中学2年・鳳長太郎の2月14日



引退したテニス部3年のメインどころが久々に揃ってテニスバッグ持参で登校した。
女生徒たちは『久しぶりにテニスコートで勇姿が見れるの?!』と色めきだったものの、実際は元部長関連のジムで打ち合うらしく、放課後の氷帝学園テニスコートに姿を現すこともなく、元テニス部面々は足並みそろえて校舎を出て行ったという。


部長が代替わりしたとともに第2・4週目はオフだった金曜日を始め、既存のスケジュールが変わり今では金曜も『練習日』で全員参加必須となっている。
ただ今週だけは特別で、2月14日という女生徒の一大イベントなため、早々に『今週の金曜は自主練』と新部長が予定を変えた。
なんといっても去年の光景……観客席を埋め尽くす女生徒たちとその黄色い声援が凄すぎて、正直練習にならなかった昨年の2月14日。
先輩たちの人気が異常だったのだとわかってはいても、それでも彼らが引退した今も練習を見学・応援しにくる女の子たちは多く、昨年の同日に当事中学1年生だった今の新レギュラーメンバーが貰ったチョコレートの数をとってみても、相違ない数が今年も来るかもしれないと思えば練習オフが最適な気がする。

早々と判断した新部長は、ショートホームルームが終わったと同時にとっとと自宅へ帰ってしまったのか、駆け足で校舎を去っていく姿が多くの在校生に目撃されている。
対する副部長も、『自主練』とはいえ今日という日に部活に出るのは遠慮したいし、何よりも夜は家族で食事に出かける予定なので、部長に倣いさっさと学校を出る方が良いかなと思いつつも、カバンに入りきらないチョコレートを用具室で調達したダンボールにつめて、一旦整理しようと部室を訪れた。


「お、長太郎じゃねーか」

「宍戸さん?!」


テニスコートには一部の1年生がいるのみで、2年の大半は『自主練』になった金曜日を歓迎しオフを選択している。
1年にとっては自由にコートを使える数少ない日だと、生き生きと楽しそうに練習に励む姿をみて、『自主練』の日は後輩たちのためにも外に打ちに行くのもいいのかもしれないと、どこか微笑ましい気持ちで後輩をウォッチし、入った部室には何故か見慣れた3年生たちの姿。

ただでさえイベントで校内の女生徒らが浮かれ、そわそわしているというのに、重ねてテニス部の有名な先輩方が一様にテニスバッグかついで登校してきたという噂はすぐさま鳳の教室にも届いた。
今日は『自主練』だけど先輩方は練習に顔を出してくれるのだろうか?
それならば出る予定は無かったけど部活に出て、先輩たちと打ち合いたい……なんて思っていたけれど、昼過ぎにその噂は『部活には出ないらしい』となり、放課後には『跡部様のジムにー』と変わっていき、多少はガッカリした。
自身も先輩たちと一緒にATOBEジムで打ちたい気持ちはあれど、家族団らんの夕食に備えて早めに帰宅しければならないため、部活ならばともかくATOBEジムに移動してそこから打って―となると時間的に厳しいから無理か。

そんな諦めにも似た感情のまま、それでもチョコレートの整理はしないとスムーズに帰れないので、誰からも邪魔されない空間として部室を選んだのだが、そこに思いも寄らない人たちがいたため面食らってしまった。


「えらい数やなぁ、鳳も」

「すげぇじゃん、ダンボールから溢れてるし」

「忍足先輩、向日先輩も」


皆制服姿だが、テニスバッグが転がっているのでやはり打ちに行くのだろう。
ソファに思い思いに腰掛けて、部室のコーヒーメーカーで淹れたらしいコーヒーと、跡部が持ち込みそのまま部の備品となっているティーポットがテーブルに置かれ、何やらお茶菓子と温かい飲み物でまったりしている光景がどこかおかしく、懐かしいものだった。


