2月14日、京都での偶然の出会いから2ヶ月。 あの時自覚した想いは日に日に増していき、やはり自身の直感は正しく、一過性ではない感情なのだと実感した。 親友の長年の想い人という事実はあれど、片思いに終止符を打ったであろう彼は可愛い彼女を作って、バレンタイン前にデートをしていた。 例え想いを完全に断ち切ってないのだとしても、翌週教室で問いただしたところ曖昧な答えを返されたとしても。 『白石くん。先週はどーも』 『…ああ、謙也のカノジョさん、やったっけ?』 謙也本人からは明確な回答は得られなかったけれど、学食のテーブルですじ煮込みうどんをすすっていたら頭上からかけられた軽やかな声に、見上げると本屋へ立ち寄った際に見かけた、親友のデートのお相手だった。 彼女できたのかという白石のストレートの問いには肯定も否定もしていなかったけれど、試しに彼女に何気なく聞いてみれば、少し照れたようにはにかんで『ダメもとやってんけど、バレンタインの日にOKくれて』だそうで、まず間違いなく『謙也の彼女』なのだと確認できた。 聞けば夏頃から気になりだしアプローチを始めるも、他に誰か想う人がいる彼はなかなか振り向いてくれなかったのだとか。 テニス関係者以外から観ても謙也の片思いは思いっきりバレバレで、その相手までは知らないとしても一途な彼の気持ちは、特に彼に恋する女の子から見ればわかってしまうものなのか。 謙也とのお付き合いまでの流れを彼女本人から聞きながら、何だか変に感心してしまった。 ―冬あたりから徐々に気持ちの変化を見せだし、他愛ないおしゃべりにもいい反応を見せてくれるようになった。 ―ふとした表情が寂しげで、泣きそうな顔をしているときもあったけど、何かからふっきれようとしていることは何となくわかった。 ―年あけて一緒に出かけてくれるようになって、チャンスがきた!と猛アプローチの末に、放課後デートでいい笑顔を見せてくれるようになった。 ―そして、バレンタイン。あらためて告白したら、しどろもどろになりながらも、照れくさそうに笑って、頷いてくれた。 ああ、確かに親友の表情が曇り勝ちになったのは去年の秋から冬にかけてだった。 そして、いつも元気でリアクションも大きくクラスのムードメーカー的な親友の、ふとした表情の変化に気づいて、辛抱強くそばで見続け、ついには想いを叶えた彼女。 見た目は今どきの女子高生で、ひざ上ぎりぎりまですそ上げされたスカート、ゆるく巻かれた明るい茶色のロングヘアに手入れされたネイルはピンク色。 どちらかといえば派手なグループに属すであろう彼女だけれど、言葉の節々や謙也との馴れ初めを聞いて、ちゃんとしたお家のしっかり常識のある子で、性格の良い可愛らしい子なのだとわかった。 結局、謙也が選ぶ子は『やさしい子』なのか、と。 純粋に『おめでとう、良かった、謙也にも春がきた』、そう思えたし是非とも直接彼へお祝いを述べたかったけれど、いざ謙也を前にしてこの話題をふると途端に瞳を揺らして、何だか挙動不審げにはっきりとしない態度をとる。 しまいには目を泳がせて話題をそらせようとするので、一体何なのだと怪訝に思うも、ただ単に照れくさいという感情だけでなく付き合いそのものをそんな事実は無いとばかりにはぐらかす。 そんなに自分には言いたくないのだろうか? 一瞬、隠されることへの寂しさも覚えたけれど、その前に長い片思いをしているときの彼は、嬉しそうに楽しそうに、東京の想い人のことをあれこれ語ってきては聞いているこちらが辟易するほどの勢いで、何よりも『恋してんねや』とはっきりわかるほど謙也の感情はストレートだった。 周りに花が飛んでるんじゃないかと思えるくらい、『好きな人』へ思いをはせる謙也は素直で、いつも以上に明るく、雰囲気が一気に柔らかくなる。 これが『恋してる』ということなんだなと思春期真っ只中の親友をからかいながら、そんな彼の素直さがどこか羨ましくもあった。 新たな『彼女』に対しては、明らかに『恋してるんだな』とは違う反応を見せる謙也だけど、それはまだ付き合いたてで、しかも長い長い片思いにようやく終止符を打ってすぐだから、まだ気持ちの整理がしきれてないのかもしれない。 彼女に関しては謙也が落ち着いてからじっくり聞いてやることにして、問題は自分自身の久しぶりの『恋愛沙汰』。 芥川慈郎、17歳、この4月で高校3年に進学、同い年。 遠く東京の氷帝学園高等部に通う、長年の謙也の片思いの相手かつ今は白石の想い人。 