なんでもないフツーの日曜日午前中。 ゆっくり寝てやろうと思ったけど、携帯のアラームをオフにし忘れちゃったため朝6時から30分おきにコンスタントに鳴られた結果、8時という休日にしては破格に早い時間に目覚めてしまった……不覚! (それでも2時間は布団の中でボケボケしてたけど) 運動部に入っているワケではないので休日を練習に取られることもなく、かといって文化部でも無いので大会や何かの提出期限に追われることもない。 そう、気ままなクラブ活動だけなのです。 その名も『氷帝学園手芸部(高等部)』は片手で数えられるくらいの部員数で、残念ながら部の最低基準に達していないので何度申請しても『部活』としては通らず却下されている。 それでも何とかクラブ活動として認めてもらえているのは、こんな少人数の弱小クラブながらもちゃんと顧問の先生がついていて、メンバーの作品が雑誌に載ったり、そっち系のコンクールというかデザイン賞的なもので入賞することもあるから、かな? 一応は中学時代のクラブ発足からクラブ長をやらせてもらっていて、時期になると生徒会室に『部活動申請届け』を持っていくのも年間恒例で、そのたびに最初の難関たる生徒会長の印鑑をもらえず『何故ダメなのか』を逐一説明されて、生徒会室を去る………のも恒例なのだけど。 とりあえずは、一生懸命部活に励む生徒たちとは違い、私のようなクラブ所属のみの生徒はお気楽なモンです。 せっかくの日曜なので遊びにいきたいところだけど、仲の良い女友達はのきなみ『夕方まで部活』『試合で遠征』『練習試合が―』などなどで、残念ながら都合があわなくて、文化部系のコたちも何だかんだでタイミングの合うこがいなかった。 まぁ、こんな日もあるし? のんびり過ごしましょうかねぇ、なら昼まで寝ていましょうかね〜。 なんて昨夜、布団に入って、めぐりずむ装着で就寝したのだけど… (ちなみにラベンダーね!) 「起きたなら顔洗ってきなさい。朝ごはんすぐ食べる?」 「たべるー」 階段をおりてリビングのドアをあけたら、すでにお父さんはご飯を食べて仕事に向かったらしく、空のお茶碗と湯飲みがテーブルに置かれたまま。 出勤に曜日が関係ない仕事だから、土日祝が仕事もザラにあるのです。 お母さんに促されて洗面所でぱぱっと洗顔・歯ブラシを済ませ、パジャマのまま朝ごはん。 今日はどうしようかな。 昼まで寝るプランが早くも崩れたし、二度寝できないこともないけどせっかくパッチリ目覚めたから、また布団に入るには少しもったいない気もする。 けれど特に欲しいものや気になることも無いので、一人で出かけるとしてもこれといって目標が無い(友達と一緒なら目的が無くても楽しいけれど) 約束している人もいないし、誰かしら声かけたらつかまるかもしれないけど、そういえば周りの友人関連は本日試合だ遠征だーって軒並みダメだったことを思い出すと、誰も捕まらない気もする。 ふと、テレビ台の下に横積みになっているお母さんのオレンジページやレシピ集に交じって、前はよく作っていたお菓子関連の本が目に入った。 うん、ひっさびさにお菓子でも作ってみようかな! そうと決まれば行動は早い。 朝ごはんを終えて部屋に戻り、カジュアルな格好に着替えてクローゼットから長らく使っていないエプロンを取り出し、携帯をポケットに突っ込みリビングへ。 すでに片付け終えていたお母さんはテレビ見ながらお茶とお煎餅でのんびりタイム中なので、テレビ台の下からお菓子本だけ取り出して、キッチンへ向かい何を作ろうか直感で決めようかな。 …と思ったけど、前もって準備しているわけでもないので家にあるもので作れるといっても、限られていて。 小麦粉、お砂糖、卵は、ある。 バターは…お!無塩の200gがあるから、これをちょっともらっちゃお〜っと。 お母さんがこのバターを何に使うか不明だけど、1/3くらいならいいよね。 オーソドックスなクッキー、といったところ? ココアパウダーで生地2種類作って―って、ココア無いや。 ドリンク用のココアでも何でもよかったんだけど、あいにくウチはあまりココアを飲まないのでストックとして置いているわけもなく。 ナッツ類も無いしな〜。おつまみのマカデミアナッツとか置いてない、か。 あ、板チョコ発見! よし、チョコチップクッキーに決定! 