進路指導



ホームルーム終わりに担任に呼び止められ、そのまま進路指導室に連れて行かれること30分。
話される内容といえば、その名の通り、これからの進路についてのアレコレだ。

初等部から大学部まである氷帝学園に、最初の幼稚舎からお世話になっている身としては、そのまま大学まで進むのが通常の流れ。
経済理由から外部進学に進む生徒もいれば、専門的な学問をやりたい、スポーツでもっと上にいきたい、と様々な理由で氷帝を出る生徒もいる。
それに、もともと氷帝は偏差値も高い学校でもあり、中でも高等部は全国の高校の中でもトップクラスに入る進学校。
中等部からの持ち上がり組みはともかく、高等部から入る外部生には難関校のひとつであるからして、余程の理由が無い限り中等部の生徒はそのまま高等部に進む。
上気の理由にあたる生徒を除いて。

周りの友人らが進路希望用紙にそのまま『高等部進学』と書き進めていく中で―彼ももちろん、同じように書いたのだが―あえて個人的に担任に呼び出される理由。
これも、本日ですでに3度目なので、理由はわかっているのだが。


「なぁ、芥川。どうだ?考えてみてくれたか?」

「…と言われても」

「ご両親も『いい経験になるから』と賛成してくれてるだろう?」

「アレは賛成っていうか、ただ反対してないだけでー」

「なにも3年まるまるじゃないし。1年間だけの生徒もいるしだな」


まだ30代一歩手前の担任は、明るくざっくばらんで、頼れる兄貴的な『生徒に近い』、好青年な先生として生徒だけでなく保護者からも人気の高い先生だ。
彼のような『授業中ほぼ寝ている』生徒を目にしたのは、3年C組の担任になって初めてのことだろう。
当初はしょっちゅう注意もしていたし、一向に直らないところに頭を抱えたり、先輩教師に相談したりもしていたが。
これが彼のスタイルで、中等部入学から一貫してこうだと過去の彼の担任に教えられたことで、少しばかり荷がおりた気がしたこともあった。


「せっかくのお誘い、もったいないだろ?」

「オレ、そこで何すんの?」

「おいおい。この前、説明しただろ〜?」

「聞いてなかったー」


対面で座っている二人の間に置かれた長テーブルに、資料をいくつか並べる。
アメリカ、カナダ、イングランド、ドイツ、フランス、スイス、オーストラリア…

どれも、氷帝学園が姉妹校として提携し、積極的に交換留学生含めあらゆるプログラムを組んでいる海外の学校だ。
特に高等部は交流が盛んで、各国から氷帝へ留学してきているし、氷帝の生徒も1ヶ月の短期間から1年以上の長期まで留学する生徒もいる。
中等部でも同じような海外交流をおこなっており、1ヶ月のホームステイや夏休み・春休み等の長期休みを利用して海外校プログラムを申し込むこともある。
彼も以前『校外活動委員』として『海外交流委員』と協力しあい、海外校とコミュニケーション役を担い、イベント開催の実行役を担ったこともあるし、ホームステイ経験もあるのだが。


「で、どこに行かせたいのさ…」

「それをだなぁ、相談というか、話し合うためにだなー」


担任が熱心に勧めてくるのは、アメリカ西海岸にある、テニスの強豪でもある姉妹校。
数学をはじめ理系に強く、何人もの数学者・科学者など専門の学者を輩出しているスイスの姉妹校。
独創的で放任なプログラムを組み、画家、建築家、デザイナーとクリエイティブな方面の育成に定評があり、著名なクリエイターらの卒業校としても有名なフランスのアカデミー。


「俺としてはやっぱりアメリカ、スイス、フランスが将来的にいいと思うんだよなぁ」

「…この前はオーストラリアって言ってたしぃ」

「だってな、こんだけお誘いが来るのって海外交流始めて以来だって言うしなぁ」

「跡部宛じゃないの?」

「跡部もそうなんだけど、お前にもすごいんだよ」


基本的には生徒の自主性を重んじ、海外校へホームステイや留学する意思のある者が申し込み、渡航していく。
また、先生(学校)推薦として適正のある生徒に打診され、合意することで交換留学などの門戸が開かれていく。

