いちばん寂しかった日4-1



「…なぁ、アレ、何?」

「何って、菊丸やん」

「じゃなくて、その後ろの」

「あぁ…雛鳥ちゃうん?」

「…ったく、カルガモの親子かよ」


テーブル席でデザートのケーキをつつきながら隣の忍足とともに見つめる視線の先には、スイーツコーナーで色とりどりの甘いものを皿にとりながら、あーだこーだ会話を交わす二人。
向かいに座る不二に説明せよとチラっと見ても、ひらり笑顔でかわされて、芥川が遅刻した理由も、今日ここに菊丸とともに現れた理由もはぐらかされて、結局わからないまま。

青春学園の二人が来てから、ずいぶんと後で一人フラっと会場にやってきた芥川は、驚いた氷帝の面々が駆け寄るにも『ごめんね…』とだけで、後は青学コンビのもとへ行ってしまった。
以来、ずっとこの調子だ。


ひょこひょこ。


不二の後ろを等間隔で歩き、手招きされると嬉しそうに隣にピタっとくっついて、お皿にワッフルをのせてもらい、メープルシロップと生クリームににっこり笑顔。
続く菊丸のそばではドリンクコーナーでジュースか水かと思いきや、揃ってホットココアを淹れてもらっていて、『ジロー、メシ時に甘いもんあまり飲まねぇのに』と呟く向日に、宍戸は深く頷いた。


食事中も不二と菊丸の間に座り、楽しそうに二人と会話しながらパクパクとパンケーキを口へ運びながらも、不二のプレートに盛られたケイジャンチキンをすすめられ、一口ちょーだいが炸裂。
面白がった不二が、優雅な手つきで器用に切り分け、一口サイズのチキンをフォークにさし、芥川の口元へもっていっての『あ〜ん』
氷帝メンツはそのシーンに固まったが、遠くで挨拶まわりをしながらチラチラと氷帝テーブルの様子をチェックしていた跡部も、間違いなく固まった。


「何でこんなに懐いちゃってんだ」

「さぁ…不二の家から一緒に来たしなぁ。見てみぃ、跡部。キレそうやで」

「ん?」


忍足がくいくいっと親指を向ける先には、射殺さんばかりにこちらをキッと見つめる本日の主役。
まるで、芥川のカルガモ状態に、お前ら何やってんだと忍足と向日ら氷帝メンバーを責めているかのようだった。


「睨んでもしょーがねぇよなぁ、侑士。俺らだってわかんねぇもん」

「せやな〜。ま、ええわ。ジローも何回聞いても喋らんし」

「滝が聞いてもダメだったんだから、誰にも話さねーだろ」


宍戸の台詞に、滝もうんうん頷いて、ここは見守ろうと芥川へこれ以上あれこれ聞くのや止めることにしたらしい。



パーティも終盤に差し掛かり、高校生たちはそろそと時間だと用意された客室へ向かうことにした。
不二と菊丸はもともと泊る予定は無かったため、タクシーを呼んでもらおうとしたものの、跡部家執事に『お部屋用意しましたが』と言われ、明日は学校も部活もオフなことから、この際だから泊っちゃおうかとそれぞれ家族へ連絡を入れた。

会場に跡部一人を残し、高校生たちはメインルームを出てそれぞれ客室へと向かう。
てっきり跡部の部屋のある離れへ行くと思われた芥川が、そのまま不二と菊丸についていったのだから向日は驚き、呼びとめるも青学コンビは揃って『構わない』とそのまま芥川をつれていってしまった。



「なぁ亮。どうなってんだ、あれ」

「さぁな。わかんねーけど落ち着いたらジローも話すだろ」


何を聞いても喋らなければ本当に言いたくないことを隠しているときなので、こういう時に無理やり聞きだしたりしないと幼馴染二人は決めている。
ただ、数日、はたまた数週間、数ヶ月後に芥川の中で消化できたときに、ポロっと言ってきたりするので、その時に聞いてあげればいいと互いに頷き、用意されたツインルームへ入った。



