不二周助Happy BirthDay!2015

*2014菊丸誕設定


通っている大学や自宅からはアクセスが不便なところではあるけれど、人気の無い路地裏にポツンと、夜道を照らす灯篭のようにさりげなく存在する、知る人ぞ知る隠れ家的なカフェに通いだして早数年。そのカフェでバイトしだした中学時代からの親友に誘われてお邪魔したのが切欠で、お気に入りの店の一つとなった場所だ。さほど広くは無いものの見事なイングリッシュガーデンが広がる、晴れの日のテラス席でいただくお店自慢の珈琲とマスターお手製のビスコッティの組み合わせは最高で、休みの日の数時間をゆっくり過ごすために、電車乗り継いでわざわざこの町を訪れることもある。
今では親友がバイトの出勤日であろうが無かろうが関係なくお邪魔しており、他のバイトやマスターのみならずキッチンスタッフとも顔なじみになるほど『常連』になっている。

「こんにちは」
『いらっしゃい。テラスにするかい?』

店の扉をあけてすぐに広がるカウンターでショットグラスを拭いているマスターに声をかけられ、お庭側のテーブルに視線を投げると2月末の寒さもなんのその、数名のお客さんが本やパソコン片手に思い思いの時を過ごしている。欧米系の人たちにとっては寒い日だろうがどうってことないのだろう、テラス席の人たちは何れも欧米系で、以前挨拶を交わしたことのある、この近所の大学に通う留学生たちだ。
この店のテラス席はしっかりと暖房設備も整っていてさほど寒くはないので他と比べれば居心地はいい。けれど、さすがに『今年一番の寒さ』と今朝のお天気ニュースでやっていたほどなので、今回は店内の席にしようと2階のソファ席を見上げれば、察したマスターから『好きな席にどうぞ』と促された。

『おーい、お客さんだぞー』
「はいは〜い、ただいま〜」

ナイスミドルなマスターに呼ばれキッチンから顔を出したのは馴染みのスタッフで、中学時代からの親友と同じくこの店でバイト中の大学生だ。

「あ、いらっしゃ〜い」
「やぁ」
「2階?」
「うん」
「おっけーい、紅茶?珈琲?なんか食う?」

後ろからマスターの『おいこら、そんな聞き方があるか』なるツッコミを受けながらもバイトくんは意に介さず、相手が常連かつ中学時代から知る仲だからだろう、お店に通いだした当初に比べればだいぶ砕けた聞き方をしてくるようになった。

「ミルクティ貰おうかな」
「茶葉どーする??」

ウバハイランド、アッサム、ニルギリ、マスターのオリジナルブレンド……すらすらと茶葉と、農園の名前をあげていくバイトくんに『ウバで』とミルクティの定番茶葉を告げて、小階段をのぼりロフトのような2階のこじんまりしたソファ席に腰掛けた。


中学、高校を同じ学び舎で過ごした親友、菊丸英二が大学進学を機に、通うキャンパスから程近いこのカフェでバイトを始めた。曰く、サークルの先輩のバイト先で、1〜2人の新規バイトを募集してるからと声をかけられ、客として来店したときに店の雰囲気と料理の美味しさに惹かれて決めたという。ほぼ同時期に採用されたらしいもう一人のバイトは、菊丸とは学校は違ったけれど同じ『テニス』という部活動に所属し大会で顔を合わせることもあったので、中学時代からよく知っている相手。初日の出勤日が一緒で、顔を見合わせて互いにびっくりしたのだとか。ちなみに近所の美大に通う彼の決め手は『時給・まかない・シフト調整、と待遇が良かったから』という点だったのだとか。

初めのころは、菊丸のバイト終わりに一緒に出かけるという目的で彼のシフト日にあわせてお邪魔したり、約束が無くても何となく彼がいる日に来店することが多かったけれど、カフェ自体が気に入りだしてからはあまり考えずに訪れることが増えて、今日のように菊丸がいない日も多い。でも、そんな日は必ずもう一人の同い年のバイトが出勤していて、今となっては菊丸よりももう一人の彼、芥川に『いらっしゃいませ』と声をかけられる機会が多いのかもしれない。

最も、カフェのバイトスタッフで唯一、芥川だけが『いらっしゃ〜い、何にする?好きなとこ座って〜』とのほほんとした口調と笑顔で迎え入れ、テーブルに案内する前にオーダーを聞いてくるのだが。
(一応親友とはいえ菊丸の場合は、ちゃんと席に案内したうえで、お水とメニューを持ってきてくれるらしい)

その度にマスターに『こらジロー、ちゃんと仕事しなさい』と小突かれているものの、芥川がこの対応をするのは不二や同じ高校出身の友達など少数に限られ、さらに店内に殆どお客さんがいない時なので、ある程度はわかっていてやっている接客なのだろう。それだけ不二に対してうちとけてくれているのだと思えば、少しくすぐったい。


「おまたせしました、ロイヤルミルクティ。どーぞ」
「ありがとう。……あれ?」


今日は食事ではなく、新書片手に紅茶をかたむけようと飲み物しかお願いしていないけれど、なにやら少量ずつの焼き菓子がのった白磁の細長いプレートがティーカップの奥にそっと置かれた。

