『マスコット的愛されキャラ』、そして老若男女問わず出会った人々を元気な気持ちにさせる、太陽のような笑顔、明るさ、その吸引力。 あのアトベサマも硬い表情を崩してついつい笑み見せてしまうほど、『芥川くん』の笑顔は周りを明るく照らす氷帝のムードメーカー。 そう。忍足にとっても、彼が元気いっぱいにコートを走り回り、はしゃぐ姿を見ていると自然と元気をもらえる。 ―心が洗われるような、そんな気がする。 中学一年の春に出会い、初めて対戦したときに感じた思いは今も消えることなく、やはり彼の天真爛漫な明るさは周りに伝染して、皆の気分を高揚させる。 そして眠っている彼は一種の氷帝名物になっているほどの『眠り姫』っぷり。 王子様は一学年下の樺地と毎度決まってはいるけれど、気持ちよさげに寝息をたてる姿は周りを和ませ、穏やかな気持ちにさせる不思議な癒しの存在ともいえる。 あまりに酷くて部長様のカミナリが落ちることはあれど、授業中の先生すら起こすのを躊躇うほど、眠りについた彼の独特な庇護欲を誘うオーラは特筆すべきものがある……なんて言えば、眠り姫の両隣の幼馴染2名に『甘やかしすぎなんだよっ!!』と怒鳴られた回数は両手でも足りないくらいか。 「忍足、見すぎ」 「…ん?」 「あーし。さっきから、ずーっと足ばっか見てるC〜。いっくら足フェチだからって」 「誰が足フェチやねん」 「そんなにキレイ?オレの足。触らせてやろっか?」 「……」 「なーんちゃって」 「ええの?」 「…は?」 ―あ、しまった。つい本音が。 足だけが見えていた給水塔の上から、今度は見慣れた金髪が顔を出した。 ぎりぎりまで寄り、体育座りで両足をかかえひざに顎を乗せて、下のフェンスにもたれる忍足をじっと見つめてくる。 「早よ降り。そんな端におったら、危ないで」 「んー。いま、考え中」 「…?」 「このまま内履き取りにいくか、部室でテニスシューズ履き替えちゃうか」 「内履き取りに行って、部室でシューズに履き替えなアカンやん」 「んー。でも裸足だし、汚れちゃうなー」 「『しょーがない』ねやろ?」 「そだね。じゃ忍足、背中貸して?」 「は?」 「靴んとこまで、連れてってよ」 「あんなぁ」 ニカっと子供らしい満面の笑顔で、命令なのかお願いなのか、拒否されるなんて微塵も考えていないのだろう。 普段もこの調子で男女問わず周りに甘えているのでタチ悪いことこのうえない ―けれども多分に漏れず、断れないであろう忍足自身も、『男女問わず芥川を取り囲むうちの一人』なのだ。 なんて自らを当事者に置きながらもどこか傍観してみている自分もいるものの、彼の周りで世話をやく『保護者的立場』にいるのは思いのほか居心地がよく、しっくりきているのも確かで。 まぁ、いいだろう。 いつもの彼の『王子様』ではないけれど(だって樺地はいま、掃除中だろうし)。 「ほら、降りてこい。連れてったるわ」 「いぇ〜い!」 弾むような声がして、次の瞬間にはすでにそばまで駆け寄ってくる慈郎の姿。 …飛び降りたのか。 いつものリュックはなく、学校ジャージに短パン、素足の様子を見るにカバンは教室なのだろうからこのまま外に出て内履きを回収し、部室へ行ったとしても荷物が無い。 けれどそこはクラスメートにチームメートがいる強みか、どうせ宍戸が芥川の席からリュックを回収し、部室に持ってきてくれるだろう。 背中におぶった同級生は、華奢で小柄とはいえやはり女の子のソレよりも硬いし、重い。 「足、触んナヨ」 「触らなおぶれんっちゅーねん」 「手つきがエロいC〜」 「言いがかりや…」 誰がオトコの足に欲情するのだと呟けば、先ほどずっと凝視していたのは何処の誰だと切り返された。 それならば『キレイなモンは万国共通で愛でたいもんやで』と開き直ることにして、頭上の金髪からの『ヘンタイだC』なる呆れ声は無視することにする。 さて、背負っている間は否が応でも足を抱えなければならないので、支えるためには触れてしまうワケだから。 おんぶされておきながら後ろでぎゃあぎゃあ言う慈郎へ、『堂々たる当然の権利やんか』とピシャリ黙らせようとすれば、それはそれで『やっぱどうしょもないヘンタイ足フェチだC』などと明るい笑顔でとんでもない暴言も吐いてくる。 こういうところが『可愛い慈郎くん』だけではない部分で、普段『周囲の男女』には見せないところなのだろう。 天真爛漫な笑顔の天使に見せかけて、中身は小悪魔な怪獣だな。 でも、その『怪獣』が魅力的な脚線美で、密かに忍足の好みどストライクなのは変えようのない事実。 決してはまらないように。 頭の奥底では警戒を解かないよう注意を払いつつ、今この状態ならちょっとばかり触れるのは『仕方のないこと』として、さて、いざ。 セクハラ? いやいや、善意でおんぶしているだけですしね。 スラリ伸びた滑らかな太ももをそっとさすると、背中の怪獣からポカっと頭を軽く叩かれ『手つきがヤらしい』とぶーぶー言われるも無視、無視、すべて無視。 内履きが見つかるまで、思う存分堪能することにしようと決めて、エロいだイヤらしいだヘンタイだ忍足だと百の文句を浴びながら、それらを『ハイハイ』とあしらい、階段をおりていく。 掃除中の生徒たちには奇異の目で見られたりもしたが、背負っているのが芥川なら周りも『納得』なのか暖かい目で見守られている感が半端ない。 どうせしばらくしたら、…もしかすると1階に到着する前には、すやすやと寝入ってしまうだろう。 起きたらサッパリ忘れていることもあるので、散々っぱら『ヘンタイ、足フェチ、忍足』だの背中越しに呟いていた台詞なんてキレイに飛んでしまうだろう。 ということは、今何をやっても別にいいワケで。 ―よし、やっぱり触りまくろう。 やりすぎるとたとえ寝たとしてもこの小悪魔はしっかり覚えていて、部長様にチクられ後々大変なことになるケースもあるのだけれど。 スマートでソツなく見せかけて、『ほんっと、忍足って懲りないよね。まじまじヘンタイだC』などと呆れられるくらいは、『大人っぽい忍足くん』はその実、単純バカな男子学生だったりした。 (終わり) >>目次 |