いつもなら携帯リストに登録されている仲から適当に連絡すれば、誰かしらが捕まるほど『ガールフレンド』は多い。 ただ、その全ては『フレンド』に留まっているので、今日という日を過ごす特別な誰かがいるのかといわれれば、そこはそこで言葉を濁すしかなく、『いやぁ、一人になんてしぼれないよ。皆だ〜いすきだからさ』なんて台詞も慣れたもの。 例年、数人の『ガールフレンド』たちとお茶して、ご飯食べて、何ならカラオケにでもいって。 『おめでと〜』 お決まりの台詞で祝ってもらい、オール……まではしないものの、そこは健全な高校生として終電が無くなる前には帰宅する。 本日は平日で普通に部活もあるのだけれど、せっかくの今日という日なので『ガールフレンド』たちと過ごすために、いわゆるサボりなるものを決行。 ただしいつも、ちょいちょいとサボっているので所属するテニス部の面々も、『千石、またか…』で終わる。 夏の大会を終えて3年が引退してからは、2年生の天下になったので……決して部長や副部長といった役職ではないけれども、チームメートの部長・副部長とは旧知の仲だ。 顧問へは適当に言い訳してくれるだろう。 ―さて、誰を誘おうかな〜 いつもなら前日までにはお誘いを完了させ、誰と過ごすか決めてからイベント当日を迎える。 ただ、今日だけは。 特に何かを考えていたワケではないけれど、先週都内の他校で行った練習試合が切欠だったのだろうか? 校区は違うが氷帝学園で行われた練習試合で、かの高校ナンバー1のシングルスプレーヤーと対戦した。 氷帝といえばキング、キングといえば跡部……なのだが、お馴染みの王様は拠点をイングランドにうつし、もはや氷帝の顔ではない。 絶対的な王様がいないとはいえ氷帝学園の強さは変わらず、都内ではナンバー1であり、関東でもトップ3に入る名門テニス部を有する。 中学時代はナンバー2に位置していたプレイヤーは、跡部のいない氷帝学園でナンバー1となった。 相変わらずフラフラしているらしく、関東や全国大会ならともかく練習試合や地区大会等では姿を現さないことが多い。 それでも跡部のいない氷帝で不動のナンバー1を張るくらいには、その実力は周知のもので、たとえ寝こけて結果的にサボろうが、試合に欠場しようが彼の地位がゆらぐことが……今のところ無いらしい。 (中学の頃に比べれば、断然真面目になったって言うけどね) 先週の練習試合では珍しく時間通りにきて、シングルスとして試合に出てきた。 当初、彼とあたるのは別の部員だったのだけど、ここはやはり一番強い相手と戦いたいでしょ、ということで自ら立候補し、エース対決!などと囃し立て、なんとか彼の相手をつとめることに成功。 互いが探り探りで本気だったわけではないけれど、様子を見ながら打ち合っていたら、中学時代よりテクニックもパワーもスピードもつけた彼のペースに巻き込まれ、力及ばず負けてしまった。 (跡部くんばりのジャックナイフなんて、いつのまに打つようになったんだか) ちゃんと試合をするのは中学の頃以来だ。 その時の印象はテクニック重視で、身長も低く体格が小柄なせいもあるのか、見た目とおりパワーが無い。 瞬発力はすごいけれどスタミナの無さが顕著で、ゲームも後半に入るとガス欠になっていた。 数年前に比べて身長も伸びて成長はしているだろが、華奢な印象は変わらない。 けれども記憶の彼とは桁違いの重いショットを放ち、ゲーム終盤に入っても切れないスタミナと衰えないスピードに舌をまいたものだ。 何となく彼への興味がむくむくと沸いてきたので、試合終了後に少し話してみたところ、こちらは中学時代とかわらず明るく元気で天真爛漫。 幸い寝こけることもなく、他の試合が終わるまで覚醒常態のまま相手をしてくれた。 『今度遊ぼうよ』なる軽い誘いにもOKしてくれたので携帯番号も交換してみた。 昨晩、さて誰を誘おうかと電話帳をさーっと見てみると、あいうえお順での『あ行』に出てきた『芥川慈郎』に、ふと先週の練習試合を思い出したからか、他の『ガールフレンド』たちのリストをチェックすることもなくそのまま携帯を充電器にさして、予定を決めないまま就寝した。 そして本日。 授業を終えて校門を出るまでに誰かしら『ガールフレンド』たちをチョイスしようかとも思ったし、クラスメートや後輩のカワイイ女の子たちからも誘われたのだけど、何故か『予定あるからごめんね〜』とかわして校門を出てしまった。 