ピンポーン 「岳人くん、慈郎くん、いらっしゃい」 「「おはよーございまーす!!」」 「亮はまだ寝てるから、起こしてやって頂戴」 「「はーい!!」」 「朝ご飯は食べたのかい?」 「家で食べてきた」「ジローん家で食べてきた」 商店街からほど近い住宅地に、朝から元気な声が響き渡る宍戸家の玄関。 突然の訪問に驚くこともなく、それとも慣れているからか、宍戸家の母は元気いっぱいで訪れた息子の幼馴染たちを快く迎えいれた。 こんな風に早朝突然二人がやってくることは、息子が小学生の頃から度々あったので、インターホンが鳴り画面に映る見慣れた二人に、高等部にあがってからは久しぶりだと訪問された側として和やかな気持ちになる。 向日を先頭に階段をかけあがり、勢いよくドアを開けると、部屋の主はベッドの中でうずくまってでもいるのか、頭が見えない。 「いくぜ、ジロー!」 「とつげきー!!」 ダンッ! 「―っ!」 思いっきり上からダイブを仕掛けた二人に下敷きにされた部屋の主―宍戸亮から、ナニカを踏み潰したかのような、鈍い音が発せられた。 そのままベッドの上でどったんばったんジャンプし、『起きろー!!』『朝ーッ!!』なんて大声を出す二人に、すぐさま覚醒したのか布団をガバっとめくり、視線をキョロキョロさせて状況把握を図る。 「…っ、お前ら」 「朝でーす、早く起きてよ〜」 「ジロー、起きたみたいだぞ」 「…急に乗っかってくんじゃねーよ。つーか、何時だと思ってンだ!!」 「「8時」」 「あのなぁ……日曜の朝で、練習も無いんだからゆっくりさせてくれ」 「えぇ〜?遊ぼうよー」 「ジロー……お前、何で起きてんだ。こんな時間に」 「岳人が迎えにきてくれたから、ちゃんと起きれたんだC」 「慣れてっからな。ジロー起こすのはワケねぇぜ」 「えへへ、岳人、ありがとー」 「おうよ。ま、俺も昨日は侑士ん家泊まったから、今日ちゃんと間に合うか微妙なところだったけど」 得意げに笑う向日岳人にとって、チームメートの忍足侑士は、中等部の頃からダブルスを組んでおり休日に遊ぶことを含め一緒にいることが多い親友の一人だ。 昨晩も、夕方何となく遊びにいった忍足家でゲームしてご飯ご馳走になって―と過ごしているうちに夜になり、お決まりの『岳人くん、今日泊まっていく?』の忍足母の一言で、すんなりお泊りとなった。 だが、寝る寸前に慈郎との約束を思い出し、今朝はかなり早起きして忍足家を後にし、芥川家へ直接向かってはやはり寝ていた慈郎を叩き起こして一緒に朝ごはんを食べた。 (芥川家の食卓にて) 「…で、どうしたんだよ。何か用か?」 ようやくベッドをおりた二人を見下ろし、ため息をひとつつきつつもとりあえず用件を聞こう、起き上がって二人に向き直る。 慈郎は慈郎で本棚からゲームの攻略本を取り出して頁をめくっているし、向日はカバンから携帯ゲーム機を取り出して電源をつけようとしている―のを『ちょっと待て』と止めて、人んちにゲームしにきたのか、お前らは。しかもこんな朝ぱらから、と文句の一つもぶつけてみる。 「遊びにいこーよ」 「そうそう。ラケット持ってきたからさー、コート行こうぜー」 「テニスはいいけどよ、何たってこんな早く…」 「早くこないと先越されちゃうからだC」 「は?」 「なんでもなーい」 「ほら、とっとと準備しろよ。俺ら下で待ってっから。ジロー、行くぞ」 「ラジャー!岳人、どっちやる?PSP?DS?」 「そうだな〜」 「あのなぁ…」 宍戸の準備が整うまで、どうやら一階のリビングでゲームをするらしい。 