No.1 ―幸村くーん、ちょっと相談があるんだけど。 上野美術館でレンブラント展とついでに常設展をまわった帰りに、公園を横切り駅へ入る手前で声を掛けられた。 振り返ると中学3年の退院明け以来、何度か自校のテニスコートで見かける他校生が笑顔で手をふっていた。 いくら東京在住とはいえ都内は広く、偶然に会うなんてまず無いことだと思ってはいても、こうやって出会うので人の縁は不思議なものだ。 本人が言うには秋葉原で用事を済ませて、そのままアメ横でご飯食べて帰る途中だったんだとか。 立海テニスコートのフェンス越しで何度も見かける姿とはいえ、テニス関連以外のオフで会うことはめったにない。 チームメートは彼と大変仲が良いので、流れで練習終わりのファーストフードやカフェに付き合うこともあるけれど、それでも二人きりになるタイミングなんて皆無で、こうやって他のチームメートがいない空間は何だか変な感じもする。 ただ単に姿をみかけたので声をかけ、挨拶してさようなら。 …なんて流れにならなかったのは、天真爛漫な彼がいつものように可愛らしい笑顔で『相談がある』と言ってきたため。 相談? するとしたらアイツじゃなくていいのかい? 彼と仲の良いチームメートの名前をあげたら、なにやら言いにくそうに『本人には言えないもん』ともじもじするので、少しの興味で駅前のカフェへ来店。 向かい合って座り、温かいマカデミアナッツラテとハニーミルクラテをそれぞれ一口。 甘い香りを楽しみながら彼がこぼす一つ一つを聞けば、なるほど『本人には言えないこと』か。 仲が良いとは思っていたけれど、単なる友情を飛び越えてそんなことになっていたのか。 少々驚いたもののチームメートのアイツと、目の前でハニーミルクラテをこくこく飲んでは『おいしー』と微笑む彼は、何だか一枚の絵画のようにしっくりおさまっていて違和感がない。 それにチームメートがときたま、彼を見つめる目に見え隠れしていた熱さも何となく感じていたため、これで説明がついたとやけに納得してしまった。 「つまり芥川は、丸井とそういう関係になったものの今後どうしたらいいか悩んでいる、と」 「悩むっていうか……戸惑い?」 「好きなんだろう?」 「うん。でも、どうしていいかわかんなくなっちゃって」 「ブン太は、まぁ、躊躇無いだろうね」 「躊躇どころかグイグイだC」 「あはは、まぁ、そういうヤツだから」 「もうあっぷあっぷしちゃって。オレ、どうしたらいいのか」 「付き合っているなら、何れそうなるのは自然だろ。考えたこと無かった?」 「…ううん。それはわかってるんだけど、こう、何というか、体が反射的に」 「抵抗しちゃうって?」 「うぅ〜」 「それも仕方ないことだよ。オトコだしね」 「だよねぇ」 「それでブン太が何かいうのかい?」 「何かって?」 「ヤラしいことされてつい抵抗したら怒っちゃった、とか?」 「ぶはっ…ゆ、幸村くん、…っ、や、ヤラしいこと、って」 「つまりはそういうことだろ?」 ケダモノだよね、丸井。 笑いながらチームメートを貶すような台詞をはくと、ハニーブロンドの彼はミルクラテを噴出して咳き込んだ。 芥川本人が切り出したというのに、いざ直球で言葉をかけると顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿は、同い年とはいえ可愛いったらない。 (結局は『ごちそうさま』ってことかな?) 本人ノロけているつもりは無いのだろうが、他の皆が聞けば大多数はそう感じるだろう、―自分を含めて。 ひとまず聞くだけ聞いて、彼を落ち着かせてやろう。 全体を把握してから、場合によっては週明け、チームメートへ渇を入れることにして。 「ねぇ丸井。相手の同意を得ないで強引に突き進めると、逃げられちゃうかもしれないよ?」 「は?ゆ、幸村くん。それ、どういうこと?」 