一年で一番寒い月とはいえ例年に比べると凍えるほどの寒さではない。 先日まで訪れていたヨーロッパの突き刺すような冷たい風に比べれば、2月中旬とはいえコートさえあれば手袋やマフラーが無くてもへっちゃら。 やはり日本の方が暖かいなんて思いながら、つい先週来たばかりの他校の正門をくぐり、長旅から到着したてで多少は疲れているはずだが足取り軽やかに、何度も足を運んだテニスコートへ向かう。 コートにはまだ誰もいないので、少しばかり早く着いたのかもしれない。 しかし、グラウンドに視線をうつすとランニング中の陸上部員や柔軟中のサッカー部員がちらほら見えるので、掃除やショートホームルームは終わっているだろう。 テニス部だけ誰もいないのは不思議な気がするも、まさか、ミーティング中だったりして。 それならば待たなければいけないが、知らない部員でもいいので誰かしらテニス部がいればいいな………いた。 「丸井くん!」 名を呼ばれ振り返った生徒は、自動販売機で購入したてのペットボトルを振りながら部室へ向かっていたジャージ姿の同い年。 中学時代からの友達で、他校ながらプレースタイルも趣味も相性バッチリな親友だ。 「おー、帰ってきたなー。おかえり」 「ただいま〜」 「あれ?金曜着って言ってなかったっけ」 「うん。さっき着いたばかり」 「空港からダイレクト?」 「一緒に行った先輩でこっち方面の人がいてさ。親が車で迎えに来てて、ついでに乗せてもらっちゃった」 「ふ〜ん、荷物は?それだけ?」 「最初ウチに寄ってくれたから、トランクは置いてきた」 どうりで身軽なリュック姿だと芥川を上から下まで眺め、長距離フライトで到着したばかりの割には疲れた様子も見えない彼に、相変わらず元気だと返す。 「疲れたけどさー、早くお土産渡すほうがいいっしょ?土日だとこっちこないし」 「だな。どーせ週明けまでずっとベッドだろい」 「ちょっとは起きます〜」 「じゃあ明日遊ぶか?」 「……起きれる自信無いかも」 「ほーら」 「一週間の疲れを癒すんだもん。ずっとベッドじゃなくても、家でゴロゴロするしー」 「ま、ゆっくり休め」 「は〜い」 ごそごそとリュックから取り出した四角い20センチ四方の缶を差し出し、皆で食べての一言を添えてスペイン土産を丸井へ渡す。 「お、カカオサン●カ」 「味見させてくれて、美味しかったからこのお店で買ったんだ〜」 「アソートセット?」 「うん。詰め合わせ。一人一個はあるはずだから、全部食べちゃダメだよ。ちゃんと皆にもあげてね」 「へーへー」 「あと、ハイ」 「うん?」 「オランジェ。これはちょっとしか入ってないから、コッソリ食べて」 「!!まじでー?サンキュー!」 透明なセロファンでラッピングされただけのスティック状のチョコレートは、砂糖漬けのドライオレンジをチョコでコーティングした、いわゆるオレンジピール。 甘いものはすべからく好きな友人は、特にフルーツのチョコレートコーティングの類が好物なので、店頭でみかけてちょうどいいと追加で購入した。 さすがにこれも『皆で食べてね』分を買うには値が張るため、少量を丸井用にと手に入れたものだった。 「そういえば先週、仁王に本とブルーレイ―」 「おー、ちゃんと返したぞー」 「ありがと」 「チョコも貰ったしな。うまかった、アレ」 「今ちょうど売ってるかもね。バレンタインの新作だったみたいだから。 そういえば丸井くんだけ?他の皆はまだきてないの?」 「いや、部室で何人か着替えてる。来てないヤツもいるけど」 「ふ〜ん」 「今日、見学してくのか?」 「んー、それもいいんだけど、ちょーっと疲れたから帰ろっかなーと」 「そっか」 本当にお土産渡しに来ただけなんだなと、疲れているのにわざわざ来てくれた芥川の友情を有難く思いつつも、今日という日を思い出しては報告せねばと切り出した。 