それは別にかまわないが、二人ともゲームを始めて熱中しだすと中々中断しないので、いざ準備して下へ降りていって『出かけるぞ』となっても、果たしてどちらも素直に立ち上がってくれるだろうか? それとなく注意してみるも『一時中断できるから平気だよーだ』『ただの時間潰しだから、亮がおりてきたらすぐ止めるっつーの』なんていって、ゲームをやらない選択肢は無いらしい。 (…ったく。しょーがねぇな) 来たときと同じく、バタバタと勢いよく階段を駆け下りてリビングへむかっていった幼馴染を呆れの篭った瞳で見送りつつ、二階の簡易洗面台で素早く洗顔し、歯を磨いたら着慣れたハーフパンツとポロシャツに袖を通し、長袖のパーカーを羽織った。 休日のお遊びテニスに持っていくには、普段使っているテニスバッグは本格的すぎて大きい。 どうせそこそこ汗を流したら、『おなかすいたー!昼メシ!!』と騒ぎ出す幼馴染に、『なー、次さ、スケボーしにいかね?それともゲーセン行くか』なんて別のことを言い出す幼馴染の行動が目に浮かぶし、それならラケットとタオルだけ突っ込むくらいで丁度いいだろう。 金髪の幼馴染よろしくリュックにラケット一本差し込んで、ボールをいくつか入れてみた。 財布、携帯、タオル、替えのシャツ、お馴染みのキャップ、と一通りの用意を整え、リュックを片方の肩にひっかけて自室を出る。 きっとソファで携帯ゲームに興じてるであろう二人が待ってるリビングのドアを開けたら― 「手羽と大根の煮物、ホンマ美味いです」 「西京焼きも、やはり鰆はいいですね」 「二人ともいい食べっぷりだねぇ。ご飯おかわりするかい?」 「「お願いします」」 食卓には母お手製の漬物、焼き魚(西京漬け)、手羽と大根の煮物、かぼちゃの煮つけ、蕗の煮物、ごぼうサラダ、出汁入りの玉子焼き、白いご飯、豆腐の味噌汁。 (…いつもより豪華じゃねぇか?ていうか―) 「忍足、萩ノ介!?何やってんだ、お前ら」 ジローと岳人は…? 二人は予想通り、ソファに並んで座っている。 ただ、携帯ゲームは出しておらず、何故かローテーブルに置かれたかりんとうをバクバク食べながら、日本茶をすすりテレビの情報番組を見ていた。 「何って、朝食をいただいてるんだよ」 「せやで。遠慮したんやけど、用意してくれはって」 「岳人とジローはご飯食べてきたって言うしさ」 「ジローが『用意してくれたのに、食べなきゃシツレー』言うから、ほないただこうかーってな」 「忍足君も滝君も、朝ご飯まだって言うからねぇ。ほら、亮もとっとと座りなさい」 「……はぁ、ったく」 聞けば向日が泊まった翌日(つまりは今朝)、ずいぶん早く携帯アラームの音が鳴り響いた忍足侑士の部屋―客用布団から飛び起きた向日が、急いで支度をし、家人に礼を言い出ようとしたため理由を聞けば、慈郎との約束で今日は宍戸の家に突撃しないといけないのだとのこと。 さらに理由を聞いたら、面白そうだったので向日を送り出してから準備をして、こちらも宍戸宅へきたとのこと。 途中で滝にも連絡をいれたら、早朝だが規則正しく起きていたそうで、こちらも『面白そうだね。まぁ、今日予定も無いし。俺も行こうかな』で、合流して宍戸宅へやってきた。 リビングのソファに腰掛けて、いざゲーム!と携帯ゲーム機を取り出した向日の視界に、家にやってきた二人の頭がチラっと見えたため、慈郎とそろって玄関をあけたらまさにインターホンを押そうとしていた忍足と滝がいた。 『どうぞどうぞ』とリビングにあげたんだー!なんて笑う慈郎に、「誰の家だと思ってんだ」と家主の息子は呆れ顔だが、母が早く席につけと催促するため、とりあえずは二人と同じく朝食を摂るため椅子に座った。 忍足も滝も揃ってラケットを持ってきたというので、朝食を終えたら5人連れ立って何度か行ったことのある青春台の公営テニスコートへ向かったのだったが… 「あっれぇ〜?