二ヶ月前の京都での出来事から、たまに交わすメールと電話が唯一のつながり。 学生の身では簡単に会える距離ではないので、京都駅で別れてからは直接会えていないけど、メールは毎回短い文ながらも返信してくれるし、たまにかける電話も数コールで出てくれる。 『メールは10回に1回くらいやで。電話はほとんど出てくれんし』 絶賛片思い中だった謙也からは、メールも電話もなかなか難しいと聞いていたが、実際はちゃんと返してくれる。 それは白石のやり方が謙也のソレとは違って節度あり、絶妙なタイミングでしかけているからかもしれないけれど。 それでも返ってくるメールに一喜一憂している自分がいて、数回目のコールで『…はぁい、なに?』と眠そうな声色ながらもちゃんと出てくれることが嬉しくて。 あぁ、恋してるんだな。 すとんと胸に落ちた、少し前まで謙也に当てはめていたフレーズが、今は白石自身にしっくりきている事実。 正直、あえて言葉にすると照れくさくてこそばゆいけれど、それでもあの時謙也に感じていた羨ましい気持ちが自分にも訪れていることが、どこか嬉しくてふわふわした温かい気持ちに笑ってしまう自分もいて。 ―春休みは講習でどっこも行けんかった。。 ゴールデンウィークは絶対、そっち遊び行くから、会うてや? ついこの前の電話では返事は無かったけれど、それでも拒否されたわけじゃない。 ただ、呆れ声で『受験生デショ?しかも医学系受けるのに』とため息つかれただけだ。 受験生だとしても息抜きは必要だし、数日遊んだからといって落ちる学力ではないと言い切れるくらい、日々こつこつと自主学習も重ねている。 4月に入っても謙也はあの調子で、芥川に関するあれこれは言ってこなくなったので彼なりに気持ちを整理し、彼女とつきあっているのだろう。 あれだけ長い間、同性への好意をオープンに表し、それこそ白石ら周囲に隠すことなく堂々と『一生に一度の恋やねん!』なんて言っていた手前、『彼女できた』などと言ったら謙也の片思いを知る元四天宝寺テニス部の面々は驚くであろうことは容易に察せられる。 小春なんぞは『謙也きゅん、ほんまに、ええの?』などと謙也の心変わりを確かめるべく本心を聞き出そうとするだろうし、財前も何だかんだ言いながら謙也を擁護しフォローする側だ。 少しでも芥川への想いが残っていることに気づけば、『謙也さん、諦めるんスか?そんなモンなん?アンタの想いは』などと焚き付けそうでもある。 できれば周囲には大人しくしていて欲しいし、一番近くにいる親友たる自分に堂々と『彼女できた』と言わないのなら、他の元四天宝寺の連中にも黙っていてくれと願う気持ちもある。 それは、自身の新たな恋への障害を無くしたい思いと、誰かに言う前に自分に『彼女できた』と堂々と紹介して欲しい、親友という立場から出た少しの独占欲。 謙也は中学でであった大切な親友。 小さいことから大きなものまで、恋愛から勉強、テニス、学校生活、家の出来事……と、何でもかんでもにすぐに相談してきて、想いを吐露してきてくれた。 後輩や他の同級生には言えないことも、親友たる白石にはこそっと話してくれた。 そんな彼が新しい彼女を紹介してくれないことへ若干の寂しさと、かすかに残る形容できない不安と。 (不安…?) いいや、彼女本人から経緯を聞いたのだ。 今現在、謙也の彼女があの子だという事実は変わりない。 たとえ完全に芥川への想いが消えていないのだとしても。 親友の好きな人である以上、いくら好きになっても想いは表に出さない。 恋愛より友情が大事だと位置づけているからこそ、そう決めている白石自身の恋愛感。 けれどもバレンタインのあの日に生まれた感情は、増えることはあってもおさまりはしない。 そして、『謙也の彼女』と確信が持ててからはほっとしたと同時に、誰にも憚れることなく正直に向かっていっていいのだと思えた。 ―プルルルル… 『…はぁい、なに?』 「おはよう。起きとった?」 『夜だし〜』 「芥川クンは寝てたかなぁ、と」 『まだ9時でしょ』 「起きてたん?の割りには声が眠そうやけど」 『眠いよ…寝ていいの?』 「あはは、せやなぁ…5分くらい付き合うてや」 『…ん』 こうやって数コールで出てくれることが、たまらなく嬉しい。 部活のこと、最上級生になりいよいよ大学受験だと始まった春学期のこと。 