「今年は仁王といい勝負が出来ているかもしんねぇ」 「う?」 「今日。まだ数えてねぇけど」 「…あ、バレンタイン?」 「アイツまだ来てないから、部活終了後に集計だな」 「へぇ〜いっぱい貰ったんだね」 お前は?と返そうとしたが、そういえば先ほど日本に着いたばかりだというので、何も貰ってないのが実情だろう。 彼が貰うとしても自宅に帰ってからか、学校の女の子たちからは週明け登校してからの、数日過ぎてのバレンタインチョコになりそうだ。 ちなみに芥川のバレンタイン第一号は、日本到着の1時間ほど前に機内で乗客全員に配られた、航空会社の気配りが嬉しいボンボンショコラだ。 「ていうか、あのダンボール、なに?」 「うん?」 「部室の横に並んでるヤツ」 「あぁ、アレなー」 芥川の視線の先には、横並びに置かれたダンボールがズラリ。 よくよく見てみると、各ダンボールには立海高校テニス部でもレギュラーを張る、全国区で有名な生徒の名前が。 中には、中身がチラチラと見える―というか、ダンボールから袋がはみ出しているとでも言おうか。 断トツで中身があふれているのは、『幸村精市』の名が書かれたダンボール。 その隣の『仁王雅治』も、幸村ほどではないにしろカラフルな袋が見え隠れしていて、目の前の『丸井ブン太』の名がマジックで書いてあるダンボールも、そこそこ中身が見えている。 「バレンタインチョコ」 「ダンボールに入れてるの??」 「いや、部活中は受け取れねぇだろい。それに渡したくても渡せないシャイなカワイー子のために」 「…じゃあアレ、チョコレート受付ボックス?」 「そ。他校の子があそこに入れたり、ホームルーム終わるまで渡せなかった子とか、練習終わるの待てない子とか。そういう子のためのボックス」 「すっげぇね。てか幸村くん、まじまじ断トツだし」 「だろ?部活終わる頃にはいつのまにかもう一個、幸村くんのダンボール増えてたりもするんだよなぁ」 「テニス部が用意してるの?」 「学食のおばちゃん」 「は?」 丸井が言うには、あまりに多く貰いすぎた幸村を助けるために、全て持てずに困っていた彼を見かねた食堂のおばちゃんがダンボールをあげたことから始まったのだとか。 さらには 『幸村先輩に渡したいけど、勇気が出ない』 『幸村くんに。けど、部活中だし…』 『幸村さんに―』 今どき下駄箱にチョコなんて不衛生かつ怖すぎて幸村くんも受け取りにくいだろう、やっぱり直接手渡しじゃないと。 でも渡せない、話したことないし、私なんて学校も違う、エトセトラ… そんな会話が学食前の自動販売機付近でなされた時に通りがかった学食のおばちゃんの耳に入ったらしい。さらには当の幸村くんとも顔見知りで『ハイ、幸村くん。カレーセットね!』『ありがとうございます』なんて会話を交わす仲でもあったおばちゃんが、女の子たちのためにバレンタイン当日の放課後、ダンボールを部室横に設置した。 もちろん幸村くん承諾の上なので、女の子たちは学食のおばちゃんに感謝!! それで始まったテニス部部室のチョコレートダンボールが、翌年には『仁王先輩のダンボールも』『丸井くんのダンボール…』となり、彼らが高校生になってからは立海テニス部の2月風物詩と呼ばれるほど、『テニス部のチョコレートダンボール』は立海生と一部他校生の間では常識らしい。 「丸井くんも結構入ってるね」 「ダンボールだけだと仁王のほうが多いんだよなー今んトコ。まぁ、部活終わるまで変動あるだろうけど」 「がんばれー」 「よし、ジロくんのコレも数に加えるとして」 「う?オレのお土産?でも、皆へのチョコレートだし」 「こーっち、オレンジの方。