結構混んでるね」 「まだ10時前なのになー」 階段を駆け上がって先に様子を見に行った向日と慈郎が、すぐさまUターンで戻ってきた。 聞けば数面あるコートはどこも先着がいて、プレーが始まったばかりのようで自分たちのターンがくるにはしばらく待たないといけない。 かといってここへ来るまでにダブルスだシングルスだ、明日から始まる楽●オープンの試合観戦に行くだ云々、話題はほぼテニスのことばかりだったため、5人ともにプレーする気でいっぱいだ。 けれども目当てのコートが満杯なことにはどうしようもない。 これから氷帝学園のコートにでも行くか?いいや、事前に練習申請をしていないうえデジタル管理な学園のため、手続きが中々に面倒くさい。 別の公営コートに行こうか? 行って同じような状況だと困るので、出来れば事前に使えるかどうか確認してから移動したいというもの。 「あ、そうだ。ATOBEジム!!」 名案思いついたとばかりに、向日は慈郎をつつき、ジムへコートの予約状況を聞くよう促す。 「あとべって今日、何してたっけ?」 「まだ家なんじゃね?でも、お前、会員だし、とりあえずジムに電話してみろよ」 「わかったー」 何も慈郎だけでなく、忍足や向日含め跡部の周りで氷帝レギュラーとして地位を確立しているメンバーに関しては跡部も自身の家が経営しているジムを『好きに使え』と開放している。 ただし利用時は毎回跡部に直接断っており、殆どが跡部と一緒の際に訪れるためか、慈郎のように跡部不在でもフラっとジムに立ち寄りコートやプールで遊ぶ輩は他にいない。 そんな慈郎を跡部としては歓迎しているようで、特別にVIP用会員証を発行し支配人に連絡がつけられるダイレクトコールを教え、『使うときはここにかけろ』なんて言うのだから、相変わらず甘いと言わざるをえない、、、と他の氷帝生は呟いたんだとか。 『もしもし〜あ、はい。あくたがわです』 「ATOBEジムはジローに任せるとして」 「空いてたらええけど。ま、日曜やし、混んでるかもしれんな」 「そうだね。それに、跡部のところは予約制のジムだし、日曜は色々とコーチングプログラムとか、入っているんだろう?」 「ていうかよ、お前らほんと無計画で俺んち来たんだな」 「計画はしてたぜ、一応」 「岳人。計画言うたかて、ただ宍戸ん家突撃してテニス行くだけなんちゃうん?」 立派な日曜プランだと胸をはり得意げな表情を浮かべる向日に、ヤレヤレとため息をつく忍足。 その隣では滝が慈郎の電話やりとりを注意深く聞いており、宍戸はこのまま上の公営コートで順番待つほうが何だかんだで早いんじゃないかとボールの音が複数聞こえる階段の上へ視線を投げた。 『そっかぁ〜残念だけど、しょーがないですねー』 「「「「……」」」」 慈郎のトーンが下がったことで、電話先の答えがわかってしまった。 ATOBEジムはダメか。 となると、他のコートへ行くか、はたまた上のコートで順番待ちをするか。 どうしようか四人の視線が交差したときに、慈郎の声が変わり明るいトーンになった。 『え?あ、おひさしぶりです。はい。オレいれて五人』 お久しぶり? 先ほどまで話していた支配人では無いのだろうか? (跡部が慈郎に教えた電話番号は、最寄のATOBEジムの支配人へ直通で繋がる番号なのだからして) 『けいごくんは一緒じゃないです。どこにいるか知らない〜』 けいごくん……? 跡部のことなのだろうが、慈郎はいったい誰と話しているのか。 少なくとも会ったことのある支配人は、『景吾さま』と呼んでおり、跡部家の執事含めメイドたちも一様に『景吾さま』だ。 