上野駅近くのカフェにて@丸井ブン太 No.2 ―幸村くーん、ちょっと相談があるんだけど。 期間限定で展示しているアメリカン・ポップアート展を見終え、六本木の新国立美術館を後にして数分。 メトロのホームへ向かう前に、少しばかりミッドタウンの地下スーパーを物色して帰宅後の本のお供ととしてつまみを少々。フラワーショップで珍しい草花は無いかチェックを少し。 そのままヒルズ方面へ移動し、横浜に同じ店があるとはいえ赤地と黒で有名なパン屋のフランスあんぱんを購入し、外へ出たら見慣れた金髪の他校生とバッタリ会った。 彼のホームグラウンドは港区ではなく新宿よりも左側なはずで、いくら東京在住とはいえ偶然出会う確立なんて柳でもはじき出せないくらい低いだろう。 家の近所でも学校の友人やチームメートに出会うことは稀だというのに、目の前の彼もまた、美術館でアンディ・ウォーホルを見てきたというのだから驚きだ。 そんな趣味があるとは思えなかったけれど、そういえば彼と仲の良いチームメートから『あいつ、芸術的なモンが得意じゃけぇ』と聞いたことがある。 聞けば高校生ながら日展に入賞し、運動部かつ誰かに師事しているわけでもないのに、自己流の彼の絵は評価が高く新聞に載ったこともあるのだとか。 同じくらいの時間帯に美術館にいたはずの二人だけど、そこでは出会わずより広い『六本木』という外の空間で偶然出会うのだから不思議なものだ。 ついつい嬉しくなり、同じ絵を見た彼の感想も聞いてみたいと誘ってみれば、この後の予定も無いというのでパン屋から徒歩すぐのコーヒーショップへ入る。 冬季限定のマカデミアナッツラテがおすすめだと言うので注文するも、彼は彼で人にすすめておきながらまったく違う、期間限定でも何でもないハニーミルクラテを頼んでいた。 土地柄混んでいるかと思いきや2階の禁煙席は他に客がおらず、二人だけだったため心行くまでアメリカンポップカルチャーについて語り合え、自分とまったく違う意見と観点から出てくる彼の感想は『そう捉えるのか』と驚きとともに収穫もあり、大変有意義なティータイムになった。 一口飲んで一瞬眉をひそめたマカデミアナッツラテの甘さも気にならなくなるくらい、話に夢中になって気分が高揚したのも久しぶりだ。 彼がこんなに絵画に造詣が深く、独特なセンスを持っているのだと知っていれば、もっと早くこういう話をして、一緒に美術展に行って、と楽しめたのに。 (…いや、あいつが邪魔する、かな?フフフ) 部活のチームメートの一人とやけに仲の良い彼は、月に数度と立海のテニスコートへ練習を見にやって来る。 決まってフェンス越しに声援を送る相手は中学時代から『憧れ』と言って憚らない赤い髪とグリーンアップルガムがトレードマークのダブルスプレイヤーだが、実際に一緒に帰っているのは銀色の後ろ髪をなびかせる捉え処の無い詐欺師だ。 丸井に会いに来ていたはずの彼は、いつのまにか別のチームメートの隣にちょこんとおさまり、一緒にいることが増えた。 そこから自然と仲が深まり、友情というよりも別の方向へ進んでいった二人の関係は特に隠しているわけでは無いようで、部内でも知っているヤツは複数いる。―自分のように。 (まぁ、真田は知らないか。『不純同性交遊』なんて怒鳴るかな?顔真っ赤にしてさ) それでも仁王にのらりくらり交わされ、言いくるめられるのは目に見えているけれど。 一頻り話し終えると、少し温まったハニーミルクラテのカップを抱えた芥川が、何やらぼそぼそと『相談が…』などと言うものだから、どうぞと促せばそれは思いもよらない内容。 二人の関係は知っているし、チームメートの銀髪はソウイウことはスマートに、相手を酔わせて自分の思うとおりに進めるタイプに違いないと思ってはいる。 けれども芥川がぽつぽつ語る一言一言が、自分が知っているチームメートとは少し異なる気がして、驚きとともにイタズラ心とでもいうのか、興味が出たためつい根掘り葉掘り聞いてしまった。 