土曜日で学校は休みながら立海大付属高校テニス部には休みなどもちろん無く、10月19日の本日も昼から夕方まで練習に明け暮れているテニス部は、校内でも厳しい部活の部類に入る。 ただし中等部からこの調子なので、所属している部員たちにとっては慣れたもので、今更、『土日に休めない!』『予定が入れられない』などと嘆く輩はいない。 冠婚葬祭を除き、よほどの用事でもなければ基本的に休むことが許されない空気なので、たとえどんな記念日だとしても、部員はすべからく部活を最優先して汗を流す。 ― 10月19日 土曜日 ― フェンス越しにかかる黄色い声援……とまではいかないにしろ、立海大高校や周辺の女子高生たちがテニスコートを見学にきてはお目当ての部員をながめ、きゃあきゃあ言っている姿は見慣れたもの。 全国ナンバー1チームともなれば他校の偵察部隊も多く見られるため、常にコートの周りには男女含め誰かしら部外のものがいる。 中には偵察―というか、他校のテニス部員には間違いないのだけれど、偵察とも言えず、かといってキャアキャア声援を送る女子高生とも言えず、その中間に位置する唯一の学生の姿も週一または10日に一度のペースで見られる。 フェンスに両手をかけて、ただ一人のプレイヤーを羨望の眼差して見てははしゃぐ他校生の姿は、中等部の頃からなのである意味習慣化しているともいえよう。 立海大高校男子テニス部一同も週一の彼を『これもまた部活の風景』としてすんなり受け止めており、目を輝かせて憧れのボレーヤー兼親友のプレーに声援を送る彼もまた全国区のプレイヤーなため、練習後に彼のもとへと行き、試合を申し出る部員もいる。 今週は土曜日を見学の日に選んだのであろう例の他校生は、練習が終わるまでフェンスにかじりついてダブルスの練習を眺めては、赤い髪のボレーヤーが決めるたびに、 『すっげぇ〜!!かっけぇ』 『まじまじ、ちょー早ぇー、さっすが丸井くん!』 『えー、どうやった打てんの、あんな球。やっぱ丸井くんすっげぇC!!』 全ての声援がバッチリ耳に入ってるに違いない天才的ボレーヤーは、フェンスから声があがるたびに得意げに、そして楽しそうに、嬉しそうに体を動かしていた。 確かに、他校生の彼の姿がフェンスにあると、チームメートのダブルス前衛は動きが軽やかになり、調子もあがるらしい。 今日も今日とて彼の姿が立海大高校テニスコートのフェンス外、巨木の根元にあり、赤髪のプレイヤーのラケットも軽やかで動きもよく、チームメートにとっては最高の練習になったといえよう。 対する自身のダブルスパートナーはというと。 彼も彼で、天性の手首を持つ他校のボレーヤーが姿を現すと、本人はバレてないと思っているようだが目で常に追っているのはパートナーの自分にはバレバレだ。 金糸をふわふわ揺らせている元気いっぱいの彼が、赤髪のチームメートにのみ『かっけぇ!すっげぇー、丸井くん、がんばれー!』なんて声をかけるたびに、隣のパートナーの米神がひくつき、面白くない顔をしていることも知っているが、感情を隠したがるパートナーなので口にすることはせず、ただ傍観者に徹している。 パートナー兼友人の疑問としては、『なぜに付き合っている恋人ではなく、他のヤツを応援するのか』が常に頭をぐるぐるしているらしいのだが、金色の彼と赤色の彼ら二人の出会いは中学一年の頃、そして金色はひたすら赤色の背中を追って成長してきたことを思えば仕方のないこと。 現に友人も、己の恋人に『丸井じゃなく、こっちを応援せんか』ともいえないらしい。 ―憧れの人と、好きな人は違うものですよ。 せめてもの慰めに。そして、友人もわかってはいるだろうとかけたフレーズも、さて何回目になるだろう。 周りに自分のプライベートは話さない友人が、唯一パートナーである自分にはこういうことを言ってくれるのも、何だかくすぐったくて、可愛らしい。 苦節二年。涙ぐましいほどの努力を重ねて、念願の想い人を手に入れた友人を思えば、赤髪ボレーヤーへの密かな文句も可愛いヤキモチだと微笑ましくなるものだ。 (…おや?