慈郎も、彼らに跡部のことを話す際は決して『けいごくん』ではなく、『あとべ』と言っている。 『え、いいんですか?まじまじ?!でも、あとべ…じゃねぇや、けいごくん、いないけど』 「…なんか、何とかなりそうだな」 「ああ。つーかジロー、誰と話してんだ?岳人、知らねぇのか?」 「知らん!支配人のオッサンじゃねーとしたら、誰なんだろうな」 「肝心の『けいごくん』は何してるのかな?ATOBEジムにはいないみたいだね」 「せやな。けど、まだこの時間やし、家におるやろ」 『はーい!じゃ、待ってまーす』 明るいトーンで元気よく電話を切ると、四人に向けて笑顔いっぱい。 右手を前にだしてピースサインを作ると、『コートゲットだC!!』とはしゃいでジャンプし、喜びを表現した。 「どこのコートだ?別のATOBEジム?」 「えっとねぇ、10分くらいでお迎えがきてくれるから」 答えになってねぇ! 思わず慈郎の頭をコツンと叩く岳人に、一言『痛いC』を返して反撃しようと追い掛け回す慈郎に、逃げ回る向日。 「何やってんだかなーアイツら」 「まぁ、仲良しだよね」 「やれやれ。高2になっても変わらんな、岳人もジローも」 鬼ごっこよろしく階段を行ったりきたりと走り回っている二人を眺めていたら、あっという間に10分近く過ぎたようだ。 遠くから車体の長い車が近づいてきたと思ったら、宍戸らの前で停車した。 このパターンは、もしや… 「…跡部か?」 「跡部やな」 「跡部だろうね」 いつもの黒ではなく、白いリムジンだが。 だが、中からは予想した人物が出てくる気配がなく、宍戸・忍足・滝の視線が窓に注がれるも、中に誰かがいる雰囲気でもない。 「「「?」」」 「あ、きたー!!岳人、お迎えきたよ」 「おー、白いリムジン?跡部か?」 「跡部はいねーと思う。家にもいないって言ってたC」 先ほどの電話の相手が、だろうか? しかし、『家にもいない』を知っている人物って……執事のミカエルさんか? それにしては慈郎は『けいごくん』と言っていた。 跡部家の執事ミカエルは普段『景吾様』と呼んでおり、かの執事に跡部のことを尋ねる際、慈郎は『あとべはー?』と言っていることから、相手は跡部家の執事ではないはずだ。 運転席から出てきた人は、ビシっとした服装と白い手袋、襟元に跡部家の家紋をかたどった紋章がついていることから、やはりこのリムジンは跡部家所有のものだということが察せられる。 けれども肝心の坊ちゃんが中にいないことを疑問に思いつつ、唯一事情を知っているであろう慈郎からもはっきりとした内容を聞いていない。 「ありがとうございま〜す」 「いいえ。景吾さまはトレーニングに行かれておりますので、お先に皆様をお連れしましょう」 「は〜い。じゃ、お願いしまーす」 「はい。皆様、どうぞ」 優美な手つきで開けられたドアに、慈郎が真っ先に中へ入った。 謎なままだがとりあえず跡部関連の施設に連れて行かれるんだな、と結論づけることにして、向日、宍戸、滝、忍足、と続けて全員乗り込んだリムジンは、青春台の庶民的な町の中で浮いてはいだが、お構いなしに目的地一直線へ突き進んだ。 そして到着したところはというと。 「…跡部の家、だよね?」 「跡部んちだな」 「紛れもなく跡部の自宅やな」 「なんだよー跡部んちならとっとと言えよ、ジロー」 「あれぇ?言ってなかったっけ?」 「「「「言ってない!」」」」 ゲートがあき、庭をしばらく進んだところでリムジンが止まった。 車からおりると正面玄関の両脇には豪華な花が飾られており、まるで宮殿のような佇まいと季節の花や植物が色とりどりに配置された庭園は見慣れたもの。 