「ジロー。大丈夫かな」

「笑ってたし、平気やろ」

「今日の昼、ちょっとおかしかったんだよね」

「不二と菊丸のおかげなんか知らんけど、あの懐きようはやっぱり二人のおかげなんやろ。普段のジローと変わらんかったし」


会場に現れた芥川は、一目散に滝のもとへやってきては『心配かけてごめん』と頭をさげ、そのまま他のメンバーにも『ごめんなさい』と謝った。
そのままタイ料理コーナーで物色していた不二と菊丸の元へ行ってしまったが。
まだ少し心配げな滝の背中をポンと叩き、明日様子を見ようと声かけてから、こちらの二人も客室へ向かう。



「ジロー先輩、何かあったのかな」

「あったんだろ」

「え、日吉、何か知ってるの?」

「いいや。ただ、跡部先輩が血相かかえて飛び出して行ったんだ。アレ、芥川先輩がきたときだろ」

「?そうだっけ。その時来たのって、不二さんと菊丸さん―」

「だから、二人と一緒に芥川先輩も来ただろ。…しばらく寝てたみたいだけど」

「あ、そっか」


あの人の心配は先輩たちが嫌というほどしてるから、自分たち後輩は黙って成り行きを見守っていればいいんだとスタスタ歩いていく日吉。
…の後を追い、鳳も二階に用意されたツインルームへと消えていった。

ちなみに樺地はパーティが終わるまでは跡部の近くにいるつもりだったのだが、本人から『もう休め』と言われ、跡部邸にある樺地の部屋へと引きあげていった。



数時間後…



ようやくすべての招待客を見送り、静けさを取り戻した跡部邸。
両親に挨拶し、やっとゆっくりできると離れの部屋へ戻りすぐさまシャワーを浴びて寝室に向かったのだが、ベッドに大の字に寝ているはずのひよこ頭がいない。

用意した客室は本館2階東に『宍戸・向日』『忍足・滝』、西側に『鳳・日吉』、樺地は固定の部屋だ。
緊急で追加された青学二人は2階西側のツインルームと聞いていて、そもそも芥川は毎年毎年、結局跡部の部屋で寝るため、今年は彼の部屋を用意していない。


(あいつ……どこ行きやがった)


濡れた髪のまま、すぐさま本館へと戻り、2階東の『向日・宍戸』の部屋をノックするも返事が無い。
いるとしたらここだとノックを続けるも、すでに深夜をまわっているので中々出て来ないのは無理ないだろう。


(チッ…)


しばらくすると、カチャとドアの開く音が後ろから聞こえ、振り向いたら廊下先の西棟側のほうからのこちらに向かって歩いてくる足音がした。

じっと音の先を注意深く見ていると薄茶のサラサラヘアが廊下になびく、歩く姿もどこか優雅な青春学園の天才だった。


「今日はおつかれ。そして言ってなかったけど、誕生日おめでとう」

「…あぁ」

「皆もう寝てるから、部屋から出ないと思うよ」

「……」

「僕のところも、二人とも寝てるしね」

「………二人?」


確か、追加した客室は『不二・菊丸』のツインルームのはず………となると、『向日・宍戸』部屋ではなく、青学コンビの部屋にいるというわけか。


跡部の脳裏に、会場でカルガモの親子のようにひょこひょこ菊丸か不二の後にピタっとくっつき、どこへいくにも離れなかった芥川の姿が浮かんだ。
一体アレは何なんだとイライラしたものの、芥川に起こったことと助けた人物を思えば当然のことかと自らを納得させるも、それにしてはくっつきすぎだと時折表情が強張り、何度か執事のミカエルに『坊ちゃま、顔色が優れませんが』とやんわり注意されたものだ。


「ベッドは二つのはずだが」

「うん。英二と芥川にベッド占領されちゃってさ」


菊丸と芥川がそれぞれベッドを使っているので、自分はどちらかのベッドにお邪魔しないといけないが、身体サイズ的に芥川かな?
なんて微笑む不二に、すぐさま芥川を回収しにいくと返し、二人の寝ている客室へ向かうことにした。


