いちばん寂しかった日2-1



"Garden Seiharudai" と書かれた洒落た看板の脇を通りぬけて、中に入ると私有地と見まごうばかりに整備されたイングリッシュガーデンが広がっていた。
一瞬、誰かのお宅かとも思ったけれど、周辺住民の憩いの場らしく、付近には高級住宅地とオシャレマンションが立ち並んでいるこのエリアの公共の場らしい。
場所柄もあって変な輩も少なく治安もいいのだろう、ゴミ一つみあたらずあちこちに置かれたウッドテーブルやベンチもキレイなものだ。

ズボンのポケットから取り出した携帯電話には、着信やメール受信のお知らせがいくつも入っていたけれど、どれも読む気になれなくて電源をオフに切り、帆布かばんに放りこんだ。
そのままベンチに腰掛けて一息。
ふと顔を上げると空が紫色に変わっていて、もうじき日が落ちるのだと思ったら、自分はここで何してるんだろうと変な気持ちになる。
本当なら、今頃は他の皆のようにパーティ会場に到着して、お皿がっちり持って片っ端から料理を乗せて、食べなれないゴージャスなビュッフェを堪能しているだろうに。
跡部はお祝いされる当人ではあるけれど、結局は主催側でもあるので忙しく挨拶にまわって、親の知り合いの財界人と交流を持たされて、何なら娘を紹介ーなんて話になったりして。
去年もそんなような感じで、結局パーティ当日も料理は美味しいけれど、他のチームメートの誕生日のお祝いのように、ばかみたいにはしゃいで跡部をパァーっとお祝いするようなことは出来なくて。
大人しくパーティを楽しんで、一言『おめでとう』と告げて、挨拶まわりでヘトヘトになった跡部がフラっとやってきては氷帝チームメートのテーブルで一呼吸、休憩をしたと思ったらすぐさま呼ばれてまたどこかへ行って。


跡部も大変だなと口々に同情していたけど、結局は学園と同じように跡部邸にいても10月4日という日は、跡部景吾と一緒にいれない日なんだと今更ながらわかった。


今日もきっと、跡部邸では盛大なパーティが催されているだろう。
氷帝のチームメートも招待してくれていて、テーブルセットも氷帝学園でまとまれるよう用意もしてくれている。
翌日は土曜日なのでそのまま泊まれるよう客室の用意もバッチリで、着替えも何もかも不自由ないよう至れり尽くせりなパーフェクトな環境が用意されている。
ほぼ全員、招待された氷帝テニス部の一部生徒は泊まることだし。
芥川も昨年は跡部邸に泊まったのだが、用意された客室ではなく、幼馴染の向日とともに跡部景吾の自室に押しかけた。
当人は未だパーティで解放されず不在だったのだが、二人は夜遅くまで離れの跡部自室でしゃいだ後はベッドにダイブ。
パーティでヘトヘトになった跡部が部屋へ戻りシャワーを浴びている間にキングサイズのベッドを占領し、大の字で寝てしまったりもした。

翌日はいつもの跡部で、近づけないなんてことも無くて、普段通りの何も変わらない日々に戻ったのだけど、結局は10月4日は最後まで跡部とゆっくり話すことも一緒にいることも出来なかったんだなと今更ながら思った。
となると今年も同じか。学校では一言も喋ってないし、第一会えてない。


なんてあれこれ考えていたらドサっと音がしたので、閉じていた瞳をゆっくりあけて振り向けば、見知らぬ若い青年が隣に腰掛けていた。



『君、高校生?』

「……だれ?」

『ちょっとさぁ、オニーサンにお金、貸してくんないかな』


要するに、カツアゲなわけか。

ふっと軽いため息が出て、どうしようかとさっと周りを見渡すも日が落ちかけている閑静な公園には、自分たち以外の姿は見えない。
来る途中交番も見た覚えも無いので、これは自分で対処しないといけないなと頭を切り替えて、殴るか逃げるかどうするか考えてみる。


『ねぇ、聞いてる?』

「…おかね、ない」

『またまた。この辺の子ならいっぱい持ってるでしょ?』

「……」


なんて、勝手な言い分なのかとキッと睨もうとしたが、変に刺激しておかしなことをされても困る。
物騒な昨今なわけだし。

ここはやはり、素早く立ち上がってダッシュで逃げるが吉だろうか?


『お願い、聞いてくれない?』

「………」

『あんまり乱暴なこと、したくないからさぁ』

「………」

『…オイ、聞いてんのかよ?』


言葉使いが荒くなってきたことを感じ、これ以上黙ってじっとしているのは状況的によくないことを察する。
逃げようと決意しパッと立ち上がり、隣の男が急な行動に少し驚いたところの隙をつくかのように、一気に加速し猛スピードで出口目指して駆け出した。


『あ、おい、待てっ!』


待てといわれて待つヤツがいるか!!


後ろから聞こえるバタバタした音に、男が追いかけてきているとわかるが、振り向いてはいられない。
ここに着くまでどういうルートを辿ってきたかなんて正直覚えていないけれど、駅の方向か商店街、スーパー、ディスカウントストア、とりあえずはどこでもいい。
どこか人が多いところへ向かえばカツアゲ男も諦めるだろう。

公園を出て真っ直ぐ突き進んでいくとどんどん細い道へと入っていく。
確かに来た道を戻っているつもりで走っていたのだけれど、正直こんな曲がりくねった道路は通った覚えが無ければ銀杏の葉っぱをこんなに踏んだ記憶も無い。
間違えたか……なんてガクっときても時すでに遅し。
後ろからはしつこいカツアゲ男の足音がどんどん迫ってきているし、となればどこへでも、とりあえず逃げるしかない。
何だか後ろから物騒な怒鳴り声?脅し文句?暴言?の類に分類されそうな、乱暴なフレーズが次々に聞こえてきているし、ここで捕まってでもしたらお金云々よりも身の危険を感じる。

