―寒い。 今日という日を一言で表すとすればこの言葉に限る。 確かに先月はぐぐっと秋めいて、下がった気温と色づきはじめた木々に季節の移り変わりを感じたものだったけれど、月がめぐり師走に入った途端にコレかとため息つきたくなるのも仕方ない。 冬の寒さは苦手なのだ。 頬をなぶる海風に眉を潜め長身の彼が呟くと、隣を歩く金髪の少年が『夏の暑さもダメじゃん。溶けてるし』と返してくる。 「早よ店、決めんしゃい」 「えー?」 「寒い。一刻も早く建物に入りたい」 「い〜じゃん、もっと外、歩こうよ〜。ぶらぶらしたいC」 「ラブラブしたい?なら家、行くか。この時間ならまだ誰も帰っとらんけん」 「だぁ!違うC!」 街をブラブラ散策したいのだと頬を膨らませる彼に、子供かと突っ込むと反撃されるどころか『こどもだも〜ん』肯定される。 子供の言うことは聞かないといけないんだCなんていうモンだから、お前のほうが一応月齢は上だと返すと、背筋をピンと伸ばして『オレのが7ヶ月お兄ちゃんなんだから、言うこと聞かないとダメなんだよ〜』だ、そうで。 「年上言うなら下の希望を聞きんしゃい」 「なぁに〜?」 「暖かいところに行きたいナリ」 「…しょーがないねぇ」 やれやれとばかりに肩をすくめて、プラプラさせていた手を仁王の制服のポケットに突っ込んできた。 木枯らし吹くくらいの晩秋?程度の外気だが仁王にとっては『寒い』ことには変わらないらしく、早くも学校指定のマフラーをまいて両手はもちろん制服のポケットに突っ込み、なるべく肌を外気にさらさないようにしながら歩いている。 無論、カイロも装備済みだ。 突然制服のポケットに侵入してきたジローの手が、中で丸まっていた仁王の拳を上からぎゅっとつかんできた。 その冷たさについ声をあげそうになるも、強く握られているためか、はたまたニコニコしながら隣で肩を並べている彼の可愛さゆえか、手を振り解けるわけもなくなすがまま。 ただ、ジローとしては温めてあげようと仁王の手に己の手を重ねたものの、存外にポケットの中は温かかった。 それが握られているカイロのおかげかと気づいたため手を抜こうとするも、逃がさないとばかりに今度は掴まれる。 「ラブラブでブラブラするか」 「…なにそれ。仁王、カイロあるなら先言って!あっためる必要ないC〜」 「こら、ジタバタするんじゃなか。このままでいい」 「えぇ〜?外なのにぃ」 「誰もおらん」 ぶつぶつ言うも、こういう時の仁王は絶対に手を放してくれないとわかっているので、早々に諦めて握られた手は任せることにした。 海沿いの歩道でひと気があまり無いとはいえ、天下の往来ですが……なんて何のその。 元来気にするタイプではないジローはもちろん、恋人しか見えていない仁王も他者の視線なんてものともしない。 からかってくる奴には鋭利な瞳で相手を射抜き、銀の髪をなびかせて堂々と『恋人』と言い切るため、いっそ清清しいと周りは何も言えなくなるようだ。 (ジローはというと、そういう相手にも臆することなく、こちらも同じく『彼氏だC〜』を炸裂させるため、彼の保護者たる氷帝の面々はたまに頭をかかえている) 立海大付属高校の正門を出て、日が沈みきった海沿いをぶらぶら歩く冬になりたての空の下。 あいにく双方部活だったため、ジローが立海テニスコートで目を輝かせながらフェンスを掴んで声援を送ることは無かったけれど。 それでも氷帝テニス部で汗を流した後、今までにないくらい早いスピードで着替えて駅まで一目散。 飛び乗った電車は幸いにも特快で、最短時間で神奈川まで運んでくれた。 もちろんそこからバスに乗ってさらなる移動も必要だったけれど、立海大付属高校付近のバス停に到着する頃にはすっかり夜空が広がっていて、『立海大前』で乗ってくる人はいても降りる人はあまりいない。 唯一降車ボタンを押して一人バスを降りた身を迎えてくれたのは、近くのベンチに座っていた待ち人たる立海生ただひとり。 都内からわき目もふらずダッシュで駆けつけても、待ち合わせ場所が彼の高校付近ともなればあちらの方が早いに決まっているだろう。 たとえ氷帝のほうが少しばかり早く部活が終わるとしても、ここまでの移動時間と距離を考えれば当然ともいえる。 