中には彼のように、海外の学校側から『是非うちに来て欲しい』と打診されるケースもあるが、彼のように多種多様な学校からオファーが来るのは開校以来のケースらしく。


「絵、書くの、好きだろ?」

「好きだけど…」

「彫刻も、文化祭のときすんごく大きいの作ってたしな。大評判で先生も鼻が高かった!」

「…ただ彫っただけだしぃ」

「1年の体育祭での巨大天使オブジェもー」

「アレは皆が手伝ってくれたもん」

「技術の授業で作った本棚だって、すごいことになったしなぁ」

「ただの課題だC」


美術の先生いわく、『100年に一度の天才』『わが氷帝開校以来の逸材』と手放しで褒める彼の作品。
その手法、素材、テーマを問わず、大きなキャンパスに描かせても、画用紙、はたまたメモ帳にやらせても、他とは違う独特な絵ができあがる。
淡い色彩と柔らかなタッチで描かれた油絵は、観るものを暖かく、優しい気持ちにさせてくれる不思議な印象を抱かせるもの。
また、パステルカラーと原色で彩られた元気あふれる作品は都で入賞したものとして廊下に飾られており、見ると元気になる、うきうきする、と生徒や保護者からも評判がいい。
とても同じ人が描いたとは思えない、と専門家に言わしめる彼のタッチは様々で、書くたびに新しい魅力を表現しているため美術部の熱心な勧誘に合うほどだ。

美術部の先生と実行委員に頼まれて製作した彫刻は、文化祭当日、学校入り口アーチの中央にドンと置かれ、来場者の目を楽しませた。
1年体育祭時は、白組の象徴になるようなーと頼まれ、巨大な天使のモニュメントを作り、話題をかっさらった。
2年体育祭時は黒組のマスコットキャラに本人自身が就任したが、同じ組だった跡部の命により黒組の衣装をデザインし、絵画や彫刻・制作だけでなく衣類デザインもいけるのか、と芸術系先生らを喜ばせた。

また、技術の授業で作った本棚は、大まかなサイズ、作り方は教科書指定だがデザインは個人の自由とされており、彼もそれにならって好きなようにつくった。
ただ、少しだけ。
使いやすいようにスライドを滑らかにして、ちょっと面白そうな、わくわくするような仕掛けを施したい、と寄木細工のからくり箱の要素を入れて、一見普通の本棚だがアレンジ次第で別の形態の収納箱になるよう遊びを入れた。
その作品は技術の先生から美術の先生に伝わり、さらに現役デザイナーな氷帝OBも身に来て『是非うちで商品化したい!』と熱心に誘われて。
デザイン料、著作、権利云々…細かいことや難しいことは全て跡部が入り、処理してくれた。

とまぁ、作品を作るたびにあれこれと彼の周りで事が動き出し、話題となる。
氷帝の美術・芸術の講師陣には覚えめでく誇れる生徒であり、是非ともその道に進んで欲しいと思われているのだが。

唯一の難点として、彼が非常〜〜〜〜〜〜〜に気まぐれで気分屋。
描きたいときに描き、作りたいときに作る。
新しく作る劇場のロビーに飾りたいから、躍動感あふれるものをーと言われても、気分がノらないと出来ないし、まったく違うものを作ってしまうこともある。

そして何よりも、当の本人に、本格的に芸術の道に進む気があるのかと言えば…


テニス部に在籍し3年間運動部で汗を流し、芸術の製作は授業の時間と体育祭・文化祭などのイベントのみ。
特別に美術のスクールに行っているワケでも、誰かに師事しているわけでもない。
学校主催のイベントで絵画鑑賞含め芸術に触れる機会は、他の学校の生徒よりは多いかもしれないが、それだけだ。

