誕生日といったって、高校生にもなった今―特に男にとっては、ともに過ごす特別な相手がいないのなら何も特筆すべきイベントでも何でもない。 家族に祝ってもらって、食べたいモンが堂々と注文できて、何ならケーキもつけてもらって。 それなりに、どこかそわそわしてはいるけれど、女子のそれとは違って、案外すぐに過ぎ去ってしまうイベントの一つ。 特に、部活に所属していて、毎日汗を流し、先輩に扱かれ……全国屈指の強豪校の中でもトップクラスに位置する高校のレギュラーをはるくらいになれば、『部活>誕生日』なのは言うまでもないこと。 別に恥ずかしがっているわけでも、ヘンに斜に構えているわけでも、どこか意地はっているとか、何とか。 そういうことじゃない。 ただ、クラスや周りの女子連中ほど『特別』なイベントとしてみれないのは確かだし。 『誕生日は唯一、好きな食材をいーっぱい、堂々と買って貰えるんだぜい!』 …そりゃ、誕生日を喜ぶっつーか、違うんじゃねぇ? 4月に浮かれてた先輩本人の前では突っ込まなかったけど。 かといって、『まったくもって興味なし、楽しみにもしてません』と言い切るほど誕生日に無関心なわけでもない。 ランチ時には先輩方が奢ってくれることもあれば、部活後もご飯連れて行ってくれてそれなりに祝ってくれる。 嬉しいし、こそばゆいし、ちょっと照れくさい。 中等部へ入学し、テニス部に入ってからは年上の先輩たちと過ごす時間が多かった。 それは今でも変わらない。 もちろん、放課後部活が始まるまでは同級生のクラスメートや仲の良い奴らと一緒にいることもあるけど、昼食時は屋上や学食で先輩たちと食べる日常。 昼の休憩時間を使ってミーティングしたり、練習方法の確認や今後についてアレコレ決めることがあるから、自然と先輩がたのクラスにいってご飯たべたり、ミーティング前に学食で―とやっているうちに、気づけばいつのまに、先輩たちに囲まれている日常になっていった。その後、クラスメートと体育館やグラウンドで遊んだりもするけれど。 (試験結果に眉をひそめた三強に、『勉強を教える』ということで昼休み、食後に参考書抱えて叩かれる日常―ともいえる。) 今日も今日で、特別な何かが起こることもなく、平日だし、いつも通り部活もあるし。 テニスで一生懸命汗流して、終わったら先輩方がきっとご飯誘ってくれて、奢ってくれて。 もしかしたら『誕生日は食材を買ってもらう』先輩が、得意のケーキでも作ってくれるかもしれなくて。 それが無いとしても、実家が中華屋な先輩のところで、特製マーボー坦々麺でもご馳走になって、そのあとは皆でカラオケでも行ったりして。 『おめでとう』と皆に言ってもらったついでに三強の皇帝からは小言をくらい、見かねた神の子が『今日くらいはいいじゃない』となだめてくれたりするんだろう(だって過去そんな感じだったし)。 中等部からの持ち上がりなので、クラスメートもたいがい知っている顔が多い。 中には休日遊んだり、昼休み一緒にサッカーやバスケットをする友達もいるので、そんな連中には男女問わずオメデトウの言葉をもらったり、プレゼントくれたり。 なんとなく普段とはちょっと違う、でも、そこまでスペシャルでもない今日という日はあっという間に放課後になり、テニスバッグ背負って部室に着く頃にはいつもと変わらない光景が広がっていた。 素早く着替えてガットをいじりながら、お菓子をつまみつつ携帯チェックをする先輩。 の隣で、新しいフォーメーションをこうしてああして……スナック菓子と携帯に夢中になっている先輩に懇々と説明している面倒見のいい先輩。 いったいいつどこで買ったのか、何に使うのか不明のネジとドライバー、水鉄砲、オモチャ。 