日課の早朝ランニングを終えて宿舎のポストをのぞき、数通きているエアメールを回収する。 そのままマンション(宿舎)の一階カフェに入って、いつもと同じ奥の席に座れば店員のブロンドのお姉さんが『いつものでいい?』とオーダーを取りに来て、無言で頷き数分。 バター香る焼きたてクロワッサンに、コールスローサラダ、ヨーグルトが盛られたワンプレートに、熱々のカフェラテを添えて、モーニングが登場。 ここでの朝食ももう2年になるのか、ご近所にもカフェにも溶け込み、いまや立派な常連だ。 >> 一通目― Airmail from Japan 今年は七月の七夕祭りと夏休みの出来事が綴られた力作の手紙だ。 どうやら立派な日本家屋な実家で、庭に笹を飾り短冊をかけて、甥っ子や仲の良い友人らと日本の夏を満喫したらしい。 同封されている写真は、夜空の下、提灯あかりに照らされた笹と短冊。縁側から撮ったのだろう、端っこに写りこんだ風に揺れる風鈴が夏を象徴しているかのようだ。 母国の夏の風物詩はどのパーツをとっても『和』が散りばめられているが、薄明かりもあいまって幻想的で、どこかノスタルジック。 手紙の書き手のイメージとは程遠いためか、つい笑みがこぼれてしまった。 小学生らしいおかっぱの男の子は、友人の甥っ子だろう。 一緒に写っている同い年くらいの小学生は一体誰だ? 赤い髪に、ぱっちり目の元気いっぱいな少年。どこか見覚えのあるような、無いような。が、次の写真を見て、納得。 見覚えのある姿より大人っぽくなってはいるけれど、日本で過ごした学生時代の最後の大会。 まさにラストの決勝相手だった対戦チームのメンバーだ。 忘れるわけはない。 赤い髪と天性のテクニックで観客を魅了する高校屈指のボレーヤーの隣は、今も彼を追い続ける……こちらも天性の手首を持つ金髪のボレーヤーらしい。 二人肩を並べ、満面の笑顔。 その前にちょこんと座る、友人の甥っ子と赤い髪の小学生。 そうか、この子はきっと、赤い髪のボレーヤーの身内なのだろう。 友人のチームメートなので、赤毛の彼が日本家屋で寝そべっているのは納得だが、金髪の彼は他校生のはず。 赤毛=金色はワンセットとして頭に浮かぶのだが、金色と友人が結びつかないなと不思議に思う。 ただ、あれから2年近く経っていることを思えば、自分のいない間にも確実に時は流れており、予想外の友人関係が築かれているのだろうと納得した。 そう。 次の写真に、中学三年間ともに汗を流した元チームメート……相変わらず両サイドの髪を跳ねさせて、頬に絆創膏をはった元気印。 中学時代はダブルスの黄金ペアとして名を馳せたが、パートナーがエスカレーター式の高等部へ進学せず、別の高校へ進んだためにペア解消。 それでもテニスは続けており、高校ではシングルスプレーヤーとして多くの大会へ出場していると、別の元チームメートから定期的にくるメールで聞いている。 そして最後は短冊の前での集合写真か。 どれも皆、学校はバラバラだが馴染み深い面々が写っている。 …が、端っこの人物が。 「………亜久津?」 真剣にテニスの道へ進むことにした彼は、今は西海岸を拠点にスポーツ養成所で厳しい訓練を行っていると聞く。 一時帰省していたのだろうか。 それにしては何故、この友人宅? …そういえば、中学時代。自分が去った後の選抜合宿で、一度ダブルスを組んで試合をしたと聞いた。 それで交流でも結んだのだろうか。 手紙本文には、学校生活やテニス部のこと、夏の大会、と春から初秋にかけての出来事が綴られていた。 相変わらずマメな男だと思いながらも、こうやって律儀に手紙を贈ってくれる彼は、自分にとってかけがえのない友人なのだと思う。 『誕生日おめでとう』 ストレートなお祝いの言葉にも、達筆な筆ペンで書かれたであろう文字も、彼らしさがにじみ出ていた。 ……集合写真に写る久々の友人の姿は、記憶に残っているものより10歳くらい年齢を重ねたんじゃないかというくらい、老け顔に拍車がかかっていたけれど。 >> 二通目― Airmail from Japan 元チームメートからの近況報告は、これまた夏の出来事で、彼の幼馴染とともに軽井沢で休暇を取ったという、いわゆるバケーションなネタだった。 