進路希望用紙でも、他と同様に『氷帝高等部普通科』のみ。
せめて芸術コースに…!という芸術講師陣の願いもなんのその。


「やっぱりフランスにするか?」

「オレ、話せないしぃ」

「若いんだから、すぐ喋れるようになるから大丈夫。それに、お前英語できるから平気だろ?」

「英語圏じゃないじゃん」

「オーストラリアもあるけど、やっぱりフランスのアカデミーのほうがカリキュラムとプログラムがいいし、何よりお前に合ってるんだよなぁ」

「ていうか絵やりたいとか、言ってないC」

「じゃ数学か。となるとスイスがいいんだよなぁ」


芥川慈郎という生徒は、氷帝の先生方の誰もが知っている特徴的な生徒だ。
何といっても、授業中はほぼ寝ている。
美術や芸術といった創作の授業では起きて製作していることが多いが、勉強の授業では最初から最後まで寝ていることが多い。
テストの時間も最初の10〜20分くらいで書き終えて、後はひたすら寝ている。

では、何故、授業中居眠りしている生徒が問題にもならず、先生方からも保護者へクレームがいかず本人にもお咎めが無いのか。

それはいたって単純。
成績がいいからだ。


授業中は寝ていて休み時間も寝ていて、さらには部活の時間も寝ていることが多いと聞く。
家に帰っても店番と夕飯後は、テニスの素振り練習をしたり、テレビやゲーム、漫画と他の中学生と変わらない時間を過ごし、夜10時には就寝するらしい。
テスト期間中もこれといって猛勉強しているわけではない、とクラスの生徒や彼の保護者も語っている。

いったいいつ勉強しているのか、テストを返すたびに先生方は不思議でしょうがないらしいが。


確かに苦手科目として古典・漢文と本人もあげている国語の成績は、他の教科と比べると低いものだ。
しかし、あくまで『彼のほかのテスト結果と比べれば』だが。

授業の抜き打ちテスト等で古文のみの問題をやらせると、問題文を読んでいるうちに眠くなるらしく、小テストで赤点を取ることも珍しくない。
0点を取ったこともあるくらいだ。
だが、中間や期末考査といった試験になると、平均以上はマークしてくる。
補うかのように現代文や論文セクションで満点を取り、全体的に高得点を出すので、先生としては注意するところが無いらしい。
あそこのウィークポイントが無ければ総合の学年1位を跡部と競るだろうに、と学年主任は語る。


反対に、数学・化学といった理系分野では文句なしの点数を取る。
満点取ることも多く、教科別では他クラスの跡部と同率1位を取るのが通例。
苦手教科の無い跡部と違い、古文・漢文で遅れを取るものだがら総合ではいつも敵わないが、理系分野だけなら跡部を押さえ学年トップになることもあるくらいだ。


ほわわんとした外見と、天才的な芸術の才能だけを知っている生徒からすれば、試験後に発表される学年トップ10に入ってくる『芥川慈郎』の名に皆一様に驚く。
3年C組の生徒も、寝てばかりいて、授業の漢文小テストで赤点とることもあった芥川が最初の中間考査で3年総合8位に入っており、後の校内新聞の『中間試験学年・教科別トップ3』の頁にて、1位に躍り出た芥川の名前に、知らなかった生徒はただただびっくりした。

『数学1位 芥川慈郎(C組)』
『化学1位 芥川慈郎(C組)』
『物理1位 芥川慈郎(C組)』
*8教科の800点満点
(氷帝では国・数・英・社・理の5教科ではなく、理科や社会の項目を細分し、選択授業をとらせ8教科で試験を行う)

同率で跡部の名も1位になっている科目もあったが。

ちなみに芥川本人は、クラスメートが協力して全教科のノートを自分に貸してくれるから、それでなんとか試験をクリアできるんだ、と言っている。
(ノートを元に勉強しているのかは謎だが…)



「理数系で進むなら、やっぱりスイスの学校がいいんだよなぁ」

最高の環境で、最新の授業を学べる。
過去に学者を何人も輩出し、その道の最前線で活躍する学者らの出身校でもあるスイスの名門校のパンフレットを取り出し、ぱらぱらとめくる先生。