「サービス」
「マスターかい?」
「オレと、一応マスターからね。さっきまでキッチンで色々教わってたんだ〜」
「芥川が作ったの??」
「今日ヒマだからさ〜。マスターがキッチンで遊んでいいぞーって」
「へぇ。味見した?」
「ううん。でも、マスターの及第点出たからたぶんだいじょーぶ」


店内のインテリアや食器類、珈琲、紅茶の淹れ方や茶葉の選定、とカフェにまつわるあらゆることを決めているマスターは、キッチンにもスタッフがいるけれどその誰より料理も上手いと有名なカフェの名物店長だ。その彼がOKを出すくらいなので味は問題ないのだろうし、常連かつサービスとはいえ『客』に出すものには厳しい人だと菊丸に聞いているので、『芥川がキッチンで遊んだ末の品々』は店で出すレベルとして合格なのかもしれない。

料理やお菓子作りでは、味よりも最後の仕上げ、造形のほうがやっていて楽しいと言う芥川はさすが美大生なのか、一流パティシエが作るものと見た目には遜色のない焼き菓子が並んでいる。それどころか、独創的でなかなか『視覚』が楽しめる、いったいどうやってこんな細かなものを作ったのか?と興味をそそられるほど緻密に作られたプチフールは、顔型になっていてモデルにしたであろう人の特徴をよく捉えている。

「これ、僕と、裕太?」
「えへへ、あたり〜」
「僕はともかく、裕太なんてよく作れたねぇ。あんまり会ったことないだろ?」

弟の不二裕太と、一つ上の芥川慈郎との繋がりといえば、一番古くは中学時代の都大会の対戦だろうか。その後の選抜合宿で一緒だったけれど、それ以降は特に交流があると聞いたことが無いので『中学時代のテニス部関係』というくくりくらいしか思い浮かばない。しかし、目の前の顔型の小さなケーキは、中学時代ではなく今の不二裕太の特徴をよく表している。さすが絵が得意な美大生は、過去の映像から今の姿が想像出来るのか、それとも兄が知らないだけで両者の付き合いは今もあるのか。

「前はテニス以外じゃほぼ会った事無かったけどさ〜、最近よくここ来るんだよ」
「え?」
「友達んちが近いんだって。去年の暮れだったかなぁ、友達と来た」
「へぇ、友達…誰だろ」
「高校時代の先輩って言ってたような。英二いなかったから、最初オレ気づかなかったんだけど、裕太クンが声かけてきてさ」
「偶然もあるもんだね。裕太がよく来るなんて、英二から聞いたことないな」
「そういやいっつも英二いないときに来るかも。先月あたりから多いと週3〜4で来るのに、いっつも英二がいない日か、英二が入る前に帰っちゃうんだよ。一人で来ること多いし、お店、気に入ったのかもね」

さすが兄弟、趣味が一緒と微笑む芥川に、嬉しい気持ちになる反面、それだけ来ているのならどうして自分は今まで一度もカフェで『偶然』会えていないのかとすれ違いを少し残念に思った。


「じゃあ今度は裕太と一緒に来るよ」
「あはは、よろしくね〜。お待ちしてまーす」


一口かじったマカロンが思いのほか美味しいので、素直な感想を述べたら満面の笑みとともに『大成功だC〜!』が炸裂し、作り手は周りに上機嫌な花を飛ばしながら1階のカウンターへと戻っていった。

弟、という予想外のサプライズはあったけれど、まずは当初の目的に戻ろうと鞄から買ったばかりの新書を取り出して頁をめくる。


(裕太……家にはめったに顔出さないのに、ここには良く来るんだね)



確かに美味しい珈琲、紅茶にデザート類を出し、ランチも人気。夜はアルコールも出すのでいつ来ても楽しめるカフェではある。不二自身、隠れ家的な雰囲気と、人気のカフェだけど常連や静かに過ごすお一人様が多い客層、店内のセンスよい調度品、お庭の見事さ、とどれをとっても気に入っている店で、ここで一人ゆったり過ごすことが好きなので通っている。けれど、これらはよく知る弟の趣味とは幾分違うし、彼は静かに読書やパソコンいじりながらの珈琲タイム、何もせずゆっくりと紅茶を楽しむ、なんていう時間の使い方を『もったいない』というタイプだ。1時間じっと座っているよりも、外で汗を流したり、家でゲームする方が弟らしいので、このカフェに一人でやってくるのがいささか意外ではある。 


―さて、一体何が目的なのかな?


さっそく帰ったら弟に電話してみようと決めた兄だった。





(終わり)

>>目次

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不二きゅん、Happy Birthday!

2014菊丸誕な設定で、英二くんと慈郎くんは同じカフェでバイトしております。
英二くんの学部のキャンパスと、慈郎くんの通う美大が近くにある模様。
周助くんはお店の常連さんで、自宅や大学からはそんなに近くないようですが、よくフラっとやってきます。

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