お一人でしょうか) 練習を終えての下校途中、通りがかったカフェに先ほどまでフェンスで声援を送っていた他校生の彼をみつけた。 てっきり自身のパートナーとともに、いつものようにどこかへ行ったかと思っていたが、窓際席に座って入るのだろう、外から見える限り一人きりで、銀髪のパートナーの姿は無い。 信号が変わるまでじっとカフェの彼を眺めていたらあちらも気づいたようで、満面の笑顔で手をふってきた。 (今日も元気ですね) 軽く振り返すと、今度は手招きされたのでどうしようか一瞬躊躇したが、これからの予定も特になく帰宅するだけなので、一人きりの彼のもとへ向かう。 『パートナーの代わりを務めましょう』とばかりに店内へ入ると、やはり一人でお茶していたようで対面の席は無人で荷物も置かれていなかった。 「お一人ですか?」 「今はね。いちおう、待ち合わせ」 「どちらへ行かれたのでしょうか?」 「忘れ物したって、家に取りに行った〜」 「そうですか」 「柳生は?ひとり?」 「ええ。帰宅するだけですが」 「じゃ、ちょっと付き合ってよ」 「いいですよ。仁王くんが来るまで代わりに―」 待ち合わせの相手がくるまでのつなぎを申し出ようとしたら、きょとんと目をまんまるくさせて、勢いよく首を左右にふり少し怒ったかのように声をあげて反論された。 「ちが〜う!オレは、柳生とお茶したいんだよ?」 「え…?」 「仁王じゃなくて、今は柳生とのデートだもん」 「デート、ですか」 仁王は仁王、待ち人には間違いないけれど、彼の代わりなんてとんでもないという。 大好きな恋人の代わりなんて誰にもできない、という惚気的な意味ではなく、『柳生は柳生』、いない人の穴を埋めるのではなく『柳生』個人がいいのだと真面目な顔で話す金糸の彼に、なんだかおかしくなってつい笑みがこぼれてしまった。 (なるほど、真っ直ぐな強い瞳……仁王君が惚れるわけですね) 「お二人でどこか行かれるのですか?」 「うん。ご飯食べにいって、そのまま仁王んち泊る予定!」 「明日は日曜ですしね」 「そ。といっても、明日も午後から練習なんでしょ?だから、明日午前中に帰るけどね〜」 聞けば氷帝はテスト週間だったらしく、金曜日に最終科目が終わり部活動も解禁になったらしい。 ただ、一部の部活は週いっぱいを『試験期間で休み』にしているらしく、テニス部もそれに倣い公式練習はオフ、希望者のみコートを開放するため自主練習になっているとのこと。 そのため明日午前中、仁王宅から東京の実家へ戻った後は氷帝へ自主練習しに行くか、友達を誘いストリートテニスでも行こうか迷い中だという。 結局はテニスをしたいのだなと察せられて、他校とはいえ同じテニス部員として抱く気持ちは一緒なのだと実感した。 (…にしては立海大付属高校のテニス部は氷帝のソレと比べて厳しすぎではあるが) 「試験だったのですね」 「やぁ〜っと終わったよ。でも、今回は苦手な国語もすらっすらだったC!!」 「国語?」 「オレ、理数は問題ないけど、漢文・古典がちょーダメなんだよね」 「漢文、古典ですか…おや?」 「でもでも、今回はバッチリ」 「もしや、出題は平安時代か、後期ですか?『大鏡』や『今昔物語集』…」 「!そうだよ〜よく知ってんね」 「……なるほど」 数ヶ月前、ダブルスパートナーの彼が見慣れぬ参考書を持ってきては『教えてくれ』と机にかじりついてきたことがあった。 見れば立海大付属高校2年生の古典教科書ではなく、都内有数の進学校で使われている教材 ― 彼の恋人の通う、氷帝学園のソレだった。 さすがかなりの進学校なだけあり、立海よりも授業の進み具合が早く難易度も高い。 仁王の持つ参考書をパラパラめくってみたら、中身も高度で立海ではやらない物語も多数載っており、大層興味を惹かれたものだ。 彼の恋人は古典系が昔から苦手のようで、高2にあがり文系・理系と別れたクラスになったことで、なんとか授業についていけているのだという。 数学の得意な仁王と同じくらい理数系は問題ないらしく、氷帝学園でも理系コースを選択し物理や数学ではトップクラスでいわゆる『紙一重』的な扱いを受けている、と以前聞いたことがある。 (文系項目の成績が地を這っており、赤点・補習常連組みのため、数学満点・古典0点を地で行く成績具合なんだとか) 仁王もどちらかといえば理系人間のため、決して国語系が得意なわけではないが、数ヶ月前からやけに『教えてくれ』と言ってくるようになった。 来年には受験生にもなることだし、今から苦手科目を鍛えるのだなと、乞われるがまま休み時間、試験前の部活オフウィーク、そして図書館等で教えた結果、仁王の総合成績が著しくあがったのは記憶に新しい。 あの時は仁王が自身の成績向上を図っているのかと思ったが、これはもしや… 「仁王に教えてもらったんだ〜。すっげぇわかりやすくて―」 (…やはりそうですか) 数ヶ月前から古典・漢文の基礎知識を学びなおし、こつこつと知識を積み上げていったのは全てはこのためだったのか。 さらには数週間前、平安後期の物語についてあれやこれやと質問され、柳とともに家庭教師よろしく隅々まで教えたのだが、理由がわかった今となってはある意味アッパレともいえよう。 氷帝学園高等部二年・理数コースの秋の一斉考査における古典漢文の出題範囲だったとは。 「もしや漢文は、項羽本紀……そうですね、『四面楚歌』でしょうか?」 「え、何で知ってんの?すっげぇ!」 ―それはですね、『大鏡』『今昔物語集』やその他、平安後期の古典に加えて、漢文も特訓したからですよ。 ホロっと言ってしまいそうになったが、数ヶ月間古典を頑張った彼は、きっと何てことないとばかりにスマートに教えてあげたに違いない。 裏では大層な努力をして基礎を頭に叩き込み、たいして興味もなければ好きでもない科目を、それが苦手な恋人のためにひたすら学んだことを思えば、『勉強もできる仁王くん』として芥川の中に記憶させておいてあげようと黙っていることにした。 「跡部にね、ヤマはってもらったら『四面楚歌』丸暗記しろって言われてさ。仁王、最近漢文も教えてくれるから、試しに聞いたらばっちり知ってるって」 先週一緒に勉強し、その時に教えてもらったのだと笑顔の慈郎に、教えた張本人の努力を知っているからか微笑ましくなった。 そのさらに一週間前、立海大付属高校の柳生・柳のクラスに休み時間毎に現れては『項羽関連』の漢文に取り組む仁王の姿があったのだから。 その後も試験の話、部活の話題、最近みたドキュメンタリーの内容、と彼の口から次々と出される話題は尽きないようで、こちらは相槌を打つだけなのだが特段反応を求めているわけではないのでそれでいいらしい。 覚醒してコートの中ではしゃぎまわる彼は何度かみたことがあるが、オフのシーンでこれほど元気いっぱいの姿はさほど見慣れてはいないため、何だか新鮮だった。 (コート以外ではぼんやりのんびりしている事が多いためか) やがて内容は二人の共通の友人 ―柳生にとっては友人で、芥川にとっては恋人ではあるが― 仁王雅治のあれこれに移り、『柳生と仁王の友人関係』と『芥川と仁王の恋人関係』によって異なる、休みの日の過ごしかた、良く行くファーストフード、レストラン、映画館、本屋、と語り、相手によってこうも行く店が違うものかと確認しあい、互いに笑ってしまった。 「どうですか?仁王くんは」 「えへへ、優しいよ」 そう、確かに。 普段は本心を見せず常にのらりくらりかわし、それこそ『詐欺師』などと言われるくらいのトリックプレーに、その異名を裏切らない普段の周りをからかい面白がる性格。 ただ、その奥には他の立海大テニス部メンツと同じ熱い魂を宿しており、負けず嫌いで努力家、そして仲間想いな男だ。 恋人のために、裏で密かに、こつこつ努力する面もあることを今回知れた。 まぁ、目の前で美味しそうにチーズケーキを頬張りながら笑う彼を手に入れるために、あれやこれやと手を回し、涙ぐましいまでの根性を見せてきてはいたけれど。 (その中に多少の卑怯な面やずる賢いところがあったことも否めないが……その辺はダブルスパートナーとして、彼の友人として目を瞑ったシーンも多々ある) 「芥川くんは、仁王くんの変装をいつも見破りますね」 「う?