「オレ、別に勉強したいワケじゃないC」

「そう言うなって」

「数学やったからって、何になんの?」

「好きだろ?」

「…キライじゃないけど」


正解がただ一つの教科は、やっていて特に悩むこともないし、絶対にただ一つの正解に辿りつけるから安心して解けるもの。
難解な問題を解き進めていって唯一の解にたどり着いたときは、達成感もあるし、スッキリした気分にもなれる。
なので、好きな教科といえば好きな方なのだが。
ただ、それを専門に学ぶといっても…


「こう、誰も思いつかない、たどり着いていない真理にだなー」

「興味ないC」

「新しい定理だとかー」

「やる気ないC」

「…じゃ、数学じゃなくて物理方面でも」

「何するのさ」

「エネルギーとかな?ほら、この前もノーベル賞でー」

「オレ、机にずっとかじりついて研究とか、まじまじムリだしぃ」

「やっぱテニスか?となるとアメリカ」



芸術の才能があり、学問でも非凡な芥川という生徒は、期待を裏切らずスポーツ面でも優秀だった。

天はニ物も三物も与えるのだな…
とは、彼を受け持った先生方一様のセリフ。
同じことは開校以来の有名人・跡部景吾にも言えることではあるが。


サッカー、バスケット、ハンドボール、テニス、野球、といった球技では元気いっぱいにグランドをかけまわり、ムードメーカーとしてクラスを引っ張る。
マット、跳び箱、鉄棒などの器械運動もソツなくこなし、短距離、ハードル、走り高とびら陸上運動ではクラスメートの宍戸とともに陸上部以上の成績を残している。
(長距離は苦手のようだが、それでも中距離では素晴らしいスピードでゴールしている)

そして、全国常連の水泳部からもスカウトされた水泳では、『芥川のフォームをお手本にしろ』とまで言わしめた背泳ぎを披露し、直近の校内水泳大会で優勝した。
(1年生の時の水泳大会背泳ぎの部では、周数を間違えてしまい、それまでトップ独走だったが最後の周で大幅な遅れを取り、2位になったこともある)

また、選択した『剣道』では普段とうって変わって、凛とした佇まいに射るような視線で素早く振り下ろした一撃からの一本。
武道もいけるのか、と体育の先生をうならせた。

部活に古武術を嗜む後輩がいるようで、たまに後輩の家に遊びに行き、道場で後輩の父から武術を教わることもあるのだという。
(それも古武術ではなく、合気道や躰道、空手、柔道、といった、特に決まったジャンルではなく色々と)
自分と周りの身を守れる程度には、そこそこ強いというのが本人の評でもある。

彼の後輩から言わせると、『本格的にやればいいセン行きますよ、芥川先輩』だそうだが。
後輩の父も、あれだけ柔軟性があり瞬発力もあるのだから、このまま鍛えて力をつけさせ、育てたいと常々口癖のように息子に語るらしい。


「テニス、一番好きだろ?」

なんせ部活に選ぶくらいだからな!
と担任はアメリカの姉妹校パンフレットを取り出して、芥川に進めてみるが。

「テニスは楽しいけどさ」

「この学校、かなりの強豪らしいぞ?」


正確にはスポーツ医学やスポーツ心理学等、スポーツ関連のカリキュラムが充実している学校だ(その先に大学で、だが)
ハイスクールではテニスの強豪校でもあるし、そこ出身の現役プロテニスプレイヤーも多数いる。
だが、彼らはいずれも学校だけではなく個人でスクールに通っていたり、別の場所で力をつけてプロになった者が多い。

というか、プロ?