なんてこと無い日常会話を交わす、といっても白石の話しに相槌うっているだけだが、たまに氷帝での出来事も話してくれるので一応会話は成り立っているといっていいだろう。 『…で、来るの?』 「ん?」 『前、言ってたやつ…』 「ああ、ゴールデンウィーク?あとちょっとやな」 『うん』 「遊びいく予定。決まったら連絡入れるから、ちゃんと予定空けといてや?」 『……』 「何なら泊まらせてくれてもええねんで?」 『……ばか』 「関西人に馬鹿はアカン」 『……ほんっと、大阪人って同じこと言うし』 「同じこと?」 『忍足もよく言う』 「謙―」 『侑士』 「…せやな、侑士くん、か」 『ゴールデンウィーク…』 「何か予定あるん?あ、まさか家族で旅行とか?」 『それは無い、けど』 「なら、会いたい」 『……』 思わず「謙也」と出そうになったら、間髪いれずにそっちの忍足ではないとキッパリ返された。 長年想いを向けられた芥川としても忍足謙也の現状を知っているからか、はたまたバレンタインを境に変わった白石の本気を感じてるからか、たまにかける電話でも自分から謙也の話をすることはまず無い。 なかなか「うん」と言わないのでやはり根気よくいかないとダメだな感じつつ、他愛ない話を重ねて、隙をみてゴールデンウィークへと話を持って行くと、観念したのか諦めたのか、はたまた京都駅で白石が感じた直感通り『いけるんちゃう?』なのか、最後のほうでは小さい声ながらも5月初めに直接会うことを了承してくれた。 「5月5日って誕生日やんな?」 『…そうだけど』 「予定、ある?」 『……』 「夜は家族水入らずやろ?昼間は―」 『…ん』 「一緒にいたいねんけど」 『えぇ〜』 「そんなん言わんと。ええやん、想い合ってる者同士がやなぁ」 『…ばか』 「こら。馬鹿はアカンて―」 『だって、バカなんだもん。白石』 「盲目言うてや」 『は?』 「恋に、な」 『……はぁ〜、ったくもう、どうしよ…』 「どうもこうもあれへん。会えばええねん」 『何か用事作るかなー、5日』 「ということはヒマやねんな?」 『あ。』 「よし、ほな5日は朝から遊ぶで。詳細決まったらメールする」 『あ〜あ』 「けど5日は5日。その前に東京行くから、そん時はそん時で会うてや」 『1日だけでいいんじゃない?』 「よし、1日はデート確約やな」 『あ。』 「1日会うたら、2日も3日も一緒や。行きたいスポーツショップもあるから、案内頼むな」 『スポーツショップ?』 「4月末にATOBEグループがでっかいショップオープンするてニュースでみた。コートも併設してるらしい」 『テニス?』 「ついでにラケット新調して、コートで打ってみたいんやけど、相手してくれへん?」 『…それ、5日?』 「いや、5日は5日の過ごし方があんねん。スポーツショップはできれば東京着いてすぐ行きたいから、到着日やな」 『いつ来るの?』 「まだ調整中やけど、まぁ決まったらメールするから。もしその日芥川クン駄目やったら、一人で行ってくる」 『……オレもスポーツショップ、行く』 テニスが好きな彼のことだから。 そして、強い人と打ち合うのも大好きだから。 相槌や返される言葉で、嫌がっていないことはわかる。 それどころか好意も抱いてくれている、と白石は半ば確信している。 無論友情もあるだろうけど、白石が彼に向けている感情と、同じ種類の感情は『可能性』として彼の胸の片隅に潜んでいるだろう。 バレンタインから重ねた2ヶ月で、芥川の白石に対する態度は柔らかくなってきた気がするし、『デート』と言ってもキッパリ拒否しないところに更なるチャンスを感じる。 同系統の感情だとしても、そのパワーバランスは残念ながら圧倒的に白石が重いのだろうけど、それをゴールデンウィークまでに何とか調整し、本番で天秤がバランスよく水平になるよう持っていきたいものだ。 別に言葉巧みに誘導しているワケではないし、強引に畳み掛けて無理やり頷かせているワケではない。 まぁ、多少は芥川の素直さ、こういう面での諦めのよさを利用していると言われれば、『そうかもしれんなぁ』と笑顔で肯定するくらいは自覚しているけれど。 「次はゴールデンウィーク、やな」 『ん…』 「日程決まったら連絡するから、予定入れんといてな?」 『……わかった』 「!」 (…よし、一歩前進や) あの日の京都で想いを自覚して、新幹線の改札で別れて二ヶ月。 今度は自分の気持ちをきっちり理解して、益々増した『恋愛感情』を抱えていざ彼と対面することになるであろう来月初旬。 