遠征の成果や試合結果を定期的に見舞いにくるチームメートから聞くのは、入院生活が始まってからの『定例』で、それは春休みに入ってからも変わらない。全国一の強豪・立海大付属中テニス部は土日祝でもお構いなしで、毎日厳しい練習はもちろん、より強い相手を求め高等部、大学部の諸先輩たちの胸を借りることも多々ある。 入部してから連覇を遂げている全国大会もいよいよ最高学年にあがり、よりいっそう力が漲る春……といきたいところだが、何の因果か急な昏倒から精密検査を経てあれよあれよと時が過ぎ、ベッドの住人になって早数ヶ月。味気ない入院生活の中で出来ることを精一杯しようと決め、主治医の手前ラケット持って出て行くわけにはいかないけれど、何がどう転ぶとしても健康を保ったほうがいいに違いない。あれこれ理由をつけて、負担にならない程度にハンドグリップを握りながら読書、柔軟しながらテレビ、筋トレしながら……なんて『ながら』行為をしていたら、妹は怒り、母は呆れ、父はそんな息子の頭をなでて、苦笑しながら抱きしめた。 ―悪あがき そう、そんなことはわかってる。 意味が無いことなんてやる必要ない、そんな価値ない。 以前はそう思っていた。 けれど体調が悪くなるにつれて、このままベッドに横たわり先が不安なまま過ごすことに嫌気がさして。ほんの数%の可能性に賭けたいと思うようになって、悪あがきってヤツをしてみたくなった。 部活に精を出していた頃より体力は落ちてるだろうけど、難しい手術だからと『身体が持たなかった』なんて言われたくない。 病弱な身だとしても、患者なりに万全な準備を整えたい。 出来る限り、あがきたい。 応援してくれるチームメート、友達、学校の皆のために。 支えてくれる家族のために。 ―練習試合はどうだった? 定期的に見舞いにくるチームメートにそうやって声をかけるのは毎度のことだけど、春休みに入る前か休み中か。そのあたりで行ったらしい練習試合の皆の感想が、いつもの『ラックショー』や『別に変わんねー』とは少し違っていた。 『興味深い試合だった』 『ありえん。氷帝、たるんどる!』 思い出しては怒りがこみ上げるのか、声を荒げて『テニスとは』と話し出した真田を瞬時に柳がストップさせた。 『お互いにとても楽しそうにプレーしてましたね』 『アレが許されるのが氷帝……羨ましいっちゃ』 立海最強コンビその1は、相手校の選手を思い浮かべるとつい笑ってしまうのか、朗らかなほんわかした雰囲気が漂っていたのでこの二人にそんな表情をさせる、その『氷帝の選手』が誰なのか気になった。 『なんか気がそれたッス。てかあの人、ありえなくねぇ?』 『一応はブン太の勝ちってことでいいのか、あの試合』 真田と感想かぶってるぜよ。 銀髪の上級生に頭を小突かれた後輩は『ゲッ』と呟きながらも、でもでもありえねーッス、と続けて語りだしたその試合のサマリー。 俺の勝ちに決まってんだろい。 赤髪のパートナーにど突かれたブラジル人は、試合を思い返しては『勝ち負けっつーか…』と続けようとして再度パートナーにつるつる頭部を叩かれるというはめに。 ―へぇ。強かったの? 皆が口々に同じ選手の話題をあげるので気になって問いかけたら、その『氷帝の選手』の強さ云々……というよりも、練習試合で一番強烈だったのがその彼だったから、ということらしい。 全国二連覇。レギュラーとしてずっと試合に出場して、あらゆる選手と対戦して。 強豪校を散々知っているはずの皆がそう言うのだがら、たとえそれが『プレーというか』的な部分でも、興味を引かれた。 そう告げると後輩は『けどブチョー。きっと副部長と一緒でぜってぇ怒りますよ』と、両手の人差し指をあげて頭の両サイドにおき、眉を寄せて顔を作り、鬼のポーズをとるのだから相変わらず可愛いしぐさをするものだとつい笑ってしまう。 練習を怠けている選手が立海の部員であれば直接厳しく接するところだが、他校生、しかも『怠けるというか』とその氷帝の選手について話し出すチームメートの表情はどこか楽しそうで、特に実際に対戦した丸井などは面白いオモチャを見つけたかのように、目をキラキラさせているので、いい出会いだったのだろう。 