ガラクタとしかいいようのない物が転がっているロッカーをパタンとしめて、シューズを履き替え紐を結んでいる先輩。 そのパートナーは『ロッカーを整理したまえ!』と、メガネを押さえながら、紐を結び終えた先輩に注意している。 先輩たちよりも少し早めにコートに出て、他の一年と一緒にコート整備、ネットをはってボール出し、エトセロラ。 一通りの準備を終えたら上級生たちが出てきて、ストレッチにランニングと準備運動。 夏の大会を終えて引退した三年生にかわり、新部長・新副部長が誕生した立海大付属高校テニス部は、3年前とまったく同じ顔ぶれとなり新しいスタートを切った。 まったく変わってないといえば嘘になるけど、それでも幸村部長の圧倒的な強さは変わらず、真田副部長、柳先輩……立海の三強は相変わらずで、いまだ勝ててない俺は中等部入学時の誓いをまだ果たせてはいない。 丸井先輩とジャッカル先輩のペアは、夏のインターハイ、個人戦(ダブルス)で全国優勝した立海の“ゴールデンペア”だし、今年は個人戦シングルスで出た仁王先輩も、全国準決勝まで進んで、あと一歩のところだった。 自分はというと、いつまでも先輩たちの背中を追って、日々『勝つこと』だけを考えて、前ばっかり見て一直線に進んでいる。 …あがっていくテニスの腕とは逆に、どんどんさがっていく成績に真田副部長は頭を抱えて、柳先輩に相談しつつ何とかしようとしてくれていることはわかってるんだけど。。。 なんせテニス部始まって以来の『全教科赤点』をとったとき、大笑いした先輩たちの中で真田先輩だけは般若のような表情で思いっきり怒鳴る始末。 翌日から始まった先輩方による家庭教師の日々は、一週間とはいえかなり疲労疲弊……まぁ、そのおかげで追試でなんとか目標点をクリアできたんだけど。 あまりのスパルタぶりに、二度とこんな目にあいたくない、と次からの試験では最低限の努力をした。 (赤点は仕方ないけど、それでも『全教科赤』はまぬがれた) 「集合!」 遅れて登場した副部長の号令に、部員全てが一箇所に集まり、本日の練習内容と各自役割分担等の説明が入り、そこから始まるテニス部の練習。 フェンスの向こうには他校から偵察にきている連中や、テニス部の練習を見に来ている女生徒が多数。中には他校の制服も混じっていたりして、その子たちの目当てが目の前の先輩たちだと思うと、相変わらずモテる人たちだなとちょっと羨ましい。 号令とともに始まった立海大高等部の練習は、中等部以上にハードで終わる頃にはいつもヘトヘトだ。 もちろん練習メニューを考え調整してるのは柳先輩だから、後々残るようなスポ根一徹の激しいメニューというわけではない。 けれども限りなくスポ根だ――と思わずにはいられない、かなりハードなものだということはサッカー、バスケら他の部からあがる声でわかる。 バッチリ上下関係のビシっとした体育会系だしな… 『本日の練習は終了』 『『『『ありがとうございましたー!!』』』』』 副部長の号令で始まる部活は、部長の号令で終わった。 後片付けを終えて部室に戻る頃には、上級生の先輩方はすでに制服に着替え終わっている。 彼らにならい、素早く制服に着替えてテニスバッグを背負ったところでズラっと並んだお馴染みの先輩方から『おめでとう』の言葉がかけられた。 『お前も16か。これからも精進するように』 ぬっと出てきた真田副部長からはお馴染みの小言とともに、新しい書と握力を鍛えるハンドグリップ………パワーをつけろ、ってことか。 『もうじき中間考査だ。赤也、わかっているな?』 …はいはい、赤点とったら開眼して説教だっつーんでしょ? 包装をとかなくても中身がわかる、きっと参考書の類だろう本数冊に苦い顔をしたら、別途何かのチケットも渡された。 