日曜日の午前中は、クッキーを焼いて午後のお茶タイムに楽しむことに決めました。 ― 手芸部部長の日曜日:赤い怪獣との出会い もうじき焼きあがるクッキーをオーブン越しに覗きながら使用済みの器具類を洗っていると、お茶タイム中のバラエティウォッチャーなお母さんからおつかいを頼まれた。 何でもこれから友達と出かけるようで、ランチ代やるからお昼は適当に食べて&ついでにおつかいを、だって。 めんどくさーいと返されないように先に『ランチ代』として1000円出してきたお母さんに、そんなことしなくてもおつかいくらい行くよ〜と告げたら『じゃあランチ代は無しでお昼は家で食べる?』だって……しまった。 あわてて1000円を掴んで『それはそれ』として昼は一人ランチしてきます!と宣言したのは言うまでもない。 一緒に家を出て、駅へ向かうお母さんに手をふり逆方向へ向かう。 ひとまず『おつかい』をするか『一人ランチ』をするか、どっちから片付けようか。 『おつかい』の目的地は徒歩数分の商店街で、あそこには美味しい親子丼屋さん、洋食屋さん、ラーメン屋にうどん、蕎麦、もうちょっと歩けばファーストフードもあるけど、ここはせっかく1000円貰ったことだし洋食屋さんでパスタもいい。 おつかい内容は単純に、クリーニングに出しているお父さんのスーツを取ってくる、というものなので荷物になることを考えると一人ランチ後におつかいかな。 遊びのお誘いに都合が合わなかった友人の一人に、商店街の本屋さんの子がいて、遊べない理由が『お姉ちゃんと店番』だったので寄ってみることにした。 レジは大学生のお姉ちゃんだけど、友達は店内の掃除、片付け、本の出し入れ、と色んな雑用なんだとか。 一応バイト代は出るらしいんだけど、すずめの涙ほどの手間賃レベルだ、身内だからって横暴だ!!と叫んでいた……のは毎度のこと。 立ち寄るついでに焼きあがったクッキーをおすそ分けしようとタッパーに入れて商店街へ。 可愛いラッピング?いえいえ。タッパーが最強でしょ。(ジップロックも可) ランチはせっかくなので商店街イチの人気を誇る洋食屋さん、と思っていたんだけど、日曜のお昼どきをなめていたせいか、行列に断念してフラフラしてたら立ち食い蕎麦屋さんが早そうだったので、そこに決めて入店。 290円の月見蕎麦をささっと完食。 お釣り? もちろん、いただきます! 立地的に、『家----商店街--本屋------ランチ(蕎麦)----クリーニング』なので、立ち食い蕎麦屋さんを出た後はクリーニング受け取って、本屋ルートがベターだなと判断し、クリーニング屋さんに決定。 商店街のクリーニング屋さんは、うちのお母さんが昔から使っているところで、クリーニング屋のおばさんとお母さんがお友達同士なこともあってお馴染みのお店。 さらにはそこの次男と私が同い年で、ともに幼稚舎から氷帝学園なこともあって、いわゆる幼馴染的なものともいえる感じ? 同じ小学校の友達がみんな幼馴染かと言われると微妙なところなんだけど、縁あってか小学生から高校の今までずっと同じ学校で、親同士が仲がいいので会ったら普通に話すし、たまに遊ぶこともある。 まぁ、小学生の頃ほどしょっちゅう遊んでいるわけでも無いけどね。 芥川クリーニング店の次男・慈郎くんは、小学生の頃は同じクラスだったり、学校への通り道にウチを通ることもあって登下校も一緒にしていたこともある。 ウチの近所の宍戸と、慈郎くんのお隣の岳人くんと、本屋の友達やそのあたり一緒に集団登下校的な感じだったり、たまに二人だったり、三人だったり。 まぁ、町内には同学年で幼稚舎から高校まで氷帝学園な同級生は何人かいるので、まとめて幼馴染といえばそうなのだろうけど。 けれど幼馴染とはいえ『男同士』や『女同士』のほうが、『男と女』の友達よりも自然と一緒にいるようになって、慈郎くんの幼馴染といえば『宍戸・岳人くん』だし、私の幼馴染といえば『本屋の姉妹』やはす向かいのバイト命の子(他校ね!)。 決して慈郎くんたち男の子と、私たち女の子の間が疎遠になるというワケでも無いけれど、クラスメートのほかの異性とは少し違う感覚で、そこはやっぱり小さい頃から互いを知っているという安心感や、どこか身内的なイメージがあるのかもしれない。 