確かに、ここなら他の人にとられることのない立派なコートが2面もある。 シャワールームも完備され、何ならプールもあるし、ビリヤード台、ダーツ、カードゲームにボートゲーム、リラックスできるし施設に大きなお風呂、ジャグジー、中庭にはハンモック、バーベキュー施設……至れり尽くせりの通称『跡部ッキンガム宮殿』なる大豪邸は、彼らの部長・跡部景吾の自宅であり、イベントの度に訪れてはお世話になっている家とも言える。 「まー、跡部んちならコートあるしなー」 「でもよ岳人。跡部はいないんじゃねーのか?」 「知らね。けど、さっき運転手のおじさんがトレーニングに行ってる、て言ってたから、いねぇんじゃねー?」 「勝手に入っていいのかよ」 「それも知らねぇ。ダメなら迎えになんてこねーだろ。どうせジローが跡部に連絡したんだろうよ」 仮に慈郎が跡部に直接連絡して、『なら俺様の家のコート、好きに使え』とリムジンを手配してくれたのだとしても、跡部ならばそう言いそうだが……それにしては慈郎の『けいごくんはー』に少しひっかかる。 流れを考えれば『けいごくんいないけどー』の相手が送迎を用意してくれたと思うが、跡部の自宅コートをすぐさま用意する人が跡部本人以外にいるとは思えない。 しばらく考えこんだ宍戸だったが、既に慈郎はコートへ向かって走り去り、続く向日もついていってしまった。 滝と忍足は『着替えるから』とメイドに案内され更衣室へ向かったけれど、自分は運動できる格好できたので慈郎たちのようにそのままコートへ行っても問題は無い。 とりあえず跡部家が了承しているのであれば、何の問題も無いか、と思うことにして慈郎、向日に続いてコートへ向かった。 「よっしゃあ〜オレ、一番最初ね!」 「あー、待てよジロー!!俺のが先だっつーの」 「だめだめ、オレからだもん。宍戸ー!!」 「へ、俺?」 コートでウォームアップがてらラリーを行っていた慈郎と向日は、遅れて現れた宍戸のもとへ駆け寄り、ラケット突き出して試合を申し込んできた。 「真剣勝負!宍戸、オレとやろ」 「俺が先だ!亮、勝負!!」 「な、なんだお前ら」 二人とも真面目な顔をしているので、これは本気なのだろう。 向日は普段はダブルス練習を中心に行っているので、一対一で真剣に試合をすることはまずない。 かといって宍戸もどちらかといえばダブルスで試合に出ることが殆どなので、普段の練習もシングルスの慈郎らに比べればダブルスよりのメニューが組まれている。 久しぶりに向日とサシで向かい合い、打ち合うのもいいかもしれない。 しかし。 芥川慈郎、17歳。 氷帝学園高等部、男子テニス部所属。 不動のナンバー1、跡部景吾の次に名を連ね、ナンバー2に位置して3年。 一度もその座を譲ったことがなく、…………ついでにいえば、幼稚舎からの幼馴染ではあるものの、中学にあがってからは真剣勝負で勝てたことが無い。 普段の練習でも軽く打ち合うことや、練習の一環でラリーをすることはあっても、試合形式でシングルスの相手になることはあまりないため、『真剣勝負の相手』としては申し分が無いだろう。 ここは、やはり― 「…じゃ、ジロー」 「やっりぃ!!」 「えー?何でだよー」 「一応、ジローのほうが先だったから」 公正なジャッジとして、先に試合申し込んできた方だからと理由をつけて、慈郎のラケットに、自身のラケットをコンとあわせて申し込みを承諾した。 「じゃあ、いっくよ〜」 「こい、ジロー!」 跡部家のコートで始まった宍戸と慈郎の試合形式のゲームは、向日のジャッジで進められた。 