コレは俺用だろ?バレンタイン当日だし、チョコカウント入りました〜」 「…ま、いいけど」 寒いから帰りたいけど、今日はバレンタインだから最後まで部活頑張るぞー! 『お土産のオランジェ』を仁王と張り合う個数の1つとしてカウントし意気込む丸井へ、残念ながらノーカウントだと心の中で謝り、リュックからもう一つ、茶色い箱を取り出した。 「ん?なにそれ」 「丸井くん、ごめんね?」 丸井へのオランジェと皆用のチョコレート缶と同じ店で購入したらしい、包装された上品な茶色い箱にはチョコレートブランドのロゴが印刷されている。 「これでイーブンになっちゃうけど、正々堂々、女の子からのチョコで勝負頑張ってね」 ペロっと舌を軽く出さんばかりに丸井へイタズラっぽく微笑み、取り出した茶色い箱を『仁王雅治』と書かれたダンボールへ無造作に投げ入れた。 きょとんと目を丸くする丸井へは、別途茶色い箱を買ってきた理由を『借り物のお礼』だとサラっと告げる。 「一応お土産。アイツ、濃いチョコ苦手でしょ?皆用のチョコレート缶、カカオ強めのやつばっかりだから」 「ふ〜ん、中身、なに?」 「チョコだけどさ。ピンクペッパーをチョコでコーティングしたやつ、だったかな」 「!なにそれ、面白そうじゃん」 「味見するなら、仁王にちゃんと聞いてね。アイツ用のだし。 まぁ、オレンジのは丸井くんへのバレンタインチョコで、ペッパーは仁王へのバレンタインってことで」 「…ちぇ、ジロくんからのバレンタインは引き分けか」 「仁王を引き離せなくてゴメンネ」 「まったくだ」 ―ブルルルルル ぶつくさ言い出しそうな丸井を遮るべく鳴った携帯画面をチェックすると、見慣れない番号からで、出てみたらなんと学校から。 「あぁ、ハイ。芥川です。……えぇ〜、まじですかー? 空港で解散って聞いてたしー。先輩も家帰っちゃいましたよ? オレ?いま、神奈川。家じゃないもん。いや、先輩の車に乗っけてもらって―」 しばらくして電話を切った芥川は、心底嫌そうな顔をして『これから学校行かなきゃならなくなっちゃった…』と力なく声を発した。 「家で寝るんじゃねーの?」 「わかんないけど、先生が報告しに来いって……引率の先生は全部、週明けでいいって言ってたのにさ」 「まー、よくわかんねぇけど、頑張れ」 「…はーい。一応今日までが登校扱いだから、しょーがないね」 バイバーイと背を向けて正門へ歩いていく芥川の後姿に、土産とバレンタイン(と言い張る)のオレンジチョコへのお礼を再度述べ、お返しはホワイトデーと叫ぶ丸井。 そんな彼へ振り返り、満面の笑顔で『楽しみにしてる!』と一言返し、芥川はスタスタと正門を抜けて去っていった。 そして。 芥川が去った10分ほど後に姿を現したのは、ダンボールに女生徒からのプレゼントを溢れさせている、今時点でバレンタインチョコナンバー2の男。 部室でなにやら高そうなお菓子の缶をしげしげ眺めているチームメートの手元をのぞくと、一口サイズのカラフルなチョコレートが詰まっている。 そんなショコラティエのチョコっぽい高級品をまさかバレンタインに貰ったのかと訝しんでいると、首をふって『これは皆へのお土産』なのだという。 「土産?」 「そ。ヨーロッパ土産。全員でどうぞって。さすがに部員全員は無理だから、内々で」 「ヨーロッパ………っ!!」 来たのかと視線を投げると、ちょうど10分くらい前と返され、何故自分はショートホームルームを終えてからさっさと部室へ来ずに、ふらふら校舎を歩いてしまったのかと後悔しても時すでに遅し。 先週誓った決意は何だったのか。 土産を渡しに来ると思ってはいても、まさか帰国日に、こんなに早く来るなんて想定外だった。 「そんで、ブン太は何食ってるんか?