「つまり芥川は、仁王がベタベタしてくることに困っている、と」 「困るっていうか……びっくり?」 「付き合いたてなら、そんなモンなんじゃない?」 「うぅぅ…でも、仁王だよ?」 「まぁ普段のアイツからすれば意外かもしれないけど、ああいうタイプは恋人と二人きりだと甘えてくるのかもね」 「外でイチャイチャしてるカップルをすっげぇ冷めた目で見てるんだよ?なのにさぁ」 「あはは、まぁ、羨ましいんだろ」 「それなのに周りに誰もいないと別人だC」 「嫌じゃないなら、耐えてあげなよ。仁王の唯一のリラックスタイムかもしれないしね」 「う〜ん、そうなんだろうけどさ。今まで知ってた仁王とまったくの別人になるから、反応に戸惑うというか」 「イライラしたら殴ってみたら?」 「えぇ〜?」 「真田の鉄拳制裁で慣れてるから、少しくらいぶん殴っても平気平気」 「立海って…」 「そんなに無茶な要求するわけじゃないだろ?」 「要求?」 「夜ねちっこいとか、変なプレー強要するとか」 「ぶはっ…、ゆ、幸村くん?!ぷ、ぷれーって」 「あれ?そういう話じゃなかったっけ?」 赤ちゃんプレーとか出てきたら、アイツを見る目が変わっちゃうな。 からかいを含めてクスっと笑みを浮かべると、ハニーミルクラテが気管支に入ったらしい芥川が盛大にむせたためハンカチを差し出し、コンディメントが色々と置いてある棚から紙コップを拝借し、水をいれてあげた。 芥川からの相談を幾分膨らませたのは幸村自身だが、それでも一瞬で耳まで朱色に染まった彼は、同い年とはいえ幼さが残るあどけない顔立ちもあいまって、純粋に可愛いと感じてしまう。 (あ〜あ、赤くなっちゃって。思い当たる節でもあるのかな?) こんな返しをされるなんて予想していなかったのだろう、真っ赤な顔で『や、ヤメテよ、幸村くん…ッ』などと、どもりながらアタフタしている。 ひとまず彼が落ち着いてから、残りのマカデミアナッツラテが無くなるまで、もっと突っ込んで聞いてみるとするか。 週明け、銀髪のチームメートをからかうことにして。 「ねぇ仁王。意外な趣味持ってるんだね。けど、あんまり恋人に無理なプレー押し付けると、逃げちゃうかもしれないよ?」 「…何ね、急に。何のことかわからんき」 六本木のカフェにて@仁王雅治 No.3 ―幸村くーん、ちょっと相談があるんだけど。 妹がかねてから行きたいと熱望していたお台場の未来博物館へ、たまの休みなのでつきあってやるかと思っていた矢先に母親の知人にたまたまチケットをもらった。 これはもう『妹孝行をしなさい』との神様のお告げか何かに違いないと妹と一緒に行く予定だったのだけれど、最近の急激な気温差にすっかりやられてしまい、彼女はいまベッドでうんうんうなされている。 それならば体調が回復してから一緒に行こう。 今回は諦めて……と思えど手元のチケットの有効期限は残り僅かで、妹の体調回復を待てば紙くずになってしまうほど、期限の猶予がなかった。 自分ひとりで行ってもしょうがないし、誰かを誘うにも急すぎるので、チケットをくれた母親の友人には悪いが今回は破棄するしかない。 しかし妹はベッドで顔を真っ赤にしながら、一人でもいいから行ってきてくれと懇願してきた。 (俺一人で行ってもね……しかも、お台場だし) 今回は残念だけどやめよう。 その代わり、良くなったら一緒に行こう。 そうにっこり微笑んで、妹の頭をぽんと撫でたのだが、何も妹の『一人で行ってきて』はチケットがもったいないからという意味合いでもなかったようで。 『おにぃ…ちゃん、ドームシアター…みて、きて』 詳細を聞けば、未来科学館で上映しているプラネタリウムで現在期間限定の特別プログラムをやっているらしく、参加者にささやかなプレゼント配布があり、どうしてもそれが欲しいんだとか。 (つまりはどら○モンの映画みたいなモノかな?) そもそも、そのプラネタリウムの粗品が欲しくて、『お兄ちゃん、未来科学館連れてって?』