『鞭の後は飴か』 そんな仁王先輩のセリフに、手元のチケットをあけてみるとケーキバイキングのペア券。 これ、俺よりも丸井先輩が喜ぶものなんじゃねぇ? …案の定、丸井先輩は目を輝かせて『しょーがねぇから一緒に行ってやらぁ』って、誰もまだ誘ってねぇし。一応俺が貰ったモンだし。 正直、柳先輩がくれるものとしては疑問なところだけど、聞けばもらい物だというので、それなら納得だな。 『いつもこんなんで悪ィが、まぁいつでも来い』 らーめん桑原のラーメン券。 確かに去年も同じようなモンだけど、10枚綴り―10杯もタダで食わしてくれるんだから、太っ腹だと思うし、感謝感謝。 買えば一番高そうだしな〜(原価は一番かかってるだろうし)。 ついでに最近先輩がお気に入りだというコーヒー豆もくれた。 あまりコーヒーって飲まないんだけど、姉ちゃんが好きなので持ち帰ったら喜ぶかな? ひとまずカバンにしまっとくか。 『はい。たまには赤也も芸術にふれて』 …絵? 肖像画?人物画?ていうか、誰の絵? さっぱりわからないけど、幸村部長が『いいから、部屋にでも飾るといい』というので、とりあえずは受け取っておく。 さらに、柳先輩と同じく謎のチケットを渡されて、中身を見ると… 「テニスしてあげる券???」 『お返し、かな。まぁ、いつでも挑戦を受けてやるよ』 そういえば、幸村先輩の誕生日プレゼントに、小遣い使い果たしてスッカラカンだったゆえの苦肉の策・手作りチケットを渡したんだ。 今年も、去年も、その前も… 『肩たたき券』のときは、遠慮なく使い切ってくれたっけ。 『言うこと聞きます券』だった年は、幸村部長の家で庭の草むしりを炎天下のもとやらされ、プールの掃除もやったりと肉体労働だった(豪邸すぎんだよな) 幸村部長が『テニスをしてあげる券』じゃなく、『言うこと聞きます券』をよこしたら、どんなことさせようかな〜とニヤニヤするだろうけど、結局はテニスで勝負してください!!と頼むに違いない自分も安易に想像できる。 俺の目標もやりたいことも、この先輩にやって欲しいことも結局はただ一つなんだ。 …それを見越しての『テニスをしてあげる券』なのか? 『代わりに“勉強を教えます券”でもいいけどね』 なんつーこと言うんだ。 反射的に頭をぶんぶんふって拒否したら、真田副部長になぜか軽く殴られた。ひでぇ。 『切原くん、お誕生日おめでとうございます。私からは―』 唯一、ちゃんと『おめでとう』と言ってくれた柳生先輩は、最近俺が欲しい欲しいと騒いでいた新しいグリップテープと、先輩おすすめのスコーン詰め合わせ。 スコーン? 『紅茶と一緒にいただくとより美味しいですよ』 というけど、紅茶もあんま飲まねぇしな〜あ、ジャッカル先輩のコーヒーと一緒に食ってみるか。 (もちろん姉ちゃんに豆挽いて淹れてもらって、ミルクも半分いれるけど) 『ほれ、受け取りんしゃい』 ラケット? つーか、オモチャのラケット?? ほら、公園で子供が遊ぶような、小さめのヤツ。 ボールがウニウニしている、キャンプ場や公園、アウトドア、とりあえず遊び用のレジャーコーナーにあるような、そんなラケットだ。 普通、2本入りでボールつき、袋に入ってるヤツを渡しそうなモンだけど、なぜか1本だけのラケットをよこしてくることに違和感を覚えつつも、とりあえず受け取ろうと見るが、仁王先輩がグリップ部分を握っているので、自然とラケット面の方を受け取ることになる。 「ーっ、イテっ!!」 『おめー、何回ひっかかってんだよ』 ……仁王先輩のガムに毎回ひっかかってるアンタほどじゃねーけどな! つーかさ、ていうかさッッ!!! 