そのため待ち合わせ場所はちょうど中間地点のショッピングモールにしようかとの仁王の提案に、首をふって立海付近を決めたのはジローだ。 もっとも、本人としてはほんの少し部活を早上がりして、立海の練習が終わる前に到着し、何ならちょっと他校の偵察とばかりに立海のテニスコートにお邪魔して〜……なんてプランも、氷帝の王様が許すはずもなく。 早々と企みがバレで彼のパチンひとつで後輩に首根っこ掴まれて氷帝のテニスコートに放り出され、キング自らラケット振りかざし『コートに入れ』と命じられれば恨めしさを感じつつもワクワク感が勝って、それなりに楽しんでしまった本日の部活動。 まったく氷帝の王様は部員(問題児)の扱いを心得てるもんだと、ジローの語る『本日の氷帝テニス部』のあらましを聞いてある意味感心してしまう仁王だった。 今日という日は特別な日ではあるけれど、週のど真ん中の平日・水曜日で明日はもちろん学校がある。 学校をサボって〜というには互いがそこそこの進学校に通っているし、氷帝はともかく立海テニス部の規律の厳しさは関東圏内の学校において郡を抜いている。 仁王としては家族も部のチームメートも上手い具合にごまかせる自信はあるけれど、ジローはそうはいかないだろう。 芥川家はともかく、氷帝テニス部 ―特に、王様にバレないようコトを進めるのは至難の業だ。 それに、普段いろいろと王様には世話になっていることも多く、過保護ではあるもののジローに甘いため結局は仁王とジローのため(というかジローのため)アレコレやってくれていることを思えば、そんな彼の手前サボらせるわけにもいかない。 高校を卒業するまでの辛抱とばかりに今日が平日なことを少し残念に思いながらも、それでもここまで会いに来てくれただけで嬉しいし、今は満足ともいえる。 (今日が土曜日だったら……と思わずにはいられないけれど) まぁ、金髪の恋人の記念日は毎年祝日で確実に一緒にいれるので、『平日の水曜日』な今年の12月4日に文句を言うのはやめるとするか。 「ね、ご飯どうする?」 「お前が何時まで大丈夫かによる」 「オレ〜?うんとね、21時くらいかなー。そんくらいの電車なら22時までには家に着くC」 「明日、朝練?」 「あるけど自主練だからどっちでもいい。仁王は―って、立海はフツーにあるよね」 「毎朝7時」 「早っ……毎朝かぁ」 「氷帝は毎回自主練やけぇ、羨ましか」 「ウチは基本自己管理だから。出るヒトは毎朝練習してるけどね〜宍戸とか」 「お前はちゃんと出とるんか?」 「う〜ん、週3くらいかな〜」 「……まぁ、中学の頃に比べればマシか」 「マシって何だよ〜」 氷帝学園テニス部は中高一貫して部員の自主性を重んじる風潮だ。 特に跡部の入学でその傾向が顕著になり、部長自ら個人的なトレーニングを重ね、部活では主に指示を飛ばすことが多く参加しないこともあるためか、彼も周りに練習を強要することが無い。 サボりやすい部といえなくもないが、逆に部員は自身で管理し練習に打ち込まないと途端に置いていかれてついていけなくなる。 結局残る部員は己をコントロールしバランスをとりつつ練習に臨むタイプか、熱心な先輩の背中を追って毎回欠かさず練習に参加しハードワークするタイプか。 とりあえず無連絡でサボる部員はいない。 (中等部の頃の芥川を除いて。ただし、芥川の場合はジャージに着替えるもののベンチやあちこちで寝てしまい結果サボることになっていたのだが) 「ガッツリ食べる?カフェにする??」 「コーヒーショップはいつも行ってるからパス」 「まぁだそんなとこでゴハンしてんの?ちゃんと食べなきゃダメっしょ」 「あんまり食えんけん、別によか」 「ほんっっと、食細いよね〜。肉はいっぱい食うのに」 「肉は別腹じゃけん」 「デザートじゃないんだから」 「お前だって、あまり食わんじゃろ」 「コーヒーショップで夕飯は食べないもん。ちゃんとゴハン食べてるよ〜?」 「ほんじゃあ、ちゃんとご飯にするか」 ―焼肉 いっつもソレじゃん。立海のみんなと毎回行ってるんでしょ? ―ステーキハウス 海沿いのとこ?それ、この前行ったC〜。 ―鉄板焼き 高校生二人で行くのって、どうなのさ。高いから却下! ―シュラスコ 前行きたいって言ってた表参道の店?