クリスマスは帰ってくるんだと嬉しそうに笑っていたのに、いざ蓋を開けてみれば予想通り、目の前には約束をすっぽかされて落ち込んでいる……かと思いきや、何でもないとばかりにやっぱり笑顔のこの人の姿。 泣いて、怒って、喚いて、たまには感情に任せてぶちまければいいのに、決して自分の本心を出さずに全て飲み込む。 それって理解あるオトナなのか、本音をさらすのを恐れているのか、それとも最初から諦めているのか、果たしてこの人の場合はどうなんだろう。 「もう何回目?両手じゃ足りないでしょ。ドタキャン」 「ん…赤也も、忙しいから」 「帰ってくるって言ってたんでしょ」 「何かあったのかもしれないし」 「俺、今回ロス出る直前に会ったけど、ピンピンしてた」 「え…」 「もう、さ。わかってんでしょ」 「……」 「アイツ、あんたが待ってやる価値なんて、無いよ」 この人から年末、切原が帰国すると聞いていたから、ロスのカフェでアイツにあったときにいつ帰るのか切り出した。 同じフライトだと面倒だからずらそうかな、なんて思ってたんだけど(うるさいからさ)、そんな心配もアイツの『今回は帰らねぇ』で杞憂に終わった。 試合も無いしオフで予定も無いはずだけどね。 拠点はアメリカでも恋人を日本に残しているわけだし、待っている人がいるのに帰らないなんて何かあるのかもしれないけど、アイツの口ぶりでは元から帰国するつもりも無いようで、それなら何でジローさんが『今年は赤也、帰ってくるんだ』て楽しみにしていたのかがわからない。 アイツ、ジローさんに適当なことでも言ってたわけ? 「集中して練習したいのかも、しれないし」 「クリスマスパーティって言ってたけどね」 「…今日はそうかもしれないけど、他の日はテニスで―」 「ンなわけ無いじゃん」 「赤也が、そんな」 「そんなヤツだって。昔からそうでしょ」 「ーっ」 「高校の時から振り回されっぱなし。アイツが何度も約束やぶってアンタ泣かせたこと、皆が知ってる」 「あれは……もう、昔のことだし、赤也ももうしないって」 「何回すっぽかされたと思ってンの?」 高校時代に散々振り回されて、泣かされて。 一度は別れると決めたみたいなのに、縋りつかれて許したこの人の優しさを苦々しく、もどかしく思っていたのは跡部サンを始めとする氷帝の面々。 まぁ、何をやっても笑顔で受け止めていたこの人に別れを告げられて、切原も反省して心を切り替えたらしいけど、それも高校卒業して渡米したら変わってしまったんだろう。 テニスの試合や練習で、『約束を守れない』のは正直、仕方ないことだ。 年間の試合数と、会場も世界中に散らばっているから、プロのテニスプレイヤーにとって一箇所にずっといることは不可能。 それでも恋人と過ごす時間くらいは作れるし、結婚して家族のいるプレイヤーや、恋人の支えを糧にしているプレイヤーだってもちろんいる。 中々会えないからと恋人に別れを告げられる選手もいるけれど、この人はそういうタイプの人じゃない。 会えなくても、一緒に過ごせなくても、相手の事情をわかってくれる人だ。 恋人の夢を邪魔せず、アイツの『グランドスラム』という大きな夢が叶うよう一緒に夢見て、一生懸命応援してくれる、そんな人だ。 なのに。 「高校の時、さ。別れようとしたことあったよね」 「あ……うん」 「あれって、アイツがドタキャンばかりして、いい加減だったからってだけじゃないよね」 「…知ってる?」 「うん。あの時のアイツの相手、青学生だったでしょ。堀尾から聞いた」 どんなに振り回されても笑って許してたのに、この人が一度だけ決意した『別れ』の理由。 それはいたって単純明快で、切原と他の子のデート現場を目撃したからだ。 俺はすでにアメリカにいたので詳細はわからないけど、後で聞いた話では堀尾のクラスメートで、切原のファンだったコなんだとか。 ソレが単なるファンとの1シーンなのか、明らかな浮気なのかはともかく、この人が別れを決意するくらいなのだから、後者なのだろう。 「他の子に心があるなら、別れるしかなかったから」 「アイツにとっては軽い遊び感覚だったんでしょ」 「…浮気に、軽いも重いも無い、よ」 「アイツのことが好きでも、そこは許せないんだ」 「好きだけど…でも」 「どんなに好きでも、浮気されたら別れる?」 