「先輩たち、どうしたんですか?今日、跡部さんのジムに行くってー」

「ああ、えっらい噂になっとったなぁ。まぁ、ほんまやけど」

「これから跡部んとこのジムで打つんだけどよ、肝心のヤツがまだ来てねーんだ」

「クソクソ、跡部のヤツ。終わったら即正門待機とか言っておきながら、自分は所用で少し遅れるから待ってろって」

「10分くらい待ってんのに来ねぇし。寒いからずーっと正門で待つなんて、まじまじ無理ー!」

「あぁ、それで部室、ですか?」


そしてそのままティータイムとなっているのか。
見れば忍足はブラックコーヒー、宍戸がレモンティ、カフェオレにしているのは向日で、芥川はミルクティと見事に皆ばらばらだ。
さらには先輩方のうちの誰かが持ち込んだらしいお菓子がテーブル中央にどんと置かれており、芥川と向日を中心に消費されているらしく、甘いものはさほど食べない忍足も珍しく手を伸ばし、手作り感のある素朴な菓子を口に運んでいる。


「鳳もお茶する?」

「まだお湯熱いしコーヒーも残ってっから。紅茶でもどっちいいぞー」


そう言うとさっと立ち上がり、棚から綺麗なカップを取り出してテーブルに置いた芥川に、鳳は紅茶だろうとティーポットへ電子ケトルのお湯を注ぐ向日を眺めながら、一杯のお茶を先輩たちと楽しむ時間くらいはあるだろうとあいたスペースに腰をおろした。


「バレンタインのプレゼント、ですか?」


何気なく先輩方が手に取っている焼き菓子をチラっと見れば、一目で手作りとわかるいわゆるクッキーのようなもので、大きさはバラバラ、形はいびつ。
きょうびの女子生徒の手作りにしては『初めて作りました』的なものに近く、とても人へのプレゼント用とは思えないのだが、それでも先輩方皆が躊躇なくばくばく食べている様子を見れば余程味が美味しいのか、それとも誰かの妹や姉の手作りだとでも言うのか。
そんな鳳の疑問は何れもハズレて、意外な人たちの―いや、聞けば先輩方が抵抗なく食べているのには納得する、そんな人が作り手だった。


「オレと宍戸が作ったんだよ〜ん」

「え?ジロー先輩と、宍戸さんですか?」

「今日ね、家庭科の授業で実習だったんだ」


聞けば芥川と宍戸の3年C組の4限は家庭科の調理実習だったらしい。
本来はお菓子ではなかったのだが、先週の授業で女子のリクエストにより、2月14日の実習は『お菓子作り』になり、各班で内容をつめて各自材料持ち寄り、今日という日を迎えたようだ。
班編成は自由だったため宍戸が芥川を引き取る形になり、二人は同じ班でせっせとお菓子作りに励み、その成果がテーブルの中央にドカンと置かれた焼き菓子の数々だという。


「色んなのがあるんですね」

「形はいびつやけど、味はまぁまぁやで」

「ま、生地のベースは女子がちゃんとやって、俺ら形作っただけだしな」

「面白かったね〜」

「ジロー、お前は遊びすぎなんだよ。クッキー生地でミニチュアシルバニアフ●ミリーなんて作るから、壊すに壊せねぇし」

「焼いたんですか?それ」

「女子の反対にあって止めた。中まで火が通らねぇんだと」

「残念だったよね〜。パーツごとに作って、あとでくっつければお菓子の家になるって後で教えてくれてさー。そうすればよかったー」

「ジロー先輩、お菓子の家作ったんですか?!」

「シルバニ●ファミリー?潰して生地に戻した〜」

「ほんっっっと、気まぐれすぎんだよ、コイツ」


隣の芥川の金髪をコツンと軽く小突き、3-Cコンビ作のチョコチップクッキーをかじる宍戸は、お菓子の家を断念した芥川が次にやりだした家庭科での出来事を語り、その都度、向日と忍足は『さすがジロー』と芥川の行動の徹底ぶりに感心と呆れを示す。


―女生徒Aが柔らかめのさくさくクッキー生地をしぼりに入れて、天板へ絞って形づくりながら生地を流していく作業中。
混ぜる作業を手伝っていた芥川に、女生徒Aが『ジローくん、やってみる?』と絞りを渡してくれたので、ウキウキしながらまるで絵を描くかのように一枚の天板を大きくつかって細やかな形を作り出した。
歓声があがりつつも先生は『これを焼くのは……どうかしらね』の一言で微妙な空気になったものの、女子の『やってみよっか』で焼きにトライ。
…が、案の定、細やかすぎて線も細く、結果焦げた。
(焦げてない部分はその場で数人の男子が胃におさめたらしい。ちなみにAちゃんは、残りの生地でちゃんとした、可愛らしい美味しいさくさくクッキーを焼いていた)