果たして電話口のように冷静でいられるのだろうか。 それともどこかの誰かように、しどろもどろになって話せなくなったりはしないだろうか。 (謙也ちゃうし。喋れんほど顔真っ赤にしていっぱいいっぱいになるなんて、ありえへん) そんな恋愛、したこと無い。 言うほど経験があるわけでもないが、それでも今まではスマートにこなしてきた。 好きな人の姿を目にするだけで胸がいっぱいになって、嬉しい反面切なくなるなんて、そんな『恋する少年』を見たのは身近の謙也だけで、自分自身はそんな経験無いし正直想像ができない。 もしも彼の目の前に立って、実際にそんな状態になってしまうとしたら、それはそれで面白いかもしれない。 客観的に考えながらもいざ目の前にして頭が真っ白になったら自分はいったいどうなってしまうのか。 『アホやなぁ、謙也』 親友によくかけていたこの言葉を、今度は言われる方になるのだろうか? 恋愛にのめりこんでいる自分を、謙也に『アホやなぁ』なんて言われたらある意味立ち直れないかもしれないけど、ゴールデンウィークに二ヶ月ぶりの芥川を前にしたら舞い上がるであろう自分は想像がつく。 少しの不安と、会いたい気持ちと、立ち直れないなんていいながらも『アホ』と言われるくらい『恋したい』自分と。 弾む気持ちをおさえつつ、気づけば1時間近く経っているのでそろそろ開放してやらないといけない。 「こんな時間に悪い。付き合うてくれてありがとう」 また、電話すると告げて通話をきろうとしたら、いつもの『ん…ばいばい』の後に添えられた一言が唐突すぎて、少し硬直してしまった。 『ん…ばいばい。……あ、そだ。誕生日、おめでと』 「え…」 たんじょうび…誕生日、今日は4月14日、21時すぎ。 ……。 (な、んで…知っとるん?) 『白石?』 「……」 誕生日。 そう、今日は18歳の誕生日だ。 平日なのでこれといって変わったことがあるわけでもなく、放課後クラスメートと遊んで、夕飯は家族で過ごして。 母は白石の好物を作ってくれて、妹と姉からは合同で、両親からも例年通りプレゼントをもらい感謝して、早めに切り上げて部屋で携帯をいじって。 先輩、後輩、他校に進んだ元チームメート、他県の友達。 色々な人々からのバースデーメールに感謝しつつ、ちゃんと皆に返信したか一件ずつチェックし終えてベッドに寝そべり、何となく電話帳を見て一番上に出てきた『芥川』にどきっとして。 無性に声が聴きたくなって、つい電話をかけたら数コールで出てくれた。 ゴールデンウィークの約束も取り付けて、今日の電話はパーフェクト!と収穫にほくほくして切ろうとしたまさに最後で、こんなプレゼントが来るとは。 胸がじわっと温かくなり、どうしようもなく嬉しくて、彼に会いたい気持ちが増した。 『おーい、白石ー?』 「…もっかい、聞きたい」 『う?』 「さっきの。…めっちゃ、嬉しかった」 『……』 「俺、びっくりして……知らん思っててん。せやのに、…不意打ちやで」 『……大げさだし』 「ありがとう」 『ん…』 「ほんま、嬉しい」 『(ばか…)』 「…ヤバい。ジーンときたなぁ、いま」 『もう、きるよ?』 「ん。ああ、もう22時か。ほな、また―」 『18歳おめでとう。またね。……オヤスミ!』 「え」 ―ツーツーツー またしても不意打ちの『おめでとう』に目が点となった瞬間、通話をオフにされ、耳に届くのは味気ない機械音ばかり。 誕生日を知っててくれた。 おめでとうと言ってくれた。 そして、『またね』と最後に自分から言ってくれた。 じわじわと体温があがっていく気がして、火照ってくる全身を何とかしようと階段をかけおり風呂場へ向かう途中、リビングから出てきた妹に顔が赤いと指摘された。 自覚しているのでなるべく鏡を見ずに素早くシャワーを浴び、万が一にも家族に見られないように頭からタオルをかぶってそそくさと部屋に戻った。 (あと、2週間とちょっと…) カレンダーの日付を指折り数えそうな自分がいて、思わず苦笑してしまった。 何だかんだいいながら、あれこれ考えながらも結局は『恋してる』のだろう。はたまた周囲に花を飛ばすほど周りが見えなくなって、彼一直線になるのだろうか。 先ほど感じた少しの不安が吹き飛ぶくらい、うきうきと逸る気持ちをおさえ、さっそくカレンダーの4月14日に×をつけた。 ―5月まで、あと少し。 (終わり) >>目次 |