いちばん寂しかった日3-1



レモングラス、ハイビスカス、ローズヒップ、カモミール、マロウ…
多種多様なハーブとお花、その効用、味、と簡単な説明を受けるも何一つ興味が出ないのは、男子高校生にとっては当然のことなのかもしれない。

家の息子本人はおらず友人二人だけがやってきたというのに、インターホンを押したところ『周助から聞いてるわ。どうぞ、あがって』なんて軽やかな声色とともにオートロックが鳴り、扉が開いた。
通されたリビングのソファに並んで座り、ほっと一息ついたところで美人のお姉さまがキッチンから顔を出し、菊丸の予想『お茶いれましょうか?』が出たため、二人で顔を見合わせ笑ってしまった。
すぐさま菊丸は麦茶をオーダーし、不二家では何でもあると羨ましがる菊丸がドリンクのラインナップを述べていくと、その多さにびっくりし、芥川の目がまんまるくなった。

フルーツジュースは100%の夏みかん、白桃、ぶどう、りんご、グレープフルーツ。
エスプレッソマシンでは珈琲、カフェオレ、エスプレッソ、カプチーノ、と珈琲系のメニューも豊富に楽しめる。
その隣に置かれたフレーバーシロップもへーゼルナッツ、バニラ、ミント、ココナッツ、キャラメル、アイリッシュ…と下手なカフェより豊富に揃っている。
もちろん由美子姉さんおすすめのハーブティも多く揃っており、日本茶、中国茶、台湾茶、紅茶と茶葉の棚には世界各国のお茶の缶が並べられているらしい。

『カフェ・不二家』などと菊丸が茶葉棚を指しながら言うと、ノッてくれたお姉さんが注文をとりにきてくれて、『ハーブティなんてどうかしら?』と数あるハーブの中でも何故か美肌のローズヒップをおすすめされるも、味なんてわかんないんですと首をふった。
その際に、少し震える芥川の指先に気づいたのか、弟によく似た優しい笑みをたたえ、ひよこ色の髪にふわり手をおいてぽんぽん撫でた。


「甘いもの、すき?」

「…はい」

「チョコレートも、生クリームも、大丈夫?」

「だいすき、です」

「温かいのと、冷たいのなら、どっちがいいかしら」

「……あったかいの」

「外、涼しかったものね。二人とも、ちょっと待っててね」




しばらくすると、カカオの甘い香りが漂ってきて、まだ少し強張っていた芥川の表情、緊張が少し解れていくのを隣の菊丸も感じた。

日々の部活のこと、もうじきやってくる中間テスト、秋の文化祭。
青春学園高等部の今後のスケジュールとともに語られる菊丸のアレコレに、うんうんと頷きながら、ときおり氷帝学園の芸術祭や来週からの試験等の話題もはさむ。

授業中にこっそりチョコをつまみながら教科書にマンガ本隠して読んでいたところ先生に怒られたこと。
バレる寸前、助けてくれると思っていたクラスメートと目が合ったのだが、相手は『ふふ。英二、残念』なんて軽く微笑むのみでスルーされ、教室の後ろに立たされて。
そんな笑い話しとともに青春学園高等部テニス部の最近のおもしろ話も加え、両手をぶんぶん大きく広げ表情豊かに、まるで物語を語るように強弱つけて話してくれる。
元気づけようとして次から次へと話してくれているのだと芥川自身もわかっているものの、菊丸本人のくるくる変わる瞳や話し方は何だか楽しそうで、普段からこのように表情豊かなのだろうと察せられる。


「さぁ、どうぞ」


キッチンから出てきたお姉さんは木のトレーをローテーブルにおき、二人の前へカップとお茶菓子をそれぞれ置いてくれた。
大きな苺がのったショートケーキと、巨峰、梨、柿を少量ずつ添えた生フルーツプレートに目を輝かせる菊丸へは、彼の注文・通りの麦茶を。
オーダーをしなかった芥川へは、生クリームにチョコシロップをかけたホットココア。
お姉さんチョイスのホットココアはとても良い香りで、『麦茶!』と言っておきながらも羨ましげな視線をココアへ向ける菊丸へ『ココア、まだあるから遠慮しないでね』とにっこり笑顔。
向かいのソファへ腰掛けた彼女へ、さっすが不二のおねーさんだと麦茶を飲み干して早くココアをお願いしようと決めた菊丸だが、お姉さんにとって芥川は初対面なはず……と、ひとまずここへ連れて来ることになった経緯を簡単に伝えた。

…のだが。


二人が来る前に、すでに不二本人が連絡を入れていたためかその際に事件のあらましも伝わっていたようだ。



「初めまして。周助の姉の、由美子です」

「えっ…と、芥川慈郎です」

「皆同学年なのよね?高校二年生?」

「そうだよ〜、芥川は学校違うけど」

「あら、青学じゃないの?」

「氷帝デス」


テニス部で中学の頃から大会や選抜合宿を通して互いに知った仲で、特に不二とは中学三年の関東大会で試合しました……負けたけど、と告げると柔らかい笑みで『そうなのね』と相槌をうつ姿もまさしく『キレイなお姉さん』で、少しどきどきしてしまった。


(おねえさん…)