チョコレート?」 「これはジロくんからのバレンタイン」 「…は?」 てっきり皆用のお土産チョコをさっそく食べているのかと思いきや、確かにチョコレート缶の四角いチョコとは違い、丸井がかじっているのはスティック状のチョコレートだ。 「皆用と別にくれた。これも今日のバレンタインの総合計数にカウントすっから」 「……」 それは別にいいし、合計数なんて仁王にとってはどうでもいいのだけれど、誰のチョコをカウントしたとしても、そのスティック状のチョコをカウントするのは正直引っかかった。 チョコはチョコで、バレンタインに貰ったチョコだとしても。 彼が皆用のチョコレートとは別の土産を、丸井へ渡しているのだとしても。 (それも納得したくはない事実だけれど) そのスティック状のチョコレートを、『バレンタイン』のプレゼントとして捉えていることには是非とも異議を唱えたい。 …がしかし、それを丸井に言いたくもない。 皆用のチョコレートに含まれている『仁王雅治』と、別個でさらにチョコを貰った『丸井ブン太』 言葉にしてみると、仁王の奥底でさらなるガッカリ感と落胆が襲い、文句の一つや二つや三つや四つ言ってみたくなるが、それをぶつける相手はあいにくおらず、こんなことを愚痴れる人も周りにはいない。 唯一、紳士だけはわかってくれているけれど、『貰えなかった自分』なんて、愚痴る内容としては子供っぽくて恥ずかしい思いが勝ってしまう。 本心を知っている柳生相手でも、たとえ彼がそんな仁王の羞恥心なんぞ関係ないと言ってくれる、包容力のある友人だとわかってはいても。 かといって芥川本人に、なぜ自分にはくれないのかなんて軽く突っ込むことも躊躇してしまう。 これが丸井ならば、『なんでオレのがねーんだよ』とストレートに聞くのだろうが、あいにく彼とはキャラクターが違いすぎる。 けれども、今日という日が、日本では女の子のためのバレンタイン・デイであるとしても。 何かの神様は仁王に微笑んでくれていたらしい、続く丸井の言葉に一瞬身が硬直した。 「そういやお前のチョコ、ダンボールのどこかだぞ」 チョコ?ダンボール? 確かに部室を出てすぐのスペースに置いてある複数のダンボールは、食堂のおばちゃんが女の子たちのためを思って並べるようになった、立海テニス部名物のチョコレートダンボール。 部室に入るまえに一瞥した際も、ダンボールから溢れんばかりにたくさんのチョコレートの箱や袋が突っ込まれていた。 しかし、『どこか』とはどういう意味なのか。 「ダンボールが何?」 「だから、ジロくんのチョコ」 「は?」 「お前への土産。さっきジロくん、お前用のダンボールに投げてた」 「!!」 咄嗟に部室を出て、『仁王雅治』と書かれたダンボールに両手を突っ込み、可愛らしくラッピングされた箱や袋をかきわけては目的の物を探す。 しかし。 (……どれかわからん) 「一瞬だからよくわかんねーけど、茶色い箱だったなー確か」 「……」 一心不乱に探す銀髪の後姿に、『まぁ、トータル数は後でダンボールの中数えればいいんだから、いずれ見つかるんじゃね?』なんて声をかけてくる赤い髪のチームメートをチッと舌打ちしつつ一瞥。 合計数なんてどうでもいいから、お前が数分前に見た『茶色い箱』がどれなのか思い出せ、このダンボールの中から見つけてくれと盛大に心の中で罵りながらも、複数ある茶色い箱を並べ丸井へジャッジさせる。 「あ、コレじゃね?カカオサン●カだし」 それがチョコレートのブランドで、皆用のお土産チョコも同じ店でロゴが一緒だと告げられ、急いで部室に入り右手の茶色い箱のロゴと、皆用のお土産缶のロゴを見比べた。 「ほら、一緒。それがジロくんのチョコだな〜」 「……」 「な、それ1こちょーだい」 「…は?」 