オマケ♪キリリク『0604』
「関東大会まで夜練も毎日なんかなー」
「どうでしょうねぇ。まぁ、あと一週間ですから」
「大会前でも氷帝は部活オフの日があるんだよな〜」
「芥川くんですか?」
「そ。『リフレッシュは大事だから』だってよ」
「一理ありますね」
「うちは休みになんねーよなぁ」
「なりませんね」
「せめてナイター無しの日とか」
「大会終わるまでは無いでしょうね」
「だよなぁ」
来週末に控える全国高等学校男子硬式テニス総体・関東大会に向けて、日々練習に励む毎日。
連覇がかかっているここ立海大付属高校テニス部も、王者の名に相応しく―――他校の追随を許さないその強さは、何よりも日々の練習の賜物か。
ハードな練習と飛び交う怒号、高度なメニュー、それに耐え抜く部員たち。
その全てが、県の内外からくる他校の偵察部隊や、取材にくる雑誌記者らも驚くほど厳しいものだ。
大事な関東大会が控えているのはわかる。
強さもさることながら、その練習量の多さでも有名な立海大テニス部において、『練習休みにならないか』なんてもってのほか。
練習大好きな2年の皇帝と、部長以上に実権を握っているエース・神の子にバレたら、大変なことになる。
何も、練習を休みたいワケじゃない。
ため息ついた丸井とて、今年は最初から試合に出ており、個人戦でもダブルスの立海エントリー枠を担うほどペアではファーストチョイスになっている。
だが、始業前に行われる朝練習はさることながら、夕方の部活動、さらにはその後レギュラーメインで行われる夜練習。
(『ナイター』と呼んでいるらしい)
ハードワークすぎるのでは…?
筋肉疲労も溜まったら負にしか働かない。
けれども、そこは王者・立海大。
蓄積された伝統と強さを裏付ける練習メニュー。
さらには、立海の頭脳が考え抜いた個別メニューは、レギュラーそれぞれの限界ぎりぎりをうまく見極めての練習が組まれており、『やりきれる』ようになっている。
練習後に行われるクールダウンの一環として、参謀考案の柔軟、マッサージ等を正しく行えば、翌日体が重くなることは無い。
ただ、せめて。
大切なコイビトが見学に来るであろう日くらいは。
彼の高校が練習オフの日は、たいてい電車とバスを乗り継いで神奈川・立海大まできてくれる。
フェンスの外から自分のプレーに一喜一憂し、テンション高くはしゃいで、目を輝かせながら『天才的っ!』なんて言ってくれて。
練習終了後に合流し、一緒にご飯食べて遊ぶのも、もはや恒例行事として毎度のことだ。
しかし。
週末に大会を控えた週ともなると、通常の練習に加え『ナイター』が始まる。
あくまで『自主練』だと先輩方や入部当初からレギュラーの一員になってた同級生たちは言うが、そこは縦社会の悲しい性。
『ナイター』があると言われれば、右倣えで『イエッサー!』と答える他ない。
(新1年生のお馴染みの後輩は、レギュラーでなくとも参加していることだし)
丸井の愛しいコイビトの通う氷帝学園も、男子テニス部は全国区だ。
さらに、都大会個人戦シングルスで勝ち進み、青学の天才に敗れはしたものの、上位に食い込み、団体戦だけでなく個人でも関東大会出場を決めている。
さすがに大会前になると、普段は休みの土曜日も練習らしいが、それでも平日の部活オフの日は変わらないようだ。
(自主練習を重んじる学校なので、立海のように『自主練だよ』という名のもとの強制練習ではなく、個人の判断に任せられている)
「はぁ〜ジロくん不足」
「はい?」
「まだ今週会ってねぇ」
「今週始まって、まだ半分もいってませんが」
「ナイターあるからジロくんのとこも行けねぇしな〜」
「メールはしているんでしょう?」
「とーぜん。メールは起きてから寝るまでやるだろい」
「丸井くんはマメなんですね」
練習を終えてスーパーへ行く道すがら。
愛しのジロくんへ送るメール文面を打ちながら、隣を歩く柳生へ携帯画面を見せて『メールは当たり前』と述べる。
斜め後ろを歩いているジャッカルは、普段の傍若無人ぶりから一転して、コイビトにだけはマメなパートナーの意外さに、当初は驚いたもんだと『マメなんですね』に頷いた。
(ちなみに本日の練習はすでに終了しており、これから幸村宅で関東大会のミーティングを行う予定だ。
その後皆でバーベキューを行うことになっているので、丸井を始め隣を歩く柳生、仁王、後ろのジャッカル、真田、切原の6人は『買出し部隊』として幸村宅へ行く前にスーパーに寄らなければならない)
「芥川もマメなんか?」
「ジロくんはーまぁ、マメではねぇわな」
話に入ってきたチームメイトに受信メールを見せると、08:30の朝と、12:25の昼、計2通。
対する送信メールは………この量なら、メールではなくLI●E等のモバイルメッセンジャーにしたほうがいいのでは?