練習試合を切欠に友達になりテニス以外でも色々な面で意気投合していた、と語る他のチームメートらの口調も何だかほのぼのしていた。一度『丸井の行動が怪しい、色恋沙汰かもしれない』などと面白半分であとをつけたら、同年代の学生―その氷帝生とファンシーなケーキ屋で巨大なパフェをつついていて、拍子抜け通りこして放課後無駄な時間を費やしてしまった、とこぼしていたのは仁王で、それを諌める柳生は『仲が宜しいことですね』と子供を見守る親のような心境になったらしい。 病室で聞かされた身としては『柳生、尾行なんてするんだね。蓮二はともかく』とただただ率直な感想で返したのだが、仁王に唆されたとはいえチームメートのあとをつけるのは不本意だったらしい。少し眉を寄せて困った顔をしながらも言い訳はせず、丸井に悪いことをしたとこぼす柳生の真っ直ぐさに『まぁ、いいんじゃないかな』とその話を終わらせた。 (とはいってもいざとなると仁王以上に厳しく、予想外なこともする男ではあるので、一概に『素直、誠実、実直』とも言いづらいところがあるのだが) …とまぁ、いつもの『練習の報告』と同じようなものではあるのだけれど、氷帝との練習試合を経て、その『面白いヤツ』という氷帝の選手との出会いを話す丸井と、実際にその対戦をみていたチームメートらの表情が明るく、思い返しては楽しそうに笑っていたので、よほど印象的な練習試合だったのだろうと、その場にいれなかったことを残念に思えた。 ビデオを撮っていれば観たかったのにと告げれば『試合自体はなんつーか、まー楽しそうでしたけど、アレはちょっと…部長、みてもためになんねーッスよ』と後輩が言うので、テクニックやプレースタイルといった部分以外でこんなにも皆を朗らかにさせる要素とは一体どういうものなのだと不思議に感じた。 『勝ち進めばどうせまた、氷帝とは関東大会であたるだろう。氷帝が、だがな』 立海が地区予選、県大会、関東大会と勝ち上がるのは当然だが、順当にいけば都内で断トツの強豪校・氷帝学園は東京代表としてあがってくるだろう。昨年と同じく関東大会でぶつかるのもありえる話で、その時にその選手を見れるだろうし、聞けば氷帝のナンバー2だというので試合に出てくる………という割に今までの大会には出ていないようで柳のデータにも無かったらしいが。 真田の言葉に込められた意思。 ―関東大会までには、元気なお前で戻って来い 今の状況とこれまでの入院生活から、専門的なことはわからないが地区大会〜県大会あたりまでに退院している自分は想像できない。けれど、毎日ハードな練習をこなし、他校との練習試合も『勝って当然』なチームメートらが珍しく他校生の話題で面白そうにしていて、実際に対戦した本人の『久々に面白かった。強いとかそういうの以前に、テニスが楽しかった』、そして見ていたほかのメンバーの『楽しそうにプレーしていた』という感想。 ―テニスは楽しい。 羨ましい? いいや、自分も早く同じコートに立つ。 あの場所へ戻るんだ。 これまで以上に、周りにバレない程度にひっそりとトレーニングをやっていこう。 あれこれ理由をつけて負担にならないくらいに。 ハンドグリップを握りながら読書、柔軟しながらテレビ、筋トレしながら……なんて『ながら』行為をさらに増やしていったら、妹はさらに怒り、母はほとほと呆れ、父は苦笑しそんな息子を抱きしめて………いいかげんにしなさい、と釘さすことも忘れない。 ―悪あがき? そうかもしれない。 意味が無いことなんてやる意味ないと思っていた以前の自分に言い聞かせてやりたい。 何もせず悲観に暮れて、ただただその日を待つなんてしたくない。 あがけるだけあがいてやろうじゃないか。 応援してくれるチームメート、友達、学校の皆のため。 支えてくれる家族のために。 皆と同じように『テニスが楽しかった』と笑い、『幸村、楽しそうにプレーしてたな』と言われるために。 ―そして、自分のために。 (終わり) >>目次 |