慈郎のはしゃぎまくったテンションの高い声と、絶好調な慈郎のボールを追いかけながら四苦八苦する宍戸の叫びが始終響き渡り、着替え終わった忍足と滝も見守るなかゲームは大盛り上がりで終了した。 ヘトヘトな宍戸の元へ、ラケットを持った向日が近づき『ほら、次、俺』との連続試合申しこみ。 少し休ませろと言うも、10分休憩をへて再度のゲーム開始。 その後も忍足、滝、と次々に相手に立候補してきて、全てをこなして終わる頃にはさすがのスタミナを誇る宍戸も疲労困憊で、コートに大の字で倒れてダウン。 今日に限って何でこいつらは自分相手にラケット向けてくるのが宍戸の疑問に答えてくれる者は誰もおらず、果ては家の坊ちゃんの帰宅とともに自体がややこしくなっていった。 「お前ら、人んちで何やってやがる」 「あとべー!お帰り〜」 「お帰りじゃねぇ」 「イテっ!」 跡部家のメイドにいれてもらったバナナジュースをごくごく飲みながら、『ミカエルさんがお昼はロコモコかパンケーキどっちがいいかだってー。どうするー?』なんてのほほんとした会話を隣の忍足を繰り広げていたところで、トレーニングで不在にしていた坊ちゃんが帰宅した。 『せやなー、パンケーキも捨てがたいけど、ここはスタミナ消費したことやし、やっぱり丼かっこむほうがええんちゃうん?』 ロコモコの目玉焼きは半熟にしてやーと忍足が言い終わる前に、突然登場した跡部家の一人息子は、バナナジュース片手の慈郎を小突き、隣の忍足の後頭部をぶったたいた。 「ジローは“コツン”で、何で俺はゲンコツやねん」 「知るか!慈郎はともかく、お前ら何遊んでんだ、ア〜ン?」 「“慈郎はともかく”が差別やっちゅーねん」 「区別だ」 「一緒や!」 「(無視)で、ジロー。どういうことだ?」 「えっとねぇ〜テニスしたかったんだけど、コートがどこもいっぱいだったー」 たどたどしい慈郎の説明に頭を抱えた跡部は、コートから戻ってきた滝に視線で説明を求め、ラケットをベンチに立てかけた彼は今までの経緯を簡潔に延べた。 つまりは公営コートがいっぱいで、ATOBEジムもいっぱいで、その後はよくわからないままリムジンが迎えにきて跡部宅へ着きました、と。 「…リムジン?俺は何も聞いてねぇが」 「え、跡部ちゃうん?」 「知らねぇ」 「ジロー。さっき誰と電話してたの?跡部じゃないとしたら」 空になったバナナジュースをストローでずーずー吸っているジローのグラスを奪い、テーブルに置いた滝はそのままジローへ経緯を説明せよ、と優しく問いかける。 「跡部だよ?」 「俺様はお前からの電話は受け取ってないが」 「うん。えっとねぇ、跡部のパパ」 「…は?何だと?」 「あとべのジムに電話したら、今日は予約でいっぱいだったんだよね〜。そしたらジムにちょうどパパさんが来てて、しはいにん?と交代してパパが出たー」 「…パパ言うな」 「『私の家のコートを使いなさい』ってー!あとべ一緒じゃないけど、問題ないし、迎えよこすからーって」 「……あんのオヤジ」 「すぐお迎えのリムジンきてくれたんだよー?まじまじ感謝だC!」 「おい、何か約束させられなかったか?」 「やくそく?」 「デートに誘われたとか、旅行に誘われたとか」 「う?」 「何もないワケがねぇ。言え」 「何も無いよ?ただ、今度羊専門の焼肉屋さん連れてってくれるって!まじまじ、楽しみ〜」 「…ったく、あの人は」 この瞬間、まだ見ぬ跡部父を思い浮かべた忍足、滝の脳裏には、慈郎をひたすら甘やかす跡部ソックリな容姿が浮かんだ。 跡部もたいがいだが、その父も同じようなものなのか。 しかし、自分たちは跡部の父親に会ったことは無いのだが、慈郎はあるとでも言うのだろうか? (ATOBEジムのVIPカードを発行されていることだし) 「でもでも、跡部の学校生活を聞かせたげるんだもん」 「はぁ?」 