いわく、ペンションを経営している叔父を持つ彼の幼馴染は、毎年知人やチームメート、仲間を誘って叔父のもとで世話になり、時にはテニス合宿、時には休暇。 目的は多々あれど、毎年訪れるのは変わらないらしい。 今年は大会後にお邪魔したので、テニスというよりも休暇がメインだったと、同封された写真も遊んでいるものが殆どだ。 釣りをしている彼の幼馴染と、青空、大木の緑、そして清流。 ネイチャーウォーキングとでも言えばいいのか、タブレットで図鑑らしきアプリを開きながら、花を眺め話し合っているらしい二人の姿 ―片方は元チームメートで長年自分の隣・シングルス2で天才の名を欲しいままにした華麗なプレイヤー。もう一人は中学時代、全国一と言わしめた絶対的王者で高校でも団体戦優勝に導いたエース。 あれほどのプレイヤーなので、同じくプロの道を目指すだろうと思いきや、趣味の植物や花を扱う関係の方面へも進みたいようで、本格的に進路を決めだす高校二年生のこの時期に実は迷っているらしいと一通目手紙の友人がこぼしていた。 バーベキューの様子を写したスナップでは、どういう繋がりがあるのか、元九州ニ翼。 確か暴れ獅子の方は趣味・料理でその腕もかなりのものだと聞く。 対する関西在住ののんびり屋は、およそ料理なんざするようには見えないが、薪をくべながら火の勢いを調整しているシーンは結構似合っていた―自然児ということだろうか? ハンモックに揺られているのは………ここでも、ふわふわの明るい髪が太陽の光できらきら、金色に輝くあどけない少年。 意外と交友範囲が広いものだ。 中学時代の合同合宿時に、赤髪の彼とよく一緒にいるところを見かけたので、一通目の七夕写真でともに写る二人を見ても、仲が良い友達同士だなと思うくらいだったが。 二通目のメンバーと金色の彼との繋がりにあまりピンとこないが、そういえば植物を愛でる元チームメートは関東大会のシングルスで彼と対戦していた。 それ以来、練習試合や合同練習を行うたびに『不二と試合したい〜!』『いいよ、やろうか』なんてやり取りを何度か耳にしたなと思い出す。 一通目は赤髪のダブルスプレイヤーと、二通目は元チームメートの天才と仲が良いのだろう。 『17歳おめでとう』 定期的に近況をメールくれる彼が唯一、年に一度直筆で送る手紙の結びの言葉。 ……で締めくくられたと思いきや、手紙の裏には謎の単語が並べられていて― 『最近考案した新レシピだよ。是非つくってみてくれ。そして出来れば感想をメールで送ってくれると有難い』 渡欧してから2年近く、ご無沙汰だった彼の特製ドリンク ―といっていいのか……いや、ただの汁か。 青苦い味を一瞬、思い出したような気がした。 >> 三通目― Airmail from England 日本よりはだいぶ近くにいる同い年のテニスプレイヤーは、どうやらこの夏、アメリカの亜久津と同じく日本に帰省していたらしい。 それも、何故か関西地方。 京都、奈良とまるで修学旅行生のような日程をこなし(あくまで公立。なんせ彼の母校の遠足・修学旅行等は基本海外なので)、大いに楽しんだご様子。 一通目、二通目と違ってミニフォトブックのように編集されている。 開いてみると、ずいぶん久しぶりな人々が写っているのだが、関西圏だから納得か。 木の根が張り巡り凄いことになっている地面、生い茂る木々、そして川床。 鞍馬山で牛若丸と弁慶ごっこをやっているらしいワンカットは、元大阪代表の波動球使いと元東京代表のムーンサルト使い。 その後ろでなにやら追いかけっこをしているのか、単純に追いかけられているのか。 浪速のスピードスターの先を走っているらしい少年は氷帝の寝太郎だ。 ここでも金髪の彼が登場していることに目がいったが、手紙の贈り主を思えばこの三通目にこそ写っていてもおかしくない人物だろう。 なんせ英国在住の彼が送ってくる写真には、いつもだいたい金髪の眠り姫も写っているのだから。 社寺仏閣巡りでもしたのか、京のあちこちで撮影されたシーンが満載。 桜の時季はそれはもう見事だろう、御室桜の木々が一面に広がる仁和寺の、花のついていない背の低い木々の前で寝ている金髪の彼と、そんな寝太郎をじっと見ているスピードスター。 …を叩いている四天の聖書。 悟りの窓からのショット ― 源光庵の真ん丸い枠の外と中からそれぞれ撮られたカットで、端っこに数人写っていたのは聖書が当時天才と呼んでいた後輩と、独特なプレースタイル―演武テニスといったか?―で後輩を苦しめた少年か。 ところかわってケーブルカーらしき車内からの景色は壮大な湖。 なるほど、比叡山から日吉大社へ向かう道中のワンショットか。 どうやらここでもスピードスターは寝太郎にちょっかいを出しているのか、からかっているのか、構っているのか。 迷惑そうに『い〜!!』なんて声が聞こえそうな表情の金糸の少年と、隣で必死な形相のスピードスター。 一体何が起こっていて、何のシーンなのか不明だが、次の写真で足蹴りにされている大阪の金髪 ……この足は、手紙の贈り主か。 『Happy Birthday for your 17th special day 』 綺麗なペン字で書かれたこれまた直筆の手紙を読み終え、フォトブックにも一通り目を通して封筒にしまう。 たまにここドイツに遊びに来る彼は、もしかしたら日本人の中でいま一番親しい間柄なのかもしれない。 イベントの時は颯爽とあらわれて、何だかんだ自分をあちこちへと連れまわす。 疲れることももちろん多いけれど、自分では絶対に行かない場所ややらない、色々なことに巻き込んでくれるので、刺激剤のような存在だ。 『来年はお前も連れてってやる』 …なるほど。 さて、どうやって断りをいれようか。 (行き先によっては行ってやらないこともない) >> 四通目― Airmail from USA ずいぶん珍しいヤツからの手紙に、送り主の名を2〜3度確かめてしまった。 お世辞にも筆まめとは言えないし、そもそも手紙を書くようには見えない。 『手塚部長へ。 久しぶり。元気してる? この前、スペインの大会で跡部さんに会いました。別ブロックだったからあたらなかったけど。 部長が出れなくてザンネン。対戦したかったのに。 大会後はすぐアメリカに戻ったんだけど、トレーニングジムで幸村さんに会いました。 再発したんじゃなくて、単なる旅行だって。 日本で立海の高校に通ってるって言ってたけど、このまま俺たちみたいにテニスの道に進むか、同じくらい真剣に勉強してる別の趣味があるらしくて、そっちにするか考え中だって言ってた。 コートで打ったら、相変わらず隙の無いテニスで、強かった。 やめるのはもったいないかもしんないけど、決めるのは自分でしょ? 俺はテニスを続けるためにアメリカへ戻ったこと、後悔していない。 部長だってそうだよね。 全部、自分で決めたことだし。 テニス以外でやりたいことが思いつかないともいえるけど。 ていうかお互い、テニスしか無いでしょ。 部長もそろそろ試合したいんじゃない?怪我、そんなに酷くないんだよね? 跡部サンにきいたら、単なる疲労だって言ってたし。 ということで、これからそっち行きます。 10月7日から10日間オフだから、今回のバケーションはドイツに決めたよ。 ホテルとってないからよろしく。 飛行機着いたら連絡します。 Thanks for your kindness. and happy birthday ! 』 …相変わらず敬語とタメ語が混ざっているヤツだ。 「俺はもう、部長では無いのだが…」 というか。 『これからそっち行きます』 ずいぶん急だな。 泊るといっても……まぁ、以前もホテル代わりにされたので、前に来た際にそろえた彼の寝具一式がクローゼットに眠っている。 宿舎といえど十分に広いマンションの一室なので、問題は無いのだが、こちらにも練習やらなにやら予定はちゃんとあるのであって― 所属しているプロ育成スクールも、チームメート、コーチともども、アメリカのRyomaEchizenの飛び入り参加は大歓迎だろうが。 やれやれ。 とりあえず食後、部屋を掃除して彼の布団を引っ張り出し、ベランダで陰干しでもするか。 計4通の手紙を読み終え、ぬるくなったラテを飲み干してカフェを出て、まっすぐ部屋へと戻った。 (終わり) >>目次 |