「胡椒のチョコなんだと。面白そうじゃん」 「やらん」 「え、なんでだよ。くれよ」 「……俺のバレンタインチョコやけん、ブン太は自分の食いんしゃい」 「ちぇー、なんだよ。お前、チョコいっつも食わねーのに」 「チョコ食いたきゃ俺のダンボールの中身、全部持っていけ」 「!!まじでー?」 「好きにしんしゃい」 そのかわり、この『胡椒のチョコ』は一かけたりともやらんと呟くと、『そっちも食いたいのによー。ま、いっか』なる一言とともに、ホクホクした顔でコートへ向かって行った。 「……バレンタイン、か」 茶色い箱をじっくり見つめながら、毎年興味が無かった『バレンタイン』なる日も、くれる相手が違うとこうも心ときめくものなのかと新鮮な気持ちになった。 さて、丸井に奪われないようにカバンの奥底に隠して練習に向かおうとロッカーを閉めたときに、携帯がふるえてメール着信のランプが光る。 >> ハッピーバレンタイン! モテモテだね〜、うらやましー!! そんな一文とともに添付された写真を開くと、『仁王雅治』のチョコレートダンボールを上から撮った画像で、中身は色とりどりの箱と袋で溢れている。 来た、という数十分前の写真、か。 (………行ってみる、か) 部活後に氷帝や彼の家まで行くには、時間的に遅すぎる。 かといって明日も明後日も立海テニス部は部活が入っており、彼も本日到着したばかりなのできっと土日はベッドの住人だろう。 となると。 いまの気分では来週まで待てそうに無い。 今すぐ会って顔を見たいし、先週も来たのに会えず、今日も会えず、何故丸井だけがそのどちらも立海に来た彼と言葉を交わしているのか。 己のタイミングの悪さを呪うとともに、ここはやはり会いたいと思ったときに会う。 そんな青春は『らしくない』と言われるかもしれないけど、せっかくの『バレンタイン』への新鮮で良い気分の今、くれた彼に直接会ってお礼を言うくらいはいいだろう? なんて思い立ったら行動は早かった。 ジャージに着替えたばかりだが、急いでロッカーを開けて制服に早着替えし、テニスバッグを背負って部室を出た。 「仁王?」 (げっ…) 入れ違いに部室に入ろうとしたバレンタインチョコ・ナンバー1とすれ違う。 制服姿で、さらにテニスバッグもかついでいるいま、どんな言い訳をしても帰ろうとしている事実は隠せないだろう。 …いいや、もう、いい。 後で罰走でも何でもしてやる。鉄拳制裁をくらおうが、どうとでもなれ! 「…サボりかい?」 「幸村……すまん、勝負じゃけん」 「勝負?」 「これを逃すと、手にいれられん気がする」 「…へぇ。ちなみに何のことか、聞いていいのかな?」 「バレンタイン」 「!」 毎年大量のチョコレートを貰いながらも、面倒くさそうにダンボールを片付ける仁王の姿しか知らないので、こんなふうにバレンタインという日にイロコイごとを匂わすのが珍しいとまじまじ仁王を見つめるも、銀の彼の瞳は真剣で冗談や騙そうとしているわけではなさそうだ。 いつもならば規律に厳しい立海テニス部の掟をかざすところだけれど、飄々としている彼のこんな真剣で、どこか焦っている表情は見慣れないもの。 副部長ほど頑固一徹ではないつもりなので、じっと見つめてくる仁王に頷いて、ひらひら手をふり『いってらっしゃい』と送り出してやった。 仁王としては、部活を抜けると暗に言っているのに、予想外に見送られたため驚いた。 『今日だけだよ。バレンタインで、勝負なんだろ?』などとにっこり笑顔で言われ、多少後が怖いと感じるものの、部長の厚意は素直に受け取ることにして、正門とその先のバス停へ向けて走っていった。 ―バレンタイン当日の出来事。 (終わり) >>目次 |