ここからじゃ遠いよ〜 ―すき焼き 週末家ですき焼きなんでしょ?おねーさんが言ってたもん。 ―しゃぶしゃぶ 横浜のホテルのところ?鉄板焼きと一緒だし!高いから却下ー!! 「肉ば〜っか」 「何でも却下するんじゃなか。行くとこが無くなる」 「じゃあ肉以外のとこ、出してみてよ」 「ジンギスカンにするか?」 「うっ…」 駅付近に最近オープンしたラム専門の店名を出され、大いに惹かれるものの今日は仁王がメインの日だ。 自分の大好きな料理でどうする、と自身を律してジンギスカンにNGを出し、しょうがないとばかりに前途の肉料理の数々から選ぶことにした。 焼肉ダイニング・ATOBE HOUSEのクーポン券なら山ほど持っているのでかなりの格安で跡部牧場のA5ビーフが堪能できる。 というかしょっちゅうデートで利用させてもらっているので、今更なお店ともいえよう。 (あとべ、ごめん) それをいえば鉄板焼きもしゃぶしゃぶも、すき焼きも。 ATOBEグループ系列のお店はあちこちにあるため、高級感あふれる敷居の高いお店だとしてもジローにとっては躊躇なく入れるお店たちだ。 ただ、行ったら行ったでダイレクトに跡部にバレる。 それはそれで構わないが、万が一、明日学校に遅刻でもしようものなら説教されるのは目に見えているので、出来れば跡部系列のお店は今回は遠慮したいところ。 となると… ステーキハウスしかない? 海が一望できるテラス席もある海沿いのステーキハウスは、立地と手ごろな値段のためか立海生御用達ともいえるカジュアルなお店で、恰幅のよいマスターが一人で切り盛りするボリューム満点のメニューが売りだ。 普段は食が細いくせに、ここのステーキなら1ポンドを軽くたいらげる仁王にびっくりしたのは高校入学してしばらくの時だったか。 ハンバーグも絶品のため、1ポンドステーキをガツガツ食す仁王の隣で、ジローは毎度ハンバーグセットを頼んでしまう。 (うん、ステーキハウスにしよ〜っと) 「仁王」 「?決まったか」 「海のとこ、いこ」 「ステーキ?この前行ったけど、ええんか?」 「うん!てういか仁王はいいの?同じとこで」 「あそこはいつ行ってもうまいけん」 「じゃ、決まり〜」 このまま海沿いを進むとやがてステーキハウスが見えてくるだろうから、当初の予定の『街をぶらぶら』はできなくなる。 けれど結局は、『街』は関係なく、互いに肩を並べて歩きたかっただけなので、たとえそれが海沿いのひと気の無い道だろうが、大勢であふれる街中だろうがどちらでも良いのだろう。 イチャイチャは達成してるワケだし? アレコレ凝るのは高校卒業後にするとして、とりあえず高校生の間は健全なデートを楽しみ、ちゃんとその日のうちに帰すとしよう。 たまに互いの家に泊るイレギュラーはあるけれど、少なくとも翌日学校のある今日のような『平日』は。 ステーキハウスの駐車場が見えてきてあと少しで到着という時に、仁王の制服のポケットに入れていた手をパっと抜いたジローが、そのまま腕を掴んで引っ張ってきた。 「…?」 ―チュッ 頬に一瞬触れた感触に、思わず視線を下げて隣の彼を見つめると、ニッコリ満面の笑顔でこちらを見返している。 「えへへ、誕生日おめでと」 「!!」 金糸の恋人はあまりこういうことに照れるタイプでは無いのだが、珍しくほんのり上気している頬が愛しい。 頬とはいえ不意打ちの可愛いキスが嬉しい。 高揚する気分が顔に出ないよう押さえつつ、ふわふわの髪をぽんぽん撫でて『もう一回』とお願いするも、即効で却下されてすたすた先に歩いていき、ステーキハウスの扉の向こうへ消えた。 「こら、待ちんしゃい」 「とうちゃ〜く!」 先に行ってしまった背中を慌てて追いかけ店に入り、どの席に向かったか店内を見回す。 常連の銀髪に相好を崩したマスターにその場でメニューとお冷2つ差し出され、いつものことだと苦笑しながら受け取った。 さて、どこに行ったことやら… 肩にテニスバッグをかけて、左手でお冷二つ、脇にメニューを挟んでひとまず窓側の席に向かう。 海が一番きれいに見えるところに座っているはずだから。 奥の広いテーブル席に腰掛けながら窓の外を眺めている金糸を見つけた。 日が沈んだ海が見えているのか謎なところだけど。 (終わり) >>目次 |