素直に誕生日プレゼントくれればいーんじゃねぇの?? なんでこういう引っ掛けをはさむんだよ、この先輩は! いったいいつのオモチャだよ、こんなん。昔すぎねぇ?! ラケット面に指がふれた瞬間、バチっと静電気のようなものが走った。 仁王先輩は満足そうににやにやしてるし、柳生先輩は『あなたもいいかげん、高校2年生なのだから幼稚なことはおやめなさい!』なんて小言連発。 もっといってやってくださいよ……といっても、このやりとりも三年以上となると、イタズラ好きの先輩の行為は今後も続くんだろうな、なんて思う。 『赤也、やる』 どーも。 仁王先輩のイタズラに見事ひっかかった俺を、呆れ顔で見ていた先輩からは、透明なビニール袋にぎゅうぎゅうに押し込まれたお菓子の山。 先輩の食料として常にこれくらいのストックをロッカーに入れている人だけど、今日は特別にくれるらしい。 スナック菓子、チョコレート、せんべい、クッキー系… ジャンルはしっちゃかめっちゃかだけど、見事に丸井先輩が最近好きで食べているお菓子でごったがえしてる。 誕生日なんて特別なイベントでもないし、家族や部活の先輩たち、クラスメート以外に祝ってくれる特別な相手がいるわけでもない。 だから、そんなに楽しみな行事でもなければ、せいぜい部活帰りに先輩たちにご飯おごってもらって、家に帰れば親からプレゼントもらって、姉ちゃんも何かくれて。 家族で祝っていた頃もあるけど、テニス部に入ってからは先輩たちや友達と一緒のほうが楽しくて、『家族で祝う誕生日』もずいぶんと疎遠になっている気がする。 それでも夕食を先輩たちととって帰宅する息子に、ケーキだけは毎年用意してくれていて、さすがにハッピーバースデーは歌わないけれど、風呂上りにジュースとケーキ出してくれる母さんと、欲しかったものを買ってくれる父さん。 姉ちゃんもセンスいい服やスポーツ用品を見繕って、何だかんだいいながらもプレゼントをくれる。 今日もきっと、これから先輩たちとどこか寄って、家に帰ったら両親と姉ちゃんが待っててくれて。 16歳になりたての高校一年の男で、学校での楽しみは、正直いえば昼食と昼休みのサッカー、バスケ、そして部活。 部活一直線の生活だから、誕生日なんてさして重要なものでもなく、どうとでもない単なる平日。 …朝からこんなことをツラツラ考えていたけど。 クラスメートから『おめでと〜』と声かけられて、プレゼントくれる女子もいて(お菓子とか、そういうのな)、男連中は昼飯奢ってくれた。 食後の運動!と向かったグラウンドでは、サッカー部の友人がチームメート集めてくれてフットサル。 本職が集まっているのでいつもより高度で楽しかった(なんたってサッカー部レギュラーの先輩方連れてきたからさ)。 部活はいつもと変わらないけど、終わった後の片付けは、チームメートの同じ一年から『今日はボールだけでいいよ。コートは俺らでやるから』と誕生日の特別扱いをしてくれた。 そして部室では、待っていてくれたいつもの先輩たちから、渡されたプレゼントの数々。 イタズラを受けたあと、仁王先輩はちゃんとプレゼントとしてゲームソフトをくれた。 それが先輩の弟のおさがりだと知るのはまた後日だけど― とにかく、誕生日云々言ってたけれど、やっぱり皆にお祝いされて、プレゼントもらって、帰る頃にはカバンの中はパンパンになっていて。 何でもない、特別でもないイベント云々……って、ゴメンナサイ。 やっぱり特別で、嬉しくて、楽しい一日でした。 友達も、クラスの女子も、テニス部のチームメートも、先輩も。 皆みんな、ありがとう。 心の中で、そっと思っておくことにする。 (面と向かってなんて、言えねぇっしょ) (終わり) →やっぱりジロちゃんサイトゆえのif話へ >>目次 |