「LI●Eも送るけど、ジロくん中々気づかねぇし」
「携帯の電源、入ってるんか?」
「中学ん時は入ってねぇ時が多かったけど、入れさせるようにしたから今は電源はオンになってる」
「それで気づかないということは、携帯はあまり見ないのでしょうか」
「そうなんだよな〜。家にしょっちゅー忘れるからそこも改善させて、やっと肌身離さず持ち歩くようになったんだけど、マナーモードでリュックに入れっぱなしが多いんだよ、アイツ」
「携帯の意味が無いんじゃなか?」
「朝、充電器から外すときに見て、昼休みに向日に言われてチェックして、部活後は宍戸に言われてマナーモード解除して、家で充電器さすときに最後見る」
「なんじゃそれ」
「充電器にさすときと、外すときしかチェックしなかったアイツを、向日と宍戸が何とかしてくれてんだ」
「それでも1日4回だけなんですね」
「こっちに来るときは小まめにチェックするようになったけど、他の日はてんでダメなんだよなぁ」
なんとかならねぇかな。
なるほど。
どこでも寝る息子を心配して、両親にプレゼントされたというGPSつき携帯の『電源を入れない』芥川を改善させたと思ったら、まさかの『携帯しない』彼を説き伏せて、しつこく言い聞かせ文字通り『携帯させる』ことに成功したらしい。
続けて携帯をまったく見ない彼を、これまた言い聞かせて1日2回はチェックするようにさせた。
(といっても自宅で朝、充電器から外すときと、帰宅後にこれまた充電器にさすときだけだが)
それ以外もチェックするよう言っても中々進まず、見かねた彼の幼馴染たちが(それとも同情されたのか)、昼休みと部活終了後に声をかけて、携帯に気づくよう注意してくれてるんだとか。
いくらなんでも鳴れば気づくので、学校がない日は極力マナーモードを解除し常に携帯してくれと言い聞かせている。
なので日祝はメールや電話のやりとりも普段よりは多くできるが、学校がある日はまったくもってダメらしい。
「まぁ、彼らしいといえば彼らしいですね」
一応のフォローを試みたのか、紳士は丸井の愛しいコイビトの携帯事情を、『彼らしい』でくくってみた。
が。
いったいこの台詞のどこにそんなスイッチがあったのか。
はたまた会えない日常が愛を育むーなんてどこかの歌詞にあるような、そんな心境なのか。
この瞬間、丸井の頭はコイビト一色になってしまったようで。
「はぁ〜ジロくん、なんであんなに可愛いんだろうな」
「は?」
「…聞いとらんぜよ」
「……ブン太、またか」
紳士は、丸井の『ジロくん』語りにさほど免疫があるわけではなかった。
その隣の詐欺師は、数回つき合わされているのか、少し引き目で辟易した表情を浮かべる。
そして後ろの苦労人は、毎度のことなのだろう……何度目かわからないため息をついた。
「だってよ。あいつ、中学の頃より身長も伸びたし、男っぽくなったはずなのに、全然変わんねーの」
あの可愛さは普遍的だなー
なんて、にまにま笑みを浮かべる丸井に、一歩さがった位置で歩く3人はというと。
「中等部の時は、低めでしたね。小柄なのは今も変わりませんが」
「ブン太も背は伸びたが体重も重くなったけん、比率は変わらないんじゃなか?」
「あぁ。あいつら身長が4センチ、体重は13キロ差らしいけど、いまも同じ差なんだってよ」
「桑原くん、詳しいですね」
「…好きで詳しくなったわけじゃねぇよ」
「芥川が華奢なのか、ブン太が体重過多なだけなのか」
紳士的には『芥川慈郎』の中等部時代と、現在の印象はさほど変わらない。
女の子のような華奢な体系だった氷帝のボレーヤーは、高校生になって確かに身長は伸びた。
高校2年生の平均身長はマークしているだろうが、それでも同じ身長の男と比べると薄い気がする。
というか、隣を歩く……仁王の中等部時代のような。
(今の芥川くんは、175センチもありませんが。まぁ、体重も60キロ無いでしょうし)
華奢というほど頼りない風貌ではないが、あの時の仁王よりも小柄、と結論づける。
