5月6日の攻防 by 切原赤也(きりはらくん)






「…さん、ジローさん」

「ん……あか…や?」

「しー!静かに起きてくだサイ」

「ぅ…ん…」

「…ちょっと、動かないで」



寝ぼけ眼のジローさんを抱き上げて、そばに置いてあるリュックを引っ掛ける。
周りに気づかれないように、そーっと、そ〜っと…


音をたてないように部屋から出て、ドアを閉める。
もしかして感のいい先輩、数人に気づかれてるかも……が、見るかぎり皆寝転がっていて起きる様子はないので、『寝ている』とみなす。
廊下で執事のミカエルさんとすれ違ったけど、一言『皆まだ寝てますけど、俺ら先に失礼します!』で、脱兎の如く豪邸をあとにした。



願わくは、誰にも見つかりませんように…





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そそくさと敷地内から抜け出し公道に出ると、どこか強張っていた表情もとけてようやく落ち着けた。
駅に着く頃には、おぶっていたジローさんも起きたのか、背中から『おりる〜』とホケホケした声が聞こえてきたので、おろしてやるときょとんとした顔で見上げてきた。

どこ行くの?と首をかしげる姿が可愛くて、つい頬がゆるんでしまうけどここで立ち止まるわけにはいかない。
『いいから、後で!』と手を握り、ホームまで突き進んでちょうど来た電車に飛び乗って、連休中だけど早朝のためか、ほどよく空いている席に腰掛けてやっと一息つけた。



「今日は、おれとデート」

「う?」



せっかく昨日はジローさんの誕生日当日だったのに、なんでそうなったのか、……先週末、気づいた頃にはあれよあれよと誕生日パーティの計画が進められていた。
ふたを開けてみれば、氷帝どころか馴染みの先輩方(言うまでもなく立海)、ライバルの青学の連中。
会場となった跡部さんの大豪邸には見知った顔が並び、全国区のプレイヤーが集う、ある意味壮観の一言。


確かにテニスコートでのダブルス大会、ビリヤードトーナメント、ダーツ勝負…とエンターテイメントには事欠かなくて、すんごく楽しかったし料理も超豪華でうまかった。
何よりもジローさんがとても楽しそうで、いつ見ても笑っていて、起きていて(ココ重要)。
二人っきりで過ごしたいのは確かだけど、皆でワイワイ遊んで、祝ってもらって、照れながらも感謝を述べていたジローさんはすんげぇ可愛いかったし。


ダブルス大会で丸井先輩と組もうとしたときはもちろん猛反対した。
ようやく丸井先輩を氷帝の宍戸さんに押し付けて、いざジローさんと組もうとしたら、今度は青学の不二さんのところに行ってたのもまじカンベン。
ちなみに幸村部長に頼み込んで不二さんと組んでもらったら、ある意味最強ペアとなって、ダブルス大会で優勝していたのは言うまでもない。

ジローさんとは結局パートナー組めなかったけど……だって、ラケット取りにいっている間に、いつのまに青学の越前と組むっつーサプライズを起こしてて。
(芥川・越前組は、互いがほよどダブルスの素質が無い?というか相性?なのか、適正?かわかんねぇけど、仁王先輩・菊丸さんペアにけちょんけちょんにやられ、瞬殺されていた)



「どこいくの?」

「着いてからのお楽しみッス」



昨日は皆でお祝いして(と称して遊んでいたともいえる)過ごしたんだから、今日は俺と二人でもいいッスよね?


連休最後の日だし、部活はもちろん無いし、何よりも『跡部宅に泊まって夕方頃帰る』と家の人に言ってるらしいから、つまりは夕方までジローさんは自由っつーことで。
俺と出かけても、夕方まで戻ればオールオッケーっしょ。
(今日特に用事無いのも確認済み!)



池袋で乗り換えのため西武線改札をくぐり、ホームで電車を待つ間に、直前で買ったハンバーガーとコーラで簡単な朝食をすませる。
ついでにキオスクで買っといたポッキーをあげると、嬉しそうに受け取って『ありがと〜』と笑う顔が可愛いすぎてギュッとしたくなったけど、まだ我慢、がまん。




「西武遊園地?」

「いえ、もっと先」




ようやくきた電車(始発の駅なのでもちろん座れる!)に乗り込み、西武池袋線でいくところ〜と、車内の路線図を見ながら一駅一駅たどっている。
行き先候補として、西武ドーム、遊園地?と聞いてくる瞳がきらきらしてて、思わず教えたくなるんだけど、、、いや、やっぱりついてからのお楽しみ。


とりあえず1時間以上は電車にゆられるわけだけど、幸いジローさんは寝る様子もないので、たわいもない会話をかわしていく。
最近みてる春ドラマや、始まったアニメのこと。

毎週火曜夜に放送が始まったガ○ダムSEED DESTINY のデジタルリマスターを見ているらしく、どこが前と違うのかウォッチしているけどあまりわからない、とか。
ドラマは見ようとしても放送日時忘れちゃうし、見てると眠くなったりするから結果どれも見てない、とか。
逆に、ドラマウォッチャーなチームメイトの忍足さんが、おすすめドラマの話題をふってくるのが軽くうざい、とか。
最近は恋愛ドラマが少なくてつまらんわー、と何度も言ってくるから面倒くさいんだって。

コ○ンかクレヨンし○ちゃん、どっちを見に行くか映画館着く直前までモメたーとか。
(相手が跡部さんだったってことが意外すぎた)

結局クレヨン○んちゃんになって、見終わった後の跡部さんが『B級グルメ』が気になって気になってしょーがなかったからって、東京下町B級グルメの味を求めに連れまわしたらしい。
すげぇな。