「僕は別に芥川と一緒にベッドでもいいけど」

「二人で寝るには狭いだろ」

「寝れないこともないし」

「…いいや、連れて行く」

「そう?まぁ、跡部が自分の部屋に連れて行きたいというなら、止めないけど」

「……別に、俺は」

「跡部の家に泊るときは、いつも離れの部屋で一緒なんでしょ?」

「……」


そんなことも聞いているワケか。

本当のことなのであえて否定もしないが。
一つ言い訳をするとすれば、自分のベッドはキングサイズで4-5人寝ても問題ないくらい大きいため、芥川が客室よりもキングサイズのベッドを好むだけで―

説明しようと一瞬口を開きかけるも、どうせ何を言ってもこの男には鼻で笑われるだけだろう。
本質を見抜く目を持っている男だし、奥に潜む鋭さと厳しさは、自分と似たところがある。
飾ったところでまるで意味のないものと察し、本心を告げるほうが素直に客室にいれてくれるだろうと不二を正面から捉えた。



「ジローを迎えにきた。連れて行ってもいいか」



真摯な瞳で、まっすぐ不二の双眸を見つめる。
ゆっくり目を開いて、跡部の視線を受け止めた不二は、ノブをまわして静かに部屋のドアを開き、中に入る直前に小声で後ろの跡部に囁いてくる。



「明るく振舞ってたけど、相当怖い思いをしたはずなんだ。
英二の話だと、僕の家に着くまで震えてたみたいだし、僕が戻ってからも表情硬かったしね」

「……」

「パーティ会場でずっと英二にくっついていたのも無理ないことだよ。
震えが止まるまで、ずっと手を握って話しかけて、ようやく落ち着いたって言ってたしね」

「…すまねぇ。お前らがいなかったら、どうなってたか」

「こういうときは、謝るんじゃなくて『ありがとう』だよ。まぁ、感謝されることも別にしてないけどね」


誰でもああいうシーンに出くわせば同じコトをするし、だいたい芥川本人から散々礼を言われているから、と謝罪も礼も不要という不二に、あらためて礼を述べた。



『あーとーべ!ちゃんと「ありがとう」しないとダメなんだよ?』

『「あぁ」じゃないでしょ。こういう時は、「ありがとう」って言うんだC!』


無意識に、してもらうことが当然だと思っていた自分を諌めるかのような、ある日の芥川のお叱りだった。
そう。
お礼を言うときは、「すまない」じゃなくて「ありがとう」だ。



「あいつを助けてくれてありがとう、不二。菊丸にも…明日、礼をする」

「どういたしまして。じゃ、どうぞ」


先に跡部を促し、小さい枕元のランプがともった部屋と入ると、確かに壁側のベッドでは菊丸らしき人物が布団をかぶって丸まっている。
対して、窓側のベッドでは布団もかけず両手と両足を広げたままで、あお向けてで眠る芥川の姿。


(気持ち良さそうに寝やがって。ここでも大の字か)


そっと、起こさないように ―といっても起きないのだが― 芥川の脇とひざ裏に腕をいれて、ゆっくりと持ち上げた。


「ん…」


寝太郎から吐息が零れ、一瞬起きたかと顔を見るも、グースカ寝ているので気にせずそのまま不二に再度、礼をして部屋を出て行った。




「なんで俺様の部屋にいねぇんだ。
…ったく、心配かけてんじゃねぇよ」




パーティ最中もひよこ頭が心配で心配で、挨拶しつつも上の空。
さらにはこちらの一喜一憂もなんのその、当の本人は料理や甘いものを取りにいくたびに親鳥のあとを着いていくかのように、ヒョコヒョコと雛鳥化していた。
果ては芥川の跡部邸での就寝処―離れの跡部景吾自室にもいないだなんて。

起きたら説教だな。


―何に?



そりゃもちろん、『俺様の部屋にいなかったこと』だろうか?





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