チラついた彼の顔に、―今日という日はきっと、彼と過ごせば何かいいことがありそう? 持ち前の勘が働いたのか、ひとまず携帯のアプリをひらいて彼へ初のトークを送信してみると、……おや?意外と早く既読になった。 (まだ学校かな?部活だろうしね〜) 寝てしまい練習に遅れることはあるけれど、サボることは無いらしいので、自分のように気分次第で部活不参加、というわけにはいかないのだろう。 今すぐは無理だとしても、練習後に遊ぶくらいはOKしてくれるかもしれないので、気軽なお誘いとして『デートしよ?』の文言の数分後に返ってきた言葉は、少し予想とは違っていた。 『部活は無いけど、今はちょっと微妙〜』 ―部活無いんだ?ラッキー! ていうか微妙ってどういうこと?なんか予定あり? 『オレはい〜んだけど、一緒にいるヤツが千石不可だって〜』 ―何だよそれ。誰? 『言うなって言ってる。でも、千石もよく知ってるひとだよ』 ―俺の友達?南とか?東方?? 『だれ?知らねぇし〜』 ―知っててよ。元山吹中テニス部だってば。 どうやら彼は本日部活オフで、告げられた『現在地』はこの近所のカフェらしい。 店名に聞き覚えは無いけれどオープンしたての新店ながら、早くも和スイーツが評判で店内は女の子たちばかりで溢れているようだ。 彼は共通の友人?とやらと一緒にそのカフェにいるらしく、送られてきた画像は美味しそうな抹茶ラテと栗のケーキ。 ―美味しそうだね、それ。ケーキ? 『期間限定の、和栗のモンブランだよ〜。ちょーうまい!』 ―アンジェ●ーナよりも? 『アレはアレで美味しいけど、こっちは上品な感じ。丸井くんに教えてあげないとだ!』 ―相変わらず仲良しだね〜 『スイーツ友の会だから』 ―今度いれてよ、その会 『いいよ〜でも、次の予定はラーメンだけどね』 ―?スイーツじゃないの? 『来週はラーメン研究会の回』 ―そんなのもあるんだ。丸井くんと? 『丸井くんは会員じゃねぇけど、不定期で参加するよ。会員は切原と宍戸。たまに仁王、神尾、桃城、岳人が入る』 ―バラエティにとんだメンバーだね 『ラーメン研究会の会長はジャッカルだけどね』 ―立海の桑原くん?なのに丸井くんは非会員? 『うん。ジャッカルと切原、宍戸は毎回参加だけど、他は不定期だから』 ―じゃあそのラーメンの回に参加させてもらおうかな 『おっけー!ジャッカルに言っとくね。ちなみに来週の土曜夜で、今回は千葉のラーメン屋だから』 ―ラジャー! (……っと、話しが逸れた) あちらの返信が早いからか、ついついトークが続き本題から離れてしまった。 来週の約束を取り付けたのはラッキーだが、それよりも今、本日のお相手として誘いたいのであって。 というか、共通の知人で『千石不可』と芥川へ命じるなんて、誰だ? テニス関連で言えば氷帝、青学、立海……いやいや、知り合いは多いけれど、千石NGを言い放つ人物なんて思い浮かばない。 ―近くにいるなら会って話そうよ〜 『ちょっと待って』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 『今日は千石に会わなくていい、だって!』 ―誰と一緒なの?教えてよ〜 『言ったら千石のドタマかちわるって言ってるー』 ―なんで俺?! 『しらな〜い。でも、ここのカフェ、そっちの高校のすぐ近くだから覗いてみれば?』 ―いいの?教えちゃって。どたまかち割られない? 『オレじゃなくて千石がかち割られるだけだし〜』 はて。 かち割られるのは勘弁だけど、何やらどこかで聞いたことのあるフレーズだ。 けれどもそんな物騒な台詞をはいていた中学時代のチームメートは、今はアメリカでテニス留学中なのでいるわけがない。 いやいやしかし、一見不良な中学時代のチームメートと(中身も不良ではあるが)、氷帝の彼は意外なことに仲が良い。 中学3年時のU17合宿で交流を持ち、さすがの怪物も、庇護欲をそそる天真爛漫さには勝てなかったと当時からかったものだ。 そういえばチームメートの渡米前に、凸凹コンビの二人で+たまに後輩の檀くんを交えて、お茶しているシーンを見かけたこともあった。 後で聞いたところ『モンブラン友の会ですー!芥川さん、色々なお店を知ってたです!!亜久津先輩も嬉しそうでした!』とのことで、都内のモンブランを食べ歩いたらしい。 …ん、モンブラン? ―和栗のモンブランだよ〜 (…ひょっとして、ひょっとする?) 