あのハイグレードな人が、どんな顔で下町の大衆食堂に入ったんだか。



「アトベ、超〜面白かったC」


いわく、
『なんでこんなに店内が汚ねぇんだ』
『ありえねぇ…椅子がハゲてる、だと?』
『おい。この醤油挿し、なんでべたべたしてんだ』

なんて文句を言いながら、でも、出てきた料理は見たこと無いものが大多数で。


「わーわー言ってたのに、一口食べるまですんごい時間かかっててね〜」


躊躇しながらも食べたら目をカっと見開いて、『味はまともじゃねぇか』と褒めたんだとか。


『そういうの、ちゃんと認めるとことがアトベのいいところなんだ〜』
と、まるでわが子を褒める母親のようなセリフだな、、、なんて感じたところで電車が次の経由地・飯能に着いたので、急行から各駅に乗り換え最終目的地へ出発。



ここまで来ると、まわりの景色もずいぶん静かになってきたモンで。
自然が増えたなーなんて、会話を続けながら40分。
あっという間に横瀬駅に到着。




都内よりもちょっと肌寒いけど、それでも天気は快晴で雲ひとつ無い青空が広がっている。




「結構人いるねぇ」

「どっちだっけな〜地図は〜」


駅周辺には自分たちと同じく観光客もちらほら見えて、たぶん目的地は同じなんだろうな〜と思いながら地図を探す。
が、少し進むと看板が出ているし、他の人たちも同じ方向に向かってるから地図見なくても大丈夫だな、うん。



「あっちッスね。いきますよ?」

「おー!」




1.5キロくらいの道のりも、ジローさんと肩を並べ歩いているとあっという間だ。
なんとなく、あちこちに出ている看板とか、少し先を歩いている観光客が手にしているパンフレットとか、交される会話のふしぶしに出てくる単語で、どこに向かっているのかはわかっていそうだけど、『着いてからのお楽しみ!』の言葉を守ってくれているのか目的地については聞いてこない。




さっき携帯でチェックしたら、開花情報は『満開』のマークが出てたから、…まさに今日が最高の日ってことでしょ!




入り口に到着し、人の流れについて歩くこと数分。
見えてきたのは一面の、白、薄いピンク、桃色、赤いろ。




「わぁ〜すっげー!」



まんまるに目を見開いて、感嘆の声をあげてるジローさんに、よっしゃあ!とまずは満足。
こういうキレイなもんを綺麗、かわいいものを可愛い、と素直に感激してくれて、喜んでくれる姿勢がすんごい好きだ。

自分はそこまで…たとえばきれいな花を見て、素直に表現するのは難しいというか、思ったとしても照れくさくて言葉にはできない。
でも、この人はそういうのおかまいなしに、それが花でも食べ物でも自然でも、虫でも、絵でも、何でも。
感じたことを素直に表現するし、まっすぐな言葉で口に出すから、そういうところもいいんだよなぁ。

(だって、この年になって、しかもオトコがさ。
花見て『可愛い』なんてなかなか言えないっしょ)



「あ、ヒツジ発見!」


数メートル先の柵で囲われた中に、クリーム色…というか、ほぼ茶色?
じゃっかん小汚い…あ、いや、洗ってない?
毛がかたそうなもっさりした羊が数頭。


そういやジローさん、羊好きなんだよな。


「わ〜久しぶりに本物見た!」



一目散に柵に向かって走っていった。


本当にあの人、俺より年上…?
まじ、可愛すぎるんですけど。



(ていうかジローさんの羊好きって、『ラム』や『ジンギスカン』とか、そういうことだよな…?)


いや、一応自室のかけ布団はヒツジプリントだし、目覚まし時計も羊だし。
ベッドの抱き枕も羊だから、……衣・食・住すべからく羊が好きってことにしておこう。


だって。
『食べる』のが大好きだ、と羊を見る図って、何だか……な。


(そりゃ牛肉好きだからって、牧場で牛みてもおかしくもヘンでもない、何か思うことは無いけどさ)



「おーい、赤也ー!」



羊のすぐそばまで寄りながら、こっちに向かって大きく手をふってくる。
そばまで寄ると、『こいつ、もっさもさしてる!』と羊を指差して上機嫌だ。



「すごい広いね、ここ」

「俺も初めて来たッス」

「何で知ったの?テレビ?」




テレビで見たことは無いんだけど、たまたまどこへ行こうか調べていたときに、先輩が教えてくれた、いいデートスポットがココで。
ここ以外にも色々教えてくれたんだけど、自然があって、今がちょうどシーズンで、ジローさんが喜びそうな(いい昼寝ができそうなという意味でとったらしい)、場所!
ということでピックアップしてくれたリストの中から、俺が選んだのがこの公園だ。


都内でアクセスしやすいところだと、いつ何どき誰にあうとも限らない。
出かけていて知り合いにあうことは比率的にも少ないって先輩たちは言ってたけど、そんなことわかんねーじゃん。
ジローさんと出かけてて、あいたくない連中にあうこともあるし。
学校帰りにゲームセンターで遊んでたら、部の先輩にバッタリ会うこともたまにあるし。

花や草木の世話が好きな、学校の先輩が教えてくれた『旬の花・自然が楽しめる、ちょっと遠出するけど近郊なスポット』のくくりで、ここ秩父にまでやってきた。


満開の芝桜が一面に敷き詰められで、しろ・ピンク・赤、と桃色がひろがりポワポワしている中にちょこんとしゃがんでいる金髪がふわふわしてる。
一枚の絵みたいに馴染んでいるジローさんに、やっぱこういう可愛いお花が似合う人だな、と納得。


何故だかわかんないけど、その辺に羊もいるこちら、羊山公園。
別名、芝桜の丘に、愛しい恋人を連れてやってきた、5月6日、昼のこと。






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