だったのか。 後ほどインターネットで調べてみれば、妹のいう『特別プログラム』も週末で終了するのでチャンスは妹と行く予定だった日しかない、と。 (やれやれ、仕方ないな) 気になる美術展や好きな作家の展覧会ならどんなに遠くで開催されていても、一人で向かうのは何てことはない。 けれどさしあたって惹かれるものが無い場所に、電車を何本も乗り継いで時間かけて移動するのは一苦労……と切り捨てることができないのは、可愛い妹の頼みだからか。 臨海線テレポート駅で降り、改札をくぐったところで少し前を歩く金髪の後姿が、どこか見慣れた人物な気がして声をかけたら、やっぱり見慣れた顔が振り返った。 確かに彼は東京出身なので神奈川で会うよりも東京でばったりの方が会う確立としては高いのかもしれない。 23区広しとはいえピンポイントでお台場という観光地で会うなんてどういう偶然なんだと純粋に驚いたものだが、彼のほうはいつものほんわかノホホンとした雰囲気で『まじまじすっげぇ〜、こんな偶然あるんだねー!幸村くん、ひとり??』―口を開けばエンジン全開、元気いっぱいで近づいてきた。 妹の目的―ドームシアターの上映までまだ少しあるし芥川も特に急いでいるわけではなさそうなので、立ち話も何だからと駅前のベンチに並んで腰掛けて数分。 一人でいる理由を簡単に説明すれば、同じような理由で芥川も台場に来ていると知り、さらなる偶然に驚きが増えた。 いわく、ショッピングモールの大きなキャラクターショップに台場限定商品が出ており、どうしても欲しいがどうしても部活で行けないという妹の泣きの頼みに、寝るしか予定がなくコタツでゴロゴロしていた次男に白羽の矢がたったとか何とか。 『おかーさんが電車代とお昼代くれるっていうしさー、ヒマだしいっかーって』 自身と芥川では元々の予定がまるで違うが、互いの妹が兄に頼む願い事だけ見れば似たようなものか。 さらには幸村の行き先・未来科学館については『小学校以来かも』と懐かしがり、妹が使うはずだった2枚目のチケットも持ってきていたため、何となくノリで誘うと目をキラキラさせて『行く!アシモみる!!』なる元気いっぱいな声が返ってきたので、それならばと腰を上げて、肩を並べ科学館へ向かうことにした。 10分ほどの道のりを歩いていると、妹の話から最近の立海見学の話になり、さらには特定のチームメート……幸村にとっては直属の後輩の話題になった。 芥川の見学目的といえば丸井で、練習後に遊びに行く面子といえば丸井に加えジャッカルや仁王といった同学年のチームメートたちが多い。 たまに学年のひとつ下な切原が混じることもあるようだが、基本的には丸井を中心に出来上がる輪の中にいるため、ピンの切原とサシで出かけることはなさそうなものだ。 けれども芥川から出てくる言葉の一つ一つを拾うと、どうやらここ数ヶ月は丸井ではなく切原と練習後に遊びに行くケースが増えているようで、にやにやと怪しい笑顔の丸井に『悪ぃ、ジロくん。今日も俺、だめなんだ。すぐ家帰ってチビどもの面倒みねーと。そんかし赤也置いてくから』と言われるんだとか。 それなら切原だけでなく、ジャッカルも誘おうと視線を投げれば『ジャッカルもだめだ!こいつはラーメン屋の店番があるしな』なる台詞とともに丸井に腕をつかまれ、ジャッカルは引きずられていくらしい。 『丸井くんもジャッカルも、いそがしーんだね』 でもたまには遊んで欲しいと頬を膨らませる彼のリアクションが同年代とは思えず素直に『可愛い』と感想を抱きつつ、丸井とジャッカルの『忙しい』は芥川の想像とはてんで違うものだと察して、まったく自身のチームメートらは何をやっているんだか―少々呆れてしまった。 「今度丸井もジャッカルも駄目だったら、俺誘ってよ」 「えー?でも、いっつも丸井くんが」 「ブン太?何かいうのかい?」 