「オレ、テニスプレイヤーになるの?」

「テニスだったらイングランドのスクールからも是非にと来ているんだけどなぁ」

「そっち、跡部がメインでしょ?」

「そうだけど、跡部とお前にきてる話なんだよ」


イングランドの名門スクールもまた、交換留学生の候補として跡部と芥川に是非と申し出てきた。
いわく、『わが学園は学問だけでなくスポーツにも力を入れている。オックスフォードも近いから聴講も出来るし、近年テニスクラブは強豪だ』だそうで。

学問が優秀な生徒はもちろんだが、できればテニスに興味ある人材ならなおよし、とされていたところにピッタリな生徒。
といえば、テニス部No1とNo2が揃って学問も優秀なのだから、この二人に白羽の矢が立つのも無理はない。
氷帝としても優秀な生徒に海外経験を積ませるのは願ってもないことだ。

ただ、No1の跡部景吾は元より英国からの帰国子女かつ学問優秀なため、海外留学のメリットが自身にはほぼ皆無。
それに有り余る財力とコネクションを持っているので、行きたいと思えばいつでも英国に居をかまえることも出来るし、本気になれば高等部を飛ばして大学部に進み、スキップすることも出来る存在だ。

現に、跡部にこの話を持っていった彼の担任は、ケンモホロロに断られたという。
『俺は行きたいときに、自分の意思で行きますよ』
と。


「跡部、断ったデショ?」

「そうなんだよな〜。まぁ、跡部はあっち出身だから」

「しばらくは氷帝にいるって言ってたC」

「芥川は、将来テニスプレイヤーにって思わないのか?」


それが酷く険しい道で、なったとしてもトップに上り詰めるのがどれだけ大変で、才能だけじゃなく運も必要とするもので。
また、背が低く体も華奢で、パワーも足りない彼にとっては、体格が出来ているプレイヤーたちに比べればよりいっそうのハードワークも必須かつ、望む体格が得られる保障もない。
同じ条件を提示されている跡部のように、明確に『プロになる』と思っているかといわれると、微妙なところでもある。


「テニスは好きだけど。プロとか、考えたことないなぁ」

「何か将来やりたいとか、憧れの職業とか」

「う〜ん」

「それを見つけるための留学ってのも、アリだと思わないか?」

「…それで、テニスしにアメリカ?」

「英国なら学問でも有名なところだがら、幅広く深く学べるぞ?」

「う〜ん」

「それに、力が無くて体も小さいって言うけど、芥川はまだ15歳なんだし、これからだろう?」


男の子は大きくなるモンだ、と自らの180センチの体格を例に出す。


「先生だって中学のときは160も無いくらいだったぞ」

「じゃ、高校で伸びたの?」

「一気にな。チビなの気にしてて、あらゆる努力をした結果だ」

「チビ…」

「いや、芥川が小さいとか、そう言ってるんじゃなくてな」

「オレ、160で50キロ無いんだけど」

「女の子みたいだなーって、睨むなにらむな」

「オトコノコだもん」

「そうそう。オトコノコは年頃になりゃ、あっというまにデカくなるモンだ」

「オレ、まだ年頃じゃないの?」

「無限の可能性だな。あっとういまに巨人になるかもしれないしなぁ」

「樺ちゃんみたいになりたいC」

「2年の樺地か…そりゃ、どうかな」

「大きく、デッカくなってみたい。樺ちゃんにおんぶしてもらうと、視界が高いんだよね〜」


いつもと違った景色が見えて、楽しいんだと笑う彼が、2年の生徒のような大柄に成長するとは……今の彼を見てると想像が出来ないが。
(大きく縦に伸びたしても、骨格が華奢だから大柄にはならないだろうと思える)


「絵を描いたり大きな作品つくるのと、数学解くのと、運動するのだったら、何が一番楽しい?」

「寝てるときー!」

「芥川、それはいつもだろ…じゃなくて」

「どれも好きだけど…」


漫画読むのも好きだし、友達とゲームするのも大好き。
店番は寝ちゃうけど、妹の面倒みたり、友達になった他校の尊敬するテニスプレイヤーと一緒に遊んで、彼の弟たちと自分の妹連れてアスレチックで遊ぶのも楽しい。
その縁で親同士も親交を結び、夏休みの時は自分と妹が彼の家族キャンプに同行させてもらったりもした。