―チョコレートでトリュフ制作時、女生徒Bが可愛らしくボール状にコロコロ形づけて、男子Bがココアをまぶすコンビワークのさなか。
『オレもこねてみる〜』と手をだして、仕上げまで一人で行ったチョコレートトリュフはまさかの形。冷やし終えたバットを取り出した女生徒Bは、中から出てきたチョコレートボンボンに一瞬我が目を疑った。
まん丸を想像していたら、どう見ても小さめの練りきりや団子にしか見えない、色がチョコレートな和菓子たち。
よくもまぁあんなに柔らかいチョコレートを、こんな形に出来たものだと感動すら覚えた芥川の和菓子型ボンボンは、女生徒Bの希望により大半を彼女が持ち帰った。

―女生徒Cはオーソドックスなチョコクッキーにトライ。コンビの男子は宍戸である。
…が、いい勝負ができるくらい、女生徒Cも宍戸もなかなかに酷い手つきだったため、オドロオドロしいものが出来上がりそうになったが、そこはお菓子作りが得意の前途の女生徒Aが見るに見かねて手伝ってくれたおかげか、生地だけは美味しいものになった。
ちなみに女生徒Aのコンビが芥川だったのだが、一人でテキパキこなしてしまうAちゃんのおかげで、芥川はBチーム、Cチームにも好きに移動しあちこちで手を加えたらしい。形作りをする宍戸、女生徒Cのそばで、芥川も手でこねこねしながらクッキーの形作りに挑戦。……ただし、この時のモチーフに恐竜のフンなんていうアホなものを作り続けた結果、前半に炸裂した芸術性なんぞ皆無な、いかにも『初めて作りました』的なクッキーとなった。


「じゃあ、このクッキーは」

「宍戸のチームが作ったヤツだよ〜。オレも形作ったけど」

「さくさくのヤツもあったけど、先に無くなっちまった。ほとんど岳人が食って―」

「一瞬で無くなったなぁ。俺も1枚しか食うてへん」

「売りモンっつーぐらい美味かったからしょーがねー。正直、亮のクッキーとは次元が違うし」

「うるせー」

「チョコのトリュフもちょっとあったんだけど、そっちは忍足が食べちゃったC」

「しゃあないやん。練りきりの形やねんで?そりゃ食うやろ」



となればテーブル中央でどんと主張しているバラエティに富んだ形のものは宍戸チーム作のクッキーで、ところどころに散らばっている真ん丸いボコボコしたものは、芥川作にいわゆる『恐竜の糞』か。
(ただし、その形はリアルなものではなく芥川が昔プレーしたゲームに出てくる『恐竜の卵』や『恐竜の糞』らしい)


「じゃあ……いただきます」


オーソドックスなクッキーを手に取り試してみると、さすが生地は『プロ級』のAさんが手伝ったこともあってか、今まで貰った手作り菓子の中でも上位の部類だ。
微妙なのはその形だけで、先輩たちが食べ続けているだけあって味は相当うまい。
幾分ほっとしながら、2枚目の恐竜のアレ型のものに手を伸ばした鳳の手が、宍戸の『そういえば』なる切り出しで止まった。


「ほら、長太郎。やる」

「え…?」

「今日誕生日だろ」

「あ、はい」

「大したモンじゃねぇけどよ、部活か試合の時に使えるだろ」

「!ありがとうございます、宍戸さん!!」


宍戸から渡された、テニス用品が入っているらしい袋を両腕で抱え、うるうると感激した様子でダブルスの最高のパートナーたる先輩を見つめる姿は、忠犬と言わずして何という!

―と、その場の3年生は思った。



「あー…一応、俺からも。最近出た新譜のピアノ集で、中々の演奏やで。リラックスにええやろ」

「んじゃ、俺はコレな。お前いっつも俺らの誕生日も律儀にくれるし。たまにはこういう漫画でも読んどけ」

「忍足先輩に、向日先輩……ありがとうございます!」



その時、ミルクティのカップを両手で抱え、コクコク飲んでいた一人の手が止まった。

―誕生日、ですと?