慈郎くんはいつ会っても元気いっぱいな笑顔が可愛いけどね! (それか寝ているかの二択) こうやってお母さんのおつかいとして慈郎くんのおうち(クリーニング屋さん)へ行くことはあっても、だいたいがおばさんかおじさん。 子供に店番任せることも多いらしいんだけど、私が行く時間は基本的に学校帰りの夕方が多いので、慈郎くんは殆ど部活中で芥川クリーニング店では会わないことが多い。 本屋の幼馴染や他の皆は、店番が慈郎くんだとたいがい寝てるので、受け取りが大変だとこぼしていた。 昼寝中の慈郎くんてなっかなか起きないんだけど、それで店番…? ―昼休みの中庭ベンチで何気なく会話していたらウトウトしだし、寝てしまった……まではいいけど、私のカバンを枕にしたのは大問題! 引っ張ってもなかなか離してくれないし授業始まっちゃうしでワタワタしていたら、どこからか後輩の樺地くんが現れて慈郎くんをかついでくれた。 ―委員でパートナーになった女の子は委員会のたびに慈郎くんを探し回る羽目になり、結果委員会へ参加できず先生に怒られて半泣きに。 本当……アレはかわいそうだった。 屋上や裏庭と慈郎くんのお昼寝スポットが点在しているので見つけられないんだって。運良く樺地くんが通りかかると、どこからか慈郎くん背負って連れてきてくれるので、その子は委員会になるとまず樺地くんの教室へ突撃したりもしていた。 ―中学の修学旅行先のドイツ古城で集合時間に現れない慈郎くんに、委員長と担任の先生は困り果ててテンパっていたんだけど、颯爽と登場した跡部くんの指パチンでサァーっと一斉にテニス部員が放射線状に散っていったのはお見事の一言。 十数分後に見事慈郎くんを背中におぶり連れてきたのは他クラスの忍足くんで、隣には慈郎くんの荷物をもった岳人くんがいた。 他にも慈郎くんの居眠りエピソードはきりが無いくらいわんさか。幼稚舎時代から数えるとかなりのものがあるし、テニス部内の話もそりゃもうたぁ〜くさんあるんだって。 話のオチとしては結局どれも慈郎くんは起きないので、寝ている慈郎くんはかなりの強敵なんだよね。 それで店番が出来るのか謎なんだけど、慈郎くんって野生の感が鋭いのか、敏感なのか。 あんまり知らない人や一見さんが近寄るとすぐ起きる傾向? というか、気付くらしいんだよね。 だけど知っている人や親しい友達、身内、そういった『慈郎くんのテリトリー内』の人だと安心して、起きないんだって。 家が隣同士で0歳からの仲な、岳人くんが言っていたので間違いない。 私を含む幼稚舎からの持ち上がり組みも、慈郎くんを起こすのはなっかなか骨の折れる作業……ってことは、慈郎くんのテリトリー内のヒト、ってことなのかな? 『親しさ』の証明みたいでくすぐったい気持はあるけど、起きてくれないことを思うと喜んでいいのかどうなのか。 まぁ、日曜日のお昼過ぎなので、慈郎くんは部活でしょ。 部活でなくてもいいお天気だし、ぽかぽか陽気で温かいし、遊びに行ってるだろうから、お店で出迎えてくれるのはおばさんかおじさんに違いない。 という予想のもとクリーニング店の自動ドアを抜けて奥のカウンターへ向かうと、両腕を組んでそのうえで突っ伏している金髪の店番が。 オーマイガッ! 慈郎くんがお手伝いとして店番をするのは少なくないらしいんだけど、私が遭遇する率が低いのでなんだかレアキャラにあったような不思議な感覚。 学校や街中であっても普通なんだけど、クリーニング屋さんで会うのが新鮮と言うか、何というか。 (慈郎くんの自宅だけどさ) ええと、どうすればいいのかな? 「こんにちは」 ひとまず軽く声をかけてみるけど、もちろんそんなので起きるわけはない。 学校でも起きないしね… 「おーい、慈郎くん?」 肩をゆすってみる。 頭をぽんぽん叩いてみる。 顔を向けているほうの頬をむぎゅ〜っとつねってみる。 う〜ん、皆、どうやって起こしてるの? 岳人くんは耳元で大声、宍戸は遠慮なしに頭をバチーン! ……こんなに気持良さそうに寝てるから躊躇われる起こし方だなぁ。 本屋姉妹は、クリーニング済みのお洋服が置かれているところからササっと取り出して、レシートの番号とタグ番号をチェックして、居眠り店番へレシートとタグをホッチキスでとめたものを置いて去る、といっていたっけ。 