お隣の向日電気の坊ちゃんとは生まれた頃からのお付き合いで、幼稚園から現在にいたるまでずっと一緒の幼馴染。
幼稚舎持ち上がりの宍戸とともに、今まで長く離れたことが無い。
いつでも自分を助けてくれて、一緒に遊んでくれて、時には叱ってくれて。
中等部にあがってそれぞれ別の友達と過ごす時間が増えて、一緒に登下校することも無くなったけれど。
それでも、幼馴染で無くなるわけじゃない。
商店街のイベントには一緒に参加するし、お裾分けを持ってきてくれるし、オペラ鑑賞会や委員会などの学校行事では、何だかんだで一緒にいてくれる。


先ほどから名があがる跡部景吾は、出会ったときから自分のヒーローだ。
中学一年のときに初めて彼と試合をして、テニスが楽しいと心から思えた。
ある意味、いろんなことでその才を発揮する彼は、自らと同じくマルチな才能をもった者を瞬時に見抜き、あらゆるところに芥川をつれ回した。
跡部は気分屋な彼に根気よく水を与え、芥川も知らなかった色んな才能の芽を育てていった。

期待以上の結果を出す芥川の成長を見るのも楽しいらしく、また、自分と同じ土俵にあがれる人材が貴重のようで。
試験で芥川に抜かれ2位に甘んじたときは、悔しい気持ち以上に誇らしい気分と、互いに高めあえる存在にめぐり合えたことに高揚したほど。

跡部の最近の目標としては、古典と漢文で総合順位を落とす彼のウィークポイントを何とかしたいらしいが、こればっかりは中々うまくいかないらしい。
(何をやらせても、とりあえず「やってみる」で取り組む芥川が、この分野だけは早々にさじを投げて「やりたくな〜い」と言って聞かない)


「海外に行ってみたら、興味がでるかもしれないだろ?」


と薦められても、いまいちピンとこない。
確かに新しい環境に身をおいて、今まで以上の環境で勉強し、運動し、他国の生徒と交流を持てば、新しい何かが生まれるかもしれない。
でも。


海外に行ってしまったら。


「アメリカもスイスもイギリスも、皆、いないもん」


そう、『しょうがねぇなぁ』とあきれながら自分の面倒を見てくれる優しい幼馴染。
いつも助けてくれるクラスメートの皆と、テニス部の仲間たち。
わくわくするプレーで自分を魅了し、一緒に遊んで楽しませてくれる他校の友達。

そして、色んな経験をさせてくれて、どこでも連れて行ってくれて。
寝ている自分をリムジンで送り届けてくれたり、海外で迷子になったときはヘリを飛ばして探索してくれたり。
修学旅行で居眠りすれば、瞬時にテニス部に号令をかけて探し出してくれた。
部活中の居眠りも許容してくれて、『起きさせるため』だろうけど、たまに練習中に試合してくれる。
そんな彼と。



「跡部も、いないもん」


皆がいない環境になんて。
特別な夢や希望があるわけでもない今の状況で、『中等部卒業後は、高等部ではなく海外に留学を―』といわれても。

本日で3回目の呼び出しなので、急に言われたワケでもないのだけれど、このやり取りもすでに3度目にあたる。


「てういか先生。先週も同じ話だC」

「…言うな」

「説得するにしては真新しいことが無くない?」

「先生もいっぱいいっぱいなんだ」

「じゃあ高等部進学でいいじゃん」

「…先生もなぁ、芥川のしたいようにすればいいと思うんだけど」


それは、周りの先生方が許してくれないのよ…なんて生徒本人にいえない。

担任として本心では、生徒の好きなようにさせてあげたいし、その気のない者に留学をすすめても。
環境の違いで気持ちが変わるかもしれないが、それは本人次第というもの。

本当に才能があって、本人の気持ちもしっかりしていれば、何も留学しなくても日本で、氷帝で、夢をかなえることだってできる。


…が、それをダイレクトに学年主任や他の先生方に言っても、若手先生の意見にすんなり納得してくれるものでもなく。


才能がありすぎる生徒というのも、大変なんだな。
と芥川の行く末を案じた。


「まぁ、とりあえず、考えてみろ。な?」

「それも、先週のセリフと一緒だしぃ」

「お前の担任として、言わなきゃならないんだ。察してくれ」

「……はーい」


跡部のように、学校のプログラムに頼らずともかなう財力を持ち、本人の進路もはっきりしている生徒には先生方も何もいえない。
(というかかなりの寄付をされているので、彼が決めている進路の口を出せるものでもないらしい)

