あれ?先輩。今日部活出るんですか? 珍しいですね。宍戸先輩や向日先輩はたまに『気分転換』だからって来ることありますけど。 三年は自由登校といってもそのまま大学部に進学する人たちも多いから、1月からずっと春休み気分って向日先輩は言ってました。慈郎先輩は、卒業したらドイツかアメリカ、どっちにしたんですか?二年参りの時は『まだ決めてない』ってコトでしたけど、もう来月、卒業式ですし。 ―オマエはどーすんの?大学…は行くよなぁ。氷帝? まだはっきり決めてはいないんですが、氷帝の大学部には行きません。俺、海外の大学に行こうかと思ってて。はい、ヨーロッパです。行きたい学部があって、尊敬する教授のいる大学が第一志望です。幸い、母の親友が住んでいる街なので色々教えてくれますし、今のまま成績落とさず行けば、合格圏内なので。 ―ふーん。ま、いーんじゃない?羽ばたけよ、青少年! …って、俺のことはいいんです。慈郎先輩、そろそろ教えてくださいよ。アメリカとドイツ、どっちのアカデミーにするんですか?全国大会優勝の、日本ナンバー1高校生プレイヤーがどちらを選ぶか、氷帝生徒全員が注目してますよ? ―あっちで会うかもな。 ということは、ドイツですか?!じゃあ、手塚さんと同じアカデミーに……え、違う?あぁ、そうか。跡部さんのいるロンドンに、遊びに来るってことですか。そうですねぇ、俺ももしその大学に決めたら、ロンドン、遠くはないので跡部さんに会いに行くかもしれませんね。 ―来週、行くことになった。 え…? 行くって……え、先輩?アメリカかドイツ、決めたんですか?……はぁ、アメリカ、ですか。 って、それより、来週!?ちょっ…急すぎませんか?? 卒業式後に行くって… ―しょーがねぇじゃん、早く来いって言われてるし、年明けてから自由登校だしさ。 確かに三年は自由登校ですけど、でもっ…先輩、卒業式は出るって! 向日先輩や忍足先輩、宍戸先輩たち皆で氷帝生活最後まで……ついこの前、大晦日に言ってましたよね? それに、来週って。とっくにアメリカに決めてたってことですか?! ―落ち着けって。まー、アメリカには決めてたよ。跡部の別荘を使えるっていうドイツもひっじょ〜に魅力的ではあったから、10%くらい悩んでいたのは本当。 なら、なんでもっと早く言ってくれなかったんですか。他の先輩たち、皆知ってたんですか? …え、言ってないんですか。どうして… ―そうだな〜、まぁ、卒業式でなくても、幼稚舎から皆知ってるから、会おうと思えばいつでも会えるよ。 そういうことじゃなくて! 本当に、来週アメリカに行くんですか?!卒業式出ずに?? お、俺、皆に言って― ―だいじょーぶ。さっき皆にメールした。跡部がロンドン戻ったときも、こんな感じだっただろ?一緒だよ、一緒。 跡部先輩は大々的に発表されてましたし、送別会もやって……少なくとも、2ヶ月以上前に言ってくれました! だから全員、心構えできたし気持ちよく送り出せるようにって― ―1月から自由登校で、他の皆と違って俺だけヒマだろ?皆勉強してるのに、俺は自主練だけだし、それならとっとと来いってことになって。それもそうだよなー、と。んで、報告。 …急すぎますよ。でも、それ言いに部室まで来てくれたんですか?他の先輩がたには『メールした』って……あ、日吉ももうすぐ来ると思うので。え、ちょっ、帰るんですか?もうちょっと待ってください、そろそろ他の皆も来ますし。慈郎先輩! ―ひよにはメールしたし、他の後輩たちにも一斉メールしたから。たぶんオマエの携帯にも届いてるよ。てういかいいの!最後に部室見とこうかなーと思っただけだし。 最後……それで、今日登校したんですか? ―んー?教室には行ってねーけどな。センセーたちには最後の挨拶してきた。部室は……特に何か考えてってワケじゃねぇけど……そうだなぁ、目に焼き付けておきたかったから、かな。 慈郎先輩… ―それと、多分オマエ、一番最初に来るだろうから。会えるかな、と思って。 誕生日、おめでとう。ちょっと早いけどな。 え… ―来月のオマエの誕生日、皆でテニスしてひよん家で鍋パーティっしょ?本当は俺も参加予定だったけど、急遽出れなくなっちゃったからさ。 慈郎先輩… ―『慈郎先輩』が全国優勝したときのリストバンド、やるよ。今年の氷帝、団体の連覇、期待してるから。あ、ちゃんと洗濯したし、跡部んトコが出してるヤツだからすっげぇいい生地でがんじょーだから。ほつれてないだろ?鳳、そのリストバンド欲しがってたって宍戸に聞いた。その色完売で再販無しだったもんなー ―色……というか、慈郎先輩が優勝したシーンが目に焼きついてて。先輩みたいに強くなりたいって… ―ん?まぁ、俺も昔、丸井くんみたいなりたいっていう憧れで、丸井くんのリストバンドつけて練習に励んでたからなぁ。ほれ、やる。 あ……りがとう、ござい、ます。 ―いらなかったら1年生にでもやってな。何人かの後輩から、そのリストバンド欲しいって言われてたからさ。 あげません!! ―はは、ま、好きにしな。じゃ、そういうことで。元気でやれよー。 あ、待ってください!来週って、何曜日ですか?何時のフライトで― ―いーのいーの。見送り不要!送別会も不要。長い休みとれれば帰ってくるしさ。落ち着いたら皆に連絡するよ。 あ…… 今まで見たこともないくらいスッキリした、曇り一つ無い笑顔に、この人の決意の固さを知った。 振り返らず、まっすぐ進んでいってしまうのだろう。 先輩のように周りを惹きつけるプレーで、高校生の頂点に上り詰めたその強さを見習いたいし、目指したい。 右の手のひらに乗せられたオレンジのリストバンドをぎゅっと握り締めて、小さくなっていくあの人の後姿をいつまでも眺めていたら、委員会を終えてやってきた日吉に怪訝な顔をされた。 さらに、俺が手にしている『オレンジのリストバンド』が何なのかをすぐに察したようで、ぎょっとした顔で『来たのか…?』と聞いてきて……さて、どうやって、何から説明しよう。 ひとまず携帯の着信メールを見るよう促した。 (終わり) >>目次 |