芥川自身の兄妹は、上は兄だしお隣の幼馴染・向日家は姉はいれどもどちらかといえば弟に似てチャキチャキで元気いっぱいなので、可愛い人だけれどどきっとするような『綺麗なお姉さん』像とは縁遠い。
仁王のお姉さんは美人だが、性格が……いや、ビシっと仕事のできる、男気あるキャリアウーマンタイプといえるが、弟に似て秘密主義かつ鋭い人で、その瞳で見つめられると、言いたくないことも言ってしまいそうな ―とは丸井・切原談。

こんな『綺麗で柔らかい雰囲気の大人の女性』は周りにいないためか免疫がなく、見つめられると仁王の姉とは別の意味でドキっとしてしまう。


「ちょっと思い込みの激しい人なのよね」

「あの変なオッサン?」

「あら英二くん。私と同い年なのよ?あの人」

「(やべっ…)あ、いや、その。由美子さんの知り合いなの?」

「知り合い、というか。何といえばいいのかしら」


例のカツアゲ男ならぬ、芥川を襲おうとしたヘンタイ男は、不二によると『姉さんのストーカー』だそうなので、由美子姉さんももちろん知っている。
同じ男が今度は高校生、しかも男の子を襲おうとして現行犯逮捕したと弟からの電話で聞き、自宅へ招き入れた被害者の子は鮮やかなブルーのニットとふわふわした金髪が眩しい、とても可愛らしい男の子だった。

占い師として多数の著書を出版し、書店でサイン会等も行っている不二由美子。
新書が出るたびにサイン会の依頼も多く寄せられ、行ったうちの一つに件のヘンタイ男が勤める書店があったのだという。
サイン会が初対面で書店員として色々と雑務やサポートをしてくれる、他の書店と何ら変わらない『スタッフ』と『著者』のやり取りだったのだけれど、いやに話しかけられたのが印象深く、何故か連絡先を聞かれたのだが編集者が断りをいれてくれた。
以来、編集部にしつこく電話がかかってきては不二由美子のことを聞かれ、連絡先を教えろと異様なほどの回数がきたため編集部は書店に厳重注意をいれ、著者本人にも気をつけるよう教えてくれた。
しまいにはどうやって突き止めたのか、青春台の付近でうろつき、由美子のよく訪れるカフェ等にも姿をあらわすようになり、ついには自宅付近を徘徊してはポストに『不二由美子様』とかかれた切手の無い封筒。
それが毎日毎日続き、手紙の内容もラブレターだった当初から徐々に危なくなっていき、いよいよ警察に届けようかと家族・編集者と話し合っていたときに、弟の周助が部活の合宿から帰宅した。
事情を聞いた弟は、いったいどういう手をつかったのか、ある朝封筒を投函しようとした男を現行犯で捕まえて駅前のカフェに連れて行き、懇々と説教をしたらしい。
しばらくして弟に呼ばれてカフェに行くと、うな垂れていたのは見覚えのある書店員と、パソコン片手に両目をがっちり開き、鋭い視線で射殺さんばかりに男を見つめる弟。


『不二由美子さん…いままで、本当に、申し訳ありません、でした…』


涙ながらに謝罪する男と、それを冷たい視線で見つめる周助。
一体、弟は何をしていまこの状態なのか謎だったが、もう二度としない、近づかない、この街にもたちいりませんと述べる男に、青春台の街は別に公共の場ですからーと返そうとしたが弟に止められ、


『姉さんの半径10キロ以内に近寄らないように。
もちろんこの街にも来ないよね?
まぁ、百歩譲って青春台に来るとしても、俺たちの視界にも入らないようにしろよ。

―当然だよね?』


こうなった状態の弟には口を挟まないほうが良い、と黙って二人を眺めていたら、やがて男は涙ながら弟に謝罪した。
いわく、もう二度としない、近寄らないので職場と家族には黙っていてくれ………って、家族?

勤める職場は由美子も知っているけれど、この男の家族とは?


チラっとのぞいた弟のパソコン画面にうつるのは、幸せそうな家族写真。
朗らかな奥さんに、2〜3歳であろう女の子と生まれたての赤ちゃん、そして目の前の男、か。


(周助、あなた―)


いったいどうやってこの写真を入手し、男の家族構成、住所、詳細、さらには実家まで調べ上げたのか。
犯罪に片足突っ込んでなければいいのだけれど……まぁ、そうなればそうなったで証拠隠滅しなきゃね、なんて心の中で誓う姉も姉か。

結果的に弟の活躍で片付いた『不二由美子ストーカー事件』から数ヶ月。
確かにそれ以来その男の姿を由美子が目にすることは無かった。






「不二って……」

「わが弟ながら、いい子よねぇ」


少々うっとりとした瞳で、事件のあらましと弟について語る由美子お姉さんに、『やっぱり不二の姉ちゃんだにゃ…』なんて思ったことは秘密にして、飲み干した麦茶のカップをテーブルに置いた。


空のカップをキッチンへ持って行き、ココアの入ったミルクパンを火にかけて……いるのは菊丸。
食器棚からカフェオレボウル、冷蔵庫をあけて由美子姉さんがホイップした生クリーム、エスプレッソマシンの隣に並べられたフレーバーシロップコーナーに置かれたチョコシロップ、と手慣れた動作でささっと取り出し、自分用にホットココアをいれていると、後ろから軽やかな声が聞こえてくる。



「英二、僕の分もよろしく」



いつのまに帰ってきていたのか。
ひらひらとキッチンの菊丸に手をふり、リビングで談笑する姉と芥川の元へ向かう不二周助の背中へ『オッケー!』と返事して、不二用のカフェオレボウルを取り出し自分のカップの隣に置いた。





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