少し逡巡していたけれど、じっと彼の瞳を見つめて答えを促したら、やがてこちらを見返して深く頷いた。 意外にも、どんなことでも耐える寛容な人が、こと『浮気』に対しては譲らないみたいだね。 『浮気』されたら、どんなにアイツのことが好きでも、きっぱり別れを決意してくれるんだ? 「じゃ、決まり。別れて」 「え?」 「アイツ、プロになって何度もアンタとの約束やぶってる」 「それは……スポーツ選手だし、仕方ないことで―」 「アンタ、今年の全米見に来てくれたけど、アイツに会えなかったよね」 「…次の大会があるから、準備で」 「違う。俺見てたらわかるじゃん」 「……」 「全米優勝して、すぐ次のツアーの準備も入った。けど、アンタとも会った」 「…うん」 「会おうとすれば、会う時間なんていくらでも作れる。俺は、アンタに会いたいから、その『時間』を作った」 「え…?」 「こうして何度も日本に来るのだって、アンタに会いにきてるんだ」 「越前…」 「アンタが来てくれたから、全米も頑張れた。イイトコ見せたいって思った」 「…かっこよかった、よ」 「当然。アンタの目の前で、負けるわけにはいかない」 特に、切原との対戦の時は、絶対に負けるものかとここ最近で一番気合を入れた試合だ。 ストレート勝ちするつもりで試合に臨んだし、会場で見ていたこの人がどっちを応援していたかなんてわかってるけど、それでも絶対に……決勝で世界ランク1位と対戦したときよりも、切原との試合の方が全力を尽くした。 コーチにも、今回怪我で不参戦だった手塚さんにも、『異様な雰囲気だった』と言われたほど。 俺に負けた後のアイツの荒れ方は半端無かったようだけど、この人に当り散らさないだけマシだったのかもしれない。 100%毎回勝つプレイヤーなんていないから、勝った負けたの繰り返しで負けることにも慣れるんだけど、それでも昔から知っている相手―特に俺との試合は、中学時代の全国大会での負けを思い出すらしくて、落ち込むみたいなんだよね、アイツ。 …で、負けた後の落ち込んだ姿をこの人に見せたく無くて会わなかったのかもしれないけど、その発散の仕方は見逃すわけにはいかない。 ていうかさ。 アイツ、全米の時のように負けた云々関係なくても、普段の『発散』の一つで、遊んでるわけだし。 「『浮気』に重いも軽いも関係無いんだよね?」 「…え」 「アイツがほかのヤツと遊んだら、どうする?」 「した、の?」 「アンタが待つ価値なんて、アイツには無いって言ったじゃん」 「……ほんとに、赤也が」 「俺からはここまで。言うつもりなかったけど、アイツ見てたら許せなくなった」 「越前…」 「自分で確かめて。信じたくないならそれでもいい。けど、俺は別れたほうがいいと思う」 「……」 同じコートで練習することも多いから、嫌でもアイツの姿は目にする。 俺がこの人と、帰国するたびに会う仲だと知らないからかもしれないけど、目の前でブロンド美女やブルネットの可愛い子とイチャイチャされれば、どういう関係かなんて明らかなもの。 コートに連れてくるなとコーチらに忠告されても、あっちが勝手に入って来るんだと肩をすくめるだけ。 彼女たちの姿が視界に入るたびに、ジローさんの笑顔がチラついて、なんでこんなヤツといつまでも付き合っているのかムカついて仕方が無かった。 「ほんとは、ジローさんだってわかってるでしょ」 「……」 「最近、全然アイツのこと聞いてこないし」 「……」 切原がアメリカにきた当初はメール内容もアイツのことが大半を占めていて、呆れながらも期待される答えを返していたんだけど、徐々に割合が減ってきて、今でもメールをくれるけれどアイツの話に触れることはあまりなくなってきている。 『赤也』の回数が少なくなる度に、俺の中で芽生えた期待が増していって、今日こうして会うのも今までに無いくらい楽しみと同時に少しの緊張も感じていて。 切原が真剣にテニスに打ち込んで、同じくらい真摯な気持ちで恋人を想っているのなら、こうやってこの人を揺さぶるつもりなんて無かった。 少なくともテニスに対しては真剣かもしれないけど、この人に対するアイツの行為は、許せることじゃない。 