そのため、矛先が全て2番手の芥川に向かっているのだが。
(芥川が学問だけでなく芸術面で多大な才能を発揮していることも、跡部以上に学園の期待をかけられている要因でもある)



先生は担任として、お前を守ってやりたい、好きなようにさせてあげたいんだけど……



-キンコンカンコ〜ン

『3年C組、芥川慈郎くん。音楽室に来てください。』



「音楽室…榊先生か?」

「たろうちゃんだ。何だろ〜」

「『榊先生』だろ、芥川…」

「じゃオレ、行くね」

「あぁ……今日こそはこの資料、持っていけ」

「重たいC。やだ」

「芥川…頼むよ」

「先生持っててよ」



これをお前が持っていってくれないと、職員室に戻ったときに他の先生方がー


「じゃ、ばいば〜い」

「『さようなら、先生』だろ」

「また明日〜」


姉妹校のパンフレットを持ち帰るたびに、『芥川、またダメですか』と先生方が肩を落とすんだがな。

なんて担任の呟きなんて何のその。
校内放送から20秒もたたないうちに席を立ち、恨めしげな担任を残して素早く去っていった。



「どうすりゃいいんだ…」


先生の悲痛な訴えが空を切る。
本日もまた、失敗に終わってしまった。
せめて次の呼び出し時には、この資料を持ち帰ってくれるまでねばらなければ。

少しの決意を固め、職員室へと戻ることにする。
他の先生方にあれこれ言われませんように、と願いつつ。








(終わり)

>>目次
******
だいぶテイストの違うお話になってしまいました。
昔テニスサイトをやっていたときは、ギャグ話も多かったんですけど、こういう話もよく書いていて。ついつい。
(もっと真面目な話も多々。ただ、ブンジロ書きたい!で新たにサイトをはじめたので、こちらではライトなアホ話中心になっております)

ジロくんは公式設定で、芸術面の才能があり、マスコットキャラであり、スポーツ万能でありますゆえ。
そこに勉強も出来る子として設定を追加してみました。
本当に出来る子かわかりませんけど…・・・でも、勉強もソツなくこなしそう。というか、あれだけ寝てても平気なのは、成績がいいからに違いない!
クラスメート全員が協力してノートとったりしてくれるんですものね。(トップはともかく赤点とらなそう)

ただ、ノリで武術もいける体にしてしまったのですが。
おそらく…
紛れもなく何でも出来る人だけど、パッと見そんな感じに見えず、常に周りが世話してくれるのがジロちゃん。という設定な話でした。
続くんだろうか…太郎に呼び出されたことだし。

そこはかとなく引っ張り出したペアプリのネタ。
・2年黒組のマスコットキャラクター(跡部様も2年の体育祭で黒組ですから、同じクラス設定にしてみます。合同なだけかもしれないけど)
・1年白組で天使のモニュメント
・水泳大会の背泳ぎで準優勝
・2年で校外活動委員
・修学旅行で居眠りしテニス部に捜索される
・遠足(ラスベガス)で迷子になり跡部のヘリに見つけてもらう。『俺様を動かすとは大した奴だぜ』by跡部さま

世の忍ジロ使いのお姉さま方をきゅんとさせた『ジローはホンマ、明るくてええなぁ。あいつの笑顔はなんちゅーか、心が洗われるわ』by忍足
をペアプリでみて、ワテクシ忍ジロ使いじゃないけど、きゅんとしました>え。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -