大学生・忍足侑士の2月14日



今週に入ると珍しくも都内では雪がぱらつきだし、急激に下がった外気に正直まいってしまった。
何よりもエアコンを切ると部屋がぐっと寒くなるため、朝はなかなかベッドから出てくるのが億劫で、目覚ましと同時にリモコンで電源ONにして、部屋が暖かくならないと起き上がれない。

そう思うと、外が暑かろうが寒かろうが毎朝早起きして朝食をつくり、遅刻しないようにいいタイミングで起こしにきてくれる同居人には頭があがらない……のはベッドで丸くなっている部屋の主の率直な感想だろう。


「ほーら、そろそろ起きんと」


アラームとともに無意識で着けられたであろう部屋のエアコンをOFFにして、ベッドの主の耳元で心地よいテノールを響かせる。
もわんとする、暖かいというよりも暑い室内に、起こしに来た『早起きの同居人』は眉を潜めるものの、いくら設定温度を下げてもその日の夜には『中々起きれないベッドの主』が設定変更してしまい、翌朝にはまた熱帯地域かといわんばかりのモワモワ暑い部屋に出迎えられてしまう。


「まぁたこんな設定温度高いし。省エネいう言葉を知らんな、こいつは」


無駄だと知りつつ、エアコンのリモコンを操作し設定温度を下げて、壁のリモコンホルダーへおさめた。
これだけ暖かければベッドから出れないことも無いはずだが、特に寒くなった最近は、声をかけないと布団の中から顔を出してくれない。


「ジロー。早よせんと、あつあつワッフルが冷めてまうで」

「んー…」


昨夜リクエストされた『朝ごはん、ワッフルがいいな。生クリームとメープルシロップでしょ?チョコソースかイチゴ、どっちがいいかなぁ』なる希望。
アレコレ注文つけながら就寝した寝太郎のリクエスト通り、数時間後いつも通りの早起きでキッチンに立った眼鏡の彼は、せっせとふわふわワッフルを焼いて、生クリームをホイップし、フルーツを煮詰めて『メープル・チョコ・イチゴ』といかなる希望にも対応できるよう滞りなく準備を行った。

寝起きは頭が覚醒せずすぐには食べれない………なんていう彼ではなく、起きるまでが葛藤だがベッドから降りたら行動は早く、ものの数分で洗顔〜着替えまで終えてテーブルにつき、そのまま食事にすすめるタイプだ。


「わっ…ふ、る…」

「アツアツのふわふわ。起きないと、俺が食べて―」

「…だ、め」

「ほーら、顔出して。おはよう」

「ん…っ…おは…よ…」


くぐもった声ながらも返事をしたので、そのまま布団をめくりあげると、いつもはふわふわな金髪が寝癖でバクハツしており、半開きの目はどこか焦点があわないまま、じっと眼鏡の彼を見つめているのかいないのか。
こんなにも暑い室内なのに、布団がなくなった途端に『さむい…』と呟いて、両手をあげて大きく伸びてから、これまた大きなあくびをした。


「ん……かお、あらってくる」

「いってらっしゃい。終わったら、ちゃんと着替えて朝ごはんやで?」

「んー…」


起き上がり部屋を出て、フラフラしながらも洗面所へ向かっていく彼の後姿を眺め、どこか幸せで温かい気分になりつつ、部屋の主のいない間に窓を開けて空気の入れ替えを計る。
いるとやれ寒い、閉めろと煩いし、確かに外気は肌を刺す寒さで入ってくる風も相当な冷たさなのだけど、温かいを通り越してもわんとしている部屋にはちょうどいいだろう?
それに、冷たいけれど、冬の風がどこか心地よくて気が引き締まる。

……なんて何べん言っても、洗面所でサッパリしている彼にはわかってもらえないのだけれど。

それでいて別に寒さが苦手なわけではなく、外出時にさほど着込む方ではない。
小さい頃から冬空の下でも元気いっぱいに公園で遊んでいたというし、高校時代の朝練習も『冬だから』と嫌がることもなく、皆が寒がって縮こまる中、『さむいぃ〜』と言いながらも、いの一番にコートへ向かいラケットを振り回していた。

けれど室内……とくに自分の部屋では別らしく、暖房を強めて部屋を常夏にしてから短パンとTシャツで過ごしたがるので、温度を下げて洋服を着込む忍足とはその点で意見が合わない。
まぁ、本来はリビングルーム含めどこでも常夏にしようとした慈郎を言い聞かせて長袖を着せて、唯一就寝するときだけ『おやすみタイマー』を入れることを条件に、慈郎の自室の常夏設定に眼を瞑っているのだが。
ただし『夜と寝るときのみ』と言い聞かせても朝部屋に入るとつけっぱなしで常夏になっているため、こうなったら寝室を一緒にして寝るときまでも管理してやろうかと、忍足は最近企んでいるらしい。
今のところ全力で拒否されているけれど。


「わぁ、うまそー」

「リクエスト通りのふわふわワッフルと生クリーム。ソースは好きなのつけて、食べてや」

「えへへ、ありがと」


チョコレートソース
メープルシロップ
ストロベリーソース

3種類並べられたソースを見比べながらも、まずは眠気覚ましにコップ一杯の水を飲んで、器用にナイフとフォークを入れ一口サイズに切ったワッフルへ生クリームを添えて、そのまま口へ運んだ。
焼き立てのふわふわ生地と、固めにホイップされた生クリームの絶妙なバランスに感動したようで、ベースのワッフルの美味しさに満面の笑顔で頷き、次はメープルシロップで一口、チョコソースで一口、とちゃんと3種類すべてを味わいあっという間にたいらげた。

 
「はい、どうそ」

「う?なに?コーヒー??」


湯気をたてているカップを受け取り見てみると、いつものコーヒーにあわ立てたミルクを入れたカフェオレよりも色が濃い気がする。
それに、香る匂いも甘く、ココアのような甘いホットドリンクに思えたが、惜しかったようで『ホットチョコレート』なのだという。


「めずらしーね。だいたいココアかカフェオレなのに」


ご自慢のエスプレッソマシンでカフェラテやカプチーノといった、バラエティに富んだエスプレッソ系ドリンクを淹れることはあるけれど、カカオ系ならカフェモカはともかくホットチョコレートを作ることは、同居して今まで思い返してみても一度もない。


「バレンタイン」

「え?」


―2月14日


壁のカレンダーを一瞥する彼の視線を追うと、本日の日付、2月の14日。
祝日でもないし、ましてやこの国では昔から基本的に女の子のイベントなので、今日がその日だという認識がなかったけれど、言われてみればピンクと赤の装飾、ショーウィンドウ、ディスプレイ……最近の目にした街の様子は、どこもかしこもチョコレートイベントでいっぱいだったか。


「俺からのバレンタイン、ってな」

「…ん、おいしー」


聞けば英国の跡部にわざわざ送ってもらったチョコレートらしい。
ヨーロッパで屈指の人気を誇るショコラティエのお店で、跡部家とも懇意なため特別にドリンク用のチョコレートとして配合してもらい、温度調整もバッチリきかせてVIP待遇で空輸したんだとか。


(跡部ってば…)


となるとコレは、跡部と忍足からのバレンタイン・チョコドリンクか。
ボソっと呟く芥川に、『何言っとん?!俺のリクエストした材料を送ってくれただけやで?送料も品代も払っとるっちゅーねん!』と間髪いれずに否定し、あくまで跡部は輸入代行業者的な位置だと言い切った。

ただ、『ええ感じのチョコレート屋のホットチョコ用の粉でもあったら、日本に送ってや〜』なる気軽なメールに、英国の御仁があれこれ動き回り、既製品ではなく一から依頼し『スペシャルワン』なものを作り、送ってきただけだ。
その『送料・材料費・品代』を本気で起算すれば、到底忍足に払える額ではない。
当初跡部に伝えた予算と英国→日本の送料を概算し、それと同額程度の品(日本おもしろグッズ・B級お菓子)を跡部へクリスマスプレゼントとして昨年末配送した。
その際に、『ええ感じのチョコ関連』リクエストをメッセージカードに添えてみたら、予想外の ―いや、ある意味想定内か?
そういう跡部を散々みてきて知っていたので、相変わらずだと届いた品のゴージャスさについつい笑ってしまった。

世界でただ一つのドリンク用チョコレートの他に、王様いわく『ジロー好みのチョコレート詰め合わせだ』と、芥川をイメージしてこれまた作ってもらったらしい贅沢な一箱。それだけでなく、『お前が好きなテイストのトリュフセットだ。味わうんだな』と、ハーハッハなる高笑いが聞こえてきそうなメッセージカードの一文を読んで、ちゃんと忍足用のものも贈ってくれた跡部への友情、感謝、愛情、と色々込み上げるものがあったものの、慈郎用の一箱は後で渡すことにした。

一番最初は、やはり自分からでないと。


「気付かなかったよ〜。何も用意してないや……ごめんね?」


少し申し訳無さそうに、困った顔をして首を傾げるその姿が可愛くて仕方ない。
唇の端にホイップクリームをくっつけて気付いていない彼を引き寄せ、覆いかぶさるようにチョコレートの香る唇へ触れる。


「んっ…」


合わせる瞬間、薄く開いた彼の唇へそのまま舌を割りいれて、おずおずと絡めてきた彼の口内を確かめるように味わい、チョコレート・キスを満喫する。
放した唇で『朝なのにぃ…』と照れくさそうに呟いた彼の金髪をぽんぽん撫でて、愛しげに目を細めて笑った。


「お前からのバレンタイン、もろたわ」


じっと忍足を見返ししばらく無言だった慈郎だけど、これ以上無いくらい甘い笑顔を向けられ、耐え切れずに視線を外して照れ隠しなのかカップを両手で持ち直し、ズズズーと音をたてながらホットチョコレートを飲みだした。


「…見んな。穴、あくし〜」

「はいはい」


食事を終えた慈郎のプレートとカトラリー類をシンクへ運び、片付け終えたらあの爆発した金髪を何とかしようと決めて、鼻歌うたいながらスポンジに洗剤をなじませ皿洗いを始めた。


かいがいしく世話をやいている今の生活は、かなり充実して楽しいらしい。





(終わり)

>>目次

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忍足侑士のHappy Valentine' day!
侑士の夢かな、こりゃ。

忍ジロでサラっとした短編を書こうとすると、なぜか同棲甘々カップル話になってしまうような。
基本ジロちゃんは誰からも甘やかされそうですが、侑士くんは爪まで切ってあげそうですネ。

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