そう?」 いつも不思議に思っていた。 仁王の変装は中等部の頃に比べかなり高度になり、技はもちろんのこと雰囲気や仕草、クセまでも完全にコピーし、時に本物かそれ以上の力を見せる。 オリジナルを凌駕するほどの『イリュージョン』は、コート外でも発揮されるようになっていき、行き過ぎたイタズラにダブルスパートナーとして迷惑をこうむったのも一度や二度ではない。 例:柳生コスプレのまま校内を徘徊し、教育実習の女子大生をナンパ (注:芥川に全てをバラすと宣言したら物凄い勢いで頭をさげられ、果ては土下座までしそうになったため『もういいですから』と許す) 例:『丸井ブン太』練習中に妙技連発し、成功率があがってきたところで丸井行きつけのケーキ屋さんでバレないか試そうとトライ (注:『丸井くんのイリュージョンですか。芥川くんが喜びますね』と何気なく声をかけたら、その日からパッタリ丸井の模倣を止めた。なにやら思うところがあったらしい。) 色々な選手のイリュージョンを行ってはいるが、やはり柳生のコピーが年季も入っているためか一番完璧に近く、何年も一緒のチームメートすら騙せるくらいの完成度を誇るのだが、何故だか芥川の前では『仁王、何してんの?』とすぐにバレることが、柳生としても謎だった。 確かに直感に優れ、どちらかといえば感覚的なので、動物的勘とでも言えばいいのか、『なんとなく』で見破りそうな気もしないでもないが。 ただ、芥川の語る『見破る方法』は意外といえば意外、しかし仁王らしいといえば大変に仁王らしかった。 「あのね。オレってさ、よく躓いたり転んだりするじゃん?」 確かに、何も無いフラットな道路をフラフラ寝ぼけながら歩いていたり、起きていてもぼんやりしていることが多いからか、よく物にぶつかりそうになったり、何かに躓いたりしているところを見かける。 そのたびに、隣にいる仁王が手を差し伸べたり、障害物をのぞいてやったりとかいがいしく世話をやいているところも、なんともいえず可愛らしく微笑ましいものだと思ったものだ。 「柳生も、幸村くんも、柳も、みんな優しいし、オレが転んだら起こしてくれるでしょ」 「ええ」 「でもね、仁王だけは転ぶ前に気づいて、引っ張ってくれるんだ」 「…なるほど、そういうことですか」 「そ。柳生に変装してても、幸村くんのイリュージョン中にオレの前に出てきても、躓いたらさっと手が出てくるから、すぐわかっちゃう」 誰に変装していても目が優しいから、なんとなくわかるのだと楽しそうに思い出し笑いを浮かべる芥川に、『確かにあなたを見つめる仁王くんの瞳は、ただただ穏やかで優しいものですね』なんて思いながら、少しぬるくなった白桃紅茶を飲み干した。 さらには変装中かと訝しんだ時には、わざとつまづいたり転んで反応をみることもあるらしい。 いまのところすっ転がる前に抱きとめられるため、『変装中の仁王』を100発100中、見破れるのだとか。 (本物の柳生や幸村だった場合はそのまま転んでしまい、起こされることになるのだが) 「さすが。仁王くんのことはお見通しなのですね」 「柳生ほどじゃねぇけど〜」 「わたし、ですか?」 「うん。やっぱ仁王には柳生でしょ?あいつも柳生には頭あがんないみたいだC〜」 「…そうでしょうか?」 「そうだよ〜見ててわかるもん」 すんごく懐かれてるでしょ?なんてにっこりされるも、はて、そうなのだろうかと頭にハテナを浮かべる。 まぁ、なんだかんだ言いながらも早4年半以上の付き合いだ。 数え切れないほどの迷惑・被害をこうむってきたともいえるが、彼が一番最初に頼るのは誰であろう、ダブルスパートナーの自分である。 『柳生にしか頼めん…』 『一生のお願いじゃけん』 『今回だけは見逃してくれんかの』 『…どうしたらええんじゃろ。もうわからんくなってきた』 『いい加減にしたまえ!遊びすぎです』 『一体、何度目の一生のお願いだと思っているのですか』 『今まで何回目を瞑ってきたとお思いで?』 『仁王くんらしくないですね、諦めるのですか?