(あ……そういえば、鳳ってバレンタイン生まれだったっけ)


カップを置いて周りを見渡すと、忍足、向日、宍戸はそろいも揃って、事前に用意していた鳳への誕生日プレゼントなるものを渡している。
中高生の男同士でそんなものを贈りあうのか謎なところだが、この鳳長太郎という中学2年生は律儀で礼儀正しい少年ゆえ、先輩方の誕生日にはきちんと『おめでとうございます』の一言に加え、『ささやかなものですが』なるラッピングされたものを渡しているため、ついつい先輩方もお返しを用意してしまうらしく。

ゆえに何だかんだ、氷帝学園テニス部の一部仲の良いチームメートの間では、結果的にささいな誕生パーティだの皆でご飯だのお祝いだの。
とにかくそのような催しが行われたり、かの跡部様の手にかかれば跡部ッキンガム宮殿で盛大なパーティになったり、と近隣の中学生男子とは異なる誕生日の過ごし方をする率が高い。

ただし、唯一プレゼントの用意を忘れた芥川慈郎といえば誕生日は5月5日、国民の祝日にあたる日でバッチリ学校も休みならばテニス部も練習オフな日。
よって、他の部員と異なり誕生日をチームメートと騒いだり祝ってもらうことがあまりなく、だいたいは家族でお祝いして近所の幼馴染らも一緒に参加したりで毎年終わる。
大型連休や夏・春・冬休みにぶちあたる、とかく忘れられがちな誕生日グループに属する当人にとってみれば他人の、しかも後輩の誕生日なぞ無論覚えているわけはなく。
なんせ他のレギュラーはたいがい平日が誕生日で、唯一芥川と樺地だけが絶対にお休みの日だ。
それでも向日や宍戸ら幼馴染は祝ってくれるし、奢ってくれたりもする。
跡部は改めて別の日に豪華な夕飯とデザートをご馳走してくれれば、忍足と滝は快眠グッズをプレゼントしてくれたり、彼らの用事が無ければ5月5日の昼間は集まり、皆で出かけることもある。

でも、それが後輩となると話は異なるわけで。

部活でもテニスでもないのに、大型連休に後輩と会うはずもなく。
それがダブルスパートナーの宍戸と鳳や、組むことのある向日に日吉ならばともかく、芥川と鳳なんて接点皆無で休みの日に会う仲でもない。


(う〜ん、オレ、何かダメな先輩?もしや)


口々に『おめでと〜』なる声とともに和やかな雰囲気の部内で、何も持っていない3年生は自分だけだと考えてみるも、この日はバレンタインくらいの認識で後輩の誕生日云々は正直忘れており、むしろ他のメンバーがちゃんと覚えていて用意済なことに驚いたくらいだ。
向日も宍戸も、声かけてくれれば『連名』ということで一応は『ジロー先輩』からも、と追加できたのに………、なんて思うガラでもない芥川本人は、手持ちのものから何かあげよっかな〜なる軽い気持ちでリュックをあさり、奥に突っ込んでいた袋を取り出して目を輝かせた。



「はい、鳳。これ、オレからね!」

「えっ…」



先輩方に誕生日プレゼントを貰えただけで感激していた鳳は、まさか芥川からも何かが出てくるとは思ってはおらず、差し出された袋に驚き、一瞬表情が止まった。
さらには談笑していた忍足、向日、宍戸らも、覚えているわけがなければ、知っていても用意するはずがないと決め込んでいた芥川が、この流れに乗ったとはいえ鳳に差し出せる何かを持っていたことに驚いた。



「ジロー先輩まで……俺、感激です!」

「えへへ、どういたしまして〜」


この場の先輩全員からお祝いされるなんて予想外で、涙腺が緩みそうになるくらい感動している鳳を尻目に、まじまじと芥川を凝視していた宍戸はそのまま視線を袋へ移した。
半透明な袋で、中身は何やら食べ物だろうか?キュっと絞られた袋の先は、麻ひものようなものでリボン結びにされている。