千石『禁止例』を出し、芥川とお茶をする、共通の友人。 そしてドタマかち割ろうとする人。 そんなの、一人しか思い浮かばない。 地図アプリをひらいて芥川が教えてくれたカフェの名前を入れると、いまいる場所から目と鼻の先だ。 ナビの指し示すまま、ダッシュで目的のお店に向かってみると…… (!!うわぁ、やっぱり。ていうか何で俺に連絡してくんないの) 窓際の席で向かい合っている二人。 片方は携帯トークで誘っていた相手、氷帝学園の芥川慈郎。 そして彼の正面で、珍しく楽しそうに『笑顔』すら見せている男。 急いで店内に入り、お店のおねーさんには『待ち合わせです!』と勢いよく告げて、つかつか窓際の席に歩み寄る。 こちらに気づきにっこり笑う芥川の隣にドカっと腰掛けて、正面の男にひとまず文句をぶつけてみた。 「ちょっと!帰ってきてるなら何で連絡くれないんだよ」 「チッ…」 彼の舌打ちと睨みも慣れたものなので、気にせずたたみかけようとしたら隣からはノホホンとした声。 「意外と早かったね、千石」 「芥川くん……教えてよ、亜久津きてるなら」 「だってあっくんが言うなって―」 「あっくんはヤメロっつってんだろーが」 同じく芥川も、彼の睨みと迫力ある声、脅し、その全ても耳慣れたものなのか。 少しも臆することもなく、自身のデザートプレートの和栗モンブランの一番上に乗っかっている大きな栗の甘煮を亜久津のプレートにのせた。 さらに『ほら、あげるから怒らないの』などと、まるで小さい子供に言い聞かせるように話すものだから、千石の目が点となり、思わず笑ってしまった。 「おまえの栗だろーが。別にいら―」 「いらなくはないでしょ。久々の日本だし。いいから、食べなよ。大好きなモンブランでしょ〜」 「…ったく。」 ぶつぶつ言いながらも置かれた和栗の甘煮にフォークをさして口に運んでいる図がおもしろすぎる。 「で、亜久津、いつまで日本いるの?」 「……日曜のフライトで戻る」 「1週間くらいか〜。ていうかさ、いつ帰国したんだよ」 「昨日着いたばっかだよね〜」 「!芥川くん、知ってたの??」 「う?知ってるよ〜?だって友達だもんねー」 「俺だって友達っしょ!?なんで俺に教えてくれないの!」 「……メールしただろうが」 「え?!」 咄嗟に携帯を取り出して受信ボックスを確認してみるも、亜久津からのメールは一通もきていない。 つい隣の芥川の目をじっと見つめ、いつ・どこで・どうやって・どんな連絡がきたのか視線で問いかけると、肩をすくめて携帯ではなくパソコンだと告げられた。 「千石って、いつもどうやってあっくんと連絡とってるの?オレはパソコンのメールだし〜。てういかあっくん、何人かに一斉送信してたよ?」 千石のパソコン用メールアドレスは知らないけれど、自分に送られたメールにはCCが複数ついていて、その中には2つ年下の『檀くん』も入っていたと笑う芥川に、すぐさま携帯のEメールアプリを起動させてパソコンのメールアカウントに接続させる。 そういえばここ数日、パソコンをいじっていなかったからか、それとも普段は携帯メールとトークアプリをメインに使っているからか。 とりあえずパソコンのメールを最近は確認していなかったことを思い出し、受信メールを見てみると…………あった! 「ていうかさ、亜久津!俺がパソコンメールあまり見ないって知ってるじゃん!携帯メールのアドレスも変わってないからわかるでしょ?!なんでパソコン!?」 「……別に理由はねぇ」 「なんだよ〜」 ぎゃあぎゃあ喚く千石をよそに、芥川は残りの和栗モンブランを片付ける。 久々の亜久津との『モンブランの回』は楽しいけれど、千石がここまでぶーぶー言うので亜久津の相手を変わったほうがいいのかな?と伝票を持って席を立とうとしたが、当の千石に腕をつかまれ、さらに亜久津にも『いいからいろ』と言われて、とりあえずは夜までは付き合うかと決めた。 カフェを出た後、歩きながら駅へ向かう途中『千石の誕生日』と知り、なら夕飯は誕生日おめでとうの会だね!とお店を調べだす芥川の隣で、元から知っていたらしい亜久津は無言で千石にアメリカ土産を差し出した。 どうやら誕生日プレゼントらしい。 感極まった千石は満面の笑顔で、芥川と亜久津の真ん中ではしゃぎながら、誕生日を祝ってもらうべく芥川チョイスのお店へと歩みを進めた。 やっぱり、『ガールフレンド』たちと予定を決めず、大正解〜! (終わり) >>目次 |