詐欺師は、今まで丸井に聞かされた話を総括してみた。
曰く、丸井は芥川よりちょっぴり身長が高くて、大幅に重い。
その差は互いが成長期を迎えた高校2年になっても変わらず。
相変わらず丸井は芥川よりちょっぴり身長が高いだけで、ウェイトは大幅に重い。
以前、他校との合同合宿の際に、偶然芥川と組み、彼を肩車し走りこみをした時を思い出した。
想像以上に軽くてびっくりしたとともに、ゴール後の交代で自分を肩車するとき、大丈夫かついつい心配になったものだ。
(割と力はあるらしく、仁王を肩車してもぴんぴんしていた。)
「おい仁王。誰が体重過多だ」
「スポーツ選手どころか標準体重オーバーなんじゃなか?」
「んなに重くねーよ!」
これでも少しは痩せたんだ、と不満げに告げる。
「そりゃジロくんは身長の割に軽いけどよ」
「華奢じゃけ」
「今はそんなにひょろひょろしてもねーだろ」
「まぁ、小柄なのは変わりないでしょう」
「でもあいつ、筋肉イイ具合についてるし」
「……ブン太」
「あいつさ〜、仁王と違って色白なワケでもねーけど、すんごい肌がキレイで気持ちいーんだよな〜」
ニキビもシミもなんもねーんだ。
遊びにくる度に、親が羨ましがっちゃってさー
…何を思い出しているのか、にやにやした顔で空を見上げている。
「……そうですか」
「誰が色白…」
「…………ブン太」
4つの肺を持つ男との異名を持つ、持久力に自信のある男も、さすがにこっち方面の話に付き合う耐久性は無かった。
小学校の頃からの付き合いで、確かに親友といえるだろう。
ダブルスのパートナーとして立海のゴールデンコンビでもある相方が、運命の出会いを果たす前からしょっちゅう一緒にいた。
ともにゲームセンターへ行き、生意気な後輩の面倒をみて、部活後ラーメンも度々あった。
同じボレーヤーで他校の彼と、友達づきあいを始めた親友が、いつのまに別の感情を抱き、葛藤し、その都度愚痴やら悩みやらをひたすら聞き、慰め、背中を押してきたことか。
あの頃はまだよかった。
丸井自身、理性と本能に思い悩み、翻弄され、『吐き出せ』といっても中々本心をいわなかった。
少しずつ聞き出し、悩みを取り除いてやろうと隣の詐欺師と奮闘したこともあった。
(なんせ詐欺師は彼のクラスメート、そして無尽蔵のスタミナ男は唯一無二のダブルパートナーである)
それが今はどうだ?
あれから1年数ヶ月。
『お付き合いすることになりました』と報告されたとき、純粋におめでとう、良かったな、という気持ちになったし、そう告げた。
ただし。
うまいことかわして逃げる詐欺師はともかく、パートナーの彼は部活中もほぼ一緒に行動しており、メニューも同じことが多い。
そのため、銀髪のチームメイトのようにスマートに逃げられないのだ。
なににって?
「この前、口内炎ができてさ。ちょっと痛かったんだけど、ジロくんってそういうのできたことねーんだとよ。
あいつって、外も中も不純なモノはできねぇようになってんだなー。
『きめ細かな絹肌』っていうらしいな、ああいうの。
たしかにずっと触ってたいんだよなー」
こういうことだ。
「……健康的なんでしょうね」
「…柳生、黙っときんしゃい」
仁王は今までの経験上、地蔵になることを選択している。
(聞き流すのみ)
そしてジャッカルは……地蔵になれない自分を知っている。
(仁王と異なり、反応がないと丸井につっこまれるため)
ただし、慣れない柳生はつい、相槌を打ってしまうようだ。
「……先ほどから聞いていれば、丸井!
何をハレンチなことを言っとるか!!」
「あん?」
そういえば数メートル後ろに、真田と切原もいたな。
普段、丸井のこの手の話になれている仁王とジャッカルは、さして気にしていなかったが。
そこに柳生を加えた3人が振り返ると、後方で顔を真っ赤にしている真田と、無言の切原がいた。
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