「ジロー、なんだそれ」

「えー?宍戸知ってるっしょ。今日の成果」

「今日?………あ」


瞬間、宍戸の頭に本日の朝から放課後までがフラッシュバックし、中でも鮮烈だった家庭科の出来事が浮かんできた。
さくさくクッキー、チョコレートトリュフ、素朴なクッキー。
主に3種類を作っていた宍戸・芥川班だけれど、焼き上がりを待っている間、湯銭したチョコレートで遊んでいたのは目の前の幼馴染だ。


―材料は持ち寄り


先週の家庭科授業で、2月14日の実習で作るものを班ごとに決め、各自何の材料を持っていくか話し合って決めた。
薄力粉や卵、バター、キッチングッズら基本的な材料は学校が用意するものの、作るものが班ごとに異なるためメニューによっては必要なものは自分たちで用意するスタンス。
女子に言われるがまま、宍戸は粉砂糖と生クリームを用意し、芥川はココアパウダーとアーモンドプードルを持ってきた。
他に何か好きなものやトッピングしたいものあれば持ってきてね、とお菓子作りが得意な女生徒Aに言われ、宍戸は特になし!と担当の物のみ用意したが、芥川は最近好きなお菓子をカバンにいれて、材料に忍び込ませて実習室に持ってきた。


ムースポッキー?

いえいえ、ボリボリ食べれる、止まらない系のお菓子です。


「おまっ…それ、人にやんのか」

「えぇ〜?何で。いい出来だったでしょ?」

「食えねぇこともないけど、こー、なんつーか中途半端な」

「宍戸わかってないし」

「しょっぱいんだか甘いんだか、わかんねーじゃねぇか」

「オレ、好きだもん」

「お前が好きでも、それを長太郎にやんのは……市販のものならともかく」

「先輩の愛のこもった手作りっしょ〜?」

「ジロー、家庭科で作ったモンまだあったのかよ。なんでさっき出さねーんだ」

「コレはとっておきだから、皆で食べるヤツじゃないC〜。岳人もダメー」



開けて開けてと芥川に急かされ、呆れ顔の宍戸に見守られながらゆっくりと麻の紐をほどき、中身をあけてみると…


「これは…チョコ、ですか?」

「手作りかきのたねチョコだよ〜。売ってるやつソックリだろ?」

「バーカ、柿の種は市販なんだから、チョコくっつけただけだろ」

「宍戸ウルサイ〜」

「食べたことないです。かきのたね」

「!!まじか、長太郎」

「え〜こんなにウマイのに、今まで未経験?!信じらんねぇ〜」


さすがお育ちの良い坊ちゃまは庶民の菓子なんて食べないんですね〜なんて向日と芥川がからかうと、ポテトチップスは食べますなる微妙な返しをされ、それでも宍戸と過ごすようになって『冷凍たこやき』『ラムネ』『駄菓子屋のアイス』といった庶民の楽しみも一つずつ覚えていったとか何とか。


「つまりは跡部みたいなモンなんか?」

「あそこまでのヤツはいねぇだろ。ジローに連れまわされて下町もB級グルメも経験したけどさ」

「ジローと岳人に、やんな?」

「侑士だって一緒になって連れまわしたじゃん」

「当たり前や。跡部を下町グルメにつき合わすなんて、そんな面白いこと、参加するに決まってるやろ」

「あの…」

「なんや、鳳」

「俺…、そんな、坊ちゃんとかじゃないです。普通の家ですし、跡部部長と同じだなんて、恐れ多い」

「ただのジョーダン。跡部みたいなのが2人いても困るだろーが」

「なんで?岳人。ちょーおもしろいじゃん、跡部が二人いたら」

「……お前くらいだ、ンな恐ろしいことでウキウキしてんのは」


袋に手を入れて、芥川作らしい(といっても市販の菓子に湯銭したチョコをつけだだけのもの)かきのたねチョコなるものを食べてみる。


…うん、なるほど。



宍戸の言う、『甘いんだかしょっぱいんだかわかんねー』に同意しつつも、何となくこのコンビネーションが後を引く気もする。
市販の柿の種チョコを買ってみようかな、と思うくらいは興味が出た、先輩の手作りプレゼントになった。