「パパさん。息子の日常が知りたいーって」 「信じてんじゃねぇ!つーかお前、のこのこ受けてんな!知らない人についてくんじゃねーよ」 「まだ行ってないC。てういか、知ってる人だもん」 「数回会っただけだろーが!」 「大事な人のおとーさんだもん!なんでダメなのさ」 「だいじなひと…」 この瞬間、忍足と滝は目を見合わせ、シャワーあびてロコモコでも食べにいこうかと立ち上がった。 伸びている宍戸と、一人で壁打ちしている向日にも声をかけて、四人で跡部家のシャワールームへと向かう。 後ろではぎゃあぎゃあ言い合っている跡部と慈郎がいたため宍戸が気にするも、忍足・滝の『放っといてよし』に、ひとまずジャグジーを楽しむことにして汗を流しにいった。 風呂上りにダイニングルームでロコモコ丼とトロピカルアイスティ、サラダ、そしてデザートにコーヒー、紅茶。 文句無しのハワイアンな昼食を堪能し、その後は跡部の部屋でテレビゲーム、カードゲーム、読書、と思い思いに過ごした。 途中で向日の『体動かしてぇ!!』に便乗した慈郎が、ともにプールサイドへ向かい、そのまま飛び込んだあとに響く跡部の怒号。 呆れた宍戸を後ろからプールに突き落とした忍足を、『お前も落ちろ!』と足蹴りにした跡部景吾。 咄嗟に忍足の伊達眼鏡をナイスキャッチした滝は、プールサイドのベンチに寝そべり読みかけの文庫をひろげて、プールで遊ぶ同級生のはしゃぎ声を背景に一人静かな時間を過ごした。 (ちなみに跡部も、びしょぬれで突進してきた慈郎と向日に片腕ずつ引っ張られ、怒鳴る間もなくプールへドボン。米神をひくつかせながらも、遠くで大笑いしている宍戸の正面にまわり、フロントスープレックスを決めていた) 「はぁ〜楽しかったねー!」 「なー。充実した日曜だった。朝早く起きたかいがあったなー」 「朝から突然すぎてよくわかんねぇけど」 プールで散々遊んだ後は、再度お風呂場へ直行し、今度は大きな大浴場で遊びまわり、ティールームでお茶淹れてもらい、優雅な日曜の夕方となった。 そのまま解散し、忍足と滝は各自家へと帰って行き、宍戸、向日、慈郎は同じ方向のため三人揃って電車で帰路の途についた。 「ねー、宍戸。今日、楽しかった?」 「ん?」 「今日の感想。亮、どうだった??」 「なんだなんだ、二人して」 目をキラキラさせた二人に両サイドから覗き込まれ、一瞬びくっとするも、慈郎も向日も何かしら答を返すまで引きそうにない。 確かに早朝から驚かされたのは事実だが、この二人のこういう行動パターンは幼稚舎・中等部でも何度かあったことで、まったくの初めてではないので慣れているともいえる。 それに、何だかんだ言いながらも思いっきりテニスができたし、何故だか全員とシングルスで打ち合い、結局最後に登場した跡部ともプール後に一試合やり合った。 なにやら慈郎に耳打ちされた後で、『アーン?それなら俺様とも試合してもらおうか』の一言でコートで一試合。誰よりも強い王様との試合は今の自分の弱点を全て浮き彫りされるため精神的に少し凹む部分もあるが、それでもと食らいついて『やるじゃねーか』と言わせるくらいには奮闘した。 「ああ、楽しかった。久々にお前らとも打ったしな」 「ほんと?ちょー楽しかった?」 「おう。ちょー楽しかった」 「やっりぃ!!岳人、せいこ〜う!」 「だなー!よし、ジロー。今だな」 「今だね!」 「な、なんだ?」 「「宍戸(亮)、誕生日おめでと〜!!」」 「………え?」 あと少しで自宅―朝、五人で肩並べて出てきた宍戸宅へ着くところで、慈郎と向日から思いがけないお祝い言葉がかけられた。 