「幸村くん、真田、柳のビッグ3は基本的に常に忙しいから、部活後に立ち食い・買い食い・ゲーセン行く余裕も時間も無いって」 「…へぇ」 「オレに付き合えるのは丸井くんとジャッカル、仁王、切原、たまに柳生くらいって言うからさー。でも最近いっつも丸井くんもジャッカルもダメで」 「仁王と柳生も?」 「仁王は来そうな時もあるけど、結局こない。なんか柳生と先に約束してて、いっつも二人で帰っちゃうんだよねぇ」 「毎回練習終わりにどこか行ってるの?」 「最初はそうでもなかったけど、高校入ってから寄り道するようになったかも。オレは別に丸井くん用事あんなら帰ってもいいんだけどさー」 「丸井が帰っちゃダメだって?」 「よくわかんねぇけど、切原がヒマしてるから丸井くんの代わりに切原連れてご飯とゲーセン行ってこいって言うんだよね」 「…なるほど」 「センパイの役目?なんだって」 「先輩、ね…」 「たのしーけどさ。切原も毎回俺でいいんかねぇ」 「え?」 「だって丸井くんと中学の時から学校帰りによく遊んでたっていうしさー。週一とはいえ、ここ最近はずーっと、丸井くんじゃなくて俺っしょ? 「丸井じゃなくて、芥川と遊びたいんじゃない?」 「へ?」 「でなきゃ毎回、他校生と二人っきりで遊びに行かないだろ」 「そういうもん?」 「そういうモン。芥川がいいんだよ、赤也にとっては」 「…幸村くんが言うならそうなのかなぁ。えへへ、じゃああの相談も、オレがのってもいーのかも」 「相談?」 「あ」 「ねぇ、赤也が何か相談してるのかい?」 「あ、えーっと、その…」 「まぁ、だいたい検討つくけど」 「え?!うそ」 「『好きな人がいるんス』とでも言われた?」 「!!」 「『その人、他校生で年上なんスけど、最近会う機会が増えて』」 「!!!」 「『笑顔がすんごく眩しくて、年上とは思えないくらい可愛らしくて元気な人なんッス』ってね」 「すっげぇー!まじまじすっげー、幸村くん、すごすぎ!」 「あれ?当たっちゃった?」 「ちょーすげぇ、さすが立海の部長!なになに、幸村くんも切原に相談されてたの?!」 「う〜ん、どうだろうねぇ」 −チラっとたったいま聞いた情報だけで予想してみただけですけどね。 そっと心の奥で呟きつつ、大変素直な反応についつい笑ってしまった。 (赤也…本人にそこまで言って気づいていないんだから、もっと直球にいかないとダメなんじゃないかな?ふふふ…) 週明けの部活、1対1で軽くもんでやるか。 丸井や仁王たちのように可愛い後輩のため一肌脱いでやるか、はたまた傍観者で徹して外から眺めるだけにしておくか。 まるっきりわかっていない芥川の隣で、当の本人から後輩との最近の交流を聞いいる今、傍観者といっても片足突っ込みそうな気がしてならないけれど。 ひとまず未来科学館を楽しんだ後、芥川の用事もすませて一緒にご飯でも行くことにしよう。 『幸村くーん、ちょっと相談があるんだけど』 用件をすべてすませた後に向かったダイバーシティのフードコートで、芥川の語る「相談」が、いままで切原からされてきたらしい恋話の数々だったため妙におかしくてさらに笑ってしまった。 芥川としては真剣に、『丸井の代わり』として年下の相談にのりたいため、渦中の後輩が芥川以外に相談している(と芥川は思っている)幸村へ、他の意見も聞きたいと話してくれているのだが。 さて、どうしたものかな。 何なら後輩・切原赤也が芥川の中ではどんな存在で、今後どのように化ける可能性があるかを探ってみるとするか。 少々うきうきしながら、芥川の話に頷きつつも『幸村精市・神の子のお戯れ(とは後に今件を聞いた柳が命名)』が始まった瞬間だった。 「ねぇ赤也。好きな人にはストレートに、面と向かって言ってあげるほうがいいよ?あの子、壊滅的に鈍いと思うんだけど」 「ぶ、部長…?どういう意味ッスか…あの子って?」 お台場の路上にて@切原赤也 No4.And then...? 