丸井くんに取られてしまっても、いいのですか?』 ―誰が諦める、と……諦められるわけ、なか。 ―それでこそ仁王くんです。しょうがないので私が引き止めておきましょう。さぁ、行きなさい。 そんなやり取りで丸井をだまくらかして、仁王に手を貸した数ヶ月前が懐かしい。 結局はこの二人も割れ鍋に綴じ蓋なる、意思疎通&相性バッチリなダブルスペアなのだろう。 まぁ、正直言うと金糸の彼に仄かな想いを抱いていた丸井には可哀想なことをしたと思わないでもないが、仁王のソレの方が明確かつ強いものだったので、今となっては結果オーライ。 何といっても、目の前の芥川は嬉しそうに、楽しそうに仁王の隣で微笑んでいるわけだし、それにとても幸せそうだ。 「ね、柳生はこれから家?直帰??予定は?」 「私ですか?この後は家に帰る予定ですが」 「う〜、やっぱおうちでお祝いかぁ」 「お祝い?」 「今日、誕生日っしょ?」 「おや、ご存知でしたか」 「仁王に聞いた。おめでとー!」 「ありがとうございます。…ですが、家族でのお祝いは昨日していただきましたので」 「え?なんで?今日はしないの?」 「あいにく家族皆、本日は出払っておりまして」 「…じゃあ、夜はひとりなの???」 「そういうことですね」 最後のチーズケーキ一欠片を口に放り込み、慌てて紅茶で流してゴクンと飲み込んでからすーっと一呼吸おいて、真っ直ぐ柳生を見つめて堂々たるお誘いをかけてくる。 「一緒にご飯、いこ!」 一人で食べるご飯より、誰かと一緒のほうが美味しいし〜! これから焼肉行くんだよ〜、やっぱ二人より三人のほうがいいよねぇ。 あ、それとももっと大人数がいいかなぁ?他の人も誘ってみよーっと。 もしもし〜切原?今日焼肉いこーよ。うん、駅前。きてきて。 幸村くーん、今日さー、柳生のお誕生会で焼肉行くんだけど、一緒しない?さんきゅ!じゃ、待ってるー。 あ、柳ー? (…凄い行動力ですね) 普段のボンヤリのろのろ寝ぼけている姿からは想像ができないくらい、テキパキと携帯操作しながら電話をかけては切り、かけては切る芥川を見て、ついつい目が点としてしまう。 彼が続けて『あ、丸井くーん!』と話し出したため、はて当初は仁王と二人のデートのはずでは?……が、どんどん増えて、趣旨が『柳生誕生会』に変わり、さらに丸井も誘うとなると仁王的にはーいやいや、立海メンツが増えているのだから、そこに丸井が加わるのは当たり前のことだな、うん。 (仁王くん……これは、不可抗力というものですよ) もうじきカフェに現れるであろう仁王へ、これは決して自分のせいではなくアナタの恋人の行動力と発想が生んだ結果なのですよ、と心の中で呟いた。 その後、合流した仁王は愛しい恋人の目の前に座る、チームメートの姿に当初驚いたものの、それが柳生だったため然程気にはならなかったらしい。 ちょいどいいとばかりに『家に取りに帰った忘れ物』を差し出し、聞けば夕飯前に柳生宅へ寄り渡すつもりだったのだと、綺麗に包装された箱を渡された。 『プレゼント、ナリ』 勉強みてくれてありがとう たくさん協力してくれてありがとう 面倒みてくれてありがとう 色々と、本当に、ありがとう そんなたくさんの『ありがとう』を詰めたものらしく、実は照れ屋なのでそういう事は口にはしない彼なのだが、こっそりと小声で『感謝しとるけぇ』と言ってきたため、今日この日に手招きされるままカフェに立ち寄って良かったと素直に思えた。 待ち合わせの駅前へ移動する途中、隣を歩く友人へと、からかい交じりに声をかけてみた。 「幸せなんですね、仁王くん」 「なんじゃ急に……メシ、行くぞ」 珍しく照れくさそうに、そっぽを向いて目をそらせた。 …が、チラっと少し先を歩く金糸の後姿を捉え、目を細めて優しげな、柔らかな表情へと一瞬で変わったことを思えば、やはり幸せなのだろう。 もちろん、集まった焼肉屋のメンバーの中に、彼の恋人が大好きだと公言する赤髪のチームメートを見つけ、『チッ』なる舌打ちとともに盛大に眉を潜めてはいたが。 (終わり) >>目次 |