9月29日、日曜日 ああ、そうか。 「………さんきゅ」 そういえば自分の誕生日だったことを思い出す。 そして、幼稚舎の頃はよく二人が突撃してきて、夕方まで一緒に遊んで最後に『『たんじょうびおめでとー!!』』と言われたモンだと小学生時代の光景がふと浮かんできた。 ここ数年は後輩と過ごすことが増えて、去年も一昨年も、そういえば後輩とテニスしていてこの二人と過ごしていなかった。 「はい、これ俺とジローからな!」 「楽●オープンの準決勝チケット?!」 「決勝は皆の分、跡部が用意してくれてるけどさ〜。前の準決勝もみたいっしょ」 「まじかよお前ら」 「準決勝のチケットは、ちゃんと俺とジローで色々調べていい席ゲットしたんだぜ!」 「えへへ、オレたちも行くけどさー」 9月29日から有明で開催されるプロテニスの大会。 憧れの男子ダブルス選手も出場するとあって、是非とも生で試合観戦したいとペアを組む後輩と話していたところだ。 幸い、部の長が決勝戦のチケットを用意してくれているため最終試合は観戦することができる。 他の試合もみたいところだが平日のため高校生の身の上では中々難しい。だが、準決勝は土曜日のため見にいける、いや、行きたい。 ただ、地元開催のためか連覇のかかるシングルスの日本人選手の人気も相まって、週末の試合チケットを手に入れるには中々大変で、周りも『まぁ、決勝は跡部のおかげで見れるしな』の意見が殆どだったため、諦めて後輩の家でテレビ観戦しようかなんて話していたのだ(試合は有料放送なので)。 「久々にさ、三人で観にいこーぜ」 「チケット三枚だけだもんね〜」 「おう!つーかまじ、すげぇな岳人、ジロー!」 「「とーぜん!!」」 「アイツに負けるわけいかないんだC」 「そうそう。いいかげん、今年こそは取り返さなくちゃな」 「は?あいつ?」 「きっと宍戸ん家の前で待ってる、に一票」 「いいや、アイツのことだ。おばさんに根回しして家にあげてもらって、夕飯もご馳走になろうって魂胆、に一票」 「なに言ってんだお前ら」 「どうする?岳人。もし本当に家にいたら」 「ここまで邪魔したんだから、この先も邪魔するっきゃねーだろ」 「ねぇ、宍戸。もしアイツが楽●オープン準決勝のプレミアムシートチケットちらつかせても、断ってよ?」 「そうそう。俺らのチケット受け取ったんだから、ぜってぇ俺らと観にいかなきゃダメなんだかんな!!」 「だから、何だよ『アイツ』って」 オレンジ色に空が染まり、あちこちから夕餉の香りがただよってくる住宅街。 じっと目を凝らして先を見つめる慈郎に、何かを探しているかのようにキョロキョロとあたりを見回しては『この辺にはいねぇな』と呟く向日。 いったい何のことなんだか… 幼馴染二人の不可解な行動は相変わらずワケがわからないが、いつものことだと気にしないようにして歩を進めた。 やっと自宅が見えてきたが― 「宍戸先輩!」 突然名を呼ばれ、声のしたほうに視線を投げると、実家の塀に寄りかかる長身の高校生。 「やっぱり出たな、忠犬!」 「ぜってぇ負けないんだC!」 『アイツ』って、こいつのことかよ… 「向日先輩、忠犬ってどういう意味ですかぁ〜。ジロー先輩も…なんでそんなに睨むんです?」 「「うるせぇ!!」」 「お前ら、あのなぁ…」 きっと毎年誕生日を一緒に過ごしているから、今日も『おめでとう』を言いに来たに違いない。 先手必勝と早朝にやってきて連れ去ったはいいけれど、まさか本当に夕方まで粘っているとは。 向日と慈郎の視線の先で、困ったように眉をよせて宍戸に助けを求める後輩の姿があった。 (終わり) >>目次 |