丸井ブン太 仁王雅治 切原赤也 立海大付属高校の先輩後輩3人が、仲良く部室で着替えていると委員会を終えた部長様がやってきた。 おもむろに三者それぞれかけられた言葉に目が点、意味がわからず互いに顔を見合わせる。 「は?ゆ、幸村くん。それ、どういうこと?」 「…何ね、急に。何のことかわからんき」 「ぶ、部長…?どういう意味ッスか…あの子って?」 「ふふふ。まぁ、三人とも頑張って」 「「「どういう意味(ッスか)?」」」 「好きなんでしょ?あの子のこと」 「「「あの子?」」」 「今日、練習みにくる日だね。もうフェンスのところにいるかな?」 「「「!!!」」」 「…幸村くん、何知ってンだ?」 「丸井の想いが適うかどうかは、丸井次第ってね。あ、そうなれば仁王と赤也は失恋、か」 「何のことかわからんけぇ」 「彼、ストレートに言わないとわからないタイプでしょ」 「…アイツと何か話したんか」 「さぁ、どうだろうね」 「ぶ、部長〜失恋って、何スか」 「ほら、赤也。このままじゃ先輩二人に負けちゃうよ?立海として、負けはいけないな」 「ッス!勝つッス!!」 「そう、その調子」 「「俺らも立海なんだけどな」」 要領を得ない部長様の、妙に訳知り顔な言葉の数々。 けれども幸村は別に隠したりはぐらかすつもりは無いようで、連続でみた妙にリアルな夢をそれぞれ語ってくれた。 「「「ゆめ…」」」 「今でも耳に残ってるんだよね。彼の『相談があるんだけど』って声がさ」 さらにはおあつらえ向き、丸井、仁王、切原ともに同じ人を想っているのだから、いずれどれかしらが正夢になりそうで、それはそれで面白いから発破かけようと思ってと清清しいほど晴れやかな笑顔で微笑まれると、三人とも何も言えなくなり目を見合わせて黙り込んだ。 −いえ、ライバルといわれればライバルなんですけどね。 互いに確認しあったワケではないですけど。 「ぶちょお…なんで、丸井先輩と仁王先輩は恋人同士で、俺はそんな扱いだったんスか」 「ふふ。でも、赤也が一番現実味がありそうじゃない?」 「えぇ〜?俺、本人に恋愛相談なんて出来ねぇッス」 「してみなよ」 からかい半分で切原をつっつく幸村に、そそくさと着替えた丸井と仁王は『かきまわしてくれるな』とため息をつきながら揃ってロッカーを閉めた。 (…赤也はともかく、ジロくんのことは正々堂々と勝負だからな) (望むところじゃけぇ。けど、赤也に幸村がつくとなると面倒なことになりそうやの) (何考えてっかわっかんねーしなぁ。タチ悪ィよ、まじで) (完全なる退屈しのぎナリ) (…だな) 互いに顔を見合わせあったクラスメートでもある二人は、『神の子のお戯れ』が軽いものでありますようにと願うしかなかった。 しかし、その静寂もコンコンなるノックとともに姿を見せた金髪の『三人の想い人』登場によって破られる。 そして彼が用事があるのは、練習を見に来る目的・丸井でも、仁王でも、ましてや切原でもなかったようで。 「やぁ、芥川。どうしたんだい?」 「幸村くーん、ちょっと相談があるんだけど」 「「「え?!」」」 先ほど幸村に聞いた三者三様の夢語りが脳裏にくっきりと蘇り、着替え終えた二人と、いまだ制服姿の切原はピタっと動きを止めて、部室のドアからにょきっと顔を出した他校生に釘付けになる。 一緒に『相談』を聞きたいところだけど、あえての『幸村くーん』なので同席は神の子が許さないだろう。 かといって彼が帰った後で教えてくれるとも思えない。 すべては部長の意思ひとつか。 素早く『無駄』と見切りをつけて、仁王はラケットを取り出し部室を出ることにした。 つづく丸井も、あとで芥川をつっついてみることにして、同じくラケットを抱えて部室を後にする。 先輩二人に続かなければと急いでジャージに着替えた切原も、同じくラケットをバッグから取り出しコートへ向かった。 はたして、どんな『相談』をしにきたのか… (終わり) >>目次 |