それもどうかと思うけど、お互いが親しいかつ慈郎くんのご両親も把握しているからこそ出来る行為。 ちゃんと一番前に、わかるようにかけていてくれるらしいから。 それに、先払いだから預ける時に清算済みだしね。 レシートに番号がタイプされていて、同じ番号がクリーニング済みの服がかかったハンガーに目立つよう留められているのでとってもわかりやすいし、店番の慈郎くんも取り出しやすいんだって。 私もそれをやればいいのかなぁ。 奥に見えているのは多分お父さんのスーツ………あ、レシートの25番と一致。確実にお父さんのだ。 どうしようかなぁ。 本屋姉妹に倣い、さっさと取ってっちゃってOK? お家におばさんがいるなら、一応一声かけた方がいいよねぇ。 確か、カウンターの子機の短縮でリビングに繋がるはず。 「お〜い、慈郎くん。電話、借りるよ〜?」 一応声をかけて、そーっと慈郎くんの数センチ横にある受話器を取り、内線番号……1だったかな。 押そうとした瞬間、後ろの自動ドアが開く音がして、誰かが入ってきた気配がした。 …私、まずい感じ? 傍目に見ると先に入っている客が、店番が寝ているのをいいことに勝手に何かをやってるように見えなくもない。 (勝手にやっているのは間違いないんだけど) そ〜っと、ゆっくり振りかえると、…………誰? 「あれ?お客さん?」 お客さん、って。アナタもお客さんでしょ? 「つーかお前、受話器もって何してんだ。客じゃねーの?」 目をまんまるくさせて声かけてきたと思ったら、徐々に胡乱気になるその視線………って、違うから! 怪しい者じゃないし! というか、アナタの方が怪しいでしょ。芥川家でアナタのような人、見たことありません。 クリーニングのお客さん以外は芥川家の玄関の方に行くし、お店に来たということは客でしょうに、『あれ?お客さん?』ってどういうこと?! それに初対面で『オマエ』って、何?この人。 「なぁ、お前なに?」 「何って、……一応、客です」 「店番の前で、何ゴソゴソやってんだ」 「ごそごそって……ちょ、違う!」 慌てて怪しい者ではありませんとぶんぶん首をふり否定をしてみるけど、私にとっては目の前のアナタこそ怪しい人物ですから! 「起きないから、おばさん呼ぼうとしただけ!」 「あぁ、それで受話器?内線1番だったか?」 …何者? 受話器の内線番号知ってるなんて、商店街の常連さんたちの中でも、ごく一部なのに。 「アナタもお客さん?」 「ん?あ、いや、俺は―……って、おい、コイツ、寝てんのか?」 「はぁ?!」 さっき、『起きないから』って言ったばかりなんですけど。 おいおい。 「ったく、どうりで携帯に出ねーワケだな」 「慈郎くんのお友達?」 「おう。あんたも?」 あ。 失礼な『オマエ』呼びが、『アンタ』になった。 …まったく、最近の男の子って。 失礼千万! 初対面の女子に対する挨拶としてはサイテー採点をくだし、目の前の謎の男の子を上から下まで眺めてみる。 身長は、慈郎くんよりは高くて、跡部くんより低いところ。宍戸と同じくらいかな。 スタイルがいいので、何かスポーツをやってそう―って、テニスか。慈郎くんの友達だし。 顔は… うん、モテるだろうな、きっと。 跡部くんや慈郎くんを始め、美形には見慣れているつもりだけど、目の前の彼も相当かっこいいタイプ。 そして、ちょっぴり可愛い? 慈郎くんも可愛いタイプだけど、それよりもシャープな要素も交じった、可愛い40%+かっこいい60%くらいの割合? 何よりも目立つのは、燃えるような目にも鮮やかな髪の色。 岳人くんもヘアスタイル、カラーともに目立つものだけど、紫がかった岳人くんの髪とは違い、もっと赤が強い、『紅』に近い火の色。 慈郎くん並にパッチリ目だけど、少しつりあがっている両サイドの目じりは猫のような感じ。 美形の周りには美形が集うのね。 「時間になってもこねぇし、電話も繋がんねえから」 「玄関でインターホン押さなかったの?」 「こっちの方が早いし、おばさんに呼んでもらおうかと」 それでお店のドアくぐるのもどうかと思うんだけど、どうやら毎回そうしているらしく、私の手から受話器をうばい、素早く内線かけておばさんを呼び出した。 この赤い男、何者?! >>次ページ >>目次 |