アイツにとっては『浮気』じゃなく、ただ可愛い女の子と遊んだだけ、という感覚なのかもしれないけど、この人にとっては違う。 ていうかさ。 デートならともかく、そのあと家に連れ込むなんて、完全にアウトでしょ? さすがにそこまでダイレクトに、この人に言わないけどさ。 アイツと家が近いから、ブルネットの子と一緒にいるところを何度も見かけたし、彼女の腰を抱いて夜遅くマンションのエントランスに入っていくところも、アイツのファンから聞いた。 『リョーマ!あの女は、アカヤの何なの!?』なんて、俺に聞かれても困るっての。 「アイツはアンタがいなくても平気だ」 「越前…」 「でも、俺はアンタにそばにいて欲しい」 「……全米チャンプが、何言ってんの」 「俺の気持ちは、中学の時から変わってない」 「!」 「あの時はアンタ、相手にしてくんなかったけど……今は、俺も21だ」 「……」 「俺を選んで」 「…世界の越前リョーマが、男が好きなんて言っちゃ」 「関係ないね」 「……」 「アメリカに来て欲しい。パートナーとして」 「!!」 「ずっと大切にするし、絶対に泣かせない」 「…っ…」 知ってるよ。 本当はこの言葉を、アイツにいって欲しかったってことくらい。 この人の仕事はパソコンと画材道具、そしてこの人の手があればどこでも出来るから、アメリカに来ても問題ないし、この人自身も渡米したい気持はあったと思う。 切原が一言『そばにいてくれ』と言っていたら、きっとすぐにでも西海岸に来ていただろう。 アメリカにきた当初はホームシックと言葉の壁で、辟易するくらい毎日寄ってきては愚痴られて、ジローさんに会いたいだなんだウルサイくらいだったのに。 徐々に生活に慣れてペースを取り戻してきたら、最初の頃が嘘のようにロスに馴染んで、毎日が楽しいとばかりにはしゃいで、遊んで、……結果、アイツの中のこの人の優先順位が下がったとでも言おうか、向日サンと丸井サンに言わせると『高校の頃みたいだ』らしいけど。 それが気になって色々な人に『高校の頃』を聞きまわり行き着いたのが堀尾で、高校時代の切原とジローさんの関係と、別れる云々の切欠を知ったんだけどね。 「今日は帰るよ。じっくり考えて」 「えちぜ…」 「ま、アンタがどんな答え出しても、いいんだけどね」 「え…」 「年明けから、ガンガンいくんで。よろしく」 「…っ…なに、それ」 「てういかさ。アンタがアイツを好きでも、そんなの関係ないね」 「…へ?」 「大事なのは、俺がアンタを好きってことだから」 アイツほどでないにしろ、この人が俺に好意を持ってくれてることはわかってる。 昔はゼロだった可能性がここ最近で増えてきて、俺の努力次第でアイツを追い出せることも感じている。 「アンタは俺を好きになる。絶対に」 「……すっごい自信」 「不二先輩のオネーサンによると、俺、来年絶好調らしいから」 「由美子さんに、占ってもらったの?」 「勝手に占ってくれたんだけどね。とりあえず年明けの全豪、見にきてよ」 「赤也も…」 「アイツも出る。俺は誰にも負けないし、アイツにもまた勝つけどね」 「……ほんっと、昔から変わらないね。越前は」 「自信家だって?跡部サンも丸井サンも、アンタの周りは自信家ばっかりでしょ。ま、俺がアンタを好きなのも昔から変わらないけどね」 「……ばか」 「何とでも」 ジローさんの柔らかな金糸にポンと手をおいて、軽く撫でて席を立った。 慌てて一緒に出ようとするこの人を、『しばらく考えなさい』と留めて、レジで清算をすませカフェを出てタクシーを拾う。 『報告しろ』と言われているので、ひとまず跡部サンの豪邸に向かうとするか。 面倒くさいからすっとばしたいけど、色々と情報くれるし、便宜図ってもらってるから、あの人を手に入れるまでは言うことを聞いておこう。 一応、『Atobe.Corp』はスポンサー様でもあることだしね。 越前リョーマ、21歳。 職業、プロテニスプレイヤー。 年明けの全豪と7月のウィンブルドン優勝で、キャリア・グランドスラムを達成する予定。 そしてメインイベントは、長年の想い人を生涯のパートナーにすること。 来年、22歳の誕生日―クリスマスイブは、あの人と二人きりで過ごしてるはずだから。 ま、跡部サンのところでクリスマスパーティでもいいけどさ。 (終わり) >>目次 |