細い路地の先をひたすら突き進み、次の分岐点が出たら今度は右か左かどうしようか、なんて考えながら走っていると、銀杏の大木に行き着いた。


「あ……」


そう、行き着いた、のだ。


「やばっ…どうしよ」


こんな結末なんて予想もしていなかった。
私有地には見えなかったので進んだ結果の細い細い路地、そしてその先の行き止まり、だなんて。


『おらっ、待ちやがれー!くそがき!』


そして、だいぶ差をつけたと思っていたけれど、行き止まりのせいかあっというまに追いつかれた。
ここはこの木をのぼるしか無いのだろうか?
このカツアゲ男がのぼれるとは、とうてい思えない。
木のうえで助けを呼べば、何とかなる?


「はぁ…まじまじ、面倒くさい」


大木に両手をかけて、のぼる決意をする。



小さい頃から変な奴に目をつけられることがあった。
いわく、ボーっとしていてふわふわ、ぼんやり、ほわっとしている『夢の住人』のように見られ、ストーカーとまではいかないが家についてこられたり、突然見知らぬおじさんやお姉さんに手をつかまれ、どこかへ連れて行かれそうになったことも多数あった。
どこでも居眠りする―だけじゃなく、こういう意味でも心配した両親はGPS付の携帯電話を持たせ、中等部で知り合った跡部はSPがつくほどの坊ちゃまだったせいもあってか、芥川のこういった面での心配ごとを聞くと『護身術』として一通りの武道を習わせた。

跡部は幼少のころから誘拐対策もあり身を守るすべは身に着けているらしく、芥川が護身術の練習中は見学したり、自らも鍛錬したりとまめに世話をやき、中等部卒業するころにはお互いが相当強くなっていた。
一学年下の後輩・日吉の協力もあり、日吉道場で稽古をつけてもらったりもしたおかげだが。
ただ、日吉の強さとは異なり、芥川のソレはあくまで身を守る護身術のため、ケンカに強い―というよりも、相手の力を利用して受け流す合気道的な要素が強い。


迫ってくるカツアゲ男も投げ飛ばそうと思えば、投げ飛ばせるかな?なんて思うけれど、ポケットに何を忍ばせているかなんてわからない。
鋭いナイフを持っているかもしれないし、変な催眠スプレーだとか……過去、ストーカーもどき男に催眠スプレーを顔にぶっかけらそうになったからか、昨今のヘンタイは何しでかすかわからないので慎重に対応しないと、と気を引き締めた。
(ちなみにストーカーもどき男は芥川の顔面に催眠スプレーを向けた瞬間、傍にいた日吉が豪快な踵落としでスプレーを叩き落したため未遂に終わり、そのまま跡部のSPに取り押さえられ警察に連れて行かれた)


とりあえずはこのカツアゲ男が、木登りできるほど運動神経ありませんように。


なんて祈りを込めて、大木に足をかけ、一歩踏みこもうとしたところで肩を掴まれた。



『はぁ、はぁ…ったく、手間かけさせてくれたな』

「ーっ!」

『電車賃くらいで勘弁してやるつもりだったけど、ここまでされたらなぁ』

「…っ、はなして!」


男は落ちる汗をぬぐい、ニヤニヤ笑いながら掴んだ肩にぐっと力をいれてきた。
五本の指が食い込むくらいの力に、芥川の表情が歪む。


「うぅ…っ」

『ちゃーんとオニーサンの言うことは聞くもんだろ?』

「痛っ」

『大声出すなよ』


狭い路地の終点とはいえ周りは高級住宅地。
一声あげれば誰かしらに気づかれるに違いないと、声をあげようとしたら無骨な手で口をふさがれた。
咄嗟に噛みつこうとするも、顎ごと強くつかまれているため声を出せず、『噛んだらただじゃおかねぇ』と続けられ、いよいよヤバイかもしれない……なんて視線を彷徨わせるが、住宅地のはずの周りからはあまり音がきこえてこない。
これは叫んでも誰もこないパターンなのだろうか。


(やだ、もう……)


痛いし気持ちわるいし身の危険だしで最悪だ。
大人しくお金渡すのが一番スムーズに解放されるのかもしれないが、財布に1000円しか入ってないとバレたら、このカツアゲ男は逆上しないだろうか?

肩を掴まれ口をふさがれてはいるけれど、自分の両手はフリーだ。
気合いれて日吉直伝の護身術で、うまくカツアゲ男をひっくり返して逃げれば、まだ何とかなるかもしれない。

この場合は逆効果だったのかもしれないが、みなぎる気合が表情に出てしまったとでもいおうか……キッと頭上のカツアゲ男を睨み、強い視線を浴びせると、ふいに肩にかかっていた力が弱まった。


(…?)


『お前…』



(な…に、なんか、こいつ…)



先ほどまで立派な―というのも何だが、カツアゲ男は漫画の悪役のごとく変な因縁つけて絡む役回りそのものだったのに、急にじっと芥川を見つめて上から下まで視線をおろし、何度も何度も見回してきた。



(きもち…わる…い。こいつ、まさか―)



過去遭遇したストーカーもどき連中に感じた危なさに近いものを、目の前で芥川を凝視している男から感じた気がする。
視線がだんたん、纏わり着くような、嘗めまわすような、そんなねっとりとしたものになってきたからだろうか。


『可愛い顔してるなぁ、やっぱり』

「ひっ…」


肩から放した手をすっと伸ばし、戸惑う芥川の頬に触れてくる。
その瞬間、背筋が冷え嫌悪感が走り、全身に鳥肌が立った。





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