「あ…」

「長太郎?」



「俺、そういえば、このジロー先輩のかきのたねチョコが、今日最初のチョコレートです」


「「「「!!」」」」



「お前、いっぱい貰ってンだろ?ダンボール入りきらないくらいだし。ソンケーする『宍戸さん』より断然多いぜ?」

「うるせー岳人」

「いえ、貰ってはいるんですけど、開けてなくて」

「…となると、ジローのチョコが、バレンタイン最初に口にしたチョコっちゅうワケやな」

「ギャハハハ、何だよそれ!バレンタイン一号が、男の先輩のテキトーチョコか」

「ぶー!岳人、わかってないでしょ。コレはチョコをつける部分とバランスをちゃんと考えてコーティングしたんだかんね?!」



それに愛もちゃんと篭ってますとふんぞり返る芥川に、そもそも鳳用ではなく自分用に授業で遊び半分で作ったモンだろうがとの宍戸の冷静なツッコミが入った。
爆笑している向日に『男の先輩に偶然とはいえバレンタインにチョコをもらい、それが最初のチョコ』云々とサラっとまとめてさらに向日を笑わせる忍足だったが、続く『そういえば』なる台詞に皆の注意が向いたとき、さらに向日を爆笑させる一言を吐いた。


「…俺も、ジローのチョコがバレンタイン一号やん」

「は?!さっき食ってた亮とジローが実習で作ったチョコ?」

「言っておくが俺はクッキーしか作ってねぇ。チョコはジローだけだ」

「え〜?岳人それ、食べなかったっけ?」

「食ってねぇよ。侑士が全部取っちゃったし」

「いやいや、食うやろ?!だって、練りきりで花の形しとってんで?何や思うやん。味はフツーに旨いし」

「わーお。じゃ、忍足と鳳、オレからのチョコがバレンタイン第一号なんだね〜イシシ」

「あはは、そうですね。ありがとうございます」

「鳳。そこ礼言うとこちゃうやん。ンな無邪気な笑顔で…」



喜んでくれるなら良かったと天真爛漫な笑顔で鳳にブイサインを送る芥川だったが、同時に『樺ちゃんに味見してもらおうとしたんだった…!』の呟きとともにガーンなる漫画の効果線が見えるくらい表情を変えたため、その正直さについ噴出してしまい『カキノタネチョコ、あとで樺地と一緒に食べます』と安心させてやった。


尚、数十分後に現れた跡部元部長は、『かきのたねチョコ』にたいそうな興味を惹かれたようで、それでも鳳へのプレゼントを奪うような真似は出来ない、けれども興味がある、いや、しかし。

そんな葛藤が表情に出ていたためか、3年生たちは大爆笑し、芥川本人も『アトベ、しょーがないね〜』とATOBEジムでのテニス後、跡部ッキンガム宮殿で『かきのたねチョコ』を作ってあげると約束していた。
そんな芥川へ、『つーか買えよ、ちゃんとした柿の種チョコを』と突っ込む宍戸と向日の幼馴染コンビに加え、『跡部の人生初かきのたねチョコ……そんなオモロイ場面、立ち会わんと!』なんて呟いた忍足は跡部の蹴りを食らっていた。




先輩たちとのテニスは時間的にも出来ないけれど、3年生と部室でまったりとした時間を過ごし、ハッピーバースデーだけでなく『バレンタイン一号』なるチョコもいただいて、久しぶりに純粋に楽しい気持ちでいっぱいになった。


―日吉も帰らず部室に寄ればよかったのに。

後で日吉に今日のことをメールしようと決意し、残された帰宅までの時間いっぱいを先輩方と過ごそうと2月14日の夕方が過ぎていった。





(終わり)

>>目次

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Happy Birthday & Valentine' day.
おめでとう、ちょうたろ〜!!
独立した誕生話をやろうとしましたが、バレンタインでもチョタを入れたかったので、結果バレンタインくくりでUPです。
ひよVerに続いて氷帝でキャッキャする話。日常的な氷帝スクールデイズ。
高校生がデフォルトなワテクシのサイトですが、これは中学2年生のチョタと卒業間際な3年生とのお話でございます。


ちなみに自宅でジローくんに作ってもらった『かきのたねチョコ』が、跡部様が食したバレンタイン一号になったそうです。

ジローちゃんが